新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)にともなう各国の出入国規制、渡航制限のなかで、世界で200万人いるといわれる船員のうち数十万人がどこにも上陸できず、数カ月にわたって海上にとり残されている。IMO(国際海事機関)は「船員は社会生活や経済活動の基盤となる物流を担うキーワーカーだ。各国政府は出入国規制や移動制限から船員を除外し、船員の安全な交代を保証してほしい」と訴えている。なにが起こっているのか、下関市の水産大学校の教員や船舶関係者に聞いてみた。
各国の船主団体でつくる国際海運会議所(ICS)によると、現在、船舶による海上輸送は世界の貿易量の90%(容積比)を占める。現場を担う船員は約200万人おり、そのうちの1割以上がいついかなるときにも海上物流を止めないよう、世界の海を航行中の約6万5000隻の船舶の運航に携わっている。その大半が貨物船だ。そして平時には毎月約10万人の船員が世界各地で交代していた。
ところが新型コロナの感染拡大を防ぐために各国政府が導入した出入国制限、渡航制限によってこの船員交代が困難になっている。船員は船が着いた先の国に上陸できないので飛行機に乗って帰国することができず、また交代要員の船員も飛行機でその国に入国することができない。船員の乗船期間は国際標準で8カ月程度といわれ、1年をこえると当局による取締の対象となる国もあるが、今回は以上の理由で契約期間が延長となり、海上生活が15カ月に及ぶ船員も出ているそうだ。
マグロ漁船が身動きとれず ケープタウンの港
海運会社の側も、船自体が密閉空間であり、国境をまたぐ移動によって船員が感染するリスク、また船員が感染させてしまうリスクが高まったため、乗船前に2週間の健康観察期間をもうけたり、船員交代の一時停止措置をとるところも出た。ただし当初は長くて1カ月程度という予測で、長期化すると船員の心身に影響が出たり安全航行に支障をきたす可能性があるという。
さらに日本の船舶乗組員にはフィリピン人やインドネシア人が多いが、フィリピンではマニラ首都圏はロックダウン(都市封鎖)となり、厳しい検疫体制がとられている。「フィリピンでは外国から戻ってきた者は2週間の経過観察が義務づけられ、その期間は自己負担でホテルに宿泊しなければならない。帰りも公共交通機関が使えず、自分で長距離走行してくれる車を手配するしかない。マニラにたどりついても自宅にいつ帰ることができるかわからず、自分たちの給料でまかなえないぐらいの費用を負担するぐらいなら、10カ月の雇用契約を延長してもう一シーズン雇ってほしいと申し出る者が多い」という。
また、静岡県の焼津漁業協同組合に所属する2隻の遠洋マグロ漁船が、新型コロナの渡航制限で船員が南アフリカに入国できず、ロックダウンされたケープタウンの港に停泊したまま身動きがとれないという最近のニュースにも、関係者は注目していた。
1隻は3月下旬、ケープタウンに入港。機関長が体調を崩して帰国し、日本から交代要員を派遣しようとしたが、国際線の離着陸が禁止されて入国できず、船が動かせない状態にある。日本人を含む船員24人に上陸許可は出ていない。
もう1隻は2月上旬、船の修理のためにケープタウンに入港。船員が全員帰国し、その後交代要員が入国できず、船だけが係留されている。
ケープタウン沖のミナミマグロ漁は4月から7月が最盛期だが、こうした状況が続くなかで漁獲量にも影響が出ざるをえないと、関係者が危惧している。現在、日本の遠洋マグロ延縄漁船十数隻が、南アフリカやペルー、スペインなどの寄港先で足止め状態になっているという。
日本人の船員養成にも影響 練習船の運航変更
こうした事情は、日本人船員を養成するための国内の各種養成機関の練習船の運用にも大きな影響を与えている。海外の寄港先がなく、練習船の運航計画を変更せざるをえないからだ。
水産大の教員に聞くと、海技士免許をとるためには1年間の乗船履歴が必要で、そのため水産大では3・4年生で6カ月、専攻科で6カ月の乗船実習をおこなうことになっている。また、その内容には2000海里以遠まで航海するという条件も含まれている。国交省はこうした条件を特例として緩和する方向で動いている。
ある教員は「船乗りになるうえで不可欠な、みんなで協力しあってやる実習ができないのが残念だ。しかし、日本の船舶自体の仕事は減っていないし、新規採用も減っていない。それどころか日本人船員の人手が足りない状況は解決されていない」とのべている。
世界経済のなかでの海上物流の重要性とともに、四方を海に囲まれた日本で日本人船員が足りないという問題も、改めて浮き彫りになっている。