新型コロナウイルスは5月末時点で世界中に600万人をこえる感染者を生み出し、なかでも医療体制が脆弱なアメリカでは感染者が177万人、死者数も10万人をこえるなど、引き続き猛威を振るっている。日本国内ではゴールデンウィーク時期の外出自粛によって一定の封じ込め効果があらわれているかに見えるものの、北九州市では医療機関や介護事業所で感染拡大が起こるなど、予断を許さない状況には変わりない。新型コロナウイルスという前代未聞の疫病と対峙することを通じて、この社会の脆さや克服すべき課題もさまざまな角度から浮き彫りになっている。記者座談会で論議してみた。
感染増え再び緊張する関門地域
A ここにきて北九州市で9日連続で合計97人(5月31日現在)の感染者が出て、関門地域では緊張が走っている。院内感染が広がった門司メディカルセンターといえば、下関市民にとっては海峡を挟んで目と鼻の先にある病院だ。そこに務めている下関在住の40代と50代の医療スタッフも感染していることが明らかになり、下関市内の病院に入院している。門司メディカルセンターに限らないが、下関から北九州市に働きに出ている人は多く、1日約1万人が往来する。距離感としても非常に身近だ。車で走れば関門トンネル一本でつながっているし、列車も下関→門司→小倉と隣駅としてつながっている。関門橋の真下に走っている海底人道トンネル(無料)をウォーキングやランニングなど健康作りで利用している人も少なくなく、両岸の市民が交わる機会も多い。だから、関門地域全体の警戒心は高まらざるを得ないし、対岸の火事とは思えない。北九州に働きに出ている人々のなかでは、隣近所の視線が気になるという声もちらほら耳にする。
B 北九州で感染者が出ているのは、直接的には検査を徹底しているからでもある。感染者の周囲にいる人については、発熱などの症状が出ているいないに関わらず、検査をしている。97人のうち半数以上は無症状なのにも特徴がある。感染源を封じ込んでいくという意味では必要なものだ。一方で、先週に北九州市の北橋市長が「第二波」への警戒を口にして以後、関門トンネルの下関側出口近くにある某ショッピングモールに北九州ナンバーの車が続々と買い物に来ていることが街の話題になっている。どうも北九州側でのスーパーの密を警戒して、対岸に来ている風なのだ。実際に行って見てみると、確かに北九州ナンバーが多いかなという印象だった。他県ナンバー狩りなどが社会問題にもなり、感情的なものもあって仕方がない現象なのだろうが、一方で門司港界隈に住んでいる人の気持ちだってわかる。リスクを避けて下関で買い物をする気持ちになるのも無理はない…。しかし、下関側からすると勘弁してほしい…という感情も芽生える。どっちの気持ちもわかる。福岡県が緊急事態宣言のさなか、下関のパチンコ店に福岡や北九州から押し寄せていた時も複雑な心境で誰もが見ていた。
C 大学生や単身赴任の人で、下関在住だけど訳あって他県ナンバーという人もいる。そんな人たちのなかには、白い目を向けられることを気にして、「下関在住です」と車に貼り紙をしている人も見かける。みんながこんなことに精神をすり減らしている。単身赴任で山口県内の他市の学校に赴任した知り合いの校長先生が「こんな恐ろしいことがあった」と話してくれたのだが、赴任先の飲食店で食事をしていたところ、外の駐車場に止めていた「下関」ナンバーを見つけた地元の市議会議員が、すごい剣幕で「あの下関ナンバーは誰だ!」と入店してきたそうだ。その街では一人もコロナ感染者が出ていないなかで、下関は山口県内でも感染者が何人か出た街だ。だから、そんな下関から来るなどけしからん! と思ったようなのだ。単身赴任で来ていることを説明すると納得してもらえたというが、先ほどの北九州ナンバーを下関のみんなが警戒するのと同じような構図なのだ。
D 車のナンバー一つでひんしゅくを買ったり、いらぬ誤解を招いたりしかねない。なんともいえない世界がある。あるいはマスクをせずに外に出たら無神経野郎の烙印を押されるのもしかり。自粛警察なる言葉も浸透しているが、なんだか隣組かと思うようなバッシングが起こっているのも現実なのだ。殺伐とした空気を感じる。咳をしただけでコロナ菌扱いだったり、ひどいものがある。インフルエンザではこれほどの差別的な扱いは受けないが、ことコロナについては未知なるウイルスという恐怖とも相まって、感染者への周囲の眼差しはきついものがある。誰しもがかかり得る疫病なのだから仕方がないのに、完治して職場や学校に戻っても「コロナ」呼ばわりされかねない。下関の事例だけ見ても、感染者の周囲で尾ひれのついた噂がいくつも出回り、すべてガセ情報といった調子だ。コロナよりも街の噂話の方が感染力が強力じゃないかと思ったほどだ。
C 自粛警察が飲食店に「店を閉めろ!」と圧力をかけたりしていることがニュースになっているが、一方で飲食関係は相当にきつい状況に置かれている。下関で実情を耳にするだけでもその大変さはヒシヒシと伝わってくる。家賃が高い都市部ならなおさらだ。テイクアウトでしのぐといってもたかが知れているからだ。国による手厚い家賃補償及び休業補償が必要だ。そうでないと全国で相当数が廃業や倒産に追い込まれかねない。
B 居酒屋でバイトをしている知り合いの大学生は、バイト代がないと学費や生活費がままならないので一生懸命に店に出ている。しかし、緊急事態宣言が解けても客足は以前のようには戻っていないし、店長からすると読めない部分も多い。それで通常なら3人で調理・ホールを回していたシフトが2人体制になり、今度は「料理が出るのが遅い」等々のクレームが増えてしまったと弱り切っていた。「ご不便をおかけしました。こんな時期に当店をご利用頂き、ありがとうございました」と会計時に詫びているのだと--。飲食関係が弱り切っている状況は引き続き深刻だ。土木建築など「さほど影響はない」という業界もあって、温度差もすごい訳だが、一方で死活がかかっている人々も多いのだ。あと、持続化給付金を受けようとしても、前年同月比で売上が50%減という条件に満たず、苦しいのに給付金を受け取れない零細企業や個人商店も多い。支援の枠からはじき出されて、みんなが頭を抱えている。
C 水産業では緊急事態宣言が明けてから若干魚の値は戻りつつあるようだが、一時期は天然物のフグが養殖物と同じ値をつけていて、唐戸魚市の関係者は痺れていた。福岡県の鐘崎の漁師が天然物のフグを水揚げしていくのだが、あまりの買いたたきに腹を立てて帰っていったという。水産関連ではベトナム人実習生やインドネシア人実習生などが若手労働力として主力を担っていて、彼らが3年の研修を終えて帰ろうかというのに飛行機が出ないので帰れないとか、次の研修生が日本に来ることができないので、業務が滞ってしまう問題も顕在化している。
同じように農業でも外国人実習生が受け入れられないために収穫が間に合わず、農作物をブルドーザーで潰して土にかえしたりしている産地も出てきている。第一次産業はただでさえ食料自給率の低迷が課題なのに、食料安保を投げ捨て、安い外国人労働者に依存していた構造が浮き彫りになっている。今回の疫病を通じて、それ自体非常に危うい構造だったことが可視化されている。
山口県内にあるコンビニ某社の弁当や惣菜を作っている工場なんて、ベトナム人研修生やスリランカ人研修生など外国人実習生だらけで人種のるつぼだ。いつも当たり前に利用しているコンビニもレジ打ちにいたるまで彼らの労働で成り立っている。なにか事あれば、これまた危ういことを示している。少子化に直面して「労働力がなければ外から引っ張ってくればいいじゃないか」をやってきたが、社会全般が麻痺しかねないほど脆弱であることを教えている。そして同時に、日本に来て働いている外国人実習生に対しても、コロナ禍で直面している困難については日本人同様に補償をしなければいけない。連れてきておいて、「外国人なので知らない」など通用しない話だ。
A 外出自粛はいましばらく続くだろうし、コロナ封じ込めのために必要なら、そのための補償をしないと潰れていく企業や商店が続出する。そこで働いている従業員やアルバイトの学生、主婦など影響は裾野に広がっていく。企業にとって持続化給付金は足しにはなっても、まるで足りるものではない。「支払いですぐになくなった」という声はざらだ。いまのところ安倍政府のあまりにも後手後手な政策について頭にきている人も多く、支持率が20%台まで急落したところで、ようやく第二次補正予算をうち出した。支持率が落ちたら慌ててカネを配るというのだったら、もっと支持率を下げて、次なる補償を引き出していくほかない。黒川弘務の任期延長問題もSNSで盛り上がった批判に政権が飛び上がって引っ込めたが、声を上げて政府を動かしていくことが重要になっている。学生への支援策も当初はちんたらしていたが、みんなが声を上げることによって重い腰を上げた。芸術家への支援もよその国は実施している。
浮き世離れして世間がどうなっているか実感がない者が政治を司っている関係で、常に対応が後手後手になっている。だからこそ、必要なことを必要であると声にして、政策に結実させていくことが求められている。前代未聞の事態のなかで政府と国民との綱引きが続いている。現状では、緩めすぎると感染者の急増と医療崩壊を招き、かといって締めすぎると経済が崩壊してしまい、人々の暮らしがままならない。だから、感染者を抑えるために徹底的に検査・隔離、医療体制の整備をやり、同時に人々の暮らしを政府がしっかりと補償すること、生存できる状況を担保することがセットで動かないといけない。安倍政府としては否が応でも国民生活と向き合わざるを得ない。
実態伴わぬ検査と支援
D 京大の山中伸弥教授が新型コロナウイルスの情報を発信してきた自身のホームページで、「緊急事態宣言が全国で解除されました。しかし新型コロナウイルスへの対策はこれからが本番です。まだ青信号ではなく、黄色信号が点滅している状態です。ウイルスに細心の注意を払いながら経済活動を再開させなければなりません。新型コロナウイルスは感染しても無症候や軽症が多いという特徴があります。自分が感染しているかもしれないという前提で、周りの人への思いやりが重要です。私はSocial distanceを思いやり距離と訳しています。正しい行動を粘り強く続ければ、ウイルスとの共存が可能となります。自分を、周囲の大切な人を、そして社会を守りましょう!」とトップページで呼び掛けている。なぜかはわからないまま、とりあえずゴールデンウィーク時期の外出自粛が功を奏したのか終息しつつあるようにも見えるが、まだまだこれからが本番なのだ。だからこそ、やらなければならないことを先手先手でやる必要がある。
A 第二波に備えてまず医療体制を整備することが必要だ。そして検査体制も万全にして、同時にホテル借り上げ方式なりを採用して感染者を隔離する体制をしっかりと整備することに尽きる。新型コロナウイルスは変異しているのが特徴で、より凶暴なウイルスとなって第二波が襲ってくる可能性もあり得ると科学者は指摘している。スペイン風邪では第二波は10倍の猛威を振るったといわれている。備えが肝心だ。医療面ではこの谷間の時期に医療・検査・隔離の全面的な体制整備をやり、指揮系統の整理であったり仕組み作りを進めることが大切だ。第三波、四波だって起こり得るわけで、ワクチンや集団免疫ができるまでノーガードというわけにはいかないのが現実だ。ワクチン開発には1年以上かかるともいわれている。アビガン、イベルメクチン、レムデシビル、あるいはキューバが作ったインターフェロン・アルファ2Bといった有効といわれる治療薬の治験や承認も世界的規模の協調体制で進んでいるが、科学的アプローチによって対峙していくよりほかにない。
C 医療でいえば、2000年代に入ってからの小泉改革以後、医療費削減や病床削減をやりまくった結果、医療現場に余力が失われて限界だったところにコロナが急襲した。なるべくして医療崩壊を引き起こした。ICU(集中治療室)の病床が極端に少ないことがわかっていたから、PCR検査を抑制するという挙に及んだのだ。いまになって医療従事者に感謝などといって首都の上空をブルーインパルスが飛んでいるが、これは飛行機が飛んだところで解決できる問題ではない。病床を増やし、余力を持たせることが根本的な解決の道だ。
B 医術よりも算術を優先する市場原理の犯罪性も浮き彫りになった。今回のコロナを通じてはじめて社会全体がみずからや周囲の生命と向き合うことを突きつけられ、日本の人口当りのICUの病床数の少なさやPCR検査をしない異常さなど、各国との比較によって認識した。前代未聞の疫病に直面して、なんの役にも立たない政府・官僚機構も含めた統治の姿を垣間見た。誰のために、何のために政府はあるのか、誰の生命を守ろうとし、誰のために政策を実行しているのかが露骨にあらわれた。
A いまだに10万円の給付金も届かないし、書類の郵送が遅れている理由を下関市役所に聞くと「封筒がないからだ」などといっていた。下関では5月末に2カ月がかりでようやくアベノマスクが届いた程度。10万円支給は6月末になるそうだ。この行政手続きの遅さ、スピード感がともなわないという課題も、震災や豪雨災害などが起きる度に問題になっているが、必ず解決しなければならない問題だ。支援が受けられないようにいくつものハードルが立ちはだかり、困難な状態に置かれた国民を排除していくやり方が貫かれている。「やりました感」の演出ではなく、支援しないといけない対象をすぐに支援すべきなのだ。
D 緊急事態宣言の解除といっても、多くの人は自主的に外出自粛は継続中で、不必要に出歩くという気分でもない。だいたい、検査をしないから実際の感染者数がわからないし、「感染者が減った」といわれても誰も信用していないのではないか。あれほど医者や感染症専門家・研究者たちがPCR検査を徹底せよと求めていたのにやらなかったのだ。従って、実は隠れコロナがたくさんいる状態なのではないか? という見方もある。ゴールデンウィークのステイホーム(外出自粛)によって感染者数は減少に転じたとしきりに数字ばかりをとりあげているが、経済がガタガタに傾き始めたので、大慌てで緊急事態宣言の解除と経済活動再開に舵を切っているように見えて仕方ない。
A 下関は観光をメインにした週末都市化を進めてきたことの弊害が顕著にあらわれている。頼みの綱だった中国人観光客がめっきり減って観光関連業種も停滞しきっている。タクシーやバス会社も経営的にはきついものがあるという。全国的にも普遍的だが、百貨店にしても中国人観光客の爆買い依存だったことがてきめんにあらわれている。インバウンドなどといってきたが、国内を貧乏にした挙げ句に内需が落ち込み、ならばと外国人の懐をあてにしたのも打撃を受け、首が回らなくなっている。コロナ後にどのような産業構造を築いていかなければならないのか、これも課題を突きつけている。
この期に及んで… 嘘や利権は抜け目なく
D 安倍政府は支持率が急落したことで、大慌てで「空前絶後」と称した第二次補正予算を出した。まるでお笑い芸人のサンシャイン池崎を彷彿とさせるような大言壮語で、いちいち大きなことをいわないと気が済まない性格なのだろうか? とも思うのだが、内閣が死に体と見なされているなかで慌てている。
B とはいえ、やることなすことでたらめではないか。アベノマスクの受注企業も怪しげな企業が含まれていて問題になったが、今度は持続化給付金事業を769億円で受注したのが幽霊法人で、「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」というのが電通のトンネル会社だと週刊文春に暴露されて問題になっている。竹中平蔵のパソナなんかが電通とともに利権にありついているのだと。「空前絶後」の利権かと思うと呆れて言葉が出てこない。ショックドクトリンすなわち惨事便乗型資本主義そのものだ。また、コロナ対策をうち出してきた専門家会議の議事録すら残っていないとか、あっちもこっちもでたらめが過ぎる。専門家会議の議事録がないということは、政策の意思決定の過程が空っぽで次代に引き継げないということだ。検証すらできないことになる。「ない」はずがないし、恐らくまた例の如く嘘八百なのだろうけれど、裏返すと知られては困る意思決定の過程があったと見なすのが自然だ。というか、この政権は恐らく嘘八百では足りないほど嘘を平気でつくとみんなが心のなかで思っているわけで、既に為政者と国民との信頼関係も崩壊しているに等しい。
A コロナ禍に政権維持のために黒川定年延長を画策したり、そろそろいい加減にしろよ! という世論が充満している。その空気が政権を追い詰め、慌てて第二次補正予算を出したりしているが、もう先はそんなに長くないのではないか。河井案里の選挙違反疑惑など、あっちこっち尻に火がついたような状態だ。長期政権の悪しき部分が丸裸にされつつある。本来ならここで自民党内で引導を渡す者が出てきておかしくないが、一強などといって頭数が多いだけでふぬけ揃いになっているのだろう。一方の野党も多弱で、国会のなかで変化を促す要素は乏しい。やはり国民全体がイニシアチブをもって揺さぶることが最大の脅威になり得るし、その力を恐れている関係が浮き彫りになっている。種苗法改定が先送りになったり、国民投票法案が先送りになったのも、すべてはこの力関係に拠っている。
疫病で為政者の実力があぶり出され、その後の社会の大きな変化を促すというのは、これまでにも起こってきたことだ。社会全体の公共の利益のために公衆衛生を実施するとか、必要に迫られて人類社会は発展してきた。今回のコロナ対応では見るに見かねて科学者や医療従事者たちが検査の徹底など求めて声を上げ、国民世論とつながって政府対応を是正させてきた。おかげでかつがつ終息しつつあるかに見える局面だが、山中教授がいうように黄信号が点滅しているに過ぎないのだから、おおいに警戒しつつ次なる局面を意識して万全な備えをすべきだ。
C ここぞとばかりに白アリをやっているような不届き者は退場に追い込むべきで、それこそ可視化して世間の批判にさらさなければならない。社会の存亡がかかっているというのに、この期に及んで私及びその友だちを優先しているというなら、厳しい審判を下さないといけない。首相としての任期は来年9月までで、解散がなければ来年10月の任期満了で次の衆院選が控えている。東京五輪との兼ね合いで解散があるかないかは決まるのだろうが、コロナ禍で見たことやこの社会が抱える病巣について鮮明にしつつ、最終的には国会の色を塗り替えて、真に国民の生命や安全と向き合う政府を作り出していかないといけない。文句だけいっていても仕方がないし、ならばどんな政治を実現していくのか具体的な展望を持って、建設的に社会をつくっていく営みが必要なのだと思う。世襲制によってたどりついた悪夢のような安倍政権ではあるが、コロナを乗りこえ、そうでない次の未来をたぐり寄せたいものだ。いまはその変化が求められているし、過渡期にあるように思えてならない。