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感染症の世界的拡大の背景 生態系崩す森林伐採や家畜革命

 新型コロナウイルスに関連して、近年の感染症の世界的急拡大の社会的背景に目を向けるべきだとの発言を、科学者やジャーナリストがおこなっている。グローバル化によって国境をこえたヒトとモノの動きが加速すると同時に、人間による無政府的な森林伐採など自然破壊が進んでいることや、家畜革命によって牛や豚や鶏を狭い場所に詰め込んで太らせ大量生産していくシステムが、感染症の爆発的拡大が起きやすい環境をつくり出しているというのである。

 

 ウイルス感染症は野生動物に由来する。ウイルスは自分自身で増えることはできないため、宿主としての野生動物の細胞に寄生して自分のコピーをつくらせ、拡大していく。ウイルスは宿主をすぐに殺してしまっては拡大できないので、コウモリなどの宿主は感染しても発症することはない。そして感染をくり返すうちにウイルスが変異して、他の動物や人間に感染しやすい性質を持つようになる。

 

 ゴリラの研究で知られる京都大学長の山極壽一氏によると、自身がゴリラの調査をしているアフリカのコンゴやガボンでは、エボラ出血熱がたびたび起こり、ゴリラやチンパンジーが大量に死んだ。ただ、コンゴでもガボンでも昔から感染症は知られていたが、これまではゴリラやチンパンジーが移動できる範囲内に感染が限られており、感染したゴリラなどの群れが死滅することによって感染はストップしていた。

 

 ところがグローバル企業がもうけのために森林伐採を進め、森の中に縦横無尽に大型トラックが走る道路をつくり、人々が奥地に入り込み、伐採地周辺には市場ができ、野生動物が売りさばかれるようになった。その結果、これまでめったに接触しなかった類人猿とウイルス感染源のコウモリなどが出会う機会が増え、そしてウイルスに感染した野生動物が都市に出荷され、感染した村人たちも発症する前に都市との間を行き来し、こうしてアフリカの熱帯雨林に限られていたエボラ出血熱が、国境をこえてアメリカにあらわれたのだと説明している。

 

 国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室室長の五箇公一氏も同じ問題を提起している。五箇氏によると、人間が野生動物の住み処を破壊することによって、野生動物が減少し、住み処を奪われたウイルスたちが新しい宿主を求めて侵略者である人間にとりつき、人間社会で感染を拡大しているのだという。

 

 そして、ウイルスの完全撲滅は不可能であり、人間とウイルスとのたたかいに終わりはないが、そうしたリスクを少しでも減らそうと思えば、ウイルスの本来の領域である自然の生態系や生物多様性をこれ以上破壊しないことだと指摘している。

 

 関連してジャーナリストの河野博子氏は、生物多様性の破壊の実態とそれを打開する試みについて報告している(『中央公論』5月号)。それによると現在、地球上の生物種の総数はおよそ500万~3000万種と想定され、そのうち人間が知っているのは約175万種だが、現在そのうちの6割が絶滅の危機に直面している。

 

 日本について調べた調査結果では、最近とくに農地の周りで見られる鳥が激減している。原因は耕作放棄地の拡大だ。耕作放棄地では、畦が草に覆われて藪のようになり、鳥が餌であるトカゲやカエルを見つけにくくなるという。また、水田が減り、春先に田んぼに水を張らなくなって、オタマジャクシがかえらず、カエルの数が減っている。こうした生物多様性の破壊が、人間社会での感染症頻発の要因ともなっているという。

 

 河野氏はこれを打開するとりくみも報告している。千葉県いすみ市では、生物多様性をめぐる論議が従来型の自然保護に終わらず、いかに地域の農林漁業を再生させていくかに発展した。そして、無農薬・化学肥料ゼロの稲作を実験的に開始し、2017年には市内の全公立小中学校(9小学校、3中学校)の学校給食を全量、有機米でまかなえるようになった。現在では、ニンジン、小松菜、タマネギ、ジャガイモ、ダイコン、ネギ、ニラの7品目の有機野菜の栽培にもとりくむようになったという。

 

家畜の大量生産が仇に

 

 牛や豚や鶏の大量生産システムが新たな感染症の温床になっていることを暴露したのが、マイク・デイビス著『感染爆発--鳥インフルエンザの脅威』(紀伊國屋書店発行)である。

 

 マイク・デイビスは、長期にわたって鳥と平和共存してきた鳥インフルエンザが、突然致死率50%以上と凶暴化し、豚や人間に感染するよう変異を遂げた原因が、家畜革命、グローバリゼーション、都市化だと明らかにしている。

 

 家畜革命とは、食肉需要の増加を見込んで鶏や豚の肉を大量生産するシステムのことだ。グローバル企業の大規模な養豚場や養鶏場は、豚や鶏を狭い場所に密に詰め込むので、ウイルスが感染の連鎖を維持する絶好の条件を提供する。しかも2003年に鳥インフルエンザの流行が発生したとき、企業は政府と共謀してその事実を隠蔽し、殺処分を回避しようとした。このような企業利益最優先の姿勢が、対応の遅れと感染の拡大につながった。

 

 大量生産・大量消費・大量廃棄のシステムが、一部の者に富を、大多数の者に貧困と飢餓をもたらし、同時に自然界の摂理を破壊して感染症の拡大をもたらしている。そしてこれに対置する千葉県いすみ市のような地産地消の農林漁業振興のとりくみに、この世の終わりというディストピア的で悲観的な見方と、現状のままで問題はないとする楽観的な見方のどちらにもうんざりしている世界各地の研究者たちが注目しているという。地域のとりくみが世界の流れを変えることは可能だということを考えさせる。

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