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「高熱出てもPCR検査が受けられない…」 下関の医療関係者たちが語る検査抑制の“鉄壁のガード”

 「高熱が続いて新型コロナウイルス感染の疑いがありながら、PCR検査が受けられない」「医師が求めても受けられない」――下関市内でもそんな体験が各所で語られている。PCR検査は現在、新型コロナ感染の有無を調べる唯一の方法として厚生労働省が採用しているが、その実施件数は全国的にも依然として低い状況が続いている。人口や感染者が多い都市部と地方では状況は違うものの、検査前の厳しいふるい分けによって山口県内でも相談件数に対する検査率は1割にも満たない。検査をしなければ感染者を発見することはできず、リアルな感染の実態を把握できなければ、感染収束を判断する科学的な根拠が得られない。政府が緊急事態宣言を解除する一方、疑わしい症状を抱えながらもPCR検査が受けられず、感染者の有無が判然としないため、医療現場をはじめ、家庭や職場でも不安や混乱が解消されない状態が続いている。PCR検査をめぐる下関市内の実態を取材した。

 

高熱で相談しても大半が検査対象外

 

 下関市内在住の女性(40代)は4月末、38・4℃の高熱を発症した。当初は生理痛によるものと思い込み、市販の痛み止めを飲んでいたが、次第に頭痛とともに喉がイガイガと痛みはじめ、風邪の症状があらわれた。翌日も38・2℃が出たので、近所のかかりつけ医に相談したうえで受診した。

 

 かかりつけの主治医に高熱と頭痛を訴えると、主治医は新型コロナ感染の可能性を考慮して、念のため防護具を身につけて病院の外で女性を診察した。万が一にも陽性であった場合、病院もスタッフも検疫対象になり、一時的な病院閉鎖に追い込まれるリスクがあるからだ。主治医は診察後、解熱用の抗生物質など3~4日分の薬を処方し、「これで熱が下がらなければ、保健所に連絡して下さい」と女性に伝えた。

 

 だが数日間、処方薬を飲んでも女性の熱は下がらず、頭痛は増した。女性は80歳近い母親と2人暮らし。しかも母親は肺に病気を持っているため、高齢者に重篤者が多い新型コロナウイルスに感染すれば致命傷になりうる。連絡を受けた県外に住む親族の間にも緊張が走った。

 

 女性が市の保健所(帰国者・接触者相談センター)に電話をすると「身近に帰国者がいますか?」「他県の人と接触しましたか?」などの質問を受けたが、女性に心当たりはなかった。高熱が続いていること以外に、息苦しい、意識が朦朧(もうろう)とするなど、厚労省が定めた「緊急性が高い13症状」に当てはまる自覚症状があったものの「症状についての質問はなく、接触者について聞かれただけだった」という。そして「主治医に相談してください」といわれたため、女性が「すでに主治医から保健所に連絡するようにいわれている」と伝えると、発熱外来(4月20日から下関市夜間急病診療所に設置)に連絡することを勧められた。

 

下関医師会が設置した発熱外来

発熱外来入口の貼り紙

 発熱外来に電話すると「主治医から連絡を」といわれ、主治医から発熱外来に電話をしてもらってようやく受診可能になった。車に乗って来院することを求められたが、高熱によるめまいや頭痛がひどくて自分で運転はできない。結局、感染リスクはあるものの高齢の母親が運転する車で向かうしかなかった。

 

 「発熱外来の入口には“ここではPCR検査はしていません”と大きな貼り紙があり、同じように検査を希望する人が他にも多数来ていることがうかがえた。私の場合は、体温と血圧を測り、肺の音を聴いてもらい、問診を受けた後、風邪と診断され、頓服薬を処方されて帰った。私以外にも数人が来ていたが、みんな検査対象外で帰らされていたようだ。それでも薬は効かず、頭痛を抑えるため医師に相談して市販のバファリンを飲んで数日しのいでいた」(女性)という。

 

 発熱から1週間が過ぎた後も、熱は上がったり下がったりを続け、頭が割れるように痛んだ。しかも原因がわからない――これまで経験したことがない症状に女性の不安は増した。ついに夜間、女性は救急車を呼び、下関市立市民病院に救急搬送された。

 

 感染症指定医療機関である市民病院で女性は、肺のレントゲン撮影、CT検査を受け、「風邪と偏頭痛」と診断されて応急処置として点滴を受けた。肺に異常が見られなかったためコロナ感染の可能性はないと判断されたのか、担当医からは「自宅待機なので家に帰っていただきます」といわれ帰宅。翌日、高熱と頭痛は治まった。

 

 女性は「コロナ感染が疑われる状況だからこそ、保健所を経由するなど通常ではない二段、三段の迂回ルートをたどって診断を受けたが、結局最後までコロナなのか否かについては判然とせず、PCR検査も受けることはできなかった。原因不明の発熱だったが、コロナか否かでふるい分けられ、隠れている病気が見落とされている気がして怖かった。医師や看護師さんが一生懸命処置してくださったことには頭は下がる。ただ、せめてコロナではないという診断を下してもらえたら安心できるのだが、お医者さんも“はっきり言えないが……”と含みをもった話し方をされていたのが気がかりだった。無症状者でも感染者がいるのに、あれほどの高熱が出ても検査を受けることが難しいことを初めて知って驚いている。同居する母がいたから助けてもらえたが、逆に1人暮らしだったら今頃どうなっていたかを考えるとゾッとする」と心情を語った。

 

 女性はスーパー勤務でレジ打ちの仕事をしているが、発熱後は会社から自宅待機を求められ、頭痛や高熱が治まった後も「経過観察」が続き、2週間以上経ったいまも職場復帰のメドはたっていない。

 

 市内に住む別の女性(30代)も4月中旬、38℃をこえる高熱が数日間続いたため近所の病院にいったところ、新型コロナ感染の疑いがあるため診察を断られ、「保健所に連絡してほしい」といわれた。市内の病院を何軒か回ったが、どこでも同じように断られた。保健所に電話をすると「まずは病院に行くように」といわれたので、「どの病院も院内感染を心配して診察してくれない。せめて検査でコロナでないことを証明してもらえたら安心して病院に行ける」と懇願したものの、結局PCR検査の許可は下りなかったという。

 

 女性は勤務先の配慮で2週間の休みをもらい、自宅療養で症状は治まった。だが、高熱が出た容態のままたらい回しされる体験を通じて「高熱症状が出たら連絡をといわれているのに実際の検査は門前払い。いったいどうなっているのだろうか…」との思いを強くしている。

 

 市内各地では「高熱が出たので医療機関に行ったが診察を断られ、発熱外来に行ってもPCR検査には進めなかった」「高熱で診断を受けた医師の勧めで保健所に電話すると“帰国者や感染者との接触は?”と聞かれ、“いいえ”と答えると門前払いを受けた」という声や、医師からも「検査の足切りどころか、頼んだ患者は全滅(すべて検査不可)だった」「鉄壁のガードがある」などの声が聞かれる。

 

 市内では、院内感染のリスクを回避するため、新規外来の受付を制限し、健康診断や慢性疾患の定期検診などを中止している病院が多い。とくに総合病院では、来院者に「2週間以内に県外に行ったか」「県外者と接触したか」などの問診を徹底し、該当する患者の診察を断るケースもある。たとえ無症状者であってもコロナに感染している可能性があり、それを発端に院内感染が発生すれば、病院の存続や入院患者の生命にも直結するからだ。

 

 下関市内の感染者は、4月12日に発見された6人目(山口県全体で37人)で止まっている。だが、下関市保健所が相談対応を開始した1月31日から5月10日現在までの相談4711件に対して、PCR検査件数は270件(退院時の確認検査を除く)。同期間の県全体の集計でも、2万2622件の相談に対してPCR検査件数は1804件だ。相談件数に対する検査の割合は、下関で5・7%、県で8%程度にとどまっている【グラフ参照】。

 

 高熱や肺炎などの症状があっても検査対象から外される狭い門戸を拡大し、感染者の早期発見と早期隔離・治療をすることなしには、医療現場をはじめとする市民の不安や混乱は払拭できず、通常の医療業務ができない状態が続くこと自体が「医療崩壊」との意見もある。

 

検査前の多重ハードル 「入院を要する肺炎」で相談

 

 下関保健所(帰国者・接触者相談センター)が示しているPCR検査までの流れ(5月7日付)では、「高校生以上で風邪の症状や37・5℃以上の発熱が4日以上(高齢者や基礎疾患がある人や妊婦は2日以上)続いている」「強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)」の症状がある患者を相談対応の対象としている。

 

 患者はまずかかりつけ医に電話相談し、かかりつけ医がなければ発熱外来に電話(日祝を除く午後2時~5時まで)して受診。そこでさらなる診断が必要と判断された人のみ、市内3カ所に設置されている「帰国者・接触者外来」の受診が可能となり、そこで検査が必要と判断されて初めてPCR検査を受けることができる【図参照】。患者から採取した検体は、県環境保健センター(山口市)に輸送され、早ければ翌日には陰性、陽性の結果が出る。ただし、かかりつけ医など一般の医療機関から「帰国者・接触者外来」に直接診断を依頼することはできず、受診させる場合は保健所の「調整」を必要とする。

 

 下関保健所に、38℃以上の発熱が4日以上続いても検査を受けられない理由を聞いたところ、「PCR検査が必要か否かを判断するのは診察する医師。保健所はあくまで医療機関と患者さんを仲介して調整するのが役目」としたうえで、保健所の基準として、厚生労働省が都道府県や保健所設置市に通達した事務連絡を示した。

 

 そこで示されている「感染が疑われる患者の要件」は、「発熱(37・5℃以上)または呼吸器症状」があることを前提に、「新型コロナウイルス感染症であることが確定したものと濃厚接触歴があるもの」、または本人もしくは接触した相手が「発症前14日以内に新型コロナウイルス感染症の流行が確認されている地域に渡航又は居住していたもの」としている。高熱や呼吸器症状だけでなく、感染者との接触歴がともなわなければならないが、誰が感染者であるかは不明であり、全国に緊急事態宣言が発令されているなかで「流行地域」の線引きも難しいのが実際だ。

 

 さらに「入院を要する肺炎が疑われるもの」とあり、肺炎を発症してもよほど重篤化しなければ「感染疑い」の対象にはならない規定になっている。

 

 また「医師が総合的に判断した結果」も含まれるようになったが、季節性インフルエンザ検査やその他の一般的な呼吸器感染症の病原体の検査をおこなって「陰性」になった場合に初めてPCR検査実施について相談できる――という手順を踏まなければならない。

 

 市内の開業医に実態を聞くと、「医師の総合的判断といわれるものの、PCR検査を受けるのは簡単ではない。疑いがある患者すべてをPCR検査すれば県保健所がキャパオーバーになるため、保健所からは“念のための検査はやめてほしい”といわれている。38℃、39℃の不明熱が続いても、肺炎や呼吸器症状がなければならない。肺炎でも細菌性でないことが明らかでなければ検査対象にはならない。黄色信号ではなく、確実に赤信号でなければ検査にはならない。ただ、医者として9割方大丈夫と思っても1割の不安が残る。100%疑いがないといい切れないからこそ検査があるはずだ。本当は韓国のようにどんどん検査して感染者を見つけなければいけないのだが、逆に検査を受けるまでに何重ものハードルがある」と語る。

 

 医療機関としては、いくら診察制限などの自衛措置をとっても、入院患者や人工透析などの定期的な治療を止めるわけにはいかないが、感染症指定病院のように完全な防疫体制がとれるわけではないため常に院内感染の不安がつきまとう。医療スタッフや患者を守るためにもできるだけPCR検査を受けさせたいのが本音だ。

 

 「都市部で明らかになっているように、実際の新型コロナ感染者には、不顕性感染(感染していながら臨床的に確認できるような症状がない場合)が多く、8割が無症状者だ。軽症者が急激に重症化して亡くなるようなケースも出ている。これを早期に発見しなければいけないはずだが、無症状者どころか軽症者でも検査対象にならない。PCR検査は1回約2万円かかるため、医療保険をいかに抑制するかというのが背景にあるのではないか」と医師は指摘する。

 

 山口県内で唯一PCR検査をおこなっている県環境保健センターの1日の検査可能件数は60件。ただ、4月20日以降を見ても、現在までに検査件数が上限に達したのは1日だけ。多くは上限の4分の1に満たない10件台で推移しており、都市部の保健所のような逼迫状況にはない。1日あたり50~100人の相談を受ける下関保健所でも「決して検査体制が整っていないわけではない。下関でも1日20件以上であっても受ける体制はあるが、実際に検査件数が2ケタ台に達したのは1日しかない」と担当者はいう。

 

 厚労省は今月8日、「帰国者・接触者相談センター」に相談するさいの目安にしていた「37・5℃以上の発熱が4日以上」の要件を削除した。これにともない、下関市では、9床しかなかったコロナ感染者の入院病床を89床に増やし、「帰国者・接触者外来」の1カ所にドライブスルー方式を導入する(5月中)などPCR検査体制の強化を発表している。だが、前述の高いハードルを緩和しなければPCR検査の拡充には繋がらないという見方が強い。

 

 医療関係者は「ドライブスルー方式は、車で乗り付けて気軽に検査が受けられることに意味がある。入口のボトルネック状態が変わらないのであれば、いくらその奥を広げたところで実効性は乏しいのではないか」「もともと下関市は医師不足で、国の病床削減計画に沿って高度急性期医療を担う市内4病院(市立市民病院、済生会下関総合病院、関門医療センター、下関医療センター)の統合計画があったほどだ。どこの病院でも医師もスタッフもギリギリの体制でやっている。コロナ病床が増やせたのは、それだけ閉鎖病棟があったからであり、入院患者を受け入れるためにはスタッフを増やさなければ片手落ちだ」と指摘している。

 

感染抑止の為の検査を 科学的根拠の可視化

 

 市内の内科医の一人は「患者さんから発熱の相談があるが、院内で診察はできないので電話で往診し、院内処方という形で玄関の外で薬を渡している。もし病院閉鎖の事態になれば地域住民に迷惑がかかるが、患者さんを見捨てるわけにもいかない。医師法には応召義務があり、患者拒否は禁じられているが、各地でそうせざるを得ない状態が続いている。PCR検査については、一般市民が保健所に相談したところで門前払いなので、かわりに医師が相談するが、保健所の許可が下りるのは稀だ。周囲の開業医に聞いても“鉄壁のガード”“何度も断られた”という話ばかりで、検査を諦めている医師も多い。高価なPCRでなくても、唾液検査など安価で簡単な検査方法もあるが、海外でやっていることが日本ではできない。専門性が求められる感染症対策を医師ではなく、役所が指揮していることに根本的な間違いがある」と憤りを込めて語った。

 

 別の医師は「日本では常に医療費の削減ばかりが議題にのぼり、病床削減や保健所や衛生研究所の人員も設備も削減され、このような公衆衛生危機に対応できないほど医療・保健体制が弱体化している。四病院を統合しようとした地域医療構想も国の指針の丸投げだった。PCR検査も“医師の総合的な判断”というが、上部機関の顔色をうかがって、責任を下に押しつける構図でしかない。高いハードルをもうけたうえで、検査が陰性であっても医師の責任、見落としがあっても医師の責任にする。正しい現状を把握して対策をとる入口に検査があるのに、国がそれを抑制し、ウイルス感染ではなく、検査自体を全力でブロックしているような体制に問題がある」と指摘した。

 

 検査を抑制した「感染者ゼロ」では科学的な根拠にはならない。目に見えないウイルス感染を可視化して安心できる日常をとり戻すためにも、実態ある検査の拡充とそれに見合った医療体制の立て直しが求められている。

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この記事へのコメント

  1. 山崎ひろみ says:

    感染者の少ない理由として、こういう現状があることは想像はしていましたが、記事になってみると、霧が晴れるような気がしました(本当は晴れではないけれど)。日本医師会は、医療費抑制のために必要な検査を抑え、検査で陰性を出すと医師の責任にされるという実態をどこまで把握しているのでしょうか。

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