全国沿岸漁民連絡協議会(JCFU)が「新型コロナウイルス感染症の経済的影響から沿岸漁業経営を守るための緊急要請」を農水大臣に提出した。全国各地の浜は今どうなっているのか、各地の漁業者にその実情や訴えを聞いた。
都市需要や輸出が低迷 北海道・青森大間
北海道の北端・稚内市から車で3時間ほど南に走ると、北るもい漁協がある。漁師たちは「武蔵堆」と呼ばれる北部日本海における最大の好漁場で、エビ類をはじめタコ、シジミ、フグ、カレイやホタテガイなど豊富な種類の魚介類を獲ってきた。羽幌港は日本国内でも屈指の甘エビ水揚げ量を誇る港で、毎年「はぼろ甘エビまつり」にはたくさんの観光客が集まってくる。だが今年はコロナの影響で様相が一変した。
留萌地区漁業調整委員の高松幸彦氏によると、甘エビはここ2、3年水揚げ量が減ってきたが、その分値段でカバーしてきたという。しかしその甘エビが、例年キロ3000~5000円だったものが、今は2000円台と3~4割安値になっている。
また、ナマコは高給食材として中国に輸出していたが、今は航空便がストップし、地元の業者が在庫を抱えており、5割安になっている。また、特産のウニはほとんど東京に運ばれるが、これはすでに動きが止まっている。
高松氏は「問題はこれからで、コロナが収まったとしても沿岸漁業が元通りになるだろうかと不安だ。漁業者がこの1~2年持ちこたえられるぐらいの経営支援を早急に求めたい」とのべた。そして、「これから食料が世界的に大きな問題になってくる。今回のことをいいきっかけにして、食文化を受け継ぐことを含めて日本の食料安保ということを真剣に考えないといけない」と話している。
青森県大間漁協の沿岸クロマグロ漁業者・泉徳隆氏によると、青森県で獲れた鮮魚はほとんどが県外に出荷されるが、コロナで観光客がストップし、各地のホテルや旅館、飲食店が打撃を受けるなか、魚価が3分の1程度に落ちているという。
とくに今の時期は、春になって脂の乗ってきたサクラマスがシーズンだが、例年はキロ3000円のところ、今はキロ1000円程度と3分の1以下。油代がかさむので出漁を控える漁師も出ている。
また、大間はマグロに依存している町で、7、8月頃から漁が始まるが、現在高級魚ほど打撃を受けており、「今年のマグロはどうなるのか」「値段が出なかったらどうするか」と悩みが語られている。マグロをやめてイカに転業しようとしても、何千万円単位の投資資金が必要であるうえ、イカ自体がこの2、3年は不漁続き。イカをやめてマグロに転業した漁師もいるほどで、その矢先にコロナが持ち上がり、八方ふさがりの状態だという。
泉氏は「出漁すれば経費がかかって赤字になり、共済に頼ろうとしても金が出るのは夏だ。報道を見ると東京中心にものを考えているようで、雇用者の休業補償はいうが、漁業にしても農業にしても地方の生産者が支えている。われわれ地方の生産者は見放されているのかと思う。水産庁にしろ全漁連にしろ、なぜ生産者のために声を上げないのか。今は政治とか派閥とかいっている場合じゃない。すべての人が一丸となって、横に繋がり、難局に立ち向かっていくべきだ」と話した。
高級食材は値が付かず 千葉・香川坂出
千葉県の房総沖はマカジキが有名で、刺身や鮨ネタとして流通しているが、その値が大幅に下がっている。
千葉県沿岸小型漁船漁協組合長の鈴木正男氏によると、成長すると70~80㌔にもなるマカジキは例年、千葉で獲れた7~8割が石川県の旅館やホテルに送られるが、コロナの自粛で客が来ないため、通常キロ700~800円のところ、キロ200円程度まで落ちている。もうけにならないため、出漁を控える動きがある。
またキンメダイは大、中、小、極小とあり、通常大はキロ8000円、極小でキロ1200円の値がつく。しかし今は豊洲市場で売れ残り、だぶついている。
黒アワビ(干しアワビ)は高級食材として中国に輸出され、キロ3万円の値がついたこともあるが、今は札が入らない(セリで値がつかない)状態。仲卸業者がナマコでもうけてアワビを買ってきたが、ナマコが売れず冷蔵庫に入っている状態なので、そのサイクルが止まっている。アワビ漁は5月解禁だが、延期も検討している。
そうした状況のなか、静岡県下田市は5月6日まで休漁し、キンメダイを全面禁漁にしている。千葉は週2日休んでいる。東京、神奈川、埼玉など県外ナンバーが釣りなどにやってくるため、コロナ感染拡大を心配して自分たちが率先して休漁し、遊漁もやめ、港を閉鎖している漁協もあるという。
鈴木氏は「暗い話ばかりしても仕方ないので、海があり魚さえいれば未来があるという気持ちで頑張るしかない」と語っている。
香川県坂出市の香川与島漁協組合長の岩中高夫氏は、「フグ、カンパチ、タイの3つの養殖で荷がほとんど動かない状況」だと語る。
養殖のフグは下関に出荷している。今はシーズンオフだが、生は0%、冷凍フグがほんの少し動いている状態。9月頃からシーズン入りするが、もしコロナが収束したとしても、大都会がこれほどダメージを受けているなかで、2、3カ月で急速に経済が上向くとは思えないという。
養殖マダイはキロ1500円だったのがキロ400円と、価格は3分の1以下に落ちている。また、養殖ハマチは6カ月で売るが、フグは育てて2年目に売るので、餌代その他で多くの経費がかかる。「今の状態が2年も3年も続けばどうなるか。将来が見通せず不安だ」と話している。
天然物ではこの地域は鰆が有名で、今年も4月20日から鰆漁を始めているが、いつもならキロ700、800円から1000円ほどするものが、キロ300円と3分の1程度になっている。それで漁を自粛して週に3日休んでいる。「稼ぎ時なのにこんな状態だ。魚によっては“売れないので市場にもってくるな”といわれているものさえある」という。
岩中氏は「うちも親子三代で養殖をやり、漁にも出ている。このまま続けば、来年は稚魚が買えるかどうか、事業を継続するかどうかという話になる。国の支援がどうしても必要だ。それも現行の制度では手続きが繁雑なのと、同じ組合員であっても漁連とのつきあいが少ない人、つまり漁獲高が少なく実績が乏しい人は融資を借りづらいという問題もある。この点も改善してもらいたい」とのべている。
出荷なく億単位の経費 長崎西海など
長崎県美津島町の西海漁協では、マグロの養殖をとりくんできた。
同漁協のクロマグロ養殖業者・松村宗典氏は、「コロナの緊急事態宣言が出た4月から、出荷量が例年の3分の1から4分の1に減った。4月のトータルでは水揚げが5分の1程度になるのではないか」と語る。仲卸業者に連絡をとると、寿司屋や料亭が休業しているうえ、業者自体も「客回りができない」という。
養殖マグロは8、9割方が東京に送られ、そこから地方へ発送される。マグロ一匹100㌔以下で、30~40㌔、40~50㌔など多様なサイズを年間を通して出してきたが、今はどのサイズも売れない。無理して出荷すると値が暴落して赤字になるので出荷を控え、在庫を抱えたまま餌代ばかりがかさんでいる。
餌代や種苗代など必要経費は月1500万円、年間にすると1億5000万~1億8000万円、大規模業者だと3億円をこえるところもある。これをマグロを売りつつ回していたが、それができなくなり、人件費も出ない状態だという。
また沿岸漁師はサバ釣りをして市場に出しているが、これまで一箱7000円~1万円したものが、今では一箱3000円台から1000円台に落ちている。ここでも休漁者が出ている。沿岸漁業への経営支援策を求める声は切実だ。
そのほか岩手県では、この間サンマ、スルメイカ、イサダ(オキアミの一種)の漁獲が減り、それにコロナが追い打ちをかけるなか、大震災後に新しい船を建造した漁師が借金苦に陥っており、「漁師をやめたいけれど船を買ってくれる人がいない」といっている。
東京の豊洲市場関係者は、「料亭や寿司屋が休業するなかで、Aグレードの高級食材が出なくなった。マグロなど値がつかないと、仲買やセリ人がいっている。その一方で量販店向け、Bグレード以下の安い価格で売るものが主流となっている。漁業法や卸売市場法の改悪で5年後、10年後にこうなるだろうと警戒していたことが、コロナによって今起こっている」と話している。
下関でも甚大な影響 営業自粛で競り値が半減
新型コロナウイルスの感染拡大による影響は裾野の産業にも波及しており、全国の消費地と繋がっている下関市内の水産業界にも大きな打撃となっている。消費地の需要激減に加え、下関市内でも飲食店の休業が増えているなかで下関中央魚市場や唐戸市場で水揚げされる魚の価格も下落の一途をたどっている。出口の見えない新型コロナ騒動のなかで、稼ぎ時であるゴールデンウィークにまったく収入が見込めない仲買業者もある。今後長引けば価格下落の煽りが漁業者にも及ぶことを懸念する声も強まっており、業界では危機感が募っている。
価格下落の深刻度は増すばかりで「毎週ごとに状況は悪化している」というのが水産関係者の実感だ。例年に比べた競り値のキロ単価を見てみると、サザエは700~800円が300円に、ヒラソは1000円が400円に、トラフグは5000円が1000円に、ウニやアワビ、ホタテなども軒並み半値にまで下落しているという。また、この価格は4月中旬時点での集計状況であり、現在ではさらに悪化していると見られている。
中央魚市場は、トラック運送や空輸が盛んではなかった時代から、本州最西端という立地条件もあいまって、鉄道運送の拠点として栄えてきた特徴がある。午前1時過ぎに全国で一番早く競りが始まり、鉄道網を駆使してその魚を都会の消費地市場へ飛ばす「上送り」が強みでもあった。
最近では下関からは東京や大阪、福岡などの都市部の消費地以外にも、加工業が盛んな島根や金沢への送りも多い。
下関の中央魚市場など地方の産地市場の相場は、都会の消費市場の需要によって決まる。都会の高級料亭などで出される魚はより高値がつく。下関で水揚げされるアカムツやアンコウ、トラフグなどはその代表格だ。その相場は、地方の産地市場で競りに参加する仲買人が提示する価格に反映される。
しかし、この数カ月間、都会では早い段階から新型コロナウイルスの感染が拡大し、それにともなう外出自粛要請、飲食店の客足減少、緊急事態宣言の発令によって消費市場の需要が急減し、真っ先に物流が鈍った。その影響は時間の経過と新型コロナウイルスの感染拡大にともなって全国の産地市場にも広がっている。都会からの需要が減り、大消費地の相場が地方の産地市場に流れ込まなくなったことで価格のつり上げ効果が弱まっている。さらに地元の飲食店や旅館などもあいついで休業しているなかで大幅に需要が減り、値崩れが起きている。
とくに影響が色濃く表れているのが高級料亭などで扱われるアワビやウニ、アカムツ、トラフグなどの「高級品」と呼ばれるものだ。東京や大阪、福岡などが高値で仕入れていた高級魚は通常の価格では売れないので、安く仕入れてスーパーなどの売れる場所に卸すしかない。したがって、高級魚を大衆魚に寄せた価格設定で販売する傾向が強まっているという。逆にスーパーなどで主に扱われるアジやイカなどの大衆魚や、カレイやウマズラハギなど干物等に加工される魚種はそれほど価格に変動がない。しかし、今後は高級品の価格下落につられてスーパー等での販売が主流となっている大衆魚の価格も引き下がるのではないかとの懸念もある。
下関市のある仲買業者によると、この間の新型コロナウイルスの影響で全体の売り上げは半減しているという。さらに下関市内を中心とする飲食店への納めだけで見ると、売り上げは90%も落ちている。また、唐戸市場で毎週末におこなわれていた寿司販売など、イベント関係の売り上げは3月からまったく無くなった。この業者は「ゴールデンウィークが一年のなかで一番の稼ぎ時だ。連休の期間の寿司ネタだけで売り上げは2000万円にものぼる業者もあるほどだ。自然界を相手にするこの業界だからこそ年間の経営には波があるが、こうしたイベントによる収入を基金的な扱いにして、必要なときには経営資金に回しながらバランスをとっている。だが、コロナの影響でイベントによる収益はまったくのゼロだ。コロナが終息しても、その後の資金繰りが厳しくなる業者が増えるだろう」と危惧していた。
唐戸市場では土・日・祝日におこなわれていた握り寿司イベント「活きいき馬関街」と日・祝日の営業を、市の要請を受け、3月から5月10日まで中止している。唐戸市場の寿司ネタを買い付けて卸すだけで生計を立てていた仲買業者も複数ある。こうした業者はすべての売り上げがなくなったうえに、毎月の従業員の人件費やトラックのローンなどの固定費を支払わなければならず、店舗によっては赤字が100万円を超えるケースもあるという。関係者たちの間では唐戸市場の寿司イベントの再開を望む声が強い一方で、「この様子ではゴールデンウィーク明けのイベント再開は難しいかもしれない」といわれている。
仲買業者の男性は「この事態が数カ月間続くなかで今後廃業が増えることが一番怖い。コロナ騒動のこれまでの約3カ月間はなんとか耐えられた業者も、これからは資金的にどうしようもないというケースが必ず出てくる。大企業のように体力のある業者はほとんどないし、社長や役員が給料をとらずになんとか経費をまかなっている同業者はいくつもある。しかし我慢を続けるにも限界がある。全国どこの市場も関係業者も同じように苦しい状況だろう」と危惧していた。
市場関係者は「現時点で市場の相場が下がっているし、状況は日に日に目に見えて悪化している。とれる魚の量に対して需要が追いついていない。スーパーでは客が増えているというが、自宅待機や、買い物は3日に1回などといわれているなかで、日持ちしない鮮魚はどうしても消費されにくい。今後さらに品物がダブつくようであれば、漁船漁師や養殖業者など生産現場の出荷調整や漁獲調整、最終的には休業も視野に入れなければならなくなる。そうすると漁業者の収入がなくなる。今でこそ下関の市場とかかわりがある産地でそうした規制をおこなっているとは聞いていないが、いずれそのような話も出てくるだろう。とにかく収束の時期が見通せないこと、事業を続けていくうえで経営を支える“あて”がないことがより状況を厳しくしている」と危惧していた。
別の市場関係者は「コロナの影響を真っ先に受けたのが都市部の消費市場で、その影響が地方の産地市場にまで及んでいる。価格の下落は深刻化するばかりで最終的なしわ寄せは漁業者にいく。漁師は燃料費などの経費と水揚げとの差額が収益になる。今のところ燃料油が下がっていることだけが唯一の救いで、水揚げによる利益が少なくなれば漁に出られなくなる。農業にしても漁業にしても国民の食、命を預かる現場を止めることはできない。このような危機的状況に対して、国として生産現場をどのようにサポートして生産を担保するのかという姿勢を国民に対しても生産者に対してもしっかりと示してほしい。漁師は一度現場を離れると二度と戻ってこない。実際の影響や損益などを算出したうえで具体的な補償なども含めた要望は現場から上げていきたい」と話していた。