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iPS細胞研究に立ちはだかる外資・グローバル企業の存在

 新型コロナウイルスによる肺炎のワクチンや治療薬が一刻も早く求められるなかで、山中伸弥・京都大学iPS細胞研究所長が、「iPS細胞からつくった人間の肺の細胞を提供し感染実験を通じてウイルスの性質解明や治療薬の開発に貢献したい」と発言した。山中教授はiPS細胞を活用することで、ウイルスが細胞に入り内部で増殖して外に出て行く仕組みや、軽症で済む人と重症化する人との違いを明らかにすることができると見ている。新型肺炎対策として一つの朗報だが、一方でiPS細胞による再生医療や新薬の研究開発をめぐる外資系・グローバル企業がたちはだかっている。

 

 昨年夏以来、政府がiPS細胞の研究、薬品の開発を民間企業にゆだねる方向に舵を切り、京大iPS細胞研究所への予算をうち切ることが明らかになり、関係者はもとより、各界の憤激を買った。山中教授が「再生医療を実用化する基盤」と位置づける同研究所のiPS細胞ストック事業を頓挫させるものだからだ。

 

 iPS細胞の研究は再生医療と、薬の開発の二つに分かれるが、日本は、再生医療の分野で世界トップの位置にある。パーキンソン病、目の病気、脊髄、心臓、血液、がん、軟骨、筋肉と非常に多くの病気が対象になり、つぎつぎに臨床研究に入り、一部は治験の段階にある。山中教授らはこの医療での拒絶反応が減るように多くの日本人に適したタイプの細胞をとりそろえ、高品質なiPS細胞をあらかじめ備蓄する「ストック事業」を進めてきた。

 

 研究開発を特定の民間企業に委ねるとコストが優先されるため、一種類のiPS細胞をすべての病気、すべての患者を対象に使うようになる。iPS細胞のストック事業は、そのやり方では患者に免疫抑制剤など多くの負担を強いる結果になると考え、複数の細胞を使い分けてそれぞれの病気に対応した、患者に最適なものを選ぶやり方を実現させることを目的としている。政府・財界はそれが、しのぎを削る国際競争下にあるiPS細胞の研究開発において巨額の利益を得ようとする企業ニーズにそぐわないというのだ。

 

 山中教授はこれに対して、NHKの番組で「ストック事業をいま民間に委ねるということは、iPS細胞の持っている可能性というのをものすごく狭小化してしまう結果になると考えている。日本の企業にはぜひ頑張っていただきたいが、一つの会社ですべてカバーすることはできない。一つの企業ではなくて、10、20という企業が成功していただきたい。それによってアメリカに負けない新しい治療を日本が届けるということを目指している。いまの形を維持するのが最適な方法だ」と批判している。

 

独自開発の道阻む日本政府

 

 山中教授がさらに、「医学の研究開発の超大国であるアメリカが、いよいよ本格的にiPS細胞に乗り出してきている。一個のベンチャーで、わたしたちが過去七年間いただいている国の支援より、大きい投資をあっという間に集めてしまうところも出てきた」とのべ、これからが踏ん張りどころだと決意を示したことが注目された。

 

 政府・財界が後押しする企業としては、とくに富士フイルム・ホールディングスの名があがっている。富士フイルムは山中教授らが研究所で進める同じ医療分野で「自社再生医療製品」として研究開発すると宣伝している。3月4日からアメリカでiPS細胞を開発・製造・販売する子会社、フジフイルム・セルラー・ダイナミクス(FCDI)社に治療用iPS細胞の新生産施設を稼働させるなど、商品化にむけて拍車をかけている。セルラー・ダイナミクス(CDI)は、山中教授とは違ったやり方でiPS細胞を開発したトムソン教授が「iPS細胞を安価に安全に製作する」と、立ち上げたベンチャー企業である。

 

 富士フイルムはまた、がん領域ではアメリカの有力ベンチャー企業・バーサント社と共同で設立したセンチュリー社で、「他家のiPS細胞由来の細胞を用いた次世代がん免疫治療薬」の開発を進めている。関係者の間では、「他家」がトムソン教授のCDIの代名詞とみなされている。

 

 山中教授は、「アメリカは日本の様子を見ていたんだと思う。(基礎研究や初期の臨床研究など)大変なところは日本がやってきた。米国は行けそうだと分かると、いっきにとりにかかってくる。米国で開発が進み、逆輸入する状況になりかねない」とも、発言している。そして、日本で開発したiPS細胞の実用化は、日本でおこなうべきだと訴えている。そうすれば、薬価も低く抑えることができ、医療費の軽減にもつながるのだ。日本で使われている「画期的」とされる新薬の多くが、海外とくにアメリカで開発されて、日本が巨額の支払いで輸入する形になっているが、その構造の転換をiPS細胞の研究者が担うべきだという使命感がうかがえる。

 

グローバル製薬企業の餌食

 

 ちなみに富士フイルムは新型コロナ対策で有効だとみられるアビガン錠を研究・開発した富山化学を傘下に収めた企業だ。アメリカの国防総省から150億円の助成を得てアメリカと共同治験したデータで日本政府に承認申請し、政府に新型インフルエンザ対策用の備蓄薬として200万人分を納めている。そこに米軍のバイオテロ対策、エボラ出血熱やラッサ熱などの致死性のウイルス感染症に用いることができると見たアメリカのやり方が透けて見える。

 

 アビガンは当初から、既存のインフルエンザ治療薬であるタミフル(ロシュ社)、リレンザ(グラクソ・スミスクライン社)の市場、既得権を損なうことから無視されてきた。そして、承認にあたってはあくまで、「新型インフルエンザの発生による感染が国に認められた場合にのみ、投与を検討する」「日本人を対象にした薬物動態試験と追加臨床試験結果を提出し、成績が確認されるまでは“原則製造禁止”」という厳格な条件がつけられた。

 

 富士フイルム富山化学が日本の当局に提出したデータはアメリカの試験結果で、日本人を対象にしたものではなかった。日本の伝統的な薬どころである富山の企業と研究者が苦心惨憺して開発した「画期的な薬品」が、アメリカ政府やグローバル製薬企業によって餌食にされてきたことが示されている。アメリカに従属した製薬業界におけるこうした制約のもとで、富士フイルムとライセンス契約を結んだ中国が、ジェネリック(後発品)を開発して臨床試験をおこない、民間企業による製造・販売で日本に先行する現象も生まれている。

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