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安岡沖風力の漁業補償契約は無効 元水産庁中央水産研究所研究室長・田中克哲氏に聞く

 下関市の安岡沖洋上風力発電建設をめぐり、山口県漁協下関ひびき支店の運営委員長ら3人の漁業者が前田建設工業に工事差し止めを求めた裁判で、広島高裁は6月26日、一審判決を支持し漁業者の控訴を棄却する不当判決を下した。漁業者らはただちに上告した。すると同日、前田建設工業はひびき支店に7月2日からのボーリング調査・潜水調査の実施を通告し、調査を妨害すれば数千万円の損害賠償請求と刑事告訴などの対応をとるとの警告書を送りつけた。ひびき支店は調査の中止を求める抗議文を同社に送るとともに、アマ漁の最盛期にもかかわらず抗議を続けてきた。本紙は風力発電反対運動が正念場を迎えるなか、生活をかけてたたかっている漁業者に適切なアドバイスをしてもらうため、元水産庁中央水産研究所研究室長で漁業法の専門家・田中克哲氏(神奈川県在住)にインタビューをおこなった。

 

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田中克哲(たなか・かつのり)1955年静岡県生まれ。東京水産大学卒業後水産庁に入庁し、沿岸課調整一班係長(漁業法、密漁対策担当)、企画課課長補佐(マリンレジャーと漁業との調整担当)、中央水産研究所漁業経営経済研究室長(マリンレジャーと漁業権等漁業制度に関する研究)などをへて退庁。現在、漁村振興コンサルタント、江戸前漁師を元気にする会代表、全国漁業協同組合学校理事、静岡県海区漁業調整委員会学識経験委員。

 

 

 記者 好漁場である安岡沖に4000㌔㍗の巨大風車15基を建てれば、海は死滅し漁業を子子孫孫に受け継ぐことができなくなるとして、ひびき支店の漁業者たちは陸の住民たちとも連携して風力反対を貫いている。

 

 これまでの経過を見ると、2012年8月、山口県漁協組合長・森友信、下関外海漁業共励会会長・廣田弘光、下関ひびき支店運営委員長(当時)の3氏が密かに前田建設工業と基本合意書を交わした。翌2013年7月、ひびき支店の総会で風力発電のために20年間、8億円で海を貸与する議案が採択(賛成38、反対12)されたが、そのさい「風力に賛成しなければ人工島の補償金はもらえない」などまったく別の問題を一緒くたにして採決したと漁業者は怒っている。

 

 だまされたことに気づいた漁業者らが行動を起こし、2015年7月には先の決議を撤回し、風力反対の決議をあげた。すると、それまではひびき支店のアマ漁に「暗黙の了解を与えていた」という廣田氏が、「風力に反対したから」といって、ひびき支店のアマ漁を禁止する通達を送りつけるなど、兵糧攻めで屈服を迫るやり方は今に至るまで続いている。それが海の調査をやろうとする前田建設工業の動きと一体のものとして進んできている。

 

 田中 ひびき支店の漁業者が訴えた工事差し止め裁判の判決文を見せてもらった。今回の判決のポイントは、漁業補償契約の当事者は、漁業権の帰属主体である山口県漁協と前田建設工業の二者であり、ひびき支店運営委員長が授権を受けているか否かにかかわらず、契約の効力には何の影響もない、とした点だ。今回の判決で一番重要なのがこの点で、まず最初に、当事者が本当に県漁協なのかという疑問がある。水産庁の「水産業協同組合法の解釈について」という通達は、こうのべている。

 

 「漁業協同組合が組合員の漁業に関する損害賠償の請求、受領および配分をおこなうことは漁業協同組合という社会的公益的組織体の存立目的の範囲内の行為であり、漁業協同組合のおこないうる業務に含まれると解する。また、この場合において、関係海面において漁業をおこなっている組合員からの委任行為が必要と解する。(1976年3月13日付)」

 

 つまり、漁業補償契約というのは海で工事をやることによって生まれる損害を賠償するということなので、実際に被害をこうむる人が当事者であり補償金をもらえる人であるということだ。したがって山口県漁協は当事者ではない。ただし、組合員から委任されている場合は団体交渉の代理人として補償交渉をすることが可能だということだ。

 

 安岡沖洋上風力発電の建設をめぐる補償契約をめぐって、漁業権自体については、漁業権の放棄や行使規則の変更がされていないので、漁業法の手続き論の対象にはならない。漁業権の問題ではなく、漁業補償契約を結ぶさいの漁協の意志決定の手続きに瑕疵(かし)があり、したがって補償契約は無効だと主張することは可能だ。

 

 水産庁の漁業法の専門家だった故・浜本幸生氏は、漁業権と漁業補償契約とは別物であり、区別しなければならないといつもいっていた。浜本氏は、「漁業補償契約とは、事前の“損害賠償”であって起業者(加害者側)と漁業者(被害者側)との当事者間において“損害賠償の法理”にもとづいてなされる性格のもの」とのべ、民法のなかの損害賠償(第709条)の法理にもとづくものと位置づけていた。

 

 したがって、洋上風力の補償契約の相手方は、実際に被害をこうむる個個の漁業者になる。実際に被害を受けない山口県漁協は、本来契約の相手方となれないことは明らかであり、「本件補償契約等の当事者は、山口県漁協と前田建設工業の二者」という裁判所の判決の認識は間違っている。

 

 安岡沖洋上風力発電をめぐる補償契約では、漁業者から県漁協に対して補償交渉に関する委任はおこなわれていない。したがって組合員に知らせずに契約を結ぶという県漁協の行為は水産庁通達に反したものである。また、それだけでなく、権限のない者が勝手に契約を結んだものであり無効である。

 

 百歩譲って、2013年7月のひびき支店の組合員総会で風力発電に賛成したことをもって委任行為に当たると仮に認識した場合でも、反対者12人からの委任はないのだから、前田建設工業はこの12人と個個に補償契約を締結する必要がある。

 

 なお、1972年9月の水産庁通達では、漁協が補償契約の当事者となる場合、本来は委任行為を必要とすることから、関係する組合員全員の同意をとるよう指導している。

 

 「なお、埋立事業等にともなう漁業補償契約の締結に当たっては、組合は関係する組合員全員同意をとって臨むようあわせて指導されたい。(1972年9月22日付)」

 

 したがって今回の補償契約の締結はこの水産庁指導に反したものになる。

 

 それで安岡沖洋上風力の問題では、漁業者は補償金を受けとったのか?

 

 記者 漁業者はまだ補償金を受けとっていない。2013年7月のひびき支店の総会で、風力発電建設のために、共同漁業権海域の一部の海を20年間、前田建設工業に貸す、迷惑料として関係7支店で8億円を受けとることを決議した。翌年9月になって、共励会が組合員の同意のないまま風力発電の手付け金として1000万円を受けとっていることが発覚し、当時の統括支店長がひびき支店の全組合員に謝罪した経過がある。

 

 田中 補償金の配分はどうすることになっているのか?

 

 記者 2016年4月、下関外海漁業共励会の運営委員長たちが下関市長に風力推進を求めたが、このときの記者会見で共励会会長の廣田氏(県漁協副組合長)が「8億円の迷惑料は漁協の運営費用にあてる。補償金として個人に配分するつもりは毛頭ない」とのべている。

 

 田中 配分しないということは、8億円の金は何のお金? ということになる。漁業権の放棄や行使規則の変更があれば漁協の手続き上の話なので補償金も漁協に入ることが考えられるが、それがないのだから、今回の補償交渉の性格は損害賠償的な位置づけにしかならない。損害賠償であれば、実際に被害をこうむる人と前田建設工業が個別に交渉する話だ。成田に国際空港をつくるときも、補償交渉は個別の農家と一軒一軒交渉している。組合員の委任を受けているときに限り、県漁協が代行できるということにすぎない。

 

 実際に風力発電をつくろうとしたときに、一番被害をこうむる恐れがある地元の漁業者に補償金を配分せず、第三者(県漁協)が分捕っていくというのだから、ムチャクチャな話だ。漁協が地元の漁業者に対してここまでひどいことをする例は、全国的に見てもほとんどないのではないか。

 

漁協合併の弊害 守られるべき「入会権」

 

 記者 ひびき支店の漁業者は、漁業組合というのは本来、組合員の生活を守り漁業振興に尽くすのが役割であるのに、逆に組合員のクビを締めているといっている。

 

 田中 やはり漁協合併の弊害だ。漁業権自体は、漁協のコミュニティが前浜をみずから管理するというのが原則だが、それが合併すると、地元から離れたお役所的な人たちの欲望に引っかき回されるようになるのだから。こんなひどい仕打ちを受けるのだったら、ひびき支店が県漁協から脱退するというのも一つの考え方ではないか。

 

 この問題に関連して、1989(平成元)年7月13日の大分市白木漁協裁判最高裁判決がある。

 

 江戸時代には「海の入会権」ともいうべき漁村の慣習があり、それが明治になってからの漁業法で法的に整備された。共同漁業権および区画漁業権の一部からなるいわゆる組合管理漁業権は、免許を受けている漁協が管理・処分権を持ち、そしてその構成員である組合員が利用・収益権を持つ、つまり権利が分属するのであり、いわゆる入会的権利であるというのが従来の国の見解だった。利用・収益権が組合員にあるということから、当然ながら補償金の所属は実際に被害をこうむる組合員であるとみなしていた。

 

 ところが白木漁協裁判の最高裁判決は、共同漁業権が入会的権利であることを否定し、共同漁業権は法人としての漁協に帰属する権利であり、したがって補償金も漁協に所属するとしてしまった。これは1962(昭和37)年の漁業法改正の解釈を裁判所が間違えて出した不当判決であり、浜本氏は死ぬまでこれを変えたいといっていた。私としても、浜本氏の遺志を受け継ぎたいと考えている。

 

安岡沖が前例に 全国の沿岸漁業に影響

 

 記者 全国的に見ても、安倍政府が洋上風力発電の建設に力を入れている。

 

 田中 今私たちは、改定漁業法が抱える問題点を知らせている真っ最中だが、そのさかなに洋上風力促進法ができた。私たちが一番心配しているのは、下関市安岡沖が前例になってしまって、広域合併をした漁協が山口県漁協の真似をし始めたら目も当てられない事態になることだ。

 

 今、大規模洋上風力発電が秋田や青森などで計画されているが、広域合併した漁協が勝手に風力事業者と契約を結んで、地元の漁業者の同意はいらない、補償金は全部県漁協のもの、ということを全国的にやり始めたらとんでもないことになる。全国の沿岸漁業者は生きてゆけなくなる。

 

 また、改定漁業法には、「漁業権のない海域において、漁業権を設定するよう努めるものとする」という内容が盛り込まれている。たとえばある企業が沖合に区画漁業権(養殖)の免許を受けるとする。その経営がうまくいかなくなると、風力発電事業者と補償交渉してその海域に風力発電をつくることに同意するという契約を交わし、金をもらって逃げていくということも考えられる。地元漁協には補償金は入らないし、風力発電は建ってしまうという踏んだり蹴ったりの結果になりかねない。それどころか、もともとその海域で養殖なんかする気がなくて、「やる、やる」といって漁業権の免許を受けておいて、企業に売り飛ばすという可能性も考えられる。

 

 今は三権分立が正しく機能せず、裁判所も忖度して地元住民の声が届かなくなっている。しかしそれを手をこまねいて見ているわけにはいかない。ひびき支店の漁業者が自分たちが直面している問題を全国に発信し、祝島や諫早の漁業者、全国の漁業者と連携して、悪い前例をつくらせることがないよう是非頑張ってほしい。私も協力を惜しまない。

 

以下、参考文献

 

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