長崎大学が進める危険度の高い病原体を扱う研究施設である「バイオ・セーフティー・レベル(BSL)4」施設の建設をめぐり、建設予定地周辺の住民のあいだで、施設に対する不安とともに、住民の要求に真摯に向き合うことなく予定通り12月中の工事着工を決めた長崎大学に対する不信感が語られている。16日には、反対する住民たちが施設で扱う病原体の種類や入手方法などの情報開示を求めて長崎地裁に提訴しており、今後計画中止を求める訴訟に発展する方向へと進んでいる。
海外から感染症ウィルスを持ち込む実験施設
医学部に熱帯医学研究所を持つ長崎大学は、研究拠点としての優位性を高めること、さらに同大学病院にエボラ出血熱やラッサ熱などの熱帯病患者が入院できる病室があることから「万一、長崎で感染者が出た場合でもスムーズに対応できる」ことなどを理由に、長崎大学坂本キャンパス(医学部)内の敷地へ同施設の建設計画を進めてきた。BSL4施設は、WHO(世界保健機関)が定めた安全指針に基づくもっとも危険度の高い病原体を扱う実験施設で、日本国内で設置されているのは、国立感染症研究所村山庁舎(東京都武蔵村山市)と理化学研究所筑波研究所(茨城県つくば市)の2カ所のみ。完全に密閉された実験室と厳しい安全基準による管理体制が求められているものの、致死率が高いうえに治療法のない病原体を海外から持ち込んでとり扱うため、一度管理を誤れば感染能力の高い「殺人ウイルス」が周囲に拡散する危険性を秘めている。そのため稼働しているのは国立感染症研究所村山庁舎だけで、それも周辺の強い反対を受けて2015年8月まで稼働していなかった。
住民たちが問題視しているのは、建設予定地が人口密度の高い住宅地の中にあり、福島原発の事故に見られるような「想定外」の事故によって住民生活に被害を与える可能性が払拭できない点にある。大学の周辺には小中学校や保育所もあり、「ウイルスの発生地である海外に作るべき施設。まして多くの人が巻き込まれる可能性のある住宅地に作るべきではない」との指摘があいついできた。大学の発表直後から、これら住民の不安の声は上がっていたが、長崎市の田上市長は住民の同意を得る前に容認姿勢を示し、住民が合意対象の外側にとり残されたことも混乱を深める要因となった。
住民からは「数度の住民説明会がおこなわれたが、大学側は意見を聞くだけで、まともな回答はなく、一方的にBSL4施設の必要性を説くだけであったり、“安全です”の一点張りで納得できない」「説明会のなかで、大学関係者から“原爆に耐えてきた長崎市民だからウイルスにも耐えられる”などの軽薄な発言もあり、とても住民の安全に責任をもった対応には見えない」「ウイルスは目に見えないだけに、子どもたちも多く暮らす地域で万が一の事故が起こっても検証のしようがない。建設主体である大学の学長も、設置許可を出した市長も、任期が終われば当事者ではなくなる。この地域の市民は逃げ場もなく、拒否権もないまま運命共同体にされる。この地に住む住民の声にしっかり耳を傾けて尊重するべきであり、拙速な工事着工はやめるべきだ」と語られている。また、大学側が住民の不安の声に対して、「世界最高水準の研究施設を作るために理解を」などと大学の国際競争力向上を掲げて反論していることにも、「住民の安全よりも大学の利益を優先する姿勢こそが危険信号」「大学にとって市民はモルモットなのか」と指摘されている。
また、国内での前例がないBSL4施設には、最も危険なウイルスを扱うにもかかわらず、国の設置審査基準も、使用者の資格規定も、責任を引き受ける組織団体も存在していない。安全基準があがっても「想定外」で片付けたのが福島原発事故だが、原発以上に法制度が整っていないのが実態だ。不特定多数の人人を巻き込むバイオハザード(生物災害)と隣り合わせの施設であるため、一独立行政法人にすぎない長崎大学に管理運営責任をとれるのか? という不安がある。人為的なミスによって事故が起きた場合も個人責任に切り縮められてしまうことが危惧されており、この間の一連の大学側の対応がその不安をさらに掻き立てる効果となっている。これらの未解決の問題や不信感を抱えたまま強引に建設に踏み切れば、地域との対立はさらに深まる趨勢にあり、事業者だけでなく行政を交えた再検討が求められている。