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安倍政府が「改憲」で目指す国の姿とは 9条にとどまらず全面書き換えの自民党草案

 安倍首相が10月24日に召集した臨時国会の所信表明演説で「憲法審査会で政党が具体的な改正案を示すことで、国民の理解を深める努力を重ねていく。そうしたなかから幅広い合意が得られると確信している」とのべ、改憲発議に意欲を示した。今国会ではすでに自・公・維新・希望の党の4党で共同提出した国民投票法案の審議が大詰めを迎えている。現在、自民党は「改憲4項目(9条改正、緊急事態条項、参院選“合区”解消、教育の充実)」の素案を示しているが、方向性はすでに「日本国憲法改正草案」(自民党が2012年に決定)で明確に定めている。「改憲」勢力がいったいどのような国作りを目指しているのか、自民党改憲草案から全貌を見てみた。

 

天皇を国家元首に 戦争の反省覆す

 

 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇、または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。これが日本国憲法9条である。憲法はまた、「平和主義」とともに「国民主権」や「基本的人権の尊重」についても定めている。その内容は、かつての戦争で320万人が殺された痛恨の教訓に根ざしている。


 この憲法を「時代遅れ」と見なし、「戦後レジーム(体制)の脱却」と声高に叫んできたのが安倍政府である。だが、近年進めてきた戦時国家体制作りこそがまさに「戦争レジーム」である。日本を米本土防衛の盾として差し出す全土の米軍基地化をおし進め、その過程で民主主義の剥奪に拍車がかかった。


 現在、動いている「改憲」は「自衛隊は軍隊」と規定するか否かという部分的なテーマだけに留まらず、国民生活全体にかかわる問題をはらんでいる。


 自民党の「憲法改正草案」は、性格を定める前文を全面的に書き換えた。「政府の行為によって再び戦争の惨禍がないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」という文面を削除し、痛ましい戦争の反省に根ざした憲法の歴史を抹殺した。そして「我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する」と変え、自衛隊の海外派兵や「集団的自衛権行使」へつながる内容を盛り込んだ。

 

 また「天皇」の文字が一言もなかった前文に、日本は「国民統合の象徴である天皇を頂く国家」と加筆し、第一章「天皇」の項にも第1条に「天皇は日本国の元首」と明記した。それは主権在民という民主主義の基本原則を根本から覆す意図のあらわれである。


 第二章では「戦争の放棄」の章題を「安全保障」に変え「戦力不保持」「交戦権の否認」を明記していた9条2項を削除した。そして新9条では「(戦争を)永久に放棄する」としていた内容を「国際紛争を解決する手段としては用いない」と変え、「前項の規定は自衛権(集団的自衛権も含む)の発動を妨げるものではない」との条文を追加した。そして「自衛」もしくは「米軍防衛」の参戦を認める内容へ転換させている。


 さらに「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」との規定も新設した。この国防軍は「国際的な活動」や「公の秩序の維持」「国民の生命や自由を守るための活動」が任務で、ときの政府が進める方向性に異議を唱える抗議行動が激化すれば、治安弾圧に出動することを認めている。同時に機密保持の法律を整備すること、国防軍の機密を漏らした兵員や公務員を裁くための軍事裁判所設置も明記している。

 

権力ではなく国民を規制 「緊急事態条項」も 

 

陸上自衛隊の「10式戦車」に乗って手を振る安倍首相(2013年4月)

 第三章の「国民の権利および義務」は従来の「公共の福祉」に従わせるのでなく「公益及び公の秩序」に従わせると変えた。「国民の権利」を「公」と称する一握りの為政者の利益、秩序のために制限する内容への転換である。それは米軍や自衛隊による土地接収や食料提供、大企業による風力発電建設などにも「公益及び公の秩序」を掲げて、うむをいわせず従わせる内容である。ここでは集会結社の自由や表現の自由、公務員の団結権も含めすべて「公の秩序」によって制限できることも明記している。

 「公共の福祉を守る」という規定を「公の秩序を守る」に変えることとセットで「勤労者の団結権」も規制している。とくに公務員については新たに項目をつくり「全体の奉仕者であることに鑑み……権利(団結権、団体交渉権、団体行動権)の全部又は一部を制限することができる」とした。財産権も「公共の福祉に適合するように…」という規定を「公益及び公の秩序に適合するように…」と変えたため、私有財産も「公益」や「公の秩序」を掲げて国家が没収することを可能にしている。それは「国民の権利を保障する憲法」から「国家の権利に国民を従わせる憲法」への大きな転換である。


 第五章の「内閣」も大幅に書き換えている。これまで内閣総理大臣とその他の国務大臣について「文民でなければならない」と規定していたが、改憲草案は「現役の軍人であってはならない」とした。これは「現役の軍人以外はだれでも大臣になれる」という意味で、事実上軍人経験者の大臣就任を認める規定である。それはかつて軍人主導で戦争へ突き進んだ反省から導きだされた「文民統制(シビリアン・コントロール)」の否定である。さらに「内閣総理大臣の職務」に「内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する」という条文も新規に追加している。


 「地方自治体」では、「地方自治は住民の参画を基本」とし、住民が「その負担を公平に分担する義務を負う」とした。さらに「地方自治体」について「基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治とすることを基本」と規定し、市町村合併、県の廃止や道州制をおし進め、中央集権国家の形成へつながる内容をちりばめている。


 新設する項目のなかで重要な位置を占めるのが「緊急事態」(第九章)である。内閣総理大臣が「外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」について「緊急事態の宣言を発することができる」と規定した。さらに緊急事態宣言下では「内閣が法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」とし、内閣総理大臣について「財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」と規定し、強力な権力を持たせた。同時にどんな人も「国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置にかんして発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」と明記し、全面服従を迫る内容を盛り込んでいる。「緊急事態宣言」を発すれば、人、モノ、カネを、内閣総理大臣の一声で総動員できる内容である。それは、米軍からのばく大な戦費拠出要求をはじめ、施設や物資、兵員の提供を求める動きにいつでもこたえられる体制である。また、従わなければ国家権力を動員して処罰する、かつての国家総動員法の復活にほかならない。


 こうした改憲案を発議しやすくするため「改正」の項も書き換えている。これまで「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」としていた規定を「両議院のそれぞれの総議員の過半数の賛成で国会が議決」と変え、議決可能なハードルを引き下げた。


 もともと現在の「総議員の3分の2以上の賛成」という規定自体が、国民の意志を反映しているとはいえない。全有権者の十数%しか得票できない自民党が大量の議席を独占し、死に票や棄権票に込められた民意を抹殺してきたからだ。
 だがこの発議要件をさらに緩和して「総議員の過半数」とする。それは国民の支持がない一部国会議員の手で、簡単に最高法規である憲法の全面改悪を可能にする、民主主義の破壊である。


 加えてこの承認方法も「特別の国民投票又は国会の定める選挙の際おこなわれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」としていた規定を「有効投票の過半数の賛成を必要とする」に変えている。


 そして「最高法規」の項で「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、犯すことのできない永久の権利として信託されたものである」(第97条)という条文を丸ごと削除したことである。そのかわりに「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」(第102条)と追加した。憲法の性格を「国民に対し侵すことのできない永久の権利」を保障する最高法規ではなく、国民が「公の秩序のため」に尊重すべき義務に変えている。


 こうして国家権力の暴走を規制し国民の権利保障を基本とする憲法を、国家権力の思惑に沿って国民の側を規制する憲法に転換させることを狙っている。


国民投票法の改定急ぐ 早期成立狙う安倍政府


 この「改憲草案」の実現に向けて、安倍政府は改憲案発議に向けた手続き整備を急いでいる。


 この第一段階が、改憲原案の国会提出である。原案提出は議員が一定数の賛成者を募っておこなう方法と、衆院と参院にある憲法審査会が与野党の合意を前提にしておこなう方法の二通りある。同時に「内閣が提出することができない」「改正箇所が複数ある場合、原案は関連する事項ごとに区分することが必要」など、一般の法律との違いもある。だが自民党は今年3月、すでに4項目の改憲案をとりまとめている。改憲原案の国会提出へ向けた動きは早い段階から始まっている。


 ただ、この原案は国民に問うための素案であり、いきなり自民党改憲草案のようなストレートな内容を提示すれば反発が噴き出すのは必至だ。そのため4項目の改憲案はできる限り穏便な表現を用い、もともとの改憲草案を巧妙にオブラートに包みこんだ内容に変えている。


 自民党がまとめた改憲案の4項目は「9条改正」「緊急事態条項」「参院選“合区”解消」「教育の充実」である。


 「9条改正」は9条全体の内容は維持するが、そこに「我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」と追加する手法だ。戦争放棄や戦力の不保持をうたいながら、自衛と称して武力行使を認めることや総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する内容はしっかり盛り込み、矛盾に満ちた内容になっている。


 「緊急事態条項」は「大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとま(ひま)がないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる」とした。内閣が緊急事態を宣言できることを認めたうえ、追加すべき内容は、今後いくらでも後付けで補強できる条文になっている。


 「参院選“合区”解消」は一票の格差是正が表向きの理由であるが、ここに「地方自治」の性格にかかわる条文を盛り込んだ。それは「地方公共団体は、基礎的な地方公共団体及びこれを包括する広域の地方公共団体とすることを基本…」という内容で、民意が反映しにくい広域自治体や道州制を促進していくことも潜り込ませている。


 「教育の充実」では「国は、教育が……国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み……教育環境の整備に努めなければならない」と規定し、国が学問分野へも強力に関与していく姿勢を示している。


 そして自民党憲法改正推進本部の下村博文本部長が10月26日、改憲の機運を盛り上げるため、年内をメドに全国289の衆院小選挙区支部ごとに憲法改正推進本部を置くことを発表した。各支部長が本部長を務め、4項目の改憲案を説明するための研修会や街頭演説会を開く方針もうち出している。


 こうした改憲案を国会で定め、国民投票に持ち込むために、臨時国会で国民投票法改定案(洋上での投票を認める内容などを盛り込んでいる)の成立を急いでいる。


 自民党が描く今後のスケジュールは、国民投票法改定案を早急に成立させ、改憲に向けた4項目を衆参両院で審議することである。そのためには憲法審査会において過半数の賛成が必要になり、その後の本会議では、総議員(欠席議員を含む)の3分の2以上の賛成が必要になる。この手続きをすべてクリアすると、素案は国民投票にかける改憲案となる。そして国会は発議(国会が憲法改正案を提案し、国民投票を求めること)にあわせ、発議後60日から180日のあいだで投票日も議決することになる。


 その後は国民投票広報協議会(各議院の議員から委員を10人ずつ選任)を設置して広報を周知し、国民投票運動をへて投開票となる。投票権を持つのは18歳以上で、賛成投票の数が投票総数(賛成投票数と反対投票数の合計数)の2分の1をこえると「改憲承認」となる仕組みになっている。


 こうして執拗に「改憲」を叫び続けてきた安倍政府が、国民には内容をあまり知らせないまま、「改憲素案」の作成を進めている。さらに国民投票実施に向けた体制づくりも着着と動かしている。

 この「改憲」策動によって、民主主義的な権利を脅かされるのは国民であり、その行き着く先は、再び日本国土を戦火にさらす危険にまで通じている。こうした現状に対して監視の目を強め、強力な国民世論を安倍政府に突きつけていくことが求められている。

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