「首相」であることを世界に誇示したい心象世界ともあいまって、安倍晋三の外遊癖に拍車がかかっている。就任以来の1年10カ月で訪問した国の数は49カ国にのぼり、国会閉会中はせっせと世界中を政府専用機で飛び回って、次から次へと現地の為政者にお金をプレゼントしてまわっている。世界屈指の借金財政で、財政再建のために増税が必要と説いている者が、得意気になってばらまき外交をやる異様さが浮き彫りになっている。
国民に「財政再建」語るペテン
2012年12月の安倍政府発足後、1月に初めての外遊だったベトナムで466億円の円借款を表明したのを皮切りに、その年の4月末から5月初旬にかけてロシア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコを訪問。経団連会長など118企業・団体から383人が同行してトップセールスを展開した。そこには原発の海外輸出のために、IHI、大林組、大成建設、東芝電力システム社、東洋エンジニアリング、日揮、日立GEニュークリアエナジー、日立製作所、日立造船、三菱電機、三菱マテリアルと、日本原子力学会(原子力村)の賛助会員が11社も同行し、トルコ、アラブ首長国連邦と原子力協定で合意した。他にも出光興産、コスモ石油、JX日鉱日石エネルギーなどの石油元売大手、伊藤忠商事、住友商事、丸紅、三菱商事など商社やゼネコンが同行し、安倍首相はサウジアラビアで中東・北アフリカ諸国に対する地域安定化支援および民主化支援として、総額2160億円の支援をおこなうと表明した。
5月24日から訪れたミャンマーではテイン・セイン大統領と会談し、日本への支払いが滞っている円借款で生じた債務のうち新たに2000億円を免除(借金解消)し、1月に発表した免除額と合わせておよそ5000億円の債務解消に道をつけた。さらにミャンマーのインフラ整備として、新たに円借款と無償資金協力合わせて910億円のODA(政府開発援助)実施を表明した。
そのさいに同行したのは43企業・団体、117人。名古屋大学などの大学、NEC、日立製作所、三井住友銀行、三菱東京UFJグループ、住友商事、丸紅、三菱商事、IHI、東芝、三菱重工、伊藤忠、鹿島建設、前田建設、大成建設、日揮などの大企業だった。
ミャンマーは現在、ミャンマー政府が外資導入と雇用創出のモデルと位置づけているティラワ経済特区の開発が進んでいる。開発は日本企業が独占的に手がけ、2015年の完成を目指している。日本政府はティラワ地区インフラ開発の計画として200億円の円借款をミャンマーに供与しており、2013年4月に三菱商事、丸紅、住友商事が合弁でエム・エム・エス・ティー有限責任事業組合を設立。海外移転していく大企業の居場所を整備するために、日本政府がODAや円借款で現地政府を迂回させる形で資金を提供し、その港湾整備や道路整備、開発利権を日本の商社やゼネコンが受注していくシカケとなっている。
債権の免除はミャンマーだけの話ではなく、2003年から2011年の9年間でも1兆8000億の債権が免除されている。ミャンマーの5000億円を入れると2兆3000億円もの債権が免除されていることになる。形式上、ODAや円借款で現地政府に資金を貸し付けるが、「日本に戻さなくてもいいです」といってその後チャラにする手法を採用している。東南アジアに力を入れているのが近年の特徴で、ベトナムには過去20年のODA円借款の累積額が2兆円にもなる。
2013年8月には、中東のバーレーン、クウェート、カタールに外遊した。そこには92企業・団体、210人が同行した。9月には国連総会で女性の保健医療や紛争下での権利保護などを掲げ、国連に3000億円を資金提供するとぶち上げ、さらにシリア難民の支援として五九億円の追加支援を表明した。
11月にはラオスの国際ターミナル拡張支援のために90億円の円借款を表明。12月に東京でおこなわれたASEANの首脳会議では5年間で2兆円規模のODAを実施すると発表した。災害に強い道路や堤防の整備に3000億円、1000人規模の人材育成、鉄道・空港などの大型インフラ整備、巡視船の供与を盛り込んだ。そして再びミャンマーに総額632億円の円借款、ベトナムにも総額1000億円の円借款を表明した。
今年に入ってからは、1月に資源が豊富でアフリカでは今後もっとも成長が期待されているモザンビークに700億円のODA実施を表明。インドには地下鉄建設などに2000億円の円借款を表明した。3月にはG7がウクライナへの支援を決めたことに関連して、日本もウクライナに1500億円のODAをおこなうことを表明。そのうち3億5000万円をチェルノブイリ支援として調印した。そして再度、ベトナムに1200億円の円借款を表明。5月にはバングラデシュの首相と会談して、6000億円のODAをおこなうと表明した。同じく5月には岸田外相が日本が世界銀行や国連と共催するアフリカ開発会議で今後アフリカに5年間で最大で3兆2000億円の支援をすることも表明した。
7月にはパプアニューギニアで首脳会談をおこない、液化天然ガスの日本への安定供給の確認と安倍政府が集団的自衛権行使容認を閣議決定したこと、そして今後3年間で200億円のODAをおこない、インフラ開発を支援するとした。25日からおこなわれた中南米五カ国の歴訪(メキシコ、トリニダード・トバゴ、コロンビア、チリ、ブラジル)にも、およそ100の企業・団体が同行。メキシコでは経団連が「日メキシコ経済協議会」を開催し、日本の自動車メーカーなどが進出を計画している製造工場や部品工場の建設事業への進出がPRされた。また、同時期には岸田外相が民主化と市場開放を後押しするとしてキルギスに120億円の円借款を再開すると表明した。
9月にはインドとの共同声明を発表し、今後5年間でODAを含めた3兆5000億円もの官民投融資を約束した。そしてインドに進出する日系企業を倍増させること、日印の2国間での安全保障協力の強化を確認し、日本からインドへの原子力発電所関連の輸出を可能にする原子力協定の早期妥結に向け交渉を加速させることを合意した。
スリランカとの首脳会談では海洋安全保障分野での連携強化を一致し、137億円の円借款を表明。その後、ニューヨークでおこなわれた気候変動サミットで途上国の災害対策支援として1兆7400億円を供与すると発表。会場からの拍手に大満足の表情を浮かべた。そして国連本部でのエボラ出血熱に関するハイレベル会合に出席し、西アフリカで流行しているエボラ出血熱への43億円の追加支援を表明した。日本はすでにこれまで5億4000万円の支援をおこなっており、支援総額は49億円となった。そして国連総会では「イスラム国」について、「国際秩序に対する重大な脅威」とし、地域の安定化に向けて新たに中東に五五億円を支援するとした。
就任以来の1年10カ月を振り返ってみると、それ以外にもアメリカに対してはリニアモーターカー整備にかかる総工費1兆円のうち、半額にあたる5000億円を融資すると安倍首相みずからオバマ大統領に提案した事実も明らかになった。米国債も50兆円買い込み、その他にも「アベノミクス」の象徴である株式市場に対して日銀や政府が全力で買い支えている金額も膨大である。その東京株式市場で利益を上げていくのは海外ヘッジファンドで、要するに官製相場をつくり出すことによって、利潤をプレゼントする構造となっている。ニューヨークに出向いては「私のドリルで岩盤を貫きます」などといっている。
同格扱いされぬ滑稽さ 願望に反して
首相がカネをばらまいて外交を切り結ぶ。カネで何でも解決できると思っている「坊ちゃん」が自分よりも格下と思っている周囲に小遣いを与えて持て囃され、喜んでいるのと変わらないような外交が真顔でくり広げられている。一方で東北被災地や豪雨災害被災地を放置している為政者が、たった1年10カ月の期間で数十兆円近いカネを海外にばらまくのだからその精神構造は単純に右巻き、左巻きというだけでなく、ネジの付き方から含めて疑うべきレベルといわなければならない。安倍晋三の小遣いではなく原資はみな国民が払っている税金である。
国内向けにはこの間、「子育て支援の3000億円が足りないから消費税を10%に引き上げるべきだ」「増税して財政再建を世界に印象付けないと日本国債が売られて暴落する」などと恥ずかし気もなく吹聴してきた。海外に数十兆円もばらまける者が、まるで別の顔をして「カネがない」「カネがない」と国民の財布の中身を覗き見ばかりしている盗人猛猛しさである。
一連の海外への資金供与は、直接には多国籍企業化した国内大企業やゼネコンの海外権益を拡大するための軍資金として利用される性質を持っている。国内ではこの間、大企業が製造工場などをみな海外に移転させ、空洞化によって失業が深刻な問題になってきた。本社社員を半減する大企業が出てきたり、外国から安い労働力を招いて日本人労働者が仕事を奪われたり、とりわけリーマン・ショック以後の変化は大きなものがあった。この過程で「グローバル化」といって多国籍企業のような顔をしながら、その進出基盤までふくめて国家に寄生し、首相のトップセールスすなわち国家のお墨付きを切り札にして海外をさ迷っている独占資本の姿も暴露している。国民が年貢奴隷にされた挙げ句、失業や貧困、生命の再生産すらできない少子高齢化に見舞われ、人口が1億人以下に落ち込むという予想がされ、終いには海外権益を守るために集団的自衛権の解釈を変更し、「死んでも構わないから行ってこい!」と日本の若者を戦場に連れ出すところまできた。
持て囃されたい願望が強い為政者が国内では満足できず、札束をつかんで世界に出向いていく。しかし外交面で見てみると、近隣の韓国や中国とは首脳会談すら開けず、拉致問題打開で点数稼ぎを狙った北朝鮮からは拉致被害者報告も空通知でいなされる対応となった。国連総会へ米国に出向いてもオバマだけでなく各国から首脳会談のセッティングを断られ、ウクライナ対応を巡ってロシアからも距離を置かれ、カネをばらまく割に同格相手をしてもらえない国国が増えているのも現実である。その反動が逆に東南アジアや中東、中南米の新興国へと向かって、満たされている風でもある。
国家の私物化への怒りが高まっている。