2008年のリーマン・ショックで虚構の金融バブルがはじけ飛んだのをきっかけにして、米国はじめ欧州、日本など資本主義各国は苦肉の策で目先の金融対策に追われてきた。米国では米連邦準備制度理事会(FRB)が巨額の資金を市場にばらまいて金融資本の損失を穴埋めし、欧州でも日本でも同じく金融緩和や超低金利政策が実行されて急場をしのいできた。しかし明るい展望は見えず、むしろ各国政府が拠出する公的資金や緩和マネーに群がって、ますますヘッジファンドなどの金融資本が利潤を溜め込み、社会を崩壊させてきた。マネー資本主義の終わりが近づいていることと同時に、こうした歪んだ構造のもとでは社会が成り立たないことを突きつけている。
円安と増税で国民生活窮乏化
日本国内ではこの2年近く、安倍政府の登場とともに「アベノミクス」なる金融政策があらわれてメディアに持て囃されてきた。「異次元の金融緩和」なり「景気対策」と称した公共投資の大盤振る舞いがやられたものの、潤うのは株主やゼネコンばかりで、国民生活は窮乏の一途をたどってきた。この詐欺紛いの金融政策はいったい何だったのか? という問題意識が急速に広がっている。
安倍晋三の再登板にともなって、まず手がつけられたのが日銀総裁人事だった。安倍采配によって白川総裁の後釜には財務官僚だった黒田東彦が選ばれ、「異次元の金融緩和」をぶち上げた。「二年後をメドに2%の物価目標を達成し、デフレを脱却する」とし、最近ではそれでも効果がなかったものだから、更なる追加緩和を発表した。
この2年、日経平均株価は民主党政府だった時期から2倍以上も跳ね上がり、10月末の追加緩和発表によって1万7000円台にまで急騰した。そして1㌦=80円台だった円相場は1㌦=115円にまで円安が進んだ。
この最大の引き金になったのが日銀の異次元緩和だった。マネタリーベースすなわち日銀による資金供給量は、アベノミクスが始まる以前の2012年末には138兆円だった。それが15年末には350兆円になると見込まれている。米国の450兆円に次ぐ規模で、いかに大きなものかがわかる。野村総研の試算では国内総生産(GDP)に占める比率は八割に達するとかで、世界的にも例がないものとなっている。日本銀行券を打ち出の小槌の如く刷り散らかすことによって、金融市場に燃料を投下してきた。
日銀が保有する長期国債は190兆円にまで膨らむと見られている。日本政府の発行する国債を中央銀行が買い上げ、世界有数の借金財政を回すというもので、こちらも保有シェアは3割に及ぶなど、通常では考えられないような規模に膨らんでいる。
10月末に米国でFRBが量的緩和の終了を決定したのを受けて、その34時間後に「追加緩和」を発表したのが黒田日銀で、借金大国であるにもかかわらず金融バブルをさらに煽る役割を果たしている。長期国債の買い入れ額は年間30兆円増額して80兆円に引き上げること、日経平均ETF(上場投資信託)の買い入れ額をこれまでの1兆円から3兆円に引き上げ、リート(不動産投資信託)の買い入れ額も同じく3倍の年間900億円に増額させることを発表した。金融市場最大の買い手として日銀が株価を買い支え、官製相場といわれても仕方ないほど管理統制を強めている。“やらせ”によって株高が演出されている状態だ。
さらに、株価上昇の火付け役になったのは、130兆円もの資産を抱えている年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用改革案とかかわって、安倍政府が追加緩和と同時に、国内債券への運用比率を60%から35%に引き下げ、一方で国内株式への運用比率を12%から25%まで引き上げ、外国債券も11%から15%、外国株式も12%から25%へと大幅に引き上げることを発表したことだった。国内株式市場には単純計算で45兆円もの資金が流れ込み、外国株式市場(ダウ平均等)にも32兆円が転がり込むことを意味し、円安ともあいまって、期待を込めていっきに株価が上昇することとなった。
一連の連続発表によってもっともお祭り騒ぎをくり広げたのがウォール街で、「日本からのプレゼント」「ハッピー・ハロウィン」などといっている。郵政民営化で外資が株式を握ることによって国民の金融資産である350兆円を奪い去ろうとしてきたが、年金資金130兆円もまた博打の原資として提供し、金融資本の餌食として提供するものとなっている。年金資金をめぐっては、社会保険庁がグリーンピア(年金福祉施設)などで使い込んでいたのが問題になり、その後、2006年に資産運用業務を任せる年金積立金管理運用独立行政法人が設立されていた。グリーンピア等への流用ではなく、今度は直接金融市場に流し込み、株価如何によっては水の泡になる危険性をはらんでいる。
リーマン・ショックの発端をつくった米国では、中央銀行が量的緩和の限界もあって終了を打ち出した。すると日銀がなりかわって世界にばらまきを開始。ドル買い円売りが加速し、日本国内から海外に向かって資金がいっきに流れ始め、円安によって割安と見なされた日経平均株価が釣り上がっていった。量的緩和によって市場に供給された資金は国内金融機関が日銀当座預金として保有したり、ドル買い(米国債購入)に振り向け、みな海外、米国に吸い上げられる仕組みになっている。いくら資金供給量を増やしても銀行の貸し出しは増加せず、国民生活には行き渡らない構図が二年間ですっかり暴露された。
経済指標も軒並み悪化 実感離れた日銀短観
円安・株高が騒がれた2年間を経て、国民生活はどうなったか。株価上昇によって恩恵を受けた者はほぼおらず、逆に円安によって食料・燃油・資材などの物価高騰に見舞われ、その実感は「2%のインフレ目標」を既にこえている。加えて消費税が5%から8%へと上がり、家計支出は膨らむばかりとなった。
総務省が発表している9月の家計調査では、消費支出が6カ月連続マイナスの1・9%減、実質収入は12カ月連続の6・0%減で、「アベノミクス」に金融市場が乱舞しているもとで、一方では窮乏化が進行してきたことを示した。「トリクルダウン」理論といって「大企業や上層がもうかることによって下下もおこぼれに預かることができるのだ」と力説する御用学者もいたが、実際には大企業や金融資本が握って離さないから大不況になるわけで、実質賃金の低下はアベノミクスで賃金が上昇した人人以上に減少した人人の方が多かったことをあらわした。
経済指標も軒並み悪化の一途をたどっている。この7~9月の実質国内総生産の速報値は11月17日に発表が迫っているが、4~6月期の実質国内総生産(GDP)は年率換算でマイナス7・1%と東日本大震災を上回るものとなった。GDPのうち6割を占めている家計支出(個人消費)が年率換算で前期比マイナス19・2%とすさまじい落ち込みをみせたことが大きく影響した。
家電が売れず、クルマも売れず、デパートやスーパーの売上も減少し消費支出が伸びない。日銀が連日のように金融緩和をおこなっているおかげで、ガソリン高や食料品の高騰、小売商品の値上げが頻発し、そこに増税が加わって消費者がモノを買えない悪循環となった。消費税を増税したから景気が冷え込んだのではなく、もともと不景気だったところに増税でトドメがさされ、買えるものも買えなくなった。実態経済は深刻なる不況に見舞われていることを物語っている。
そして円安になれば輸出が伸びるはずなのに、伸びる向きがまるでない。かつては輸出によって貿易黒字を出し外貨を獲得してきたが、現在はGDPに占める輸出の割合は12%で、むしろ輸入額が大幅に上回る貿易赤字国になった。アベノミクス1年目となった13年度の貿易赤字は14兆円にもなった。大企業の多くは海外移転して現地生産に励んでいることから輸出が伸びず、国内生産も増えない。物価高だけが国民生活を襲い、円安によるコスト増大が生産活動にも重くのしかかる構図となっている。景気は決して回復などしていないのに、日銀短観は狼少年みたいに実感からかけ離れた景況感を映し出している。「急激に悪化している」とはいわず、いつも「緩やかに回復している」と願望をオウム返ししている。
こうしたなかで、年内に消費税10%への増税を決定しようとしているのが安倍政府で、今年1月のダボス会議では「財政再建に取り組む」(10%に増税するの意味)と国際公約するなど、勝手な振る舞いをしてきた。国民収奪はとどまるところを知らず、外形標準課税で赤字企業からも税金を取るとか、携帯税の導入とか、金融市場へのばらまきとは裏腹な収奪案が自民党のなかで持ち上がっている。景気を一層悪化させる自爆テロのような行為が何の躊躇もなく実行される。ひたすらヘッジファンドや金融資本にだけ貢ぐ構造を露呈している。
社会食い物に懐肥やす 強欲な金融資本主義
「アベノミクス」は投資先を失っていた外資ヘッジファンドが息継ぎに利用しただけだった。そのヘッジファンドもシティバンクやゴールドマン・サックスは日本市場に見切りをつけて撤退の動きを見せ始めていることが取り沙汰されている。目下、米国の身代わりになって金融緩和を引き継ぎ、日銀がせっせと市場に資金を供給し、その資金で外資が日本株を買い、ドル買いによって円安に拍車がかかっている。いずれコントロール不能になって為替が円安でさらに暴走する危険性や、これらが弾け飛んだときに長期金利の急騰など社会が麻痺しかねない状態に陥ることも指摘され始めた。こうした事態を迎えたときに「安倍晋三が賢くなかったから」といって済むものではない。消えた年金についても誰が融かしたのか曖昧にはできない。
「国にカネがない」といって消費税や国民負担の収奪を強めながら、一方で多国籍企業と化した大企業は法人税減税の恩恵を受け、金融資本は国家のカネにぶら下がって懐を肥やしていく。破綻した米国経済の尻拭い係を買って出て国内を疲弊させ、TPPによって日本市場を丸ごと外資に売り飛ばすようなことに躊躇がない者が、為政者として采配を振るって、悲劇か喜劇かわからないようなことをやっている。原発や集団的自衛権の行使と同じように、後は野となれで社会を滅ぼして恥とも思わない政治の姿を問題にしないわけにはいかない。米国に隷属していく構造を叩きつぶさなければいつまでも食い物にされるだけで、しまいには米軍の鉄砲玉として戦地に駆り出されることが現実問題となっている。
国民生活を破壊する疫病神・安倍晋三を持ち上げてきたのは商業メディアであり、背後で外資や国内独占資本が煽ってきた。しかし捏造景気はいつまでも続かない。その終わりも近づいている。強欲な金融資本主義になりかわる社会運営を求めて、世論は強まらざるを得ないところへきている。