(1)人間生活の特徴
①社会の主体形成の場としての生活
人間生活―それは人間が人間として生きる場であり、この世に生を受けたすべての人間の生存を維持・向上させる場である。人間生活・生存の維持・向上は、自然的条件・環境の維持・保全を前提にそれに不可欠な物質的富と精神的富(文化)の生産・消費(享受)が必要である。人間生活を支える根拠(実体的根拠)を担う主体(直接には労働者)としての労働者の労働能力形成・発展が必要である。
労働者による労働によって生産される富の消費、この消費の過程が、人間生活の過程である。そしてこの消費―生活によって、人間の生存が支えられ、社会が維持・発展する。消費しうる物(衣食住)とともに十分な生活時間―消費時間・睡眠時間が必要である(その場=家・住宅とともに)。
同時に、消費に必要な物の生産能力の基本は、労働者の労働能力の向上・発展である。
自立して労働しうるまでには、子どもの育成―保育・学習の場―が必要である。自立した労働能力を確立しても、さらに労働能力を高めるには、不断の学習―労働・生産現場での学習とともに、知的・技術的能力の発展を図る教育・学習の場が必要である。これらの学習の場は、社会的に保障されなければならない。子育て(保育)、学校教育、技術・技術開発の機会は、それを求める人に無償で保障されなければならない。
傷病者、身障者の人間としての生活を社会的に保障する―それぞれの状況に応じて活動しうる場の保障とともに、互いに支え合い連帯して生きるところに、人間の社会的性格があることの実証の場である。
十分労働し活動し、あるいは社会的生活を経験してきた高齢者の生きる権利を、社会的に保障しなければならない。社会に貢献した代償としてではなく、人間として生き続けること自体を権利として保障しなければならない。年寄りは、様々な経験、失敗・挫折や成功の経験を、積んで来た。それを語り、伝える場の保障とともに、そこから学び合うことは、人間性の発展にとって貴重なことである。
②人間形成・人格形成と共同・連帯
人間生活の場は、人間形成・発展の場、人格形成の場である。
人間は、一人一人皆自分の個性がある。どういう能力を、どのように成長させるか、それぞれ違う。その違いは決して優劣とはいえないし、画一的基準で評価されうるものではない。逆にそれは互いの個性の表われとして、理解し合い、学び合う―それを通してそれぞれが人間性=人格を高めうる。
人間生活の関係は、それぞれ個性を持った個人の直接の人間関係の場、生きた人間と人間の直接の関係によって成立している。ことばを通した直接の人間関係だけではなく、表情や動作を通したコミュニケーションを通して理解し合う関係である。文字、文章を通したコミュニケーションも重要である。とくに文字による記帳、記録は、歴史的記録として後世に伝えられる。しかし、文章を通した人間関係には、真意の表現だけでなく虚偽の表現もありうる―直接の人間関係でなく、物象化された物を媒介とした関係であるから、人を貶(おと)しめる意図など虚偽の意思も入りうる。ケータイ、スマホを通したコミュニケーションには、この要素が入り込みうる。直接の人間関係―生きている人間同士の関係が決定的に重要である。
若きマルクスは、「教育者こそ教育される」といったが、教育は教育者(先生・親)が生徒(子どもたち)に対して(知識や技能等を)教えるだけでなく、生徒(子どもたち)から学ぶ関係でもある。何かの知識や考え方を、教育者が教育を受ける者に分ってもらおうとするとき、全く理解されないことがある。教師はしばしば自分の問題ではなく、相手が悪いととらえがちだが、自分の説明の仕方、あるいは自分の認識自体が十分ではないことがある。生徒と直接関わることを通して、教える側自体が、教えようとする相手から学ぶこと―教育自体、生きた人間関係の中での学び合う関係なのである。一人一人個性をもつ相手との直接の関わりは、決して定型的、画一的関係では成立しえない。相手の状況、対応のちがいによって、全く新たな、それこそ創造的な対応が不可欠である。
人間が人間として生きる―それは直接の人間関係の場によってであるが、この場の基本は共同・連帯関係である。一人一人は個性をもつ存在であるが、一人では生きられない。“お一人さまの老後”などとそれが当り前のようにいわれているが、一人では絶対に生きられない。子どもの保育・人間として自立する上での成長過程は、その生活確保とともに、その資質形成の上に、親とともに、社会の支えが不可欠である。子どもを育成させる過程は、直接にその親の責任(義務)といってよいが、親がそれを果せなければ、地域、社会が責任を果さなければならない。成人となり、労働者として活動している人間も、職場における労働する仲間の共同・連帯とともに、家族、地域の人間との共同・連帯の中で生きている。互いに個性を尊重し合いながら、支え合い、共同連帯し合う関係が、人間が人間として生きる基本関係である。平和的生存権は、人間が生きる基本的な関係に根ざしている。平和は人間生活維持・発展の基本的要求である。
③文化の発展が人間性の発展
人間も自然的本質をもつ以上、生きるには動物と同様、食べなければならない。生存には「衣」が必要である。体毛を失った人間には衣が不可欠、とくに自意識が形成されれば、衣は人間生活にとって基本となる。そして休み眠る場―住居が必要である。衣食住の充足、享受は、生存の基礎である。
衣食住それぞれに文化的要素がある。衣食住の文化は、各地域、各民族の個性に基づき、自然状況、風土、慣習等に基づいて、形成・発展してきた。一民族内でも地方によって、気候風土のちがいによって、衣も住も食もそれぞれの文化をもっている。そして相互交流の中で、各民族、各国が歴史的につくり上げてきた衣食住の文化が交流し合い、取り入れ合いながら、文化が発展してきた。
衣食住という生活の直接的基礎に関わる文化だけでなく、固有の文化的領域―絵画、音楽、演劇等の芸術、そして人間がたどってきた歴史過程、その中での様々な活動分野を、記録し、活動根拠を分析・解明し、教訓化する仕事、一言でいうと各分野の学問が形成・発展してきた。
こうした芸術・学問を含めた文化を享受する―それはそれぞれの人間の個性に応じて自主的に享受することによって、人間性が形成され育まれてきた。この自主的主体的文化の享受が、さらに文化を発展させるものとなったのである。自主性を抑圧する強制、権力的強制は、文化を破壊し人間性を破壊する。
(2)現代資本主義の下での人間生活の歪み・破壊
①賃金減少―生活難
資本主義においても、労働者が労働して生産した生産物(生活資料)によって労働者、社会の構成員の生活が維持されていることに変りはない。しかし、労働力を商品として売り、その代価=賃金によって生活を維持しなければならない賃労働者は、労働力が売れるかどうか、どれだけの価格で売れるか、売れなかった場合(失業する)にどう生活を維持しうるのか等、厳しい状況にある。
新自由主義が徹底推進されている今日、労働組合の抵抗力弱体化(というより労働組合が資本の競争力強化、利潤拡大に協力しているという状況)の下で資本はその本性をむき出しにし、雇った労働者に対し、一方では労働時間延長、労働強化強要、他方賃金抑制、切下げを進め、資本の自由―雇った労働者を、部品を扱うように自由に操作している。若干のデータで確認しておこう。
a.日本の労働者の賃金(民間賃金)は、一九九七年をピークに下り続けている(資料3)。平均賃金は、1999年(年間平均)497万円から2016年の490万円に減少している(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」)。男女別でみると、男性は、1999年562万円から16年549万円に減少(13万円減)している。しかも、賃金が最も落込んでいるのは、35~39歳という働き盛りの男性賃金(減少額53万円)、続いて40~44歳(49万円減)、30~34歳(31万円減)、46~49歳(23万円減)となっている(資料4)。働き盛りの男子労働者の賃金減少は、子育て、子どもの教育に負担をかかえている労働者に、厳しい生活難をもたらしている。――賃金が下落しているのに、株主への配当は2000年以降(リーマンショック08―09年を除き)急上昇している(資料3)。労働者(=人間)の価値は下がり、カネ(=物)の価値は高まっている。全くの転倒ではないか。
b.とくに重要なのは、非正規労働者の増大と賃金・労働条件の劣悪さである。
非正規労働者は、全労働者の約4割、2000万人を超えている。とくに結婚・出産・子育ての年齢にあたる若年層の労働者の五割以上が非正規雇用となっている。
国税庁の民間給与実態統計調査によると、年間平均給与(一人当り、役員を除く)は、正規雇用487万円、非正規雇用172万円で、非正規雇用の賃金は正規雇用の35・3%にすぎず、「ワーキングプア」の基準年収200万円を割込んでいる(『長周新聞』17年12月29日)。
30~34歳の男性についてみると、正社員は結婚している者の割合が6割近くになるのに、派遣労働者は23・8%、パート・アルバイトでは17・1%である(『長周新聞』18年1月10日)。結婚を望んでいてもできない状況である。少子化―人口減が進む。
c賃金減少、生活圧迫の中で、生活の内容も、食べるだけでせいいっぱい、という状況になっている。
『日本経済新聞』(17年12月27日)は、総務省「家計調査」(17年12月26日)で、エンゲル係数(家計支出に占める食費の割合)が減少に転じたこと、それは、小売大手による食品値下げ、株高による消費下支え等による、としている。しかし13年以降エンゲル係数は急上昇した(資料5)。
賃金低下、とくに低賃金の非正規労働者の増大の下で、ギリギリの食費を確保する(しかも「食」の中味自体の質の低下も加わり)だけでせいいっぱいとなっているのでエンゲル係数は上昇する。とくにエンゲル係数が急上昇しているのは、30歳以下の若者たちである。エンゲル係数低下が株高による――ここでも、株式投資でカネを稼ぐごく一部の連中の食料品以外の消費支出(高額消費財支出)が増えていることによる。
同様の現象が、貯蓄率にも現われている。家計貯蓄率はこの間ほぼ一貫して低下し、13年にはマイナスとなっていた(資料6)。それが15年以降上昇している(同)。これに関し『日本経済新聞』は、「雇用や社会保障制度への将来の不安が影響しているかもしれない」という三菱UFJモルガン・スタンレー証券・戸内氏の考えを紹介しているが、こういう不安を貯蓄増に振り向けうるのは、一部高額所得者であり、その所得もほとんど株高、配当増によるものといえよう。労働者・民衆は、貯蓄にカネを回す余裕はない。サラ金に依存せざるをえない者が多いが、そうなれば借金奴隷に陥る。
『長周新聞』(18年1月19日)は、アメリカの労働者・民衆のホームレスの現状を詳しく伝えている。全米でホームレス状態にある学生が少なくとも420万人にのぼる。そのうち13~17歳70万人、18~25歳350万人にのぼるというシカゴ大学の報告書を紹介している。そして「ホームレス大国アメリカの現実は、その後を追いかけている日本社会の将来を暗示するものといえる」と指摘する。
日本の労働者・民衆のホームレスについての調査資料は把握していないが、東京都による「インターネットカフェ」などに泊まる「ネット難民」の調査が報告されている(『日本経済新聞』18年1月29日)ので、これを紹介しておこう。
東京都内で「ネットカフェ難民」は、一日当り約4000人に上るとみられる。そのうち7割超の約3000人が派遣労働者など、不安定な働き方をしていると推定される。都は、都内24時間営業のネットカフェや漫画喫茶など全502店を対象に、店側と利用者のアンケートを実施(222店から回答あり)。オールナイト利用者(946人)の宿泊理由は、「旅行・出張中の宿泊」37・1%、「住居がなく、寝泊まりするため」25・8%、他は「遊び・仕事で遅くなった」13・1%、「家に帰りたくない事情がある」5・9%など、となっている・都は回答した店の平均宿泊者数などから、平日に泊る人は都内で1万5300人と推計し、うち住居のない人は約4000人と算出した。
「住居の無い」泊まり客に関しては、年代別にみると、30代が38・5%、50代が27・9%である。労働形態は、パート・アルバイト38・1%、派遣労働者33・2%、契約社員4・5%等で、不安定な働き方をしている人が7割を超えていた。さらに「住居が無い」客ら363人の聞き取り調査を実施。店舗の他に、路上で寝泊りする人は43・8%いた。一カ月の収入は、11万~15万円が46・8%、収入がない人は10・7%に上った。
日本のホームレス状況は確実にアメリカを追いかけている。反面、地方・農村では人が住んでいない住居が増大している。
(つづく)