いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

文字サイズ
文字を通常サイズにする文字を大きいサイズにする

現代資本主義の終末的危機を示す人間労働・生活破壊―その克服はいかに (3) 埼玉大学名誉教授・鎌倉孝夫

 (2)人間労働破壊の現実

 

 現実にいま生じている人間労働破壊の状況を、若干の事例を通してとらえておこう。


 ①長時間労働・過労死の実態


 a.トラック運転手の労働
 関西から東京・関東にトラックで荷物を運ぶトラック運転手。東京近郊のサービスエリア(あるいはその周辺の路肩)で仮眠をとり、深夜に起きて明け方に高速道路を降りる。―午前0時から4時まで高速料金が3割引きになる。会社は、経費削減のためこの時間帯に高速道路を降りるよう指示するので、この時間帯まで待機しなければならないからだ。その分トラック運転手の拘束時間は延長する。次の日は東京・関東から関西方面に荷物を運ぶ。運転手は、月―水、水―金(さらに金―日)と週3回もトラックを運転しなければならない。


 月8回この運行をすると、時間外労働は月120~150時間、多いときは200時間になる。(月80時間以上の時間外労働を2カ月以上続ければ過労死する、という。)明らかに過労死ラインをはるかに上回る長時間労働である。


 しかし厚労省の改善基準告示は、月の拘束時間を293時間、労使協定を締結すれば月320時間まで可能とし、年間3516時間という長時間の拘束を容認している。加えて一日の拘束時間は最長16時間まで認めている。


 安倍政権は「働き方改革」を掲げているが自動車運転業務に関しては、上限については本則年720時間を超える年960時間(月80時間、休日労働を除く)まで容認している(しかも適用は5年後)。


 「運輸業・郵便業」の脳・心臓疾患による過労死認定は、2016年度で35件(全業種で107件)に達している。


 運輸業等の参入規制緩和の下、中小零細業者が激増し、激しい過当競争が生じている。これら小零細業者は、大手運送会社の3次~5次下請けとなって、低単価を強いられている上、仕事を確保するために自ら単価を引下げている。それが運転手の過酷な長時間労働、しかも低賃金(基本賃金は最低賃金以下に設定されている)をもたらしている。社会保険未加入の事業者も少くない、という。


 このような過酷な、過労死さえもたらしかねない労働条件の下でも、雇用されなければ生活できない中高年労働者が多い(さすがに若年労働者は敬遠する)。しかも殆ど労働組合は組織されていないので歯どめがかけられない。


 b.トヨタの新裁量的働き方
 世界的大競争戦、EV(電気自動車)や自動運転化など新技術導入の中で、トヨタ自動車は労働者の「働き方」改革を進めている。


 一つは、「究極の成果賃金」。工場で働く技能職の労働者に対し、毎月評価し、それによって毎月の賃金を変動させる。標準額7万円。6段階の「技能発揮考課点」で評価する。


 もう一つは、FTL(I)(フリータイム&ロケーション・フォー・イノベーション)。事務・技術職の労働者に、働く場所、時間に縛られない「裁量労働的」働き方を導入。対象者は7800人という。①残業は年間360時間以内を前提に、月80時間、原則540時間の範囲内で働く。②適用は主任職。本人の意思・所属長との面談、部長・人事の承認が必要。③手当は月17万円支給(主任職の裁量労働手当の1・5倍)。④年20日年休取得し、平日5日間連続休暇を取る。週1回、2時間以上出社すればよいという内容。


 現行の裁量労働制は、企画業務型と専門業務型の2つあり、17年3月時点で前者370人、後者1403人。これは実際に何時間働こうが、労使協定で一日9時間働いたと見なして、所定労働時間を超えた31時間程度について「裁量労働手当」として支給する。


 新しく導入するFTL(I)では、月四五時間分の残業相当分として現行の1・5倍(月17万円)の手当を出すとしている。決められた時間の枠内で成果を上げることが求められるので、成果を上げるために、時間に関係なく働かなければならなくなる。効率的に働いても年540時間まで働かざるをえなくなるのではないか、という声が上っている。上述のように月80時間の残業が2カ月以上続けば過労死ラインといわれているが、トヨタはそこまで働かせよう、というのだ。すでにトヨタ自動車でこれまで過労死と認定されたのは、分っているだけでも5件ある。


 トヨタ自動車関連会社で過労死した労働者の労災認定訴訟で、名古屋高裁は、長時間でうつ病になった点を考慮して、1カ月85時間余の残業を「過重な労働負荷」だとして、過労死と認定した(17年2月。以上、aは『しんぶん赤旗』17年12月19日、bは11月8、9日より)。


 「もともと製造業は、繁忙期に出稼ぎ労働者らを一時的に雇っていた。平成に入ると、不況になったときの〈調整弁〉としても非正社員を雇うようになった。そんな平成の働き方を象徴する訴訟が14年、名古屋地裁に起こされた。減産を理由に雇い止めされた期間従業員に訴えられた自動車部品メーカーは、雇い止めの正当性をこう主張した。〈(部品の在庫を極力抑えるトヨタ生産方式の)ジャスト・イン・タイムを行うため、在庫を生産する業務に人員を充てることを前提に雇用を維持できない〉」と(『朝日新聞』17年11月12日)。在庫を置かないことは、在庫生産用労働者を置かないことを当然視する。まさに労働力のかんばん方式である。


 c.野村不動産の裁量労働制違法適用
 厚生労働省東京労働局は、不動産大手・野村不動産が、裁量労働制を社員に違法に適用し、残業代の一部を支払わなかったとして、野村不動産本社、関西支社など全国4拠点に対し、各地の労働基準監督署が是正勧告を行なったと発表した(『朝日新聞』2017年12月27日)。

 

 同労働局によると、高級マンション「プラウド」を手がける同社は、裁量労働制の適用が認められないマンションの個人向け営業などの業務に就く社員に、全社的にこの制度を適用していた。このため違法な長時間労働が発生し、未払い残業代も生じた。同社によると、全社員約一九〇〇人のうち課長代理級の「リーダー職」と課長級の「マネジメント職」の社員計六〇〇人に裁量制を適用していた。「中堅社員であれば、裁量を持たせて企画提案型の事業を推進できると判断した」としているが、労働局・労働基準部長は、「(同社の不正を)放置することが全国的な順法状況に重大な影響を及ぼす」として、特別指導に踏み切った、としている(『朝日新聞』同上)。


 現在の「裁量労働制」には、「専門業務型」―新聞記者、証券アナリスト、システムコンサルタント等専門職、研究開発、弁護士、公認会計士等(対象19業務)に適用―と、「企画業務型」―企画、立案、調整、分析等(導入には本人同意、労使委員会で5分の4の賛成が必要等の条件の上で)―がある。裁量労働制は、働き方を労働者自身である程度決められるが、一定の成果を上げるために長時間労働を自ら行なうことがある。しかし、労使で前もって決めた時間については支払われるが、それを超えても残業手当ては支払われない。自ら仕事の量を調整できない長時間労働に陥る。「一度導入されると、乱用が表面化しにくい制度だ。とくに『企画業務型』は対象業務の定義が難しく、『専門業務型』より分りにくい。本人同意が必要といっても、真意によるものか疑問のケースもある」(塩見卓也弁護士、『朝日新聞』同上)。


 政府は、この対象業務を拡大しようとしている。さらに「年収1075万円以上」の高度な専門知識をもつ働き手―アナリスト、コンサルタント、為替ディーラー、研究開発、金融商品開発等―に対し「高度プロフェッショナル制度を新設・導入しようとしている。この制度では残業手当(深夜・休日手当も)は、支払われない。


 d.若干のデータ
 厚労省の調査(2016年度)によると、長時間労働が疑われる事業場の監督指導で、2万3915社の調査のうち1万5790社(66%)で労働基準法などの違反があった。このうち時間外労働に関わる違反は1万272件、不払残業は1478件にのぼっている。長時間・過労は、いわゆるブラック企業だけではない。


 同じく厚労省の調査によると、2016年の「サービス残業」(不払い残業)は、127億2327万円、対前年比27億円増となっている。是正された対象労働者は、5266人増の9万7978人。企業数は、1349社。1000万以上の支払いでは、184社である。


 厚労省が調査を始めた01年以降の16年間の是正総額は、2530億1924万円、是正された労働者総数は216万5329人、企業総数は、2万760社に達している。しかし現実には下請中小零細企業において是正されない不払い残業が数多くあると思われる。十分な調査を通した抜本的是正が図られなければならない。


 e.過労死
 過労死を考える家族の会などの運動の成果として2014年過労死等防止対策推進法が制定されているけれども、過労死は頻発している。


 この間でも、NHKの女性記者、電通に勤めた女性新入社員、新国立競技場建設に従事していた建設会社社員など、過労死・過労自殺が起こっている。


 「弁当チェーン〈ほっともっと〉を展開するプレナス(福岡市)の男性社員は11年7月店長をしていた三重県内の店舗で自ら命を絶った。30歳だった。遺書にこう記していた。〈もうこれ以上前に歩いていけません〉。10年4月に入社。数カ月後に長野県内の店長を任された。亡くなった時は三重県内2店の店長を兼務していた。……四日市労基署は労災を認めなかったが、遺族が再審査を求め、国の労働保険審査会で労災が認められた。審査会は男性が11年3月下旬に精神疾患を発症し、自殺に至ったと判断。発症の数カ月前には月100時間を越える時間外労働を継続的にしていたと指摘した。」(『朝日新聞』2017年6月18日)


 この社員の父親は、社員の安全への配慮を怠ったとしてプレナスに損害賠償を求めて長野地裁に提訴したが、会社側は裁判で「強度な心理的負荷を生じさせるような長時間労働の事実はない」、としている。遺族の代理人弁護士は、「現場の店長に過ぎない男性が管理監督者として扱われた結果、労働時間の管理が甘くなり、長時間労働に陥ってしまったのではないか」と指摘している(同2)。


 労働基準法は、第41条(第2項)で「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」に関しては「労働時間及び休憩」の「適用の除外」を認めている。「使用者」(企業経営者=資本家)には労働時間の規制はないが、「監督」「管理」の地位にある者も、労働時間規制が除外されている。企業側はこれを利用し、実質は経営者の命令に従い、搾取されている賃金労働者でしかないのに、「店長」などの管理的名称と経営責任を押しつけ、管理的地位にあるのだとして労働時間規制を取りはずしている。命じられた仕事をこなさないと、いつ解雇されるか分らないという観念の下で、過度労働、まさに奴隷的労働を自らの責任として行ない、過労死、過労自殺に陥っている。 

 

 なお、看護、保育等、直接人間に関わる福祉労働の状況――長労働時間と労働強化の実態を調査し、明らかにしなければならないが、まとまったデータをとらえていないので、今回は取上げられなかった。(注)


(注)以上人間労働破壊の現実を、主に『朝日』『毎日』『日経』新聞等が取上げている事実をふまえて記述したが、それを通して気がついたのは、主要大企業における状況、そして厚労省等を通した是正措置と一定の改善の記述が際立っていることである。『しんぶん赤旗』は一定の批判の視点がみられるが、大手マスコミの記事に関しては、大企業に対する政府の是正が行なわれているという側面を意図的に取上げているように思われる。


 とくに重要なのは、3次~5次下請企業における労働の実態、そして民間事業として行なわれている保育・介護労働の苛酷な労働実態がほとんど取上げられていないことである。


 教育現場の労働実態については、後に扱うが、介護労働の実態については、私たち自身で独自に調査しなければならない、と思う。『長周新聞』で是非取組んでもらえないか、と思う。  (つづく)

関連する記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。なお、コメントは承認制です。