いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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地方自治体に国への従属強いる地方自治法改定案 改憲の緊急事態条項を先取り 被災地放置しながら法改正に利用する厚かましさ

岸田首相

 地方自治体に対する国の指示権を創設する地方自治法改定案が7日、衆院本会議で審議入りした。岸田政府は「コロナ禍や災害で起きた自治体業務の混乱を踏まえて万全を期す」と主張するが、感染症や大規模災害に関しては既に感染症予防法や災害対策基本法で国の指示権を規定しており、地方自治法を改定する必要などない。ところが政府は「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に対処する」とうそぶき、個別法で規定していない非常事態、つまり有事を想定した体制の構築を目指し、本来は「対等」であるべき国と地方のあり方を「命令・被命令」の上下従属関係に転換させ、いずれは自治体を丸ごと戦時動員で活用する地ならしに乗り出している。同時にそれは自民党が改憲の最優先課題にあげていた「緊急事態条項創設」を先取りする内容になっている。

 

国の自治体への指揮権を創設

 

 国会で審議入りした地方自治法改定案は政府の第33次地方制度調査会「ポストコロナの経済社会に対応する地方制度のあり方に関する答申」を踏まえたもので「DX(デジタル改革)の進展を踏まえた対応」「地域の多様な主体の連携及び協働の推進」「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における特例」の3本柱で構成している。

 

 「DXの進展を踏まえた対応」では、情報システムの適正利用を進めるため地方公共団体にサイバーセキュリティ確保の方針を定めて必要な措置を講じることを義務付け、事務の種類・内容に応じて他の地方公共団体または国と協力して情報システム利用の最適化を図る努力義務を課している。地方税ポータルシステムを用いて公金の収納事務のデジタル化を進めることも規定している。同時に「地域の多様な主体の連携及び協働の推進」では「市町村長が地域の実情に即した形で地域住民の生活サービスの提供に資する活動を行う団体を指定できる」という内容を盛りこんだ。

 

 ただ同法で最大の焦点になるのは「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態における特例」で、地方自治体に対する国の指示権を創設することだ。国の指示権は法的拘束力をともなって自治体に具体的な対応を指示し実行させる強い権限で、現在は災害対策基本法や感染症法など個別法にしか規定がない。だが政府は、「コロナ禍では感染症法が想定しない事態が起き、法的根拠がないまま国が自治体に対応を要請するケースがあった」「個別法では想定されていないが、国の責任で対応する必要がある事態は今後も生じうる」と主張し、国による指示権拡大を画策。そして「大規模な災害、感染症のまん延その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合」に、地方公共団体に対する国の指示権を認める特例を盛りこんだ。

 

 ただ特例発動の対象は「大規模な災害や感染症のような被害を及ぼす国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」であり、「有事」や「有事の恐れ」といったあらゆる緊急事態を含むことになる。この「特例」の中身について総務省は次の4点を列記している。

 

 ①国による地方公共団体への資料又は意見の提出の求め(事態対処の基本方針検討等のため、国は、地方公共団体に対し、資料又は意見の提出を求めることを可能とする)

 

 ②国の地方公共団体に対する補充的な指示(適切な要件・手続のもと、国は地方公共団体に対し、その事務処理について国民の生命等の保護を的確かつ迅速に実施するため講ずべき措置に関し、必要な指示ができることとする)


 ※要件=個別法の規定では想定されていない事態のため、個別法の指示が行使できず、国民の生命等の保護のために特に必要な場合(事態が全国規模、局所的でも被害が甚大である場合等、事態の規模・態様を勘案して判断)
 ※手続=閣議決定

 

 ③都道府県の事務処理と規模等に応じて市町村(保健所設置市区等)が処理する事務の処理との調整(国民の生命等の保護のため、国の指示により、都道府県が保健所設置市区等との事務処理の調整を行うこととする)

 

 ④地方公共団体相互間の応援又は職員派遣に係る国の役割(国による応援の要求・指示、職員派遣のあっせん等を可能とする)

 

 これは国が「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」と見なせば、地方自治体に対して個人情報を含むあらゆる資料の提出を強要することも、「国防」のために志願兵を募る事務手続きをおこなうよう指示を出すことも可能にする内容だ。

 

災害対策には逆効果 国の強権手段恒久化

 

 この地方自治法改定案には国民生活を脅かす問題点が数多くある。改定案策定のたたき台となった「地方制度のあり方に関する答申」では、コロナの感染拡大や震災や豪雨災害等の自然災害に「個別法が想定しない事態」があったうえ、デジタル技術が十分活用できなかったことを強調し、その反省からデジタル化を国主導で強力におし進め、国が地方自治体に「必要な指示」を出せるようにすると結論づけている。

 

 しかし東日本大震災やその後の大震災や新型コロナの感染拡大をめぐって国や自治体の対応が大混乱に陥ったのは「国に指示権がなかった」ことが主な原因ではない。

 

 災害の実態や影響、被災者の状況を素早く把握し、もっとも効果的な対応をおこなうことができるのは地方自治体であり、自然災害発生時に必死で対応した地元自治体職員は多かった。東日本大震災では最後の最後まで住民に避難を呼びかけ続け命を落とした公務員もいた。地方自治体の現状は市町村合併で守備範囲は広がったうえ、国主導の行財政改革で自治財源も自治体職員数も徹底的に削られ、いくら現場が頑張って対応しようにも圧倒的にマンパワーが足りていないのが実態だ。ところが政府はいまだに地域住民の状況や要求にそって救援や復興を目指している地方自治体に、必要な予算も人員も配置していない。それが能登震災における後手後手の政府対応にもあらわれている。

 

 こうした国が引き続き金も人も配置せず口ばかり出すというなら、地方自治体にとって大迷惑でしかない。散々地方自治体の機能を破壊し続けてきた政府が国の指示権創設を急ぐのは、「災害対応」や「感染症対策」とは別の目的があるからにほかならない。

 

地震と火災に見舞われ、4カ月以上たっても手がつかない輪島朝市(石川県輪島市)

 そもそも地方自治法改定案に盛りこんだ国の指示権には「大規模災害のため」とも「感染症に対応するため」とも規定していない。大規模災害と感染症はすでに災害対策基本法と感染症法で国の指示権を認めており、地方自治法改定で新たに追加する内容ではないからだ。そのため地方自治法改定案では国の指示権を発動するケースについて「大規模な災害、感染症のまん延その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する国民の安全に重大な影響を及ぼす事態が発生し、又は発生するおそれがある場合」と回りくどく、極めて曖昧にしか記述していない。

 

 大規模災害や感染症は単なる例示に過ぎず、法案で大規模災害や感染症以外のケース、つまり「武力紛争や内乱・テロ、有事を含むあらゆる緊急事態に対応する内容」をこっそり潜りこませるのが最大の狙いだ。しかも「おそれがある場合」と明記しており、緊急事態が発生する前から国が地方自治体に指示権を発動できる規定も盛りこんでいる。

 

 「発動の要件」については、生命等の保護のために講ずべき措置に関して各大臣が「特に必要があると認めるとき」とし、大臣が「必要あり」と見なせば「指示できる」と規定。発動手続については「閣議の決定」のみで国会の承認も不要と規定した。

 

 さらに同法案の特徴は個別法で規定した枠をこえて、なし崩し的に適用範囲が拡大していく危険性をはらんでいることだ。災害対策法や感染症予防法では想定外の事態が起きても災害対策や感染症予防の枠をこえることはほとんどない。しかし武力紛争や有事の場合は異なる。外部からの武力攻撃に対処する有事法制(事態対処法、国民保護法等)では、自治体の役割は住民避難などの国民保護に限定しており、国の自治体に対する指示権は、避難・誘導・救援と港湾・空港の利用に限定している。しかし地方自治法改定案で国の指示権が加われば閣議決定のみで、有事法制が認めていない指示も可能になる。そうなれば「おそれ」の段階で指示ができるため、「ミサイル攻撃に備えてシェルターを設置する指示」「台湾有事に備えてミサイル基地建設に協力する指示」「地上戦に備えて要員を確保するよう自治体に協力を求める指示」などもあり得る。

 

 一般的な指示権が認められていない現行法制下でも、政府は沖縄県や県民の意志を踏みにじり、辺野古新基地建設をめぐり代執行を強行している。だが地方自治法改定案はこうした国の強権手法を恒久化し、日本全国で戦争準備を本格化するための地ならしである。

 

「対等」を主従関係に 戦争の反省の覆し

 

沖縄県では知事の許認可権を奪ってまで辺野古米軍基地建設が進行

 同時にこうした内容は日本国憲法が規定する「地方自治の本旨」(憲法第九二条)に背き、地方自治体の独自性を奪い歴史を逆戻りさせる意味合いを持っている。

 

 かつての戦争で地方自治体は統帥権・軍編成権・宣戦権などの軍事権が集中する天皇制軍国主義のもとで、国の従属機関として戦時体制構築に加担した。府県知事は公選(住民による直接選挙)ではなく国が任命し、この知事人事権を使って国が地方自治体に指示を出す体制だった。こうしたなか市町村は徴兵関連の書類の受理、名簿の作成、出征兵士の家族に対する援護、戦没者の公葬などを実施した。本来は住民を守るために機能するはずの地方自治体が、戦争に駆り立てる国家機構の従順な下僕となって赤紙を配り、多くの若者を死地に追いやる結果になった。

 

 こうした痛恨の経験に基づく反省から、現憲法では「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定。「地方自治の本旨」は「地方公共団体の“団体自治”及び“住民自治”の二つの意味における地方自治を確立すること」であり、地方自治体と国との関係は「主従関係」ではなく「対等」でなければならないことを戦後一貫して強調してきた。ところが現在審議中の地方自治法改定案は国が自治体のあらゆる業務に対して指示権を行使できるという内容だ。これは憲法で規定する「地方自治の本旨」を踏みにじり、再び地方自治体を国の従属機関として戦時動員にフル活用することへ通じる極めて危険な方向である。

 

国民の基本的権利停止 緊急事態条項

 

 そして見過ごせないのは、この地方自治法改定の内容が「自民党改憲草案」(2012年公表)に盛り込まれた緊急事態条項の先行実施であることだ。自民党改憲草案の「緊急事態」の項では内閣総理大臣が「緊急事態の宣言を発することができる」と規定し、緊急事態宣言下では「内閣が法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」と明記。同時に内閣総理大臣が「財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」と定めていた。この「地方自治体の長に対する必要な指示」が今回の地方自治法改定案に盛りこまれたのは、岸田政府が公約に掲げた改憲や緊急事態条項創設の動きと決して無関係とはいえない。

 

 ちなみに岸田政府が改憲でもっとも重視している「緊急事態条項」は「国家緊急権」とも呼ばれ、「戦争、内乱、恐慌ないし大規模な自然災害などで、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限」だ。それは時の政府が国をとりまく状態を「緊急事態」と規定し「国家の存立維持」を掲げれば、「国民のため」ではなく「国家のため」に国民のあらゆる権利を停止できる権限である。

 

 憲法は国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三本柱で構成しており、国家権力の暴走を規制し国民の権利を保障することが基本原則だが、緊急事態条項を創設・運用することで、この憲法の基本原則を根本から覆すことが可能になる。それは国民を守るはずの憲法を、いつのまにか国家権力を守る憲法へ転換させるとんでもない内容である。

 

 ちなみに自民党が2018年に公表している「緊急事態」関連の条文イメージは次のとおり。

 

第七十三条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
②内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。(内閣の事務を定める第七三条の次に追加)
第六十四条の二 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で定めるところにより、各議員の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。(国会の章の末尾に特例規定として追加)」

 

 この条文イメージは、第一に行政権限を一時的に強化し緊急政令で法律同様のルール制定を可能にする、第二に選挙をしないまま議員の任期を延長できるようにする、という意味を含んでいる。それは「政府が“緊急事態”と宣言すれば、国会に諮らず一部閣僚だけで自由に法律を制定できる権限を認める」というものだ。このような緊急事態条項を「国民の生命と財産の保護」「国会が機能しなくなることを防ぐ」と称して具体化している。

 

 こうした動きは、コロナ対策を掲げた緊急事態宣言の発令や、罰則付き改定新型コロナ特措法成立とも無関係ではなかった。もともとの新型コロナ特措法は2020年3月、安倍政府(当時)が「新型コロナウイルスの感染拡大に備える」といって成立させた。それは「新型コロナが全国へ急速に蔓延し、国民生活に甚大な影響を及ぼす恐れが高い」となれば「緊急事態宣言の発令」を可能にする内容で、安倍首相(当時)が「万が一の備え」と主張し、1年間限定の時限立法(期間は政令で規定)として成立させた。

 

 ところが一旦成立させると適用期間を延長。さらに「新型コロナ感染の蔓延を防止するため」といって、都道府県知事が営業時間の短縮要請に従わない飲食店などに命令できる新規定や、入院を拒否した新型コロナ患者への罰則規定まで導入した。「緊急事態宣言下で命令に従わない事業者に30万円以下の過料」などの内容も潜り込ませ、国家権力の命令に従わない国民を処罰する体制を具体化した。

 

 加えて新型コロナ特措法では「国の責務」や「国民の責務」に現憲法とは異なる規定も盛りこんでいった。現憲法では「国の責務」を「国家が国民の生活保障に役割を果たす」と規定し、「国民の責務」を「国民は公共の福祉(社会)のために役割を果たす」と規定している。ところが新型コロナ特措法は「国の責務」を「新型コロナ対策を迅速に実施する」とし、そのためなら土地の強制収用も認めた。一方「国民の責務」は「新型コロナウイルス等の予防に努めるとともに対策に協力するよう努める」とし、国が進めるコロナ対策に問答無用で協力するよう求める規定となった。そして結局、「感染症対策」と称して導入した「罰則規定」や「私権制限」は「新型コロナ対策のため」という目的を変更すれば、すぐ戦時の国家総動員に転用できる仕組みとなるというのが実態だった。

 

 そもそも感染症にしろ大規模災害にしろ「国に指示権がなかった」「国が地方自治体に指示しなかった」ことが、災害対応が遅れた原因などではない。国民を救うより、自らの保身と金もうけに熱心な政治家が国会内に大勢とぐろを巻き、国民や地方自治体の現場を上意下達で押さえつけ、現実に即した改善策を真面目に検討しないことが最大の原因である。支持率20%台の内閣が架空の「緊急事態」をでっちあげて憲法を骨抜きにする法改定を進める――その国政の現状こそが緊急事態である。

 

(5月10日付)

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