「TPP=環太平洋戦略的経済連携協定」という、聞き慣れない貿易交渉への参加検討を、菅首相が10月1日の所信表明演説で突然表明した。それも11月中旬のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までの短期間に結論を出すというのである。100%の関税撤廃を原則とするTPP参加は、日本の農漁業を壊滅させ、国をつぶす重大問題として、全国の農漁業者の猛烈な反発が起こっている。それは製造業の海外移転と逆輸入を有利にさせ、一部の大資本のみが外国に逃げて生き延び、国内は空洞化し雇用はなくなるというもので、度はずれた売国・亡国政治にほかならない。
いま全国の農業者を先頭にして、「食料の安定供給と自給という独立国の根底を揺るがす」「農林漁村は日本の国土を守り、伝統・文化を育む砦であり、自由貿易による目先の利益にとらわれ農漁業を犠牲にすることは国益を損なう」と行動に立ち上がっている。
農業をつぶすことは、地域の農漁業と相互依存関係を持つ経済、生活基盤を崩壊させ、食料安全保障を投げ捨て、治山治水、国土保全といった農林漁村の持つ機能を崩壊させる。それは日本民族誕生以来継続してきた農漁業という食料生産を放棄する有史以来の重大問題であり、農漁業がなくなるだけではなく、国が崩壊することを意味する。それは何千年、何万年という日本民族の歴史のなかの、戦後わずか六五年の間で、アメリカの占領政策のもと、自民党、民主党売国政府が犯してきた、民族存続の根拠を覆す度し難い暴挙である。
民主党政府は今年3月に「食料自給率50%をめざす」とうち出したばかりであった。いったこととやることが別なところが民主党政府の常套手段である。
オバマ政府はTPP参加については対応を明らかにしていなかったが、昨年11月のAPEC首脳会議でオバマ大統領の名代として参加したカーク米通商代表部代表がはじめてTPP参加を明言し、TPPを基礎にAPEC全体の統合を推進する意欲を示した。日本はその時点ではTPPとは別に「東アジア共同体構想」を掲げており、オバマ政府の頭越しの参加表明に対米追随の菅首相は飛び上がった。
TPPは02年にアジア太平洋地域の広域経済連携の一つとして交渉を開始した。05年に妥結し、06年にシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイが発効させた。加えてアメリカ、カナダ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが参加を表明している。今年11月に横浜で開催されるAPEC首脳会議に向け、「アジア太平洋自由貿易地域実現への道筋を探る」としている。
菅首相がAPECを間近に控えた10月1日にTPP参加検討を所信表明したのは、アメリカの指図を受けたものである。7日には日米財界人会議が開かれ、日本側議長の米倉弘昌日本経団連会長(住友化学会長)が「日米両国がリーダー役を担ってアジア・太平洋地域の成長戦略をつくる」としてTPP支持を表明。2015年までにTPP加盟締結を日米両政府に求める共同声明を発表して閉幕した。
TPPは、原則としてコメや畜産物など重要品目に対しても関税撤廃の例外措置を認めていない。しかもこれまでの重要品目を交渉からはずすことを前提とした2国間のFTAなどとも違って、アメリカやオーストラリアなどの農産物輸出大国をはじめ、10カ国とのあいだで同時に関税を完全撤廃した「自由貿易」をおこなうことになる。その場合の第一次産業=農林水産業への打撃は計り知れず、「確実に農漁業は壊滅する」と警鐘が鳴らされている。
食料自給14%に落込む TPP参加の場合
農水省が22日、TPPに参加した場合の国内農業生産への打撃を試算して発表した。試算では、農業生産額は4兆1000億円減り、食料自給率は14%に落ちこむとした。それは08年の農業総生産額(8兆4730億円)の48%に当り農業生産額は半減以下に激減することになる。加えて、関連産業を含めた国内総生産(GDP)の喪失は八兆円近くになるとの見通しである。
日本最大の農業地帯である北海道当局も25日、影響試算を発表した。
道内の主力品目であるコメ、小麦、テンサイ、デンプン、酪農、肉用牛、豚の7品目を対象に試算した結果、農業産出額は08年度の54%に当たる5563億円も減る。アメリカやオーストラリアなどから安価な農畜産物が輸入され、生産継続が困難になる。小麦、テンサイ、でんぷん原料用バレイショ、乳製品向け生乳、乳用種の牛肉、豚肉の生産が不可能になり、コメは9割の農家がやめていくとしている。
販売農家戸数は08年の72%に当たる3万3000戸も減る。生き残れるのはわずかに28%である。
地域経済への打撃も深刻で、乳業の損失額は3000億円を超え、製糖業、精米業、畜場などを含めた関連産業全体の損失額は5215億円にのぼる。さらに地域経済の損失額は9859億円におよぶとしている。その結果、道内全体で17万3000人の雇用が失われる。道幹部は「食品業や運輸など道内の産業は農業と深く結びついている。何の手だてもしなければ原野に戻る地域もある」と危機感が深い。また、国土保全機能などの評価額1兆2581億円は試算には含めていない。
道当局者は「ほとんどの市町村の存立が困難になる」と地域経済全体からの検討を求めている。
自給率14%という事態は、日本を農漁業のない国にするということである。ほぼ100%の食料を輸入に頼る国が成り立つわけがない。アメリカは第二次世界大戦において原爆を投下し、全国空襲をおこない、日本民族の絶滅作戦をしてきたが、戦後も全国に米軍基地を置き、アメリカ産農産物の輸入自由化を拡大し、日本農業を破壊し続け、食料依存国にしてきた。菅首相のTPP参加表明は、農漁業を壊滅させ、アメリカに胃袋を握られた哀れな属国にすることである。
数値だけで評価できぬ 前原外相発言に怒り
こうしたなかで問題になっているのは、前原外相が19日おこなった講演での発言である。「日本の国内総生産(GDP)における第一次産業の割合は1・5%だ。1・5%を守るために98・5%が犠牲になる」という主旨であった。
こういう単純頭の人間が大臣をしていることに日本の悲劇がある。農林漁業がつぶれたら日本全体がつぶれる。世界的な食料危機が進行するなかで、まさかの時には日本人全体が飢餓になって「98・5%」を稼ぐどころではなく、ぶっつぶれることになる。農民は自給自足できるが、困るのは「98・5%」の都会人である。また関税自由化は、外国商品の輸入を拡大するものだが、製造業の海外移転を促進し、逆輸入を促進するものとなり、国内の製造業を空洞化させることになる。輸入品が安くなったといっても、日本人の職と収入がないようにして何が「98・5%」かということになる。
JA全中の茂木会長は21日に「前原外相のTPPに関する発言に対する抗議コメント」を発表した。要旨は「第一次産業は単なる数字で判断できるものではない。人が暮らし、営農している農村の多面的な機能や、地域経済・雇用など、農林水産業の果たす重要な役割を正しく認識してもらいたい。“国のかたち”を主張すべき外交責任者である外相の発言は、国益を著しく損なうものであり、抗議する」というものである。
下関市内の農業者は「第一次産業の価値は数値ではあらわせない。治山治水は国土を守り、国を統治するうえで重要な事業だが、これまで農業者が無償奉仕で担ってきた。前原氏はそんなことをまったくわかっていない。最近は雨が降ればすぐに山崩れが起こり、大水害が起こり必ず犠牲者が出ている。山林の整備やため池や水路の整備をやっているのは、70代や80代の老人だ。あと数年で限界がくる。そのときに誰がやるのか。その用意が政府にあるのか。このまま農漁業をつぶしていたら、大災害や食料危機が起こってから慌てることになる。今の国会議員も大臣も東京育ちが多くて農漁業のことはなにもわかっていない。農業を潰してしまうというのは農家だけの問題ではなくて、国をどうするかという基本の問題だ」と話している。
続けて「30年ほど前にイタリアの農業を視察したが、イタリアでも農業経営は苦しく、耕作放棄地もあった。日本と違うところは、イタリアでは国や自治体が公務員を派遣して耕作放棄地を耕して農地を守っていた。日本は農家の自己責任にしているが、国の責任で治山治水や食料自給をやることが国益だ」と話している。
同じく下関市内の70代の農業者は「前原外相などは工業製品を輸出して農産物を輸入することで大企業がもうけていくことを国益と考えている。食料があり余っているあいだは輸出もするだろうが、どの国も自分の国で食料が足りなくなったら輸出はストップする。ロシアも小麦の輸出を禁止している。そうなったときにどうするのか。あさはかな考えだ」と話している。
また、別の農業者は「市場原理といってきたが、農漁業はそれでは成り立たない。アメリカでも農業に多額の補助金をつぎこんでいる。国が保護するのがあたりまえだ。民主党の戸別所得補償は大インチキだった。戸別補償があるからと大型店などが買いたたいて農家の収入はかえって減っている。今年の米価下落は戸別補償のせいだ。下関でも農業が潰されたら、地域全体が潰れるほどの打撃を受ける。もっと市民にTPP反対を訴えていきたい。市議選も近いが、市議会でも真剣に取りあげてほしい」と話していた。
全国の農漁業者は、日本の農漁業が壊滅しかねない問題を十分な論議もなく短期間に強行しようとしている菅政府に対して、TPP参加阻止の全国的な抗議行動を展開している。19日には農業者が全国集会を開きTPP反対の特別決議を上げ、その後も各県段階などで連続的な抗議行動をおこなっている。また、全国1000以上の漁協でつくる日本最大の漁業団体であるJF全漁連と大日本水産会も21日、TPP参加反対の要請行動をおこなった。