北朝鮮が5月31日午前6時30分ごろ、事前通告通りに「人工衛星」を打ち上げたことを受け、防衛省は沖縄県にJアラート(全国瞬時警報システム)を発令し、NHKをはじめとするテレビは30分以上「北朝鮮が“弾道ミサイル”を発射」「弾道ミサイルは発射から極めて短時間で飛んできます!」「建物の中、または地下に避難してください!」とけたたましく避難を呼びかけた。だが、騒ぐだけで住民を保護する具体的対策はなく、実際には自衛隊の迎撃ミサイル部隊も台風で避難して動かないなど、警報そのものが政治的道具となって住民保護とは無縁のものとなっている実態を改めて露呈した。
4月から人工衛星打ち上げ計画を通告していた北朝鮮は、5月31日~6月11日にかけて人工衛星を打ち上げることを表明し、飛翔ルートや落下、切り離しブースターの落下予測地点を含めて周辺国に通告。日本政府は「衛星と称したとしても、弾道ミサイル技術を用いた発射は国連決議違反であり、国民の安全に関わる重大な問題だ」(岸田首相)と非難し、浜田防衛相は、北朝鮮が発射する「ミサイル」の落下に備えて自衛隊に破壊措置命令を出した。破壊措置命令とは、自衛隊が日本の領空または公海上において弾道ミサイルを迎撃することであり、沖縄県内では4月末から航空自衛隊「PAC3」(地対空誘導弾パトリオットミサイル)が宮古島、石垣島、与那国島、那覇市内に配備され、その任務を担うとされていた。
沖縄にない「地下鉄や地下街」へ避難呼びかけ
5月31日午前6時28分(日本時間)ごろ、北朝鮮から「人工衛星」が打ち上げられ、待ち構えていたように日本政府は同6時30分、「事実上の弾道ミサイルを発射」と断定して沖縄県全域を対象にJアラートを発令。テレビ等での呼びかけをはじめ、個人の携帯電話にも「ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、又は地下に避難してください」という内容の緊急速報メールが流れた。
沖縄県内では、空襲警報を彷彿(ほうふつ)とさせるサイレン音が鳴り響き、モノレールなどが運行を停止するなど混乱に包まれた。テレビからはアナウンサーが「沖縄県のみなさんは、近くの建物、地下街や地下鉄などの地下施設に避難してください!」とくり返し呼びかけていたものの、沖縄県内には地下鉄も地下街も存在せず、「定型文にもほどがある。どこに避難しろというのか? 地下といえばガマ(鍾乳洞)しかないのだが…」との困惑の声がSNS上でも飛び交った。
だが「落下の恐れがある」と住民の不安を煽る一方、破壊措置命令が出ていたはずの自衛隊PAC3部隊は、宮古島、石垣島、与那国島、那覇ともに台風2号襲来に備えて避難したまま動かず、予定された警戒待機場所への移動もしていなかった。
「衛星」は発射7分後にレーダーから消失し、機体の一部が中国・於青島西方約200㌔の黄海上(沖縄本島からは約1000㌔北)に落下。だが、Jアラートはその後30分間も続き、NHKも1時間以上、ヘルメットを装着したリポーターが沖縄現地からの中継を交えて物々しく危機感を煽り続けた。
同じコースで韓国も衛星 Jアラートも破壊措置命令もなし
これに先立つ5月25日には、韓国が独自開発した衛星搭載の国産ロケット「ヌリ」が打ち上げられたが、今回北朝鮮が事前通告した衛星ロケットの飛翔コースとブースターの落下想定区域は、このときとほぼ同じものであった。
人工衛星ロケットは、発射10分後には高度500㌔(国際基準では高度100㌔以上は宇宙空間であり、いずれの国の領空にも属さない)に達するため、「日本(沖縄)の上空」を通過するというには無理があり、日本領内に部品が落下する可能性は極めて低いことから、日本政府は韓国のロケット発射時にはJアラートはおろか警戒を呼びかけることすらしなかった。「落下リスクがゼロではない」と見なして警戒を促すのであれば、沖縄上空を通過するルートで飛ぶすべての人工衛星についても同様の警報を鳴らさなければならない。客観的には同じものであるのに、飛ばす国によって警報を出したり出さなかったりするのは単なる二重基準といえる。
ちなみにJアラート発令中も、沖縄県内の米軍基地では、避難や外出自粛などの措置はとられておらず、避難指示で日本人の親たちが子どもを登校させるべきか頭を悩ませるなか、米兵の子弟たちが通う基地外のインターナショナルスクールのスクールバスは通常運転をしていた。県民の一人は、「米軍関係者に北朝鮮のミサイル騒動について聞くと、“いつになく騒がしい朝だったね”と答えるだけで気にもしていなかった。この温度差はなんだろう? と思った」と疑問を口にしていた。
韓国軍も米軍も「人工衛星」と呼んでいるものを、日本政府だけが「弾道ミサイル」として全国民にアナウンスし、まるで日本を狙ったものであるかのような印象を振りまいた。北朝鮮のミサイルが日本国民に与えるリスクを冷静に捉えるなら、攻撃用ミサイルなのか、ミサイル実験・訓練なのか、中距離ミサイル(日本や韓国の攻撃を想定)なのか、大陸間弾道ミサイル(米本土攻撃を想定)なのかを区別できなければならず、衛星までひっくるめて「弾道ミサイル」と呼ぶのは、国民に誤解を与えるとわかったうえで政治的意図を優先させた結果といえる。「落下に備えて即応体制をとる」としていた自衛隊の迎撃ミサイル部隊が台風避難で身動き一つとらなかったことは、日本に落下の可能性がないと判断していたからにほかならない。
北朝鮮のミサイルや衛星発射の多発は、その対極として朝鮮半島で連日おこなわれている米韓日などによる共同軍事訓練や軍事包囲網強化への反動であり、70年以上続く朝鮮戦争(休戦状態)にピリオドが打たれない限り、このチキンゲームが果てしもなく続くことを意味している。朝鮮半島における核・ミサイルの威嚇合戦を止めるためには軍事圧力ではなく、米朝・南北対話の再開こそ必要であることは言を俟たない。それは米朝首脳会談がおこなわれ、両国が対話していた2018年に北朝鮮のミサイルが一発も飛ばなかったことが如実に物語っている。
緊張緩和や対話再開には一切動かず、国民の生活を制限してまで「ミサイルが落ちてくる!」という誤情報やJアラートを乱発し、不安や危機感だけを煽る日本政府(およびNHKなどの報道機関)の「大本営発表」ぶりは、国民保護には一切関心がなく、国民を巻き込んで北朝鮮への政治的メッセージを送るとともに、「異次元の軍拡予算」や国内の基地強化を正当化したいという自民党政府の政治的思惑だけを露呈するものとなっている。破壊措置命令もまた現実の脅威に即したものというより政治的措置であり、敵愾心を煽って中長距離ミサイル配備を進め、「敵基地攻撃」を可能にするための布石にほかならない。
迎撃における誤射・誤爆も想定せず、交戦状態に陥ったさいの国民の避難計画も避難場所もなく、アメリカの尻馬に乗った「圧力」一辺倒の安全保障政策の脆弱さを浮き彫りにしている。