首相答弁に合わせて財務省の公文書を改ざんさせた問題など「公の私物化」が問題になった安倍政権時代、「放送の政治的公平」について高市早苗経済安保担当大臣(当時・総務大臣)がおこなった言動(行政文書の記録)をめぐって国会が紛糾している。森友学園問題では139回、「桜を見る会」についての国会答弁では118回も国会で事実と違う答弁――つまり嘘の答弁をくり返し、ついには公務員に公文書改ざんを迫って自死に追い込むという悲劇を生んだ安倍政権だが、安倍氏の死後も軌道修正できない安倍界隈が霞ヶ関からのカウンターを受けて立ち往生しているようでもある。「嘘のうえに嘘を重ねる」のお家芸を続ける閣僚が居座り続けるのか、はたまた自民党の自浄作用が働くのか否か――国民不在も甚だしい国会の行方が注目されている。
ことの発端は、立憲民主党の小西洋之参議院議員が入手し、2日に発表した行政文書(A4版78枚、後に総務省が全文公開)だ。2016年に当時の安倍政府が放送法の「政治的公平性」の政府解釈を事実上変更したさいに作成された内部文書で、おもに官邸と総務省幹部の間でおこなわれたレク(レクチャーの略、官邸や大臣と担当官僚との打ち合わせ)の内容が記録されている。そこには放送政策を所管する総務大臣であった高市早苗の発言録や安倍首相との電話会談の内容も記されている。
3日に小西議員が参院予算委員会の質疑資料として配付しようとしたところ、与党側が「文書の正確性に疑義がある」として認めず、さらに高市大臣は8日の参院予算委で、これらの文書は「ありもしないことを、あったかのように」「捏造された文書」と断言。仮に捏造でなかった場合は議員辞職するかと問われ、「結構ですよ」と開き直った。
先の森友学園問題では、「私や妻が(国有地の値引きに)関係していたということになれば、総理大臣も議員も辞める」(安倍元首相)の答弁が財務省に公文書を改ざんさせる引き金となったが、今度は総務省が「捏造犯」と名指しされた格好となった。
だがこれまでと違い、総務省は一連の文書が行政文書であることを認めたうえで、ホームページ上で該当文書を公開。高市大臣が「受けたはずもない」というレクについても「放送関係の大臣レクがあった可能性が高い」と正しており、総務省の小笠原陽一情報流通行政局長は、文書作成者は「確実な仕事を心掛けており、上司の関与を経て文書が残っているのであれば、レクがおこなわれたのではないか」と説明。他の同席者も同様の認識を示したとのべている。
また高市大臣が「名前も知らず、話したこともない」という礒崎首相補佐官(当時)とも同じ派閥の盟友であったことが浮き彫りとなるなど、日々明らかになるのは高市大臣側の事実の捏造だ。
閣僚答弁に合わせて公文書を改ざんして葬るか、事実を認めるか――森友問題における財務省と同じ轍を踏むことを迫られた総務省は、「正確性については、行政文書であるか否かとは別の概念」「行政文書であったとしても、正確性についてはさまざまな事例がある」など、苦しい答弁に終始しているものの、公務員を死に至らしめるまで豪腕を振るった安倍首相亡き後の霞ヶ関の微妙な変化(抵抗)もうかがわせている。
放送法の解釈変更とは 放送内容に政治的圧力
2015年当時、安倍政権で総務大臣だった高市早苗は、放送法で定める「政治的公平性」の解釈について、「(これまで国は)一つの番組というよりは、放送事業者の番組全体を見て判断する必要があるという考え方を示してきた」が、「国論を二分するような政治課題について、放送事業者が、一方の政治的見解を取り上げず、殊更に、他の政治的見解のみを取り上げて、それを支持する内容を相当の時間にわたり繰り返す番組を放送した場合のように、当該放送事業者の番組編集が不偏不党の立場から明らかに逸脱していると認められる場合といった極端な場合においては、一般論として『政治的に公平であること』を確保しているとは認められない」と答弁。
さらに16年2月8日の衆院予算委員会では、政府から放送内容の改善要請や行政指導に放送事業者が従わない場合は、「(放送法4条にもとづく電波停止の)可能性がまったくないとは言えない。実際にそれが使われるか、使われないかは、その事実に照らして、そのときの(総務)大臣が判断する」とのべた。その後、安倍内閣はこの高市答弁を「政府統一見解」とした。
要するに「放送局は政府方針に従順であれ」という恫喝であり、これに呼応して当時のNHK・籾井勝人会長(元三井物産副社長)が「政府が『右』というものを『左』というわけにはいかない」「(放送内容が)日本政府とかけ離れたものであってはならない」などと発言するなど、報道の自立や憲法で保障された表現の自由を政治権力が管理・侵害する問題として物議を醸した。
問題の行政文書は、この過程で官邸と総務省との間でおこなわれた協議内容が記されており、解釈変更を求める官邸側の意向をくみとり省内で情報共有するためにつくられたものだ。
放送の「政治的公平性」をめぐる政府の動きは、衆院選が迫る2014年11月、TBS系『NEWS 23』に当時の安倍首相が出演したさい、番組中に流れた街頭インタビューで「景気が良くなったとは思わない」「アベノミクスは感じてない」など政権批判の声が多かったことに安倍首相が激高し、「おかしいじゃないですか!」と番組サイドに噛みついたことに起因する。
その2日後、自民党の萩生田光一筆頭副幹事長と福井照報道局長(いずれも当時)が連名で「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」なる文書を在京キー局の編成局長や報道局長宛に送付。「出演者の発言回数や時間」「ゲストの選定基準」から「街角インタビュー、資料映像」に至るまで、「一方的な意見に偏る、あるいは特定の政治的立場が強調されることのないよう、公平中立、公正を期していただきたい」などとあからさまな圧をかけた。
安倍首相の心情を忖度してポイント稼ぎを狙ったのが、当時、安倍首相の側近に抜擢された礒崎陽輔補佐官(参院大分県選挙区・2019年の参院選で落選)であり、その盟友といえる高市大臣だった。
気に食わぬ番組にも言及 行政文書の内容とは
レクの内容を記した行政文書も2014(平成26)年、礒崎陽輔首相補佐官の要請から始まる。TBSの『サンデーモーニング』、テレビ朝日の『モーニングバード』『報道ステーション』などを名指しし、「一つの番組でもおかしい場合がある」(礒崎)として、従来の「番組全体」ではなく、一つの番組だけでも政治的公平に抵触する場合があると解釈できるように総務省に強硬に働きかけていたことがうかがい知れる。
従来の解釈を踏襲したい総務省側も、抵抗はしながらも政治的圧力に耐えきれず、官邸側の意向に沿って、先述の高市大臣の国会答弁を練り上げていった過程が克明に記されている。
そもそも放送法は、大本営発表を垂れ流して戦争への国民総動員に協力したラジオ放送の過ちをくり返さないため、政治権力からの独立に重きを置いてつくられた法律だ。そのため戦後、報道の「政治的公平性」については各メディアが自主的に判断(あるいは政権を忖度)することを基本としており、あくまで「自主規制」という形をとっている。それに政権があからさまに口出しすることを明言すれば、政府みずからが民主主義の建前である「報道の自由」を否定することになり、政権にブーメランとして突き刺さることになる。
そのため礒崎補佐官は、「放送法の従来の解釈を変えるものではなく、これまでの解釈を補充するもの」「(国会で)上手く質問されたら総務省もこう答えざるを得ないという形で整理するもの。あくまでも『一般論』としての整理であり、特定の放送番組を挙げる形でやるつもりはない」などと主張し、執拗に総務省に解釈変更を求めていた。
困り果てた総務省の情報局長らは、当時の山田真貴子総理秘書官(後に内閣広報官。菅義偉首相の長男が勤める東北新社から接待を受けていた問題が追及され辞職)に相談を持ちかけ、山田秘書官が「礒崎補佐官は官邸内で影響力はない。総務省としてここまで丁寧にお付き合いする必要があるのか疑問。今回の話は変なヤクザに絡まれたって話ではないか」「党がやっているうちはいいだろうし、それなりの効果もあったのだろうが、政府がこんなことしてどうするつもりなのか」「どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか」と発言した旨が記されている。
また「自分(山田秘書官)の担当(メディア担当)の立場でいえば、総理はよくテレビに取り上げてもらっており、せっかく上手くいっているものを民主党が岡田代表の出演時間が足りない等と言い出したら困る。民主党だけでなく、どこのメディアも(政治的公平が確保されているか検証する意味で)総理が出演している時間を計り出すのではないか」という発言も記されている。
局長らはこれに意を強くしたのか、礒崎補佐官に「総理に話す前に官房長官にお話しいただくことも考えられるかと思いますが…」と進言するも、礒崎補佐官は「何を言っているのか分かっているのか。これは高度に政治的な話。局長ごときが言う話ではない。この件は俺と総理が二人で決める話」「俺の顔をつぶすようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ」と恫喝を加えている。
「俺を信頼しろ。役所のOBなんだし、ちゃんとやってくれれば、役所の悪いようにはしない。そちらも、官邸の構造論を分かっておくように」(礒崎)と念押しも欠かさなかった。
ついに総務省側は、山田秘書官に最後の望みを託し、「官邸にとってはマイナスであり、やらない方がよい」と安倍首相に進言するよう求めたと記されている。
にもかかわらず2015年3月5日、山田秘書官から総務省に返ってきた電話では、「総理は意外と前向きな反応」であり、「政治的公平という観点からみて、現在の放送番組はおかしいものもあり、こうした現状は正すべき」(安倍首相)という報告がされている。
文書「総理レクの結果」(同3月8日)では、礒崎補佐官の次の様な発言が記されている。
礒崎補佐官 総理がいちばん問題意識を持っているのはNHKの「JAPANデビュー」だが、これはもう過去の話。今はサンデーモーニングには問題意識を持っている。(報道ステーションの)古館も気に入らないが、古館はゲストを呼ぶ。ゲストが弱くて負けるのはしょうがないが、この違いは大きい。サンデーモーニングは番組の路線と合わないゲストを呼ばない。あんなのが(番組として)成り立つのはおかしい。
礒崎補佐官 けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう。そうしないと総務省が政治的に不信感を持たれることになる。……古館は番組には出演させる。総理が呼ばれれば総理はけんかするだろう。その意味でもサンデーモーニングは構造的におかしいのではないかということ。皆さんもこうした問題意識は頭に入れておいていただきたい。(笑いながら)あんまり無駄な抵抗はするなよ。
フタを開ければ全部嘘 高市大臣の答弁
これら78枚の行政文書のうち、高市大臣が「捏造だ」と断言するのは、みずからの発言が記された4枚のみ。
「取扱厳重注意」の判が押してある2015(平成27)年2月13日の文書「高市大臣レク結果」には、礒崎補佐官から放送法の解釈変更について安倍首相に説明し、国会質問をいつの時期にするかについて問われている旨を打診された高市大臣の発言が記されている。
高市大臣 そもそもテレビ朝日に公平な番組なんてある? どの番組も「極端」な印象。関西の朝日放送は維新一色。維新一色なのは新聞も一緒だが、大阪都構想のとりあげ方も関東と関西では大きく違う。(それでも政治的に公平でないとは言えていない中)「一つの番組の極端な場合」の部分について、この答弁は苦しいのではないか?
(中略)
高市大臣 苦しくない答弁の形にするか、それとも民放相手に徹底抗戦するか。TBSとテレビ朝日よね。
高市大臣 官邸には『総務大臣は準備をしておきます』と伝えてください。補佐官が総理に説明した際の総理の回答についてはきちんと情報を取ってください。総理も思いがあるでしょうから、ゴーサインが出るのではないかと思う。……
最終的には、高市大臣が安倍首相と電話会談をし、「総理からは『今までの放送法の解釈がおかしい』旨の発言。実際に問題意識を持っている番組を複数例示?(サンデーモーニング等)」「国会答弁の時期については、総理から、『一連のものが終わってから』とのご発言があった」と、総務省の文書には記録されていた。
これについて8日の参院予算委で問われた高市大臣は、「私が礒崎補佐官について、その名前、もしくは放送行政に興味をお持ちだということを知ったのは今年の3月になってからですから、このようなレクを受けたはずもございません」「それまで私は礒崎さんから連絡を受けたこともございませんし、直接お話をしたこともございません」と答弁。
安倍首相との電話会談も「存在しなかった。このような放送法に関して、法解釈にかかることについて安倍総理と電話でお話したことはございません」と否定した。
その後も「礒崎さんという名前は、今年3月になって初めて聞きました」(9日、参院内閣委員会)とくり返す高市大臣だが、礒崎補佐官は同じ安倍派の盟友であり、自民党の憲法改正草案の起草委員会では事務局長に就任しており、高市大臣とはともに右巻きの急先鋒として安倍政権下でとり立てられてきただけに極めて親しい間柄だ。
その証左として、10年前の2013年に大分県(礒崎の地元選挙区)でおこなわれた講演会では、登壇した高市大臣が「この夏は礒崎陽輔さん、ほんまにお世話になりました。今はもう総理の側近で、官邸の中で補佐官として大活躍してくれている。うちの主人と礒崎さんが割と似ている。遠目で見るとシルエットが。(私が)愛想こいて手を振ったら、相手が礒崎さんだったということが2回ほどあった」などと笑いながら饒舌に語る姿がニュース映像に残っている。
松本剛明総務大臣も、放送法の「政治的公平性」をめぐる新たな見解を示したきっかけが礒崎補佐官からの問い合わせから始まったことを認めている。
高市大臣が「捏造」「怪文書」とくり返し断定する文書についても、総務省は精査したうえで、高市氏が総務大臣だったときの総務省の行政文書と同一のものであることを認めて公開し、正式な公文書であることが確定した。また現在は下野している礒崎自身も、総務省との意見交換や解釈への補充的説明に至った一連の経緯を事実と認めた。
旗色の悪くなった高市大臣は、次第に「捏造」という言葉を封印して「内容が不正確」に後退させ、13日にも「この時期にこのような内容のレクを受けたということはない」としたものの、「私がテレビ朝日をディスるはずがない」「(番組MCの)羽鳥アナウンサーの大ファンでございますから」と引きつった表情で釈明に終始した。
各社の世論調査では7割をこえる人々が「納得できない」と回答しており、世論はすでに「アウト、試合終了!」を宣告している。
なお、放送法の解釈変更がおこなわれてから7~8年もたちながら、「圧力」をかけられた当事者であるはずの主要メディアがみずから政治的圧力の内容を明らかにせず、他人事のように国会の後追いに甘んじていることも、背骨を抜かれたこの国のジャーナリズムのだらしなさを感じさせている。こちらも「アウト」である。