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政治に翻弄される学術――大軍拡と軍学共同の深化 軍学共同反対連絡会がシンポジウム開催

 軍学共同反対連絡会は6日、「政治に翻弄される学術―大軍拡と軍学共同の深化―」と題するオンラインシンポジウムを開催した。岸田政府は今年に入り、国会で経済安全保障法を成立させ、国際卓越研究大学法成立、福島復興特措法改定を立て続けに強行してきた。ここ10年来、安倍政府の下で「軍学共同」「デュアルユース」の下地づくりが進められてきたが、これらの法整備によって様々な制度を連動させて日本の科学技術や大学研究を軍事技術・研究へと囲い込む仕組みづくりが進行しようとしている。こうした動きと関連し、東日本大震災や福島原発事故からの「復興」を目指す被災地でも、巨額の復興費を軍事転用可能な大規模技術開発に投入していく動きもある。軍事研究の拡大・加速化のための動きが表面化するなか、学術研究をとりまく環境がどのように歪められようとしているのか、4人の研究者が様々な角度から問題点を指摘した。講演の要旨を紹介する。

 

 各氏の講演に先立ち、今回のオンラインシンポ開催にあたって事務局の浜田盛久氏(海洋研究開発機構研究員)が以下のように問題提起した。

 

 約10年前から安倍政府のもとで大学や研究機関における「軍学共同」の動きが本格化してきた。そして今年5月には岸田政権の下で軍事研究を推進する法律ともいうべき「経済安保法」が成立した。

 

 また、来年度の予算概算要求では、防衛費の増額と合わせて安全保障技術研究推進制度の増額が要求され、軍学共同がいっそう加速する流れになっている。そして先日、アメリカのDARPAをモデルにしたような研究機関を防衛省内部に作るという報道もあった。政治に学術が翻弄され、軍事研究がいっそう加速しかねない情勢になっている。

 

 こういった動きに加えて、復興資金による「福島イノベーション構想」との関連、経済安保法と同時に成立した「国際卓越研究大学」の動きなどを総合的に考え、検討する場としてシンポジウムを企画した。軍学共同の深化という問題についてみなさんと一緒に考えていきたい。

 

■経済安保法は現代の国会総動員法だ!


弁護士 海渡雄一  

     

「経済安全保障法制推進室」の看板を掲げる岸田首相と小林経済安保相(昨年11月)

 国家安全保障局に2020年4月、「経済班」が設置されたのが日本国内における経済安保法の出発点だと思われる。

 

 経済安保法は、四つの法律を束ねたような法律だ。

 

 ①特定重要物資の安定的な供給(サプライチェーン)の強化
 ②外部からの攻撃に備えた基幹インフラ役務の重要設備の導入・維持管理等の委託の事前審査
 ③先端的な重要技術の研究開発の官民協力
 ④原子力や高度な武器に関する技術の特許非公開

 

 経済安保法の一番大きな特徴は、多くの事項が政省令に委任されており、同法の「基本方針」にいたっては政省令ですらなく、政府が決定するということだ。同法が法案段階でおこなわれた国会質問に対して、政府側の答弁は「現時点で予断を持って言及することは控えたい」が決まり文句だった。つまり「まだ詳しいことは決まっていないので何も答えられない」という回答に終始し、中身を示してこなかった。

 

 このように法案の中身や、やられようとしていることが巧妙に隠されてきた。経済安保法は経済的な混乱を防ぐための「経済法」だとされ、福島のロボットテストフィールドは「復興」や「廃炉」のためとされてきた。さらに中国の脅威やウクライナ戦争も問題になり、これに反対するなどということ自体が「偏っている」とされ、おかしいと思っていても反対しにくい風潮が作られてきた。そして、本来なら反対の中心であるべき政党や組織の動きが少なく、最終的に法案にも賛成した。

 

 私は、経済安保法の四本柱のうち「基幹インフラ事業者への事前審査制度」がもっとも経済的影響力があると見ている。

 

 この制度には「インフラ事業者が決済システムなどの重要設備を導入する際、サイバー攻撃を受ける懸念のある外国製品が組み込まれていないかどうか、国が審査をおこなう。事業者は導入計画書を提出し、所管省庁が書面でリスクを判断する」とある。ここに出てくる「製品」が「中国系のIT製品」のことを指していることは明白だ。対象となる分野は、電気、ガス、石油、水道、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカード、鉄道、貨物自動車運送、外交貨物、航空の14分野で、ここから中国製のIT製品を一掃したいという狙いがある。

 

 全国的規模で事業を手がけているインフラ系大企業が対象とされているが、大企業と取り引きしている中小企業も無関係ではない。このような制度が導入されることによって、企業による経済的な経営選択への犠牲が強いられると思われる。

 

 他方で、官民の共同で防衛技術研究を推進することこそが経済安保法の本命だともいわれている。有識者会議の委員は「日本の学術は、敗戦の影響で軍事研究が封じられ、最先端の研究に拒否感を抱いてきた。大学には“防衛省に関わることなど許されない”という雰囲気がある」「安全保障の根幹は科学技術だ。最先端の研究は軍事も民生もない。ましてや特定の兵器開発に乗り出すわけではない。産学官を挙げて科学技術を進展させていくことこそ、安全保障の1丁目1番地だ」と話している。政権中枢の考えもこのコメントに近いのではないか。

 

 このような動きのなかで、政府は5000億円規模の基金創設を目指しており、法案成立前の昨年度補正予算の段階ですでに半額の2500億円を確保している。経済安保法は、政府予算の大規模な支出により、一部の研究者だけに多額の研究費を集中させ、その研究を秘密化してしまう危険性がある。これは、科学技術研究全体の秘密化と衰退の原因になりかねない。

 

 経済安保法によって秘密保護法制が拡大され、企業秘密の範囲が不当に拡大される。それは民間人に対しても罰則付きで守秘義務を課すものとなっている。現実に起きている問題としては、「大川原化工機事件(2020年3月)」のことが国会審議でもとりあげられた。この事件は、乾燥機を中国と韓国に輸出したことが取り締まりの対象にされ、多くの会社経営者や技術者が長期にわたって拘留された。健康を害し死亡した例もある。しかしこの事件は実際には砂上の楼閣のようなもので、裁判が始まる前に検察は起訴をとり下げた。

 

 このように、「軍事技術に転用が可能な技術」とのレッテルを貼りさえすれば、あらゆる技術がとり締まりの対象となりかねない。

 

日米間で中国締め出しを計画

 

 米国は、2018年以降、自国経済から中国を排除する法整備を本格化させ、2019年の「国防権限法」では、中国主力IT企業であるファーウェイ、ZTE、ハイクビジョン、ダーファ・テクノロジー、ハイテラの5社との取り引き禁止を明記している。さらに2020年にはこれらとの間接取引までも排除することが決まった。

 

 その直後に、米クラック国務次官が日本のNTT、KDDI、ソフトバンク、楽天、富士通などを呼び出して、「中国5社の製品の利用を排除しろ」と命令したことをテレビ会議で公述した。このことは非常に深刻な問題を生む。基幹インフラから中国企業を締め出すということが現実に起これば、中国側も中国からしか手に入らない物資の禁輸など、日本に対する大きな経済的報復をおこなうことが予測される。

 

 そうすると、実際には日本側から経済戦争を仕掛ける格好であるにもかかわらず、日本国民はそのことを知らないまま「中国が日本を苦しめている」と受けとる。その結果日中関係が極度に悪化していくことが懸念される。

 

 また、経済安保法と関連して「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)」構想が、官民共同で軍事と民生の両方で使える「デュアルユース」技術研究開発拠点の一つではないかと指摘されている。とくにロボットテストフィールドと、福島国際研究教育機構(F-REI)に注目している。ここでは、核戦争や生物化学兵器戦争を想定したような訓練が現実に検討されている。

 

 防衛省陸上装備研究所がイノベーションコースト構想研究会に示した「ロボットテストフィールドの活用」では、CBRN(ケミカル・バイオ・ラジオアクティブ・ニューク)汚染環境下で、20㌔離れた場所から中継機ユニットを使って作戦行動をとる訓練のための活用を提案している【図】。つまりこの施設では化学兵器、生物兵器、放射能汚染、核災害対応までが研究対象とされている。

 

 福島県民は「福島の廃炉技術の研究施設だ」と説明を受けてきたが、実際には軍事にも転用できるAI、ロボット、ドローン研究の拠点になろうとしている。ロボットテストフィールドは、改定された福島復興特措法に組み込まれており、福島復興予算を軍民共同技術の開発に流す予算の仕組みとして注目しなければならない。

 

 このように、経済安保法によって軍産学複合体が出現する可能性がある。「協議会」の設置は、軍事技術につながる特定重要技術研究開発に対し、国家が予算を通じて一元的に管理・統制するアメリカの「DARPA」に匹敵するシステムになる恐れがある。これに基づくシンクタンクは、学位の授与まで可能とされ、歯止めのない軍事研究開発の推進へとつながりかねず、憲法九条と抵触する。また、軍事目的の学術・研究開発を否定してきた国是を変え、国家が学術研究の内容に介入することにより、学問の自由(憲法23条)をも侵害する恐れがある。

 

 経済安保法は、現代の国家総動員法だ。本来企業の自由に委ねられるべき経済活動の自由が、官による不透明な介入、秘密保護義務の強要によって経済の軍事化を招く危険がある。

 

 そして重要事項を法律に書かずにすべて政令に委ねるというのは、ナチスによる授権法(1933年)、それにならった日本の国家総動員法(1938年)を現代に蘇らせるものだ。経済活動と学術研究、そして人間の活動そのものへの監視・統制を招く危険性がある。

(デジタル監視社会に反対する法律家ネットワーク)

 

■経済安保法と福島イノベーション・コースト構想
 

フリーライター 吉田千亜    

 

 福島県浜通りで起きていることを伝えたい。

 

 ナチスの最高幹部ヘルマン・ゲーリングはニュルンベルク裁判で「人々を政治指導者の望むようにするのは簡単だ。国民に向かってわれわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては愛国心が欠けていると非難すればいい。そして国をさらに危険にさらす。このやり方はどんな国でも有効だ」といった。最近、まさにこのことが日本でも起きているのではないかと感じる。

 

 6月までに開かれていた国会で大きな動きがあった。それは、

 

 ①経済安全保障成立――先端的技術の研究を進めやすくする
 ②国際卓越大学法成立――学術の世界において「稼げる」ことを目標にする
 ③福島復興特措法改正――福島において「新産業創出」を産官学連携でおこなう

 

 である。三つ目の福島復興特措法が国会で論議されている時期、ちょうど私は来年春に福島県浪江町に設立が計画されている福島国際研究教育機構(F-REI)についての原稿を書いており、軍学共同に反対する学者や弁護士と話す機会があった。その時から「政府は既存の大学や研究所から切り離された軍事研究をやる研究所をよほど新設したいのだ」と指摘されていた。

 

 軍事研究とはそもそも秘密にされることが多く、特許非公開や守秘義務が課せられる。すると研究者は自分の成果を公表することができなくなるため、「学位」も授与されないので研究者はやりたがらない。だが、このF-REIでは先端的な技術における軍事研究の開発を進めるなかで、学位を取得するしくみがあるということが明記されている。

 

 そもそも昭和24年の日本学術会議発足時に科学者は、過去の戦争の反省から声明のなかで「平和的復興と福祉推進のために貢献する」という決意表明をしている。それでも経産省は経済安保の有識者会議資料のなかで「軍事技術開発への研究者の動員」という言葉を露骨に使っている。政府は「ウクライナ侵攻」や「台湾有事」という言葉を使って今がチャンスだと思っている。私は福島の浜通りは「狙われた土地」だと感じている。

 

 福島県浜通りでは現在「イノベーション・コースト構想」という名の下に、「廃炉」「ロボット・ドローン」「エネルギー・環境・リサイクル」「航空宇宙」「医療関連」「農林水産」という六つの分野の研究開発のための拠点整備が着々と進められている【図】。ロボットテストフィールドなどすでに完成しているものもある。これらは、経済安保法の特定重要技術と被る部分がとても多いということが一目でわかる。

 

 イノベーション・コースト構想をめぐっては、2014年に福島県で「第1回イノベーション・コースト構想の具体化に関する県・市町村検討会」が開かれていた。私自身、こうした構想は福島第一原発の廃炉のためだと思い込んでいたが、廃炉のためではないということにもっと早く気づくべきだった。

 

 時系列で政府の動きを見てみると、2006年の教育基本法の改正で「愛国心」がいわれるようになり、2007年には「防衛庁」から「防衛省」に変わり、Jアラートの運用が開始された。

 

 2008年には宇宙開発基本法ができ、2012年にはJAXA法改正で「平和利用に限る」という文言が削除された。そして2013年には赤羽原子力災害現地対策本部長・経産副大臣が、アメリカの「ハンフォード・サイト(核施設郡)」周辺地域を視察。さらにロボットの日米共同研究に関する合意書が交わされ、ロボットに関する会議や研究、検討会、宣言が次から次におこなわれ、2018年には福島ロボットテストフィールドの無人航空機エリアがオープンしている。

 

 2011年の福島原発事故後、私は政府の被災者支援がひどすぎてまったく仕事をしないことに注目し取材していた。しかしこうして時系列で見てみると、その裏で当時の安倍政府はきっちり仕事をしていたのだ。

 

復興財源を軍事研究に投入

 

 私は今年9月に南相馬市のロボットテストフィールドで開催された「ロボテスEXPO 2022」というイベントに参加した。そのさいイノベーション機構の関係者は「研究開発費が7億円出る」「ロボット1台あたり100万円、最大15台1500万円まで出る」「ロボットテストフィールド利用料も補助がある」と宣伝していた。国立大学の研究資金は年間平均42万円といわれ、研究者が資金に苦労しているなか、けた違いの資金を研究者に提供するという。

 

 このF-REIは、2013年の赤羽原子力災害現地対策本部長によるアメリカの「ハンフォード」視察から始まっている。ハンフォードは長崎に落とされた原子爆弾に使われたプルトニウムを開発した所だ。この視察の報告書には「産業都市構想」「ハンフォード・サイト」「トライデック(TRIDEC)」「DARPA」という現在のイノベーション・コースト構想につながるキーワードが多数含まれている。TRIDECはハンフォードにもあり、全体をコーディネート・マネジメントする組織で、福島県にも昨年3月「福島浜通りトライデック」が設立されている。このように福島浜通りでは、ハンフォード・サイトを参考にした地域構想が進められており、F-REIの有識者会議による最終まとめ構想のなかでもそのことが書かれている。

 

 昨年11月の復興推進会議では、F-REIの法人形態についての資料が出された。このなかで、予算については「長期・安定的に運営できるよう、復興財源等で予算を確保する」といっている。そして「特別の法人」としての司令塔機能を持ち、理事長のリーダーシップの下で研究開発、産業化、人材育成等を一体的に推進していくとある。防衛装備庁に対してロボットフィールドでどのようなことをおこなっているのか開示請求した。黒塗りの部分もたくさんあったが、島嶼(しょ)防衛やデュアルユースについても書かれていた。

 

 そもそも、私がこのような取材をおこなうようになったのは、福島県浜通りの住民の人々の言葉がきっかけだった。福島の人々は地域のことを大切に思うからこそ、物事の本質を捉えて見ている。地元では「沖縄に基地を押しつけ、福島では軍事研究がおこなわれるのではないか」「戦争になったときに、沖縄と福島が真っ先に狙われてしまう」「人の目につきにくく、やりやすいのではないか」「国有化された中間貯蔵施設の搬出後(30年後)以降は、軍事拠点になるのではないか」などの懸念が語られている。一方で「これまでも科学の進捗は軍事とともにあったのだからいいではないか」「浜通りが活性化するのならいいのではないか」という声があるのも事実だ。

 

 10月22日の『読売新聞』では、防衛装備庁の新研究機関の運用イメージについて、米国防省傘下の国防高等研究計画局(DARPA)をモデルにするということがはっきり書いてある。私たちに今問われているのは「この国の人々は本当に軍拡を望んでいるのか」ということだ。平和に資する研究をしたい研究者を守れるのか。政府はもしも復興予算で軍事研究に着手するつもりがないのならば、「平和に資する研究開発に限る」と福島復興特措法に明記すべきだと思う。「自衛」の理屈から軍拡を進めようとしているが、日本の戦争加害の歴史を学び直す必要がある。

 

■アカデミアに忍び寄る誘惑のシステム――軍事技術開発研究と経済安全保障推進法の実施をめぐって

東北大学名誉教授 井原 聰     

 


 経済安保法は、日本の学術研究体制を軍事技術開発へと邁進する危険な方向に向かわせようとしている。


 軍事研究への囲い込みがいっそう進もうとしている。今年7月25日に、経済安保法制に関する有識者会議がおこなわれた。これまで政府は、経済安保法をめぐる国会審議のなかで軍事と関連づける話題を避けてきたが、この会議の「国会審議における論点整理」という資料のなかで「軍事技術開発への研究者の動員」という一文が明示されている。


 また、同じ会議のなかで「総合的な防衛体制の強化に資する科学技術分野の研究開発に向けて」という資料も出された。この資料を出したのが、大学改革を進めてきた自民党の甘利氏率いる「甘利グループ」の一員でもある橋本和仁氏(科学技術振興機構理事長)と、上山隆大氏(総合科学技術・イノベーション会議常勤議員)だ。日本の科学技術政策に深く関わり、責任も大きい2人がこのような提案をしている。


 この資料の中身を見てみると、「アカデミア(大学や研究機関)のとり込み」が大きなポイントになっている。国立研究開発法人を中心とし、防衛省からの研究者もとり入れて、研究成果を兵器開発へとつなげていくとも読める内容になっている。


 また、各省庁の委託研究や国立研究開発法人、全国の研究者のなかから、政府による軍事技術課題提起(ニーズ)に合った研究をピックアップして、研究者に声を掛けて研究協議会を作ることも提案している。このシステムによって、研究者の軍事研究への囲い込みが法律的に可能になる。


 9月30日には、経済安保法の主な柱でもある「技術基盤」の強化を名目に、「特定重要技術の研究開発の促進及びその成果の適切な活用に関する基本指針」が閣議決定された。これは、本来なら経済安保法のなかに書いていなければならないようなことを政府がその時々に変更して作ることができるという内容になっている。


 では、特定重要技術とは何なのか? 政府はすでに関係する20項目をリストアップしているが、端的にいうと「先進技術」と「先端技術」だ【図1】。そして最近はそれらを合わせた「新興学技術」という言葉も使われ始めた。これらは米国では安全保障技術(軍事技術)として扱われている。特定重要技術研究は、海洋領域、宇宙・航空領域、サイバー空間領域、バイオ領域などへの転用可能で、まさに「多次元統合防衛力」に対応した技術としてピックアップされている。

 


 こうした研究開発のために、「経済安全保障重要技術育成プログラム会議」を設置する。ここで研究開発ビジョンを作り、それを内閣府・文科省・経産省がチェックして研究開発構想ができあがる。その構想をもとに外部にある民間の研究推進法人(シンクタンク)が研究開発課題を採択する。そしてシンクタンクが研究代表者に対して基金や機微な情報の提供を持ちかけ、協議会結成をすすめる。


 研究代表者は内閣府と協議のうえ合意すれば、研究協議会を組織する。協議会には内閣総理大臣をはじめ担当大臣、研究代表者・従事者、民間人、官僚などが加わり、協議会が研究を進捗・管理・社会実装まで面倒を見るという流れになる。つまり研究者が発言しにくい組織のなかで研究が進められていくことになる。そして国家安全保障委員会と経済安全保障推進委員会が、研究協議会をリードしていく形になる【図2】。このなかで、シンクタンクに博士号授与機能を付与させたり、罰則付き監視機能を持たせるという話も進んでいる。

 


 今年1月の日米安全保障協議委員会(2+2)では、「人工知能や機械学習、指向性エネルギー及び量子計算、重要な振興分野」において日米で緊密に連携することを約束している。そこにどうしても日本人研究者を囲い込みたいという狙いがあり、そのために秘密を守る研究者を集めるシステムづくりがすでに始まっている。経済安全保障上のチェックをするための機関として新しいプログラム、新しい委員会、新しいプロジェクトを作って研究環境を監視するシステムを整備している。


 経済安保下では、アメリカのセキュリティ制度と整合的でなければ共同研究はできなくなる。すでにアメリカでは、研究への申請者本人との面談、友人や同僚、家主、隣人等への照会、ポリグラフ検査を実施する行政機関もある。


 経済安保法の下で、今後は研究費や研究環境の劣悪化を見越したうえで、誘惑的経費や秘密情報の享受・官民支援を持ちかけて研究者に声を掛けていくだろう。防衛装備庁止まりだったこれまでの軍事技術研究開発に、青天井でアカデミアとり込みが進むことを危惧している。官民伴走による研究開発を社会的実装につなげ、軍事技術を作っていくしくみをわれわれは強力に監視する必要がある。

 

■国際卓越研究大学の危険性

 

北海道大学教育学研究院准教授 光本滋    

 

 国際卓越研究大学という名称は、今年5月に国際卓越研究大学法の成立により知られるようになった。一般的に大学とは学校教育法の枠組みのなかにあるものだが、国際卓越研究大学はそれとは別の新たなカテゴリーになる。

 

 この制度の出発点は、第六期科学技術・イノベーション基本計画(昨年3月閣議決定)のなかで「世界トップ水準の研究を担う大学」「地方創生のハブを担うべき大学」という言葉が使われたのが始まりだ。これと同時に進められていた「世界に伍する規模のファンドの創設の検討」と結びつけられ、国際卓越研究大学の制度化へと進んでいった。

 

 基本計画決定後、国際卓越研究大学をめぐる検討は総合化学・イノベーション会議(CSTI)で進めてきた。CSTIは「世界と伍する研究大学専門調査会」(会長・上山隆大)を設置し、昨年七月には中間とりまとめを発表した。この問題をめぐる報道のなかで「稼げる大学」と表現され、制度の本質を表す言葉として非常にインパクトがあった。

 

 昨年12月には、文科省の「世界と伍する研究大学の実現に向けた制度改正のための検討会議」が論点整理を発表した。このなかで「国際卓越研究大学」という名称が決められ、国際卓越研究大学法の成立に結びついていった。

 

 国際卓越研究大学法の条文を見てみると、「教育」という文字がある条文は一つだけだ(第二条)。そこには「大学の研究及び教育の特性に配慮しなければならない」と言い訳がましく掲載されているのみで、他には見当たらない。ここに端的に表れているように、教育のことは基本的に眼中にないといっていい。教育と研究の二元論あるいは切り離しが進められていく危険性が高い。

 

 国際卓越大学の仕組みについて説明する。まず、政府が全国の大学に対して国際卓越研究大学への募集をかけ、そのなかから基準を満たした大学を認定する。認定された大学側はそれに応じて事業の推進体制を構築する。

 

 ここで注意が必要なのが大学側は「国際的に卓越した研究」と「経済社会に変化をもたらす研究成果の活用」の両方を一緒に推進する体制を構築しなければならないということだ。今年2月に出されたCSTIの「最終まとめ」では、年3%の事業成長を数値目標としている。研究をおこなって国際的な評価を得るだけではだめで、研究成果を出しつつ産業をはじめとする社会へのインパクトに繋げ、資金を呼び込むことで大学自体の規模を成長させていくというものだ。このように“二兎を追う”ことは現実には困難であるし、そもそも追求すべきことなのかという問題もある。

 

 一方、政府の側は10兆円規模の大学ファンド(基金)のなかから助成をおこなうことで、国際卓越研究大学の体制強化をバックアップする。助成の総額や1校当りの助成額は不確定要素が多いが、助成総額の上限は3000億円とされ、認定校は六校程度にするというのが政府の方針だ。

 

 国際卓越研究大学の危険性を挙げるときりがないが、大きく分けて三つある。

 

 ①国際卓越研究大学自体が多大なリスクを抱えた制度であること
 ②国際卓越研究大学が出現することにより、たとえ成功した場合であっても大学制度、高等教育に破壊的なダメージを与えること
 ③大学を軍事研究へと動員する誘因となり得ること

 

 国際卓越大学と結びつけられた「大学ファンド」がはらむリスクによって、さまざまな問題が大学に持ち込まれる。そもそも大学ファンドの原資は政府による「財政投融資」つまり借金であり、20年据え置いた後、40年後までには償還しなければならない。そのため、財務省からも警鐘が鳴らされている。

 

金で縛り軍事研究へと動員

 

 また、政府は大学ファンドからの助成への見返りとして、逆に大学側から大学ファンドに出資させることを考えている。国際卓越研究大学が大学ファンド維持のための埋め合わせに利用される危険性も想定される。

 

 さらに、国際卓越研究大学は大学ファンドから助成を受けるかわりに、非常に強い統制を政府から受けることになる。法律のなかでは、基本方針の策定や国際卓越研究大学の認定や取り消し、体制強化計画の認可などのすべてにおいて、CSTIをはじめとする政府機関の強い関与が制度化されている。

 

 また、国際卓越研究大学には「最高意思決定機関」を設置することが予定されている。現在、国立大学では学長が法人の責任者とされているが、この機関は学長よりも「上」に全体経営の意思決定権があり、学長の任免や事業法方針の策定など事業・組織を支配することになるだろう。このことは、大学の研究教育組織のあり方に非常に大きな影響を及ぼすことになる。「事業成長3%」を達成するために、稼げないと見なした分野の事業や組織を縮小する流れが起きることも想定される。

 

 また、政府は国際卓越研究大学でおこなわれようとしているさまざまな体制強化のしくみや、それを可能にする規制緩和の導入について、「効果があれば国際卓越研究大学以外の大学にも少しずつ波及していくことになる」としている。したがって、これから起きようとしている問題は、どの大学も無関係ではいられないし、大学制度自体を変容させていくきっかけにもなり得る危険性をはらんでいる。

 

 そして大学ファンドは、大学に対する「新たな統制の手法」となることはあきらかだ。国際卓越研究大学の問題が他の大学にも波及すれば、大学が各分野の研究・教育、社会との交流を通じて形成してきた文化が損なわれる。また、大学が維持してきた学術の推進や、社会的な役割を果たすことが困難になる。そして、大学間の協同の力を破壊し、その亀裂から軍事研究が忍び込んでいくことが懸念される。

 

 国際卓越研究大学をめぐっては、すでに積極的な大学と、まったく別世界の大学とで意見が分かれている。また、大学内でも国際卓越研究大学になればもっと伸びると考えられている組織もあれば、逆に「稼げない」と見なされる危険性がある組織や分野もある。こうした大学間の格差や分断が今以上に深刻化する危険性がある。

 

 現在、国際卓越研究大学をめぐっては、科学技術・学術審議会が「基本方針」の検討を進めている。このなかで各大学に対する大学ファンドからの毎年度の助成額は、「体制強化計画やその進捗状況を踏まえ、外部資金の獲得実績や大学ファンドへの資金拠出などに応じて」決定するとしている。ここで出てくる「外部資金」には、例えば防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度や、経産省の経済安全保障重要技術育成プログラムなども当てはまる。つまり国際卓越研究大学が大学ファンドからの助成額を増額するためには、「外部資金獲得」の名の下に、軍事研究に参加せざるを得ない。これは大学を軍事研究に動員する体制づくりの一環であるといわなければならない。

 

 自民党の甘利明氏をはじめとする大学ファンドの推進者たちは、当初から米国の大学が、軍事を含む国策研究機関の運営を委託され、大きな財源を得ていることを模倣してきた。国際卓越研究大学は「稼げる大学」が本当の目的ではなく、稼げなくとも政府による統制の仕組みのなかで大学を支配し、軍事研究へと動員していく体制を作ることこそが推進者たちの本音ではないだろうか。

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