自民党・菅政府は1月に召集した通常国会(会期は6月6日まで)ですばやく改定新型コロナ特措法を成立させ、今度は改定国民投票法案成立に全力をあげると自民党大会で明らかにした。新型コロナ特措法には緊急事態宣言下の行政指示に従わなければ厳罰を科す新規定を盛り込んだが、憲法を全面改定すればもっと強権的な国家権力の行使が可能になるからだ。そのために改憲手続きに欠かせない改定国民投票法の成立を急いでいる。それは憲法の三原則(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)の覆しに直結する危険性もはらんだ法案である。さらに今国会では日本社会全体のデジタル管理を目指すデジタル関連法案、後期高齢者の窓口負担を2割(現行は1割)に引き上げる医療制度改革関連法案なども成立させようとしている。
菅首相は3月21日の自民党大会で「憲法改正はわが党の党是だ。その手続きを定める国民投票改正案については与野党で、今国会においてなんらかの結論を得ることで合意をしている。まずは第一歩として改正案の成立を目指していきたい」と明言した。
自民党の「令和3年党運動方針」では「国のあるべき姿を示す憲法の改正に向けて、わが国は国民政党・責任政党として正面から向き合う」「憲法改正推進本部では、平成30(2018)年3月、国民に問うふさわしいと判断されたテーマとして、①安全保障に関わる“自衛隊”②統治機構のあり方に関する“緊急事態”③一票の格差と地域の民意反映が問われる“合区解消・地方公共団体”④国家100年の計たる“教育充実”--の四項目を優先的な検討項目とし“条文イメージ”(たたき台素案)を決定した」とのべ、「衆参の憲法審査会の場で建設的かつ活発な議論を行い、憲法改正原案の国会発議を目指す」と明記している。さらに「衆議院憲法審査会で審議している国民投票法案改正については、昨年末の“次期国会で結論を得る”との与野党間合意を踏まえ、国民の理解を得つつ、全力で成立に努める」とも明記した。
すでに衆院で審議中の改定国民投票法案は、「改憲案」の賛否を問う投票行動について規定した法案である。今回の改定内容は、これまでの国民投票法を2016年の改定公職選挙法(18歳以上の選挙権を認めた)に見合った内容に変えるもので、主な変更点は次の七項目である。
①「選挙人名簿の閲覧制度」への一本化
②「出国時申請制度」の創設
③「共通投票所制度」の創設
④「期日前投票」の事由追加・弾力化
⑤「洋上投票」の対象拡大
⑥「繰延投票」の期日の告示期限見直し
⑦投票所へ入場可能な子供の範囲拡大
具体的には駅や商業施設への「共通投票所」の設置を認める、水産高校実習生に洋上投票を認める、投票所に同伴できる子供の範囲を「幼児」から「児童、生徒その他の18歳未満の者」に拡大する、といった公職選挙法ではすでに実施している内容だ。
したがって国民投票法自体には改憲内容に言及する規定はない。だが国民投票法を成立させ、改憲手続きの整備を完了していなければ、改憲発議に進むことはできない。そのため菅政府は改憲実現のために必ずクリアしなければならない課題として改定国民投票法の成立を急いでいる。そもそも自民党は国民投票法の成立を最終目標にしているわけではない。その後の改憲発議、改憲案の賛否を問う国民投票へ進むことを目指している。
戦力保持や参戦を容認 改憲原案の方向性
改定国民投票法を成立させた後に、国会発議を目指す改憲原案の方向性は、自民党の「条文イメージ」(たたき台素案)を見ればよく分かる。それは①九条改正、②緊急事態条項導入、③合区解消、④教育の充実、からなる「優先四項目」を軸にし、憲法の三原則を骨抜きにしてしまう内容である。
「九条改正」では「戦力不保持」と「交戦権の否認」など九条の条文は残すが、その後に「九条の二」をもうけ「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」と追加した。それは「戦争放棄」も「戦力の不保持」も「自衛措置を妨げるものではない」という意味にすり替え、結局は武力参戦も戦力保持も認める内容である。
さらに「緊急事態条項導入」では、緊急時は内閣が緊急政令(法律と同等)を制定できるようにすることを「立憲主義にもかなう」と明記した。それは「緊急事態」になれば、国会にも諮らず一部の閣僚だけで法律を制定することを認め、国民主権を「内閣主権」に変貌させる内容である。
したがって改定国民投票法案は、与野党がすでに確認している「民主主義のシステムとして整備する」「国民投票に参加する人の投票権を確保するため、ルールは速やかに決めるべきだ」「国民投票法の改定と改憲は別の問題」というような性質の法案ではない。改憲によって憲法の三原則を有名無実化するための法案である。
しかし改定国民投票法案を成立させるには、残りが約2カ月の通常国会会期中に衆院憲法審査会、衆院本会議、参院憲法審査会、参院本会議での採決が必要(前の会期の国会で可決していても、会期が変わるともう一度採決が必要になる)になる。しかも国会が解散すれば、国会審議中の法律はすべて廃案になる。そのため与野党は国民投票法案を衆院解散前に何が何でも成立させるため、もっとも採決しやすい時期を虎視眈々と狙っている。
コロナ特措法で地均し 緊急事態で強権発動
こうした動きは昨年の緊急事態宣言発令、今年1月の緊急事態宣言再発令、今年2月の罰則付き改定新型コロナ特措法成立とも無関係ではない。
もともとの新型コロナ特措法は昨年3月、安倍政府(当時)が「新型コロナウイルスの感染拡大に備える」という理由で成立させた。同法は2013年に施行した新型インフルエンザ等対策特別措置法の対象に「新型コロナ」を加え、「新型コロナが全国へ急速に蔓延し、国民生活に甚大な影響を及ぼす恐れが高い」となれば「緊急事態宣言の発令」を可能にするのが中心的内容だった。だがこの頃は緊急事態発令の前例がなく、全国的な世論も拒否感が強かった。そこで安倍首相(当時)は「現時点で緊急事態を宣言する状況ではない」「万が一のための備えだ」とくり返し、一年間限定の時限立法(期間は政令で規定)として成立させた。ところが昨年四月に初の緊急事態宣言発令に踏み切った。
そして今年1月、菅政府はすばやく新型コロナ特措法の適用期間を政令変更で1年延長(2022年1月末まで)し、罰則制度も導入する改定新型コロナ特措法や改定感染症法を2月初旬に成立させた。「新型コロナ感染の蔓延防止」を掲げて、都道府県知事が営業時間の短縮要請に従わない飲食店などに命令できる新規定や、入院を拒否した新型コロナ患者への罰則規定を導入した。それは「緊急事態宣言下で命令に従わない事業者に30万円以下の過料」「“蔓延防止等重点措置”(緊急事態宣言発令前)で命令に従わない事業者に20万円以下の過料」「入院を拒否した患者に50万円以下の過料」「保健所による感染経路調査を拒否した人には30万円以下の過料」などの内容だった。
菅政府は最初、入院を拒否すれば「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」と刑事罰を科す案を提示したが、批判世論が噴出したため「行政罰の過料」に修正した。しかし「厳罰の導入」は譲らなかった。
そして危険なのは、新型コロナ特措法で「国の責務」や「国民の責務」を「新型コロナ対策」に限定していることだ。憲法では、国家が国民の生活保障に役割を果たし、国民は公共の福祉(社会)のために役割を果たすと規定している。ところが新型コロナ特措法は、「国の責務」を「新型コロナ対策を迅速に実施する」とし、そのためなら土地の強制収用も認めた。さらに「国民の責務」は「新型コロナウイルス等の予防に努めるとともに対策に協力するよう努める」とした。これは緊急事態宣言下になれば、国側に「特定事由」を掲げて「いうことを聞かない国民を処罰する強権」を付与し、国民側には「国に協力する義務」を負わせる内容である。こうした内容は単なる「罰則規定の導入」や「私権制限」にとどまらない。「新型コロナ対策のため」という目的を変更すれば、すぐに有事や戦時の国家総動員を可能にするための地ならしにほかならない。
全国民をデジタル管理 デジタル関連法案
こうした動きとセットで成立させようとしているのがデジタル関連法案である。これも表向きは「給付金受給が遅れたのはマイナンバーカードの普及が遅れたからだ」「コロナ感染を防ぐためにデジタル化を進める必要がある」と宣伝している。
だがこの中心は日本社会の管理システムを総デジタル化し、全国民をデジタル管理する専門官庁・デジタル庁の創設が狙いである。そのためにデジタル庁設置法案、デジタル社会形成基本法案(デジタル化推進の基本理念を規定)、デジタル社会形成関係整備法案(個人情報保護の仕組みを整備)、マイナンバーと預貯金口座情報を紐付ける預貯金口座登録法案や預貯金口座管理法案等の関連五法案を提出し審議を進めている。
新設を目指すデジタル庁は今年9月から500人規模で発足させる方向だ。内閣直属組織で首相がトップを務め、担当閣僚として「デジタル相」を置き、副大臣、大臣政務官、デジタル監(特別職)、デジタル審議官等を配置する方向だ。中枢には100人規模の民間人を登用する計画が動いている。
このデジタル庁の中心業務は国、地方、マイナンバー等の情報システムをみな管理し整備・運用することで、各府省への勧告権など「強力な総合調整機能」を持たせる内容もデジタル関連法案に盛り込んだ。このデジタル庁が行政デジタル化の「指令塔」となり、国民管理の要となるICチップ付きマイナンバーカード(マイナカード)の普及を強力におし進める体制を目指している。
マイナンバー制度は国民総背番号制の進化版で、国はこれまでも「取得者には5000円分のマイナポイント付与」など、さまざまな特典を付けてマイナカード所持者の増加を図ってきた。しかし今もマイナカード所持者の数は26・3%(2021年3月1日現在)にとどまり、7割以上が所持していない。カード取得者が少ないままならマイナンバー制度自体の意味がなくなり、全国民をデジタル管理することもできなくなる。そうした事情のなかで菅政府はデジタル関連法整備を急いでいる。
今後の予定としては、2022年度に「一人一口座登録の運用開始」「マイナンバーカード機能のスマホ搭載」、2023年度に「4月入省者から国家公務員のデジタル職の採用開始」、2024年度に「年度末までに運転免許証とマイナカードの一体化」を計画している。行政手続きにとどまらず、マイナカードと小中学校の成績まで紐付けする計画も動いている。
しかしデジタル関連ではみずほ銀行のシステム障害が出たり、無料通信アプリ「LINE(ライン)」の個人情報が中国の企業から接続可能な状態にあったことが発覚するなどトラブル続きで、拙速な対応を警戒する声が日を追うごとに強まっている。
基地周辺の土地規制法 思いやり予算承認も
さらに今国会では外国資本による自衛隊・米軍基地周辺の土地利用規制を強める土地規制法案の成立も目指している。
同法は①自衛隊基地や米軍基地をはじめとする軍事関係施設、②国境離島、③重要インフラ施設(原発や空港等)、の周辺土地を調査・監視し「不適切利用」と見なせば、所有者に利用中止勧告や命令を出す法案だ。「外国企業が米軍基地周辺の土地を買ったり、建物を活用するのを阻止する」と主張している。「司令部機能を持つ軍事施設周辺の土地」は、事前届出なしで契約を締結したり、虚偽の届出をした場合は六カ月以下の懲役又は100万円以下の罰金を科す方向になっている。
在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)の協定締結を承認する議案、日印ACSA(物品役務相互提供協定、アクサ)の協定締結にともなう関連法整備の審議も進行している。
思いやり予算は五年ごとに締結する特別協定で額を定め、今年3月末で期限切れとなる予定だった。ところが米国側は期限延長に加えて「前年度比5倍の負担」を求めた経緯がある。しかし菅政府は日本側から来年度も前年並みに2000億円規模の「思いやり予算」を拠出すると表明し、「2022年度以降の負担額を定める新協定については改めて交渉する」ことを米国ととり決めた。それは現行協定を前年並み負担のまま1年間延長し、その後は米国の要求に応え、日本側負担の大幅増額を検討していく方向である。
日印アクサ関連法案は、昨年9月の日印アクサ締結を承認し、自衛隊が物品役務を提供する対象国にインドを追加することが主な内容だ。日印アクサ自体は自衛隊とインド軍が軍事連携を強化する協定だが、同時に日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋戦略」の主要四カ国(クアッド・Quad=米、日、豪、印)の軍事連携を強化する意味合いもある。それはインド洋周辺で自衛隊を軍事活動の前面に立たせる危険性をはらむ内容である。
高齢者の窓口負担2倍 医療制度改革法案
福祉関連では年収200万円以上(複数世帯の場合は、後期高齢者の年収合計が320万円以上)の後期高齢者の窓口負担を現行の2倍となる2割に引き上げる「医療制度改革法案」を衆議院で審議している。菅首相は「団塊の世代が七五歳以上の高齢者となり始めるなかで、若者と高齢者で支え合い、若い世代の負担上昇を抑えることは待ったなし」と主張している。負担増になるのは約370万人といわれ、2022年度後半から実施しようとしている。
そのほか、企業による農地取得の特例を2年間延長する「国家戦略特区法改定案」、農産物の輸出促進に向けた事業者の投資を促進する「農業法人投資円滑化特措法改定案」、中小企業の買収を促進するための「産業競争力強化法改定案」も審議している。大型風車や太陽光発電の建設に不可欠な環境アセスメント期間を数カ月から1年程度短縮し、再エネ発電所建設を促進する「地球温暖化対策推進法改定案」の審議も動いている。
日本国内では先の見えないコロナ禍の中で、飲食店や小売店の消費は落ち込み、医療現場、学校現場等の苦境は深刻化している。だがこうした国民の苦難に寄り添い打開していく対策は皆無に等しい。そのなかで大手メディアを総動員して国会議員の不祥事やオリンピックの騒動ばかり煽りながら、国の将来を左右するような法案を国会解散前に成立させようとする菅政府の火事場泥棒的な姿があらわになっている。