昨年1月に国内で最初の新型コロナ感染者が確認され、未曾有の疫病禍のなかで1年が経過した。依然として世界的蔓延は継続しており、累計の感染者は1億人に迫り、死者は200万人に達している。当初から無症状者へのPCR検査を抑制してきた日本でも、「第三波」といわれる秋冬に入ってからは経路不明の感染者が爆発的に増加。病床逼迫や人員不足による「医療崩壊」が全国的に常態化し、感染しても入院ができない入院待機や自宅療養者は3万5000人をこえた。通常疾患さえ必要な医療を受けられない「国民皆保険の崩壊」にまで事態が深刻化するなかで、「緊急事態」「特別警戒」「勝負の○○」…など言葉ばかりが飛び交う一方で、機能すべき「公助」が働かず、いつまでも個人の良識や「自助」に丸投げの状態が続く。感染収束の出口が見えない要因は何か――コロナ禍1年をふり返った。
国内最初の感染者が確認された昨年1月半ば以降、2月には船内感染を起こしたクルーズ船(乗員3713人)が横浜港に寄港し、厚労省が防疫対策に乗り出したが、1カ月間隔離された船内で感染拡大が止まらず、感染者は712人、死者は14人にのぼった。このさい政府主導の船内隔離のずさんな実態が明らかになり、下船客に2週間の隔離措置(外国人乗客は各国政府が実施)もとらず、最寄り駅から公共交通機関で帰宅させ、下船後に乗客の感染例や死亡例が多発した。政府主導の非科学的な対策が問題になり、政策の意志決定に科学的知見をもった専門家の意見を反映させる必要性が当初から浮き彫りになっていた。
それ以降の1日あたりの国内新規感染者の推移【図参照】を見ると、「第一波」では昨年4月11日にピーク(720人)を記録し、7月半ばからの「第二波」といわれる感染拡大でピークとなった8月7日には1605人へと倍増した。
昨年2月に北海道や大阪などでクラスター(集団感染)が発生し、1日の感染者が100人をこえた2月25日に政府は「クラスター対策班」を設置した。専門家会議の「今後1~2週間が瀬戸際」という指摘を受けて、当時の安倍政府は2月末に小中高校の全国一斉休校(3月2日から約1カ月間)を要請したが、あまりに唐突な発表は全国の自治体や学校現場の混乱を招いた。
すでに感染者が数万単位に増加していた欧米各国をはじめとする世界的事例から、新型コロナ患者全体の6~8割が不顕性感染(感染しながら無症候の患者)であり、感染してから1~2週間の無症候の時期に最も強い感染力を持つことが明らかになっていた。現在では、無症状感染者の感染力は有症状者の3倍以上であることもわかっている。そのため欧米やアジア各国では「検査」と「隔離」を徹底する感染症対策の基本に従い、当初から無差別にPCR検査をおこない無症状者を洗い出した【グラフ参照】。
ところが、7月に控えた東京五輪を「予定通り実施する」(安倍首相、3月14日)ことに固執する安倍政府は、公的なPCR検査の対象を「発熱(37・5℃以上)または呼吸器症状」があり、感染者と濃厚接触歴があるものや本人や接触相手が「発症前14日以内に感染流行地域に渡航又は居住していたもの」に限定。発熱症状であっても「入院を要する肺炎」などの多重ハードルをもうけて検査を抑制した。この初動における恣意的な検査抑制によって、無症状感染者が野放しになり、後の感染爆発を招いたことは疑いない。
安倍政府は、国際世論の煽りを受けて東京五輪が1年延期(3月24日に表明)になると、一転して4月7日には東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都道府県に「緊急事態宣言」を出し、「人との接触を最低7割、極力8割減」やイベント自粛を要請。その後、宣言の対象を全国に拡大し、クラスター発生源とされた飲食業をはじめ、小売業から旅行・宿泊・イベント業に至る各業種では、1カ月以上もの時短営業や営業自粛を余儀なくされた。コロナに起因する解雇や廃業、収入の大幅減に拍車がかかり、国家補償が必要な時期に国から送られてきたのが「布マスク2枚」であったことが怒りを集め、全国の世論に押される形で1人10万円の定額給付がおこなわれた。
1年前から指摘されるも医療体制の整備進まず
昨年4月1日に日本集中治療医学会(西田修理事長)が発した声明では、国内の集中医療体制はパンデミックに対してあまりにも脆弱であることを指摘していた。当時すでに医療崩壊を起こし、感染者10万人・死者1万人をこえていたイタリア国内のICU(集中治療室)が10万人あたり12床であるのに対して日本では5床程度しかなく、しかも重症化した新型コロナ感染者の治療には高い専門性を持った看護師など通常の4倍のマンパワーが必要であるため、国内に約6500床あるICUベッドのうち実際に新型コロナ重症患者を収容できるのは1000床にも満たない可能性があると警鐘を鳴らし、集中治療体制の維持のための設備、人員の拡充を求めていた。
日本の医療構想は大規模な感染症を想定していなかったため、国内の感染症病床はわずか1888床しかない。すでに4月後半には都市部の基幹病院では、新型コロナ患者を受け入れるために通常病床を閉鎖したり、手術や入院を抑制せざるを得なくなっており、医療団体や専門家が「このまま第二波を迎えれば医療崩壊は避けられない」と危機感を示していた。全国80大学の附属病院長などで構成する全国医学部長病院長会議は4月20日、「無症候の患者に対するPCR検査を保険適用(ないし公費で施行可能)」にすることや「PCR検査に必要な個人防護具と試薬を確保」などを強く要請していた。
だが1年経った現在まで国のリーダーシップや拡充策は乏しく、コロナ患者を受け入れた病院ほど赤字に陥り、全国の軽度中等症を含む新型コロナ患者の病床確保数は、昨年8月中旬の2万7000床からほとんど増えていない。重症者用の確保病床も3600床程度の横ばい状態が続いており、コロナ患者を受け入れた公的病院の多くで、新規患者が受け入れられなくなり、院内感染が起きるなど逼迫に拍車がかかっている。一般病院の受け入れが進まないのは、国の「診療報酬カット」「病床削減」の方針を継続される下で、自己責任にもとづく一時的な「協力金」だけで、病院閉鎖や地域医療崩壊のリスクをともなうコロナ対応は不可能だからにほかならない。
安倍退陣劇の背景 防疫も経済もボロボロの現実
新規感染者数のグラフに戻ると、5、6月の小康状態を経て、7月には「第二波」といわれる山を迎えた。公的補償が乏しいなかで、生きていくためには経済活動を再開せざるを得ない。5割減収などを条件にした各種給付金の効果が切れるなかで、国による「都道府県をまたぐ移動自粛」の緩和、「GoTo」キャンペーンの開始にも触発される形で、企業の営業活動や人の移動が再開され、再び感染者が急増した。
人の外出や移動を規制しても、8割の無症状者を含めた感染実態が把握できないまま野放しにされているため、経済活動や学校を再開したり、旅行を奨励すると、再び感染増大に振り戻されるというループに陥る。そのたびにヒト・モノ・カネの動きが止まり、実質GDP成長率(2020年4~6月期)は、リーマン・ショック時をはるかに凌ぐマイナス27・8%と戦後最大の落ち込みとなった。
8月28日、ついに安倍首相はさじを投げ、持病の潰瘍性大腸炎の再発を理由に辞任を表明。その後を引き継いだ菅政府の混迷ぶりと全国的な感染急拡大が、その「敵前逃亡」の理由を物語っている。気温や湿度の低下とともに11月には感染者が1700人をこえたのを皮切りに、12月12日には3000人を突破。年明け1月8日には過去最多の7882人に達し、菅政府は二度目の緊急事態宣言を発した。
病床が逼迫し、感染がわかっても入院できない入院待機者や自宅療養者は全国で3万5000人にのぼり、東京都の重症患者対応ベッドの使用率は100%を超過。感染者の健康状況をチェックする保健所機能もパンクし、首都圏では「自宅療養者は自分で健康管理を」と呼びかける事態となった。全国の累計死者数は中国をこえる5000人に達し、その4割が年末からの1カ月間に集中している。
クラスター追跡による調査では捉えられないほど市中感染が蔓延しており、大規模な検査による市中感染率の把握や無症状者の洗い出しをしなければ、個別の心がけや生活様式の変容だけでは意味をなさないことが明らかになっている。
日本政府は、米ファイザーや英アストラゼネカなどの輸入ワクチンを唯一の頼みの綱としているものの、外国依存のため納入時期は先方にゆだねられるうえに、投与先進地では重い副反応も報告されており、その効果や安全性の保障も現時点では定かではない。
ノーベル賞受賞者たちが警鐘
今月8日、ノーベル生理学医学賞の受賞者である大隅良典、大村智、本庶佑、山中伸弥の4氏が共同声明を発出。
政府への提言として、▼医療機関と医療従事者への支援を拡充し、医療崩壊を防ぐ、▼PCR検査能力の大幅な拡充と無症候感染者の隔離を強化する、▼ワクチンや治療薬の審査および承認は、独立性と透明性を担保しつつ迅速におこなう、▼今後の新たな感染症発生の可能性を考え、ワクチンや治療薬等の開発原理を生み出す、▼生命科学、およびその社会実装に不可欠な産学連携の支援を強化する、▼科学者の勧告を政策に反映できる長期的展望に立った制度を確立する、の五つの施策を示した。
「検査」「隔離」「免疫力強化」が感染症対策の鉄則といわれ続けてきたが、1年たっても一向に実行に移されないことに業を煮やした提言といえる。
テレビ番組に生出演した本庶佑氏(京都大学名誉教授、がん免疫療法の新薬開発でノーベル賞を受賞)は、「これまで政府の呼びかけに対して国民は忠実に協力しているが、政府側の積極的な施策が見えてこない。年末年始の感染拡大は、以前から誰もが予想したシナリオ通りだ。政府主導というよりも、国民の良識によって持ちこたえている状態」と指摘し、医療体制について、コロナ対応病院を一つの病院に集約することを提言。「その方が一床あたりの補助金を出すよりもはるかに効率がいい」とし、その理由として「一つの病院の部分をコロナ専用病棟にすると、動線分けや人員や設備配置が非常に複雑になり、コストも余分にかかる。武漢では2週間で1000人規模の専門病院を作ったが、その方が医療分担と効率化につながり、結果として医療従事者の負担軽減になる」「普通の病院にコロナ患者を受け入れると他の患者が来づらくなり、経営が圧迫される。すでに多くの病院は潰れるか否かの瀬戸際にあり、逆にいえば厚労省には医療費が残っている。その予算を使って地域の病院を守りつつ、専門病院を作ってコロナ対策を集中的におこなうのが得策だ」とのべた。
さらにPCR検査については、「中国のように地域ごとに全検査・隔離するのが理想だが、現実的には日本では難しい。だが、少なくとも感染しているかも…と思ったら即座に検査を受け入れられる体制を作るべき」とし、具体案として「神戸のロボット専門会社で開発されている自動PCR検査システムを搭載したトレーラーなら、80分で250検体の処理能力があり、1日12時間稼働させたら2500検体が調べられる。1000台用意すれば単純計算で1日250万件の検査が可能だ。1台1億円なので、1000億円の投資で今すぐ可能だ。現在の最大の問題は無症候感染者。その人たちを隔離するために借り上げるホテル業界、食事を届ける飲食業界、材料を提供する生産者にもプラスになる。そのように経済を回していく方が、GoToで“危険を覚悟で行ってこい”というより、社会的にも経済的にもはるかに理にかなっている」と提案した。
本庶氏は「ウイルスを粒子に例えると、一定の数の粒子を受け取ると感染症を発症することが明らかになっており、その市中分散の過程を調べると、少ない段階で病原体をもっている人を早く隔離することに勝る方法はないということが物理学的な数式でもはっきりしている。現実に、あれだけ巨大な人口を抱えている中国で封じ込めているのは、徹底した地域丸ごとの検査と強権的な隔離だ。台湾も初期段階でこれを徹底して抑え込んだ。公衆衛生・医学の教科書にも書いてある、患者を見つけて隔離する--なぜ厚労省がこれをやらないのか理解に苦しむ」と疑問を呈した。
さらに「(検査を拡充しない厚労省の)本音はコストの問題だと思う。(国は)非常にコストが掛かると思っていたからこれを抑えていた。だが、全自動で検査できれば少人数で短期間で、しかもトレーラーなら移動もできる。むしろ、政府がお金を出してこのような検査設備の開発を頼むべきだ」とのべた。
「医療か、経済か」あるいは「医療崩壊を防ぐための検査抑制」という荒唐無稽な対立ではなく、医療を守り、安全な社会を作ることによってしか経済の回復はない。そのためにも検査を拡充して感染状況を可視化することが必要であり、それを厳密におこなうことで移動や渡航制限を緩めることができるという見解を示した。
提言にあたって4氏は、国に科学者の意見が反映される機関が存在せず、分科会が科学技術的な知見を深めるものではなく「すりあわせの場」になっていることから、科学者の見解をとりまとめて政策に生かす諮問機関創設の必要性を強調。ワクチンや創薬分野において日本の発進力が低下している現状に対しても「対症療法的な研究費ではなく、基礎研究への継続した支援」を要請した。
入院先もないのに… 命令違反者には刑事罰
だが政府は現在も、これら科学者の提言や医療現場の要請とはまったく逆方向に動いている。
検査拡充について田村憲久厚労相は、「国家体制が違うから、中国のように強制して一斉におこなうことはできない。費用対効果がよくない」と否定。その方針に反して、広島県が独自に80万人規模のPCR検査の実施方針を打ち出すと、菅政府は翌日に広島市を「緊急事態宣言に準ずる地域」(飲食店に対する1日6万円の協力金支給)の対象から除外するなど、自治体独自の大規模検査にさえ陰湿な圧力を掛けている。
また、不足するコロナ病床の確保についても、感染症法を改定し、国や都道府県知事が民間の医療機関に対して「協力要請」よりも強力な「協力勧告」ができるようにし、従わない場合は「医療機関名を公表できる」などの罰則化を盛り込んだ案をとりまとめた。
22日に閣議決定した新型コロナウイルス感染症対応の特別措置法 (コロナ特措法) の改定案では、 緊急事態宣言の前段階に「まん延防止等重点措置」をもうけ、 国や都道府県が飲食店などに休業や時短営業を「要請・命令」できるとし、 命令に違反した場合は「30万円以下の過料」、 知事による立ち入り検査や報告徴収を拒否した場合にも「20万円以下の過料」をかけられるように厳罰化。 しかも、 国会への報告義務を不要とした。
さらに緊急事態宣言では、 命令違反の罰則を「50万円以下の過料」と罰則を重くする一方、 要請に応じた事業者に対する公的補償については「支援を講ずる」としたのみ。 いずれも発出の要件を 国民の生命、 健康に著しく重大な被害を与えるおそれ がある場合として拡大解釈を可能にした。
同じく感染症法改定案でも、 入院拒否や、 逃亡した感染者には刑事罰として 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 とし、 疫学調査の拒否や虚偽回答に対しても 50万円以下の罰金 とする罰則を盛り込んだ。
これに対して日本医学会連合、 日本公衆衛生学会、 日本疫学会があいついで声明を出し、「罰則を伴う強制は国民に恐怖や不安・差別を惹起することにもつながり、 感染症対策をはじめとするすべての公衆衛生施策において不可欠な、 国民の主体的で積極的な参加と協力を得ることを著しく妨げる恐れがある」「結果、 感染の抑止が困難になることが想定される」「 (隔離や入院) 措置に伴い発生する社会的不利に対する補償 (就労機会の保障、 所得保障や医療介護サービスの無償提供など) を十分図ること、 そして感染に伴う偏見・差別行為に対し毅然とした規制をおこなうこと」を要請したが、 政府は歯牙にも掛けていない。
さらに麻生財務相は、 緊急事態宣言における2度目の定額給付金支給について、「あれ国債発行してんだから政府の借金でやるんだよ。 後世の人たちにさらに借金を増やすということですかと、 あなたのために。 あなたの御子孫に借金を増やしていくということなんでしょうか ?」 (22日)と開き直りを見せた。一方、三次補正予算では、「収束後」の消費喚起策としてGoToトラベル事業に1兆311億円、GoToイートに515億円を追加。脱炭素化に関する技術開発の支援として2兆円を盛り込んでいるが、いずれも現在の「緊急事態」を乗り切るための財政措置ではない。
非科学的な検査抑制によって無症候患者を野放しにし、 隔離もできないため市中感染は止まらず、 医療機関は逼迫して死者が急増している。 また無症状者を含む感染状況が可視化されないため、「緊急事態」は延々と続き、 経済活動や学校など国民生活全般が停滞し、解雇や廃業は過去最多にのぼり、死者や自殺者の急増にもつながっている。
この状況を認識しながら、政府中枢が人々の生命や暮らしにまるで関心がなく、「宣言」を乱発するばかりで、火事場泥棒的に自己の権限強化だけに腐心していることが先行きをますます暗いものにしている。 コロナ禍1年は、 疫病禍という存立危機にさいして無為無策な統治の現実を見せつけており、 新自由主義の下ですっかり形骸化した政治を規制・再編する社会的な力を強める必要性を突きつけている。