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種子の悪法三法と危うくなるコメ自給 食政策センター・ビジョン21主宰 安田節子

 農家の種取禁止が議論を呼んで先の国会では継続審議となっていた種苗法改定案は昨年12月2日参議院本会議で可決成立した。

 これまで登録品種について農家の自家増殖(収穫物から種子を採取して翌シーズンの生産に使う)は自由で、開発者の許諾は必要なかったが、改正種苗法では新品種の海外流出防止のためとして「自家増殖」を禁止(許諾制)にした。

 

 農水省は農家による違法流出の事例を問われて、具体的事例を挙げることができなかった。また農家への影響は軽微として、一般品種がほとんどで登録品種は少なく、許諾料が高額になることはないと説明した。しかし登録品種の数(特に米)は多く、農水省は数を偽ったことが判明している。種子法廃止や農業競争力強化支援法(8条4項)によって公的機関から私企業に種子事業が移転されることになったから私企業による登録品種は今後増加し続けるだろうし、許諾料にしても公的種子の場合は無償やごく低額だが民間種子は当然高くなるのは自明だ。

 

 そもそも農水省はホームページで「種苗などの国外への持ち出しを物理的に防止することは困難」であるとし、「海外において品種登録を行うことが唯一の対策」と記載している。育成者権は、国ごとに取得する必要があり、品種登録していない国では育成者権は主張できないからだ。

 

 農水省はマスコミに対して海外流出した高級ぶどうのシャインマスカットを国益損失の例として大々的にあげるが、これは開発者の国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が海外登録を怠ったのが原因なのだからミスリードでしかない。

 

 農水省は改定により品種登録する際に栽培地域や輸出先を指定できるので、違法な海外持ち出しには、生産・販売の差し止めができるとしている。しかし、現行法(33条)で権利侵害に対する差止請求権は認められている。それに種苗購入した農家が違法に自家増殖し、他へ譲渡・持ち出しをしていないかは開発者が監視するという。物理的に不可能だ。自家増殖を禁止にすれば海外流出を防止できるとの論理は成り立たない。つまるところ、種苗法改定では海外流出を防げず、農家の自家増殖禁止だけが行われることになる。海外流出防止は後付けでしかない。

 

 農家の自家増殖禁止の理由付けがことごとく破綻しても、それをそのまま押し通す農水省の姿勢に上からの力が働いていると感じざるを得ない。
 改定により農家は開発者に許諾料を支払って許諾を毎年得るか、許諾が得られなければ毎年すべての苗を購入しなければならなくなる。これは農家の種取の権利を剥奪することなのだ。

 

 主要農作物種子法(種子法)廃止、農業競争力強化支援法(8条4項)施行、そしてとどめが種苗法改定だ。これら悪法3法により公的種子と農家種子は企業種子に置き換わる。

 

 TPP日米合意に基づき規制改革推進会議が設置され、ここを窓口として米国の多国籍企業のために日本の「岩盤規制」が次々と撤廃されてきた。ここから提案された「種子法廃止」(2017年制定、2018年施行)で日本の米、麦、大豆の公的種子事業をなくした。そして「農業競争力強化支援法(8条4項)」(2017年制定・施行)で民間事業者の「技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進」のために「独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること」、すなわち公的種苗事業は民間(多国籍種子企業等)へ「払い下げ」となったのだ。そして、とどめが農家の自家増殖禁止だ。

 

 世界の商品種子市場は一握りの多国籍種子企業による寡占化が進行している。競争相手がいなければ価格設定は思いのままだ。かれら巨大企業が日本で品種登録し、高額な許諾料を設定したり、許諾しないで毎年買わせる事態が起こりかねない。それは農家の大きな負担になり、日本農業の衰退に拍車がかかる。

 

 種子法廃止は規制改革推進会議から提言された。規制改革推進会議は内閣府直属の機関で2015年のTPP日米二国間合意文書に基づいて設置された。

 

 合意文書によると、外国投資家や利害関係者の提言は規制改革会議に付託し、日本国政府は提言に従って必要な措置をとるとされ、米国政府の後ろにいる多国籍企業群の要求受け入れ窓口なのだ。外務省は、米国がTPPを離脱してもこの合意は有効としている。

 

 モンサント(現バイエル)など多国籍種子企業は米、麦など世界の主食穀物を特許並みに強化した育成者権で囲い込もうとしている。市場の野菜はほぼハイブリッド(F1)種で押さえられ、毎年農家は種子を購入せざるを得ない。大豆やトウモロコシを輸出する北米・南米諸国では特許種子である遺伝子組み換え(GM)種がほとんどとなり、農家は種取禁止、毎年の購入が義務付けられている。

 

 残るは米と小麦だ。家畜の餌となる大豆やトウモロコシと違ってこれらは主食の穀物でありどの国の消費者も遺伝子組み換え(GM)食品を拒絶している。

 

 現在多国籍種子企業は軸足をゲノム編集種子に移している。新世代の遺伝子操作技術であるゲノム編集は安全性評価の手法すら定まっておらず、また動物に食べさせての実験もされていない。2018年欧州司法裁判所はゲノム編集生物すべてにGM同様の規制適用を裁定した。一方同年、米国農務省はゲノム編集作物を一般種子として規制しない方針を発表した。この後直ちに日本は「統合イノベーション戦略」を閣議決定し、安倍首相はゲノム編集を中心とするバイオ技術を「成長戦略のど真ん中に位置付け、大胆な政策を迅速に推進してください」と述べた。2019年6月、トランプ大統領は180日以内に農業バイオテクノロジー製品の市場を拡大するための国際戦略を策定し、ゲノム編集作物製品について、障壁を取り除くための措置を講じることを命じた。2019年10月厚労省は、ゲノム編集食品を安全性審査なしの任意の届け出だけで販売できるとし、消費者庁も表示不要を発表した。

 

 ゲノム編集種子は開発に注力する多国籍種子企業らの望み通り、GM規制を受けない一般品種として日本に輸出ができる。しかし、ここで企業にとってジレンマは農家の自家採種を認める種苗法のもとでは、特許種子であるGM種のように毎年買わせて大きな利益を得るのは難しい。自家採種禁止の種苗法改定を彼らは大歓迎しているだろう。

 

稲刈り(北海道)

 今後もっとも懸念されるのは「米」だ。
 米など穀物の公的種子事業をなくし、自家採種禁止の一律許諾制で例外作物なしとする日本は、食料安全保障を投げ捨ててよしとする異常な国なのだ。米国、カナダ、豪州など主食の小麦は公共品種・自家採種が当たり前となっている。

 

 またEUでは登録品種は自家増殖禁止だが例外として「穀類、飼料作物、バレイショ、油糧作物、繊維作物」という国民にとって重要な作物が指定されている。これらは許諾にかかわらず許諾料の支払のみで自家増殖できる。さらに小規模農家は許諾料なしの使用を認めている。小規模農家とは穀物92㌧未満を栽培、農地面積約15㌶とされ、日本の農家はほとんどがこれに該当する。また、小規模農家以外の農業者もこれらの作物については「かなり低額」にすることを定めている。

 

 米国の場合は特許種子を除き、品種保護法で農家の自家増殖を認めている。
 食料安全保障、小規模農家の保護、農民の自家採種の権利等への配慮等育成者権の保護とのバランス感覚がみてとれる。

 

 2020年4月、規制改革推進会議の農林水産WGが(株)ヤマザキライスの意見書をそっくり反映した「農産物検査規格の見直し」を盛り込んだ規制改革実施計画を提言した。提言は七月に閣議決定され、「農産物検査規格・米穀の取引に関する検討会」で来年早々に結論を出すとして急ピッチに検討会が進められている。
 規制改革推進会議から出たことは要注意だ。

 

 (株)ヤマザキライスの意見書では、現行の米の規格を決める検査は玄米で行われるが、国際的な穀物物流は白米として精米での検査とそれへの銘柄表示を求めている。また現行紙袋(30入り)検査をフレコンバッグ(1㌧入り)での検査を可能にし、それも自主検査(自主品質表示)を可能にすることや生産者や検査・品質確認を行った者を任意表示にすること、また「産地品種銘柄指定」を見直し、全国的な「品種銘柄」設定することや機械的計測への早期の変更、データ管理のクラウドサーバーとIоT、AI化などスマート農業への転換も求めている。これらは大規模生産者と米輸出業者の利益と一致する。これらがそっくりそのまま規制改革実施計画に盛り込まれたのだ。

 

 (株)ヤマザキライスは埼玉県で100㌶の大規模稲作を行う農業生産法人だ。HPには「世界農業ドリームプラン」という大規模農業・AI・スマート農業称揚のイベント紹介があり写真には安倍昭恵氏の姿があり驚かされた。現在モンサントら農薬・種子のビッグ6がスマート農業技術分野の買収、提携推進を進めているが、こうした動きに関連しているのかもしれない。 

 

  • 輸入米増加で米自給崩壊へ

 

 唯一自給している米だが増え続ける輸入米が自給を脅かしている。ミニマムアクセス米は77万㌧(米国産36万㌧)が毎年輸入されている。TPP協定により無税の輸入枠が設けられ米国産をさらに7万㌧上積みした。

 

 2020年1月に日米FTAが発効したが積み残しの農産物輸入拡大などについて追加交渉が義務付けられた。ほとんどの農産物は関税が引き下げられ、残っているのは米くらいだ。「農産物検査規格の見直し」は米の本格輸入を見据えた、国内整備ではないだろうか。

 

 米余りで米価は下落し続けているのに輸入米が増加していけば米生産の衰退に拍車をかける。そして米の自給が崩壊すれば日本は食料安全保障を失い、米国への完全隷属が成る。
 公的種子と農家の自家採種の権利を取り戻し、米の自給を守る国民運動が必要だ。

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