「桜を見る会」の前夜祭での会費補てん問題をめぐり、東京地検特捜部が安倍前首相の秘書から事情聴取を開始した――との報道があいついでいる。この疑惑をめぐっては、今年5月に全国の弁護士や法学者ら662人が、安倍前首相と後援会幹部2人の告発状を東京地方検察庁に提出している他、学者など各方面から告発が続いてきた。公文書改ざんや近畿財務局職員の自殺にまで発展した森友学園への国有地払い下げや学校認可問題、首相の「腹心の友」が経営する大学への獣医学部設置を認可した加計学園問題など、あらゆる「首相案件」の疑惑で、「法の番人」としての自浄能力を見せなかった検察が動き始めたことにさまざまな憶測が飛び交い、その捜査の行方が注目されている。
東京地検特捜部による捜査の経過は、『読売』(23日付)の報道を皮切りにNHKが後追い報道し、「前夜祭」の会場となった二つのホテルが「安倍前総理大臣側が費用の一部を負担していたことを示す領収書や明細書を作成していた」「懇親会の費用の総額などが記された明細書を安倍前総理大臣の事務所側に宛てて作成していて、去年までの5年間の費用の総額は合わせて2000万円を超える」「領収証には去年までの5年間にかかった懇親会の費用のうち安倍前総理大臣側が少なくとも800万円以上を負担したことを示す内容が記されている」(NHK)、「前夜祭の費用は2015年から昨年にかけて、年約300万~600万円余りかかったものの、参加者から集めた会費は年200万~300万円台だった。差額は多い年で約250万円に上っていた」(読売)などの事実が次々に明るみに出はじめた。
内容を要約すると、2013年から毎年開かれた「桜を見る会前夜祭(懇親会)」(主催・安倍晋三後援会)には、1人当り5000円の会費で地元後援会員約850人が招かれ、会場となったANAインターコンチネンタルホテル(3回)、ホテルニューオータニ東京(4回)で酒食が振る舞われた。安倍前首相の資金管理団体「晋和会」宛ての領収書や明細書をホテル側が作成しており、それによると2015年から昨年までの5回だけで懇親会の費用総額は2000万円をこえており、会費総額との差額約800万円以上を安倍首相側が負担していたとみられる。これらの経緯を踏まえ、東京地検特捜部は安倍前首相の公設第一秘書などから任意で事情を聞くなどして確認を進めているというもの。
この前夜祭の収支は安倍前首相の政治資金収支報告書に記載はない。安倍前首相はこれまでの国会答弁などで「個々の参加者がホテルと契約したもので、会場の入り口の受付で安倍事務所の職員が1人5000円(会費)を集金し、ホテル名義の領収書をその場で手交した」「安倍事務所も後援会にも一切入金、出金はない。食事代についても領収書を発行していないし、領収書を受けとってもいない」とくり返しのべている。また、会費がホテルの通常価格(1人当り1万1000円程度)の半額以下であることについても「(前夜祭参加者の)大多数が当該ホテルの宿泊者であるという事情等を踏まえホテル側が設定した価格」「何回も使って信用のできる相手と一見の方とでは、商売においては当然違う」とのべていた。
ホテル側が作成するはずの見積書や明細書についても「ホテル側からの発行はなかった」としていた。これに対してホテル側は「パーティーについては原則として主催者側に明細書を発行する」と複数のメディアに対してのべており、その矛盾が指摘されていた。
いずれにせよ現職議員やその政治団体による負担で地元有権者に酒食を振る舞うことは、公職選挙法で禁じられた「寄付行為」にあたる買収にほかならない。そして、後援会の収支に記載がない支出となれば、そのカネはどこから誰が出したのかが問われ、政治資金規正法違反にもなる。
報道されている捜査内容は、検察側のリークによるものとみられるが、「安倍事務所による収賄」の事実が公的に立証されれば、安倍前首相の同疑惑をめぐる国会答弁のほとんどが虚偽であったことが明るみに出るばかりでなく、安倍前首相ならびに安倍晋三後援会の政治資金規正法違反、公職選挙法違反が確定することになる。その場合、安倍前首相あるいは後援会幹部の秘書が起訴されなければ、落とし前はつかない。
捜査状況をリークをした検察側の意図や信憑性については、今後の捜査や事件処理の行方が注目されるところだが、安倍前首相をめぐる疑惑はこれだけにとどまらない。
とくに2019年参院選で起きた河井克行法相(当時)と妻の案里容疑者による広島選挙区における大規模買収事件は、自民党本部から選挙資金として投入された1億5000万円を原資にした有権者買収が明るみに出ており、選挙中には安倍事務所(下関市)から筆頭秘書の配川博之氏を含む秘書4人が河井陣営の応援に駆けつけ、河井容疑者らと地元有力者を回っていたことが検察の供述調書でも明らかになっている。同事件についても3月12日に、検事総長宛てに河井夫妻ならびに安倍首相を被告発人とする「告発状」が提出されている。
国会では種苗法改定や国民投票法改定をはじめとする重要法案の審議中であり、安倍事務所に対する一連の捜査が「やってる感」を演出するだけのアリバイ的なもので終わるのか、より大きな疑惑の追及をスピンするための目くらましなのかは、検察当局による捜査の行方を注意深く見極める以外にないが、「一強」状態に弛緩しつつ泥船化する安倍界隈、そして自民党内における力関係の変化を映すものとして注目される。