いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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記者座談会 コロナ禍の敵前逃亡 あっけない放り投げの背景にあるもの

 安倍晋三首相は8月28日、持病の潰瘍性大腸炎が再発したことを理由に辞任することを表明した。2006年に発足した第一次安倍政権時も持病悪化を理由に1年あまりで辞任したが、今回も同じく突然の辞任劇となった。新型コロナの感染拡大に歯止めがかからず、経済活動の低迷によってGDP成長率が戦後最大の落ち込みを見せるなか、まさに政治リーダーとして重責が問われる局面での「放り投げ辞任」となった。民主党への政権交代と「大政奉還」を経て2012年に政権の座に返り咲いてから約7年8カ月間の長期政権となり、連続在職日数は佐藤栄作を抜いて憲政史上最長を記録したが、最長最悪ともいえる政権のあっけない幕引きとなった。この長期政権はなんだったのか? 記者座談会でふり返ってみた。

 

  安倍首相は、持病再発を辞任の理由に挙げたが、あまりにも唐突な辞意表明だった。拡大が収まらないコロナ危機にどのように対応するのかが問われる局面で、「病気が理由で政策判断を誤る」(安倍首相)という理由だった。それなら職務代行者を置き、公の業務に混乱や支障を生まないように配慮するなり、安定的な政権移行に心がけるのが常識だろうが、いきなり辞任表明したためにコロナ対応そっちのけの大騒ぎとなり、後任選出をめぐって政府中枢が右往左往している。この間の経済情勢等等を俯瞰して見てみると、アベノミクスが行き詰まったところにコロナが襲ってきてお手上げになった。「コロナ禍の敵前逃亡」というのが実際だろう。経済的には今から深刻な影響が表面化していくことは疑いない状況だ。

 

  「潰瘍性大腸炎の再発の兆候がみられた」という6月半ば以降、臨時国会も開かず、閉会中審査にも出ず、記者会見もしなかったが、政権幹部や著名人との会食は続いていたようで、7月に入ってからも度々ステーキ店に出入りして酒食に興じていたという。今後も入院や静養をするわけでもなく、総裁選がおこなわれる9月半ばまで職務を続けるというのも辻妻が合わない話だ。本当に職責がまっとうできないほどの健康不安を抱えているなら首相職だけでなく、議員も辞めるのが妥当だ。病気で責任を放り投げておいて議員ポストだけは握りしめて放さないというのも筋の通らない話なのだ。

 

  この間の動きを見ても、PCR検査の拡充や感染拡大防止のための施策、医療体制の拡充整備、困窮する企業や国民への救済策、あるいは豪雨災害に見舞われた被災地の復旧など、この国に生きるすべての人々の生命と安全を守るために政府が機能しなければならない重要な時期に、まるで引きこもるみたく国会も開かず、記者会見からも遠ざかってフリーズしていた。日本社会はコロナ禍の大混乱にあるなかで、最高責任者が1カ月以上も表舞台から姿を消し、そのおかげで国会は機能停止。出てきたかと思えば「病院検査」の一挙手一投足をメディアに報道させ、「健康不安」を内外に振りまいてきた。一国のトップの健康不安など公にしないのが危機管理上の常識だが、あえてそれを振りまいてきたのは「矢面に立ちたくない」「もう辞めたい」という心境を如実にあらわしていた。コロナにノックダウンされたのではないかと思うくらいだ。その後のメディアによる「病気で可哀想な首相」プロモーションも異様なものがある。実態としては「コロナ禍の敵前逃亡」であり、ただの放り投げなのに、そのことを誰も指摘しない。

 

 日本社会全体が未曾有の疫病禍に襲われ、大胆な感染防止措置とともに人々への生活補償が求められる局面で、マスク2枚に10万円は支給されたものの、PCR検査の拡充は他国と比較しても極端に遅れをとり、それこそ国会が機能停止して政策が動かない。これ以上の補償をしたくないばかりに緊急事態宣言を回避する道を選び、むしろ人の移動を促す「GoToキャンペーン」を見切り発車したおかげで、感染者は全国で広がった。経済対策としてやったことが感染拡大を生み、さらなる経済の麻痺状態に拍車をかけるという悪循環だ。誰が考えてもわかることだが、すべてが裏目に出て、国の危機管理の浅はかさを露呈した。

 

  政権にとって唯一のレガシー(政治的遺産)だった経済政策でも、実質GDP成長率(2020年4~6月期)は、リーマン・ショック後(2009年1~3月期)のマイナス17・8%をはるかに凌ぐ、マイナス27・8%と戦後最大の落ち込みを見せている。消費税が10%になってから既に景気は冷え込み、GDPとしてはコロナ前からマイナスにぶれていたが、とどめを指されたような格好だ。

 

 金融緩和で札束を刷って粉飾してきた経済政策も出口は見えず、株式に突っ込んだ年金積み立て基金の巨額損失や財政悪化も隠しようもない。外交面でも、米中の力関係が変化するなかで、韓国や中国など隣国との関係悪化、ロシアとの北方領土問題も3000億円の経済協力金を出したあげくにミサイルまで配備されて以前以上に後退して東アジアで四面楚歌に陥っているのが実態だ。内政でも、モリカケ・桜、公文書改ざんや公務員の自殺、さらには現役閣僚の選挙買収による逮捕に至るまで政権運営の責任を問われる失態が次々に露呈している。さらにコロナ対応でも失策が連続して感染拡大が止まらず、「アンダーコントロール」とうそぶいて誘致した東京五輪も中止が濃厚になりつつある。そうして、あれほど「最高責任者は私だ!」と豪語していた人物が、土壇場で行き詰まって責任が問われる事態になったとたん職務を放り出した。次の根回しも何もない放り投げをするものだから、自民党が蜂の巣を突っついたような騒ぎになっている。政治の劣化、貧困もこれほどまで進んだのかと思うような光景だ。

 

 今後、安倍政権8年のツケが一気に噴き出すことは避けられない。コロナしかり、経済的にも地獄のような事態がこの国を襲うことが予測される。後任はたいへんな尻ぬぐいが待ち受けている。自分が8年間やってきた結果に対して、病人だからとその責任から逃れることなどできない。というか、政治家たるものが「病気で可哀想な僕」アピールをしている光景というのもちょっと見たことがない。史上最長政権というが、一体何をやってきたのかを厳密に見なければならないし、その責任は問われなければいけない。放り投げの逃げ切りは許されないということだ。

 

 

戦後最大のGDP低迷 アベノミクスの破綻

 

  安倍政権は「アベノミクス・三本の矢」に始まり、「待機児童ゼロ」「地方創生」「女性活躍」「一億総活躍社会」「介護離職ゼロ」「働き方改革」「人づくり革命」「全世代型社会保障」「戦後日本外交の総決算」など、大言壮語というか、キャッチフレーズのオンパレードだったが、実現したものがあったかだ。

 

 とくに政権が政策の中心に据えた経済政策「アベノミクス」は、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③投資を喚起する成長戦略の三つが柱だったが、日本銀行による異次元の金融緩和で膨大な国債や金融商品を買い込み、株式市場の買い支えに終始した。日銀だけでなく、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)、共済年金(国家公務員共済年金、地方公務員共済年金、私学共済年金)、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険などを通じて積極的に資金運用させた。日経平均が政権交代前の8000円台から2万円をこえるまで上昇したのは景気が回復したのではなく、これら「五頭のクジラ」と呼ばれる公的マネーをじゃぶじゃぶと注ぎ込んだからにほかならない。

 

 日銀が金融緩和で買った上場投資信託(ETF)の保有額は、今年3月末時点で時価ベースで29兆円にまで達し、東証一部上場株の4・8%を占める最大株主となっている。公的年金も含めて株式市場の運命共同体にしてしまった。政治介入して作り出した官製相場は海外資本を呼び込んだが、その日本株保有比率が2014年度末に31・7%と過去最高となってからは限界を見限って売り抜きがあいつぎ、そのたびに公的マネーで買い支えるという出口のない垂れ流し状態が続いてきた。

 

  一方で、消費税は2014年に5%から8%、2019年には10%へと増税して個人消費が落ち込んだ。カネがないから企業は設備投資もできず、実質賃金も下がり続け、小泉改革の延長である労働法改悪で非正規雇用が増大するなど労働者の使い捨てに拍車がかかった。その多くが今回のコロナショックで職を失い、明日をも知れぬ不安定な状態に置かれている。消費税増税分は「社会保障の充実」には使われず、そっくり大企業の法人税引き下げの穴埋めに使われ、株価高止まりの恩恵も受けた大企業はいまや463兆1308億円(2018年度)ともいわれる過去最大の内部留保を貯め込んでいる。この富の集中と格差拡大がアベノミクスの本質だった。

 

 その苦しみにもだえる巷をコロナ禍が襲った。今回のGDPの落ち込みを見ても、個人消費がマイナス28・9%と急減しており、リーマン・ショック時とは比較にならないほど実体経済がダメージを受けている。長期にヒト・カネ・モノが動かず、株価は大暴落してもおかしくないレベルだが、これまで以上の金融緩和で資金を注ぎ込んで維持している。しかし、それも限界がある。実体経済と乖離し、富の移動によって中小零細企業や労働者は搾取・淘汰され、貧富の格差は今後さらに拡大していく。国家財政を生贄に株価を粉飾し、実体経済をこれほどまでに破壊した代償は大きい。

 

八方塞がりの対米追従 アジアで関係悪化

 

  外交面では、米政権がオバマからトランプにチェンジし、オバマ時代の遺産だったTPP(環太平洋経済連携協定)から米国が離脱したが、日本政府はTPP11のとりまとめに奔走し、農産物をはじめとする国内市場を大胆に明け渡した。民主党から政権奪還した2012年の総選挙で自民党は「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」のポスターを全国に貼り出したが、早々に公約を放棄した。

 

 さらに「TPP11発効は日米FTA(二国間貿易交渉)を避けるため」といっていたが、トランプが要求すると即座にFTAに応じ、国民には「TAG(物品貿易協定)」という造語で欺瞞。物品貿易から衛生植物検疫、税関、貿易円滑化、貿易の技術的障害、サービス貿易(電子通信及び金融サービスも含む)、デジタルの物品貿易及びサービス、投資、知的財産権、政府調達、為替に至る22項目の内容を突きつけられ、第一弾交渉はTPPを上回る譲歩に応じて昨年12月に国会承認、トランプとの約束通り今年1月に発効させた。米中貿易摩擦で中国に売れなくなった米国産トウモロコシ275万㌧を爆買いしたりもした。「国内で虫害が発生した」といったが、結局輸入トウモロコシはアフリカに横流ししたようだ。

 

 F35の105機追加購入をはじめ、オスプレイ、イージス・システム、空中給油機・輸送機、早期警戒機、滞空型無人機(グローバルホーク)など次々に米国製兵器を爆買いし、米国の言い値で買わされるFMS契約による兵器調達額は2019年度で7000億円余りにのぼり、6年間で6倍強に膨れあがった。まるでトランプのATM扱いで、米国に対する露骨な土下座外交をくり広げた。集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈の変更、米軍防護のために自衛隊を使い、日本全土を前線基地にする安保関連法案の強行可決もその延長線上で押し切った。

 

  対アジア政策では、ことあるごとに「北朝鮮の脅威」「対話より圧力」をくり返して「日米同盟」を虎の威にしながら、兵器を爆買いしてミサイル配備を推進し、沖縄では県民投票の結果すら無視して辺野古新基地建設をゴリ押ししつつ、日本全土でも米軍基地の拡大・増強を図ってきた。

 

 だが、米国の覇権の衰退と中国の台頭によって力関係が大きく変化する世界情勢のもと、朝鮮半島では南北和解が進み、「完全に一致」(安倍首相)していたはずの日本政府の頭越しにトランプは北朝鮮との首脳会談に踏み切った。国内ではJアラートを乱発し、自治体を巻き込んでミサイル避難訓練までくり広げる前代未聞の対応をとったが、外交による和平交渉の「カヤの外」にいたことが暴露された。そのため「政権の最重要課題」といっていた拉致問題をめぐっても、解決どころか対話の糸口すらつかめなかった。

 

 隣の韓国では、岸信介の満州人脈だった朴正煕(パクチョンヒ)の娘・朴槿恵(パククネ)が政権の座から引きずり降ろされ、文在寅政権が誕生して南北和解の舵取り役となった。岸の孫である安倍首相が、目下の朴政権との間で強引に幕引きを図った慰安婦問題や徴用工問題が再燃し、これに高圧的な輸出規制などで介入したため関係はかつてなく悪化した。中国との関係も、歴史認識問題にとどまらず、各国が敬遠するトランプの経済制裁に便乗したため悪化の一途をたどり、独自の外交力のなさが浮き彫りになった。

 

 「戦後日本外交の総決算」「北方領土問題を決着させる」といって臨んだ日ロ交渉では、プーチンを地元長門にまで招いて首脳会談をしたが、3000億円の経済支援をお土産に渡しただけで二島返還すら進まず、プーチンには「米軍基地を造らない米国の確約」を迫られ、あげくは歯舞島にミサイルを配備されて膠着状態となった。中東政策でも米国の対IS、対イラン包囲網の片棒を担いで関係は先細りとなっている。世界中に60兆円近いバラ撒きをやったが成果といえるものはなく、逆に四面楚歌に陥っている。

 

すさまじい統治の劣化 政治の私物化が横行

 

  安倍政権8年は、対米従属構造のなかで横田幕府(在日米軍)の指令に従ってさえいれば権力の座が保障されるという戦後政治の有り様をあからさまに体現したように思う。まさに75年たってみて、そうした戦後レジュームと関わった統治の形が極限にまで腐敗劣化したことをあらわしている。在任中の不祥事はモリカケ・桜に止まらず、公文書の改ざんや隠蔽、不正統計、オトモダチ企業への横流し、閣僚による汚職・買収案件など数え上げればキリがない。このどれを見ても品位のかけらもないし、コソ泥かと思うような利権・疑惑の数々だ。国の将来や国民の生活にかかわる国の根本的な利益を売り飛ばしながら、そのおこぼれを懐にする浅ましい私物化に拍車がかかった。

 

 「議会制民主主義」「三権分立」といった概念がまだ生きていた一昔前ならとっくに疑獄事件として処理されたはずの事件が、官僚、検察、裁判所、メディアに至るまでしっかりコントロールされ、腐敗に目をつむる形で「一強体制」が維持された。民主主義とか法治国家を装ってきた戦後政治の欺瞞が剥がれ落ちた8年だったようにも思う。

 

  いわゆる日本会議人脈の愛国ビジネスに絡んだ森友学園問題、「腹心の友」の獣医学部新設を認可して優遇した加計学園問題に象徴されるが、やっていることの中身が二流三流以下なのだ。オトモダチや自分に媚びへつらうものを優遇し、疑惑が自分に及ぶと公文書まで改ざん・廃棄させ、公務員が自殺しても憶面もなく嘘を重ねた。1年以上もウソの答弁や公文書で国会が運営されていたのだから、近代国家を名乗る資格も失ったに等しい。

 

  「公務員はすべて国民全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない」(憲法一五条二項)、「三権分立」「法治国家」「国権の最高機関たる国会」などというものに権威を感じる人はいなくなり、下は上を忖度し、上は米国を忖度して万事が動いていく政治構造を嫌というほど見せつけた7年8カ月だった。

 

 不祥事で辞任した閣僚を見ても、不正会計処理が発覚してハードディスクを電動ドリルで破壊して隠蔽した小渕経産大臣、自身のイラストや名前入りのうちわを有権者に配った松島法務大臣、都市再生機構(UR)に口利きした見返りに現金を受け取っていた甘利経済産業大臣、選挙中に有権者に夫婦して3000万円を配り散らかしていた河井法務大臣、秋元某をはじめカジノ利権で中国企業から100万円をもらっていた疑惑などがあるが、本来は議員辞職ものだ。お上に覚えめでたければなにをやっても許される--つまり検察も警察も動かないと決め込んだ弛緩状態のあらわれで、「(震災が起きたのが)東北でよかった」発言の今村復興担当大臣、「復興以上に大事なのが高橋議員(自党候補者)」といった桜田五輪担当大臣、南スーダンPKOに派遣した自衛隊の日報を隠蔽した稲田防衛大臣など問題発言や虚言も枚挙に暇がない。

 

 それらの不祥事さえもTPPやFTA、種子法廃止、カジノ法、数々の民営化法などの重要法案をフェイクするための目隠しに使うという有様で暴走の限りを尽くしてきた。品位の欠片もあったものではない。こうした過去に例がないほど低俗な私物化政治は、それこそ「負の遺産」として歴史に刻まれるものとなった。

 

戦後体制75年目の帰結 退場迫られる旧勢力

 

  こうした政権が7年8カ月も続いたのは、自民党内に交替する人材がいないという問題のほかに野党勢力の崩壊がある。そもそも自民党は小泉改革で日本社会をぶっ壊したあげく、その尻ぬぐいを負わされた安倍、福田、麻生で行き詰まり、2006年段階で世論から見放され、民主党に政権の座を奪われた。経団連などの財界もワンポイントリリーフで民主党に乗り換えたが、東日本大震災などを経て自民党以上のボロさ加減が露呈し、再び自民党政権に回帰した。

 

 だが、自民党の党としての新陳代謝は止まっており、あだ花のように独裁政党のモデルみたいな「安倍一強」が生まれた。総選挙でも5割が棄権し、有権者の25%程度の得票で議席の過半数を確保するという低投票率依存で政権を維持してきたにすぎない。野党の側も離合集散をくり返したが、もともと裏切った民主党の残党ばかりで有権者の信用が乏しく、その他の野党も5割を惹きつける力を持たない。既存政党そのものが有権者から浮き上がり、机の下では与党と手を握り合っているような茶番劇が見抜かれている。ここを打破する新しい政治勢力が出てこなければ、この政治風景の混沌は当分続くことになる。「ポスト安倍」の面々を見ても、「安倍一強」にすがりついて不正も嘘も擁護してきた連中ばかりで、同じ穴の狢なのだ。安倍晋三がいきなり放り投げたものだから、菅官房長官がピンチヒッター役を押しつけられているような風にも見える。

 

 B この政治の貧困は、戦後75年目にして迎えた戦後政治の帰結のように見えて仕方がない。第二次大戦で320万人の犠牲を出したうえに、乗り込んできた米国に揉み手をして戦争責任を免罪され、国益を売り渡した岸信介に始まり、その三代目となる安倍晋三まで来て地に墜ちたような状態になっている。宗主国たる米国の衰退のもとで世界情勢が大きく変化しているのに、その意向に沿っていさえすれば安泰というようなぬるま湯状態で、リミッターが外れたかのような腐敗堕落が進行し、今日のような状態にたどりついた。安倍晋三に限らず、国会全体を見ても与野党ともに政治家としての質が明らかに墜ちている。内政・外交ともに本当の意味での「戦後レジームからの脱却」が求められているのではないか。

 

 A 当面は混沌とした政治局面が続くだろうが、この政治構造、統治機構をどうにかしなければ、日本社会全体が混迷を余儀なくされる。安倍晋三が退場したから終わりなのではなく、安倍晋三みたいなものを御輿に担いで懐を暖めた者、財界や多国籍企業など潤った勢力がいる。それらの背後勢力にとっては誰が首相でも構わないし、首相など支配の手駒にすぎない。従って、誰が首相になろうと日本社会をとり巻く矛盾関係は基本的に変わらない。局面を打開する力を蓄えて、政治構造を揺り動かすことこそ重要のように思う。

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