自由貿易の問題点について警鐘を鳴らしてきたアジア太平洋資料センター(PARC)が5月1日、「COVID―19が問う貿易・食料問題―日本と世界の農業、自由貿易協定の行方は?」と題してオンライン公開講座を開催した。新型コロナ感染防止のため、ウェブ会議システム「Zoom」(オンライン上での複数人同時配信)でおこなわれた講座では、PARC共同代表の内田聖子、東京大学教授の鈴木宣弘の2氏が講演した。日本国内ではほとんど報道されていない新型コロナウイルス拡大の下での貿易措置の世界的動向や食料危機の可能性についてデータに基づいて認識を共有し、食料自給率が低い日本がそれにどのように対処するべきかについて問題提起をおこなった(掲載する図表は内田氏による作成・提供)。
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はじめに「COVID―19が問う貿易・食料問題」として内田聖子氏が、新型コロナのパンデミックのなかで世界各国の貿易体制、とくに食料、農産物の国境をこえたサプライ・チェーン(生産から供給に至る物流体制)でなにが起きているのかについて概略以下のように報告した。
■内田聖子氏の報告
WTOは世界164カ国が加盟する世界貿易機関だが、最近は個別の二国間による貿易協定や地域貿易協定が増えている。日本では、TPP11(環太平洋経済連携協定)、日EU、日米FTA(貿易協定)などがこの数年で加速してきた。
二国間での自由貿易協定は、世界を一つの市場とし、モノやサービスを自由に行き交うようにすることを目指している。関税をなくし、サービス、金融、知的財産などについて定められている国内ルールを「ビジネスの障壁」と見なし、このルールを限りなくとり除いていくグローバルな規制緩和だ。そのなかで政府は役割を縮小し、市場に介入しないというスタンスをとる。したがって国家は力を弱めていく。
ところが、新型コロナ感染が広がるなかで、貿易を含む世界経済はかつてなく大きな打撃を受けている。WTOは2つのシナリオで今後の経済の見通しを示している【上グラフ参照】。悲観的な方は、2009年の金融危機をさらに下回るマイナス31・9%と見込んでいる。これは各国の産業、投資家にとっても大問題だろう。
これは新型コロナによってもたらされたのではなく、それ以前からの自由貿易によって生じていた問題がよりクリアに顕在化したにすぎない。
世界の物品貿易とGDP成長率の比較【下グラフ参照】を見ると、世界の物品貿易の成長率は金融危機が起きた2009年に急激に下がった後、V字回復をするものの、そこからは横ばい(スロートレード)を続けてきた。このスロートレードを問題にして、先進国は数々の貿易協定を進めた。しかし、推進側が思っている以上に進まなかった。そして現在、COVID―19のまん延によって、WTO自身が史上最低に落ち込むと予想するような事態を迎えている。
自由貿易の何が問題なのか。推進側の思惑以上に進まないのはなぜか。
グローバリゼーションとは、社会的あるいは経済的な関連が、国境や国家の役割をとことん消して繋がり、地球規模に拡大していくことだ。物品、食料、金融などの国境をこえたサプライ・チェーンをつくっていくわけだが、ひとたび金融危機が発生すると連鎖して世界中に被害が拡大するという弱点を持っている。今回の新型コロナの感染拡大でも同じことが起きた。
米中貿易戦争を見ても、トランプ政権になって米国の方針が変わり、第二次世界大戦後の多国間主義は崩れ、一つの強国のやりたい放題を誰も止められないという問題が起きている。中国が2001年にWTO入りし、めきめきと経済力を伸ばし、米国と対峙するまでに台頭したことが背景にある。
そして、途上国・新興国の産業構造が変化し、工業製品の輸出入が停滞する一方で、デジタル化や3Dプリンター、電子商取引、AI技術などのサービス貿易が増加した。もはや90年代とは産業構造そのものが変化しており、同じやり方が通用しない。
そのなかでWTOが機能不全となり、ガバナンス(統治)が崩壊し、貿易も二国間の個別交渉へとシフトしていった。さらに交渉の範囲が広がり、先進国が要求するものは物品に止まらず、知的財産や投資、公共サービス、補助金などあらゆる分野が対象になり、相手国との間で交渉が難航している。また、民主主義に反する秘密主義、気候危機や食料主権、SDGsなどに対応できない。各国の国内政策の欠落などによって中間層が没落している。このような矛盾と限界が既に明らかになった貿易システムのうえに、COVID―19が発生した。
40年来、世界は自由貿易を進めてきたが、COVID―19の感染拡大について考えると、このように猛威をふるう感染症が世界的に拡大する条件を40年掛けてつくってきたという皮肉がある。労働力、観光インバウンドなどを通じて人の移動が活発化し、グローバリゼーションによって公共サービスまで市場化した。イタリアでは緊縮財政で公的医療を縮小したことが、医療崩壊を起こす原因となった。環境破壊・都市化・工業型農業による生態系の破壊、野生生物(食用、違法なものを含む)の貿易など、いろいろな要素が感染拡大の条件を作り出している。核心の問題は、この構造を変えなければならないということだ。
現在、政府は“GoTo”キャンペーンなど、COVID収束後のV字回復について論議しているが、量的な回復ではなく、持続可能で平等な回復へと質的に変わらなければならない。
89カ国が輸出規制措置 医療品や食料
新型コロナ禍のなかで各国がどのような貿易措置をとっているか。
グローバリゼーションは国境や国家の役割を縮小させたが、COVID―19の感染拡大を抑止するうえで、これほどまでに国家や国境措置の役割が重要になったことは特筆すべきことだ。40カ国が医療関連製品の輸出に何らかの制限を課し、150カ国以上が渡航制限をとった。
輸入を見ると、一時的な輸入規制(6カ国)に対して、自由化措置(85カ国)をとる国も一定数ある。中国からの物品の輸入を禁止する一方で、どの国も医療用品がまったく足りない。マスク、防護服、シールド、人工呼吸器、消毒液、洗浄機、検査キットに至るまで、急速に高まった需要に供給が追いつかない。だから関税を撤廃したり、下げたりして、これらの医療品を自国に集めようとしている。
輸出【地図参照】では、農産品を含むすべての産品について、輸出規制や禁止措置をとっている国は89カ国にのぼる。ほとんどは医療用品が対象だ。感染者が増えるなかで、どの国も自国で製造した医療用品を自国で確保したいと考えるのは当然といえば当然だ。食料危機に備えて農産物や食品の輸出制限も複数の国ではじまっている。トレードとしての「貿易」と、自国を守るための「防疫」は相対立するものになっている。
WTOは貿易自由化を推進する枠組みだが、例外規定がある。WTOの「関税及び貿易に関する一般協定(GATT)」では、他の締結国の領域の産品の輸入や販売について「いかなる禁止又は制限も新設し、又は維持してはならない」とする一方で、「食糧その他の不可欠な産品の危機的な不足を防止する」「食糧安全保障に及ぼす影響」「人、動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」については例外規定として認めている。医療や食料など国民の生命にかかわるものの輸出規制は許されている。
ちなみに日本のマスクの自給率は現在20%だ。8割を海外からの輸入に依存している。2010年は37%だったが、2012年に突然使用量が増加し、そのほとんどを中国からの輸入に頼るようになった。今回の医療危機を教訓にするなら、マスクも国内メーカーを育てて緊急時に備えることが必要だ。
食料輸入依存の脆弱性 途上国並みの日本
またCOVID―19は、グローバルなフード・システムの問題を映し出した。
FAOの資料を見ると、穀物を大きく輸入に依存している国として、アフリカやエジプトと同レベルに日本がある。食料に関して非常に脆弱だ。一方、カナダ、アメリカ、ロシア、フランス、東南アジア、オーストラリア、アルゼンチンなどは穀物の輸出力が強く、二極化が進んでいる。
現在、農産物や食品の輸出制限をしている国は、ロシア、カザフスタン、ウクライナ、セルビア、ベトナム、タイなどの穀倉地帯や農業国で、世界約20カ国にのぼる。とくに人口の多い国や地域は、自国の食料確保のために輸出を規制する。コメや小麦、卵など主食でその動きが顕著だ。
「COVIDで死ぬか、さもなくば飢餓で死ぬか」――WFP(国連世界食糧計画)は、COVID―19の感染拡大は急性栄養不良に苦しむ人々の数をほぼ倍増させ、2020年末までに2億5000万人がその被害にあう可能性があると指摘している。
グローバルな食料のサプライ・チェーンを守るために、FAOや先進国の首脳が声明を出しているが、自由貿易を加速させることが解決策というのは疑わしいといわざるを得ない。
■自由化で崩される日本の食 鈴木宣弘氏が指摘
つづいて東京大学教授の鈴木宣弘氏が「コロナ禍が炙り出す食の脆弱性と処方箋~ショック・ドクトリンは許されない~」と題して、日本の食料を巡る問題について講演した【詳細内容は本紙既報】。
鈴木氏は「日本の食料自給率はカロリーベースで37%。体のエネルギーの63%を外国に依存している。もはや日本人の体の6割は日本産ではないという状態だ。今回の新型コロナによって、輸出規制は簡単に起こり得るし、国民は命の危険にさらされるということがわかってきた」とのべ、WTO、FAO(国連食糧農業機関)、WHO(世界保健機関)が声明を出して輸出規制の抑制を呼びかけていることについて、「いざというときに自国民が飢える状態で食料を確保するのは国家の役割だ。それを非難することはできない」と、その矛盾を指摘した。
「WTOなど三機関は同時に自由貿易をもっと進めろともいうが、なぜ輸出規制が増えているのかを考えるべきだ。それは自由貿易を進めた結果、食料を米国などの少数の輸出国に頼る市場構造ができたからだ。今回のようなショックが起きると価格が上がりやすく、そこには高値期待で投機マネーが入ってくる。さらに不安心理によって輸出規制が起こり、高くて買えないどころか、お金があっても買えなくなる可能性が高まる。これを是正するには、過度の貿易自由化を抑制し、各国が自給率を上げることを問わなければならないのに、まったく逆のことをいっている。人々が困っているときにつけ込んで規制を緩和し、一部の人間たちがもうける“ショック・ドクトリン”が進むことが危惧される」とのべた。
また「食料だけでなく、医療でも米国は日本に対して米国型の民間保険の導入、営利病院の進出を追求している。米国では、今回、無保険で病院から拒否された人、高額の治療費が払えず、病院に行けない人が続出している。このような仕組みを強要されたら大変なことになることがコロナ危機で実感された」とのべた。
食料自給の鍵を握る種子をめぐっても「種苗法改定で、種を独占し、それを買わないと生産・消費ができないようにしようとするグローバル種子企業が南米などで展開してきたのと同じ思惑で乗り込んでくる」と指摘し、それが「企業→米国政権→日本政権」という形の指令で日本の政治を操る「上の声」となっている可能性を指摘した。
また、発がん性物質を含むホルモン剤エストロゲンを注入した米国産やオーストラリア産の肉牛が、輸入品への規制が緩い日本に大量に輸出される一方、米国内やEUではホルモン剤フリー(不使用)の牛肉が伸びている現状に触れ、「日本人が世界で最も遺伝子組み換え食品を食べているといわれる。国産シフトを早急に進めないと、自分の命が守れない。さらに輸入依存を強めて、今回のような危機になったら、お金を出しても、その危ない食料さえ手に入らなくなる可能性もある」と警鐘を鳴らした。
■国境を越えた労働者の酷使 米国食肉加工場の実態
対談では、はじめに内田氏が「先進国のフード・システムは、移民労働者に依存している。世界の農作業の25%を移民労働者が担っている。ヨーロッパの収穫期には、約60万人が北アフリカ、中央・東ヨーロッパの労働者によって担われ、そのほとんどが低賃金・長時間労働だ。このシステムがコロナ対策の移動制限によって麻痺している。これは外国人実習生に頼る日本の食料生産にも重なる問題であり、輸入食料品に頼っている私たちの食にも関係している」と提起し、米国の食肉処理工場でコロナ感染が爆発的に拡大・クラスター化し、サプライ・チェーンが崩壊している現状を報告した。
「米国では、3月末に食肉加工場で最初の感染者が出てから、最大で700人規模の集団感染が起きている。その後、スミスフィールド・フーズ、タイソン・フーズ、JBS、カーギルなど、米国屈指の巨大食品加工企業で数千人の労働者の感染が明らかになり、各地の食肉処理工場が閉鎖した【地図参照】。従業員の多くはメキシコなど各国からの移民であり、狭い空間で数百人が長時間労働を強いられ、数百人が大皿で同時に食事をとる。劣悪な環境であり、感染の条件がすべて揃っている。工場閉鎖は全米の加工肉の量にも影響し、豚肉加工量が25%下がったというデータもある。労働者側は、安全が確保できるまでの工場封鎖を要求しているが、企業は生産性を重視するためすぐに再開する。いつまでも労働者は過酷な状態におかれ、防護服もなく、家族までも感染していくというすさまじい状況にある」。
さらに「4月28日、トランプ政府は国防生産法を適用し、すべての食肉加工場の操業を続けろと命じた。労働者は命を犠牲にして、工業化した食を作らされ続ける。それがフード・サプライチェーンの末端の状況だ。これらの肉が、日米FTAによって豚や牛の関税が縮小された日本にどんどん入っている。メディアは“安い肉が入ってくるから消費者メリットがある”というが、安全性はもちろん、労働者を犠牲にしてしかできない食料がスーパーに並んでいる。テキサス州では、コロナに感染しながら仕事を続けて死亡した労働者の妻が工場閉鎖を訴えているが、企業側は応じていない。このようなフード・システムに依存することは、輸出元でも輸出先でも働く人々を犠牲にするものであり、持続性があるものとはいえない。公平・公正なフード・システムを地域からつくっていく必要がある。“独占された富と権力”から、“共有された繁栄”を目指さなければいけない」とのべた。
これに対して鈴木氏は「食品衛生面の心配もあるが、このように働く人を酷使することによって安くなっている商品は、環境規制を守らないことと同じであり、消費者にも“買わない”という意志表示が必要だ。労働者を人間扱いせず、食の安全性を無視しているから安いのだ。米国の食肉加工業界は非常に巨大化し、政治力も強い。まさに、今だけ、カネだけ、自分だけの世界で、農家からも肉牛を安く買い叩くので、米国内の農家も反発している。日本では、米国産輸入牛肉のBSE(狂牛病)規制の条件をすべて撤廃した。米国産牛は脊髄(危険部位)が除去されておらず、非常に危うい。そのような実態をきちんとクローズアップして対応することが必要だ」と指摘した。
■両氏が対談 「食料主権を守る政策を」
内田 これまで日本は外側では自由貿易を推進し、国内には安い肉を流通させてきた。“国民が喜ぶだろう”という一方で、神戸牛など付加価値の高い牛肉は海外の富裕層向けに輸出したり、インバウンドでくる観光客向けに販売するという二極化が進んできた。それがコロナ危機で輸出やインバウンドが途絶え、高級肉の行き先がなくなっっている。
鈴木 良質な国産の需要を支えているのが、高級レストランやインバウンドだったが、それは非常に限られた市場だった。今は在庫が積み上がっている。この状態を見直して、国民全体にそれなりにいいものを提供するという役割を果たしたうえで、輸出について考えるべきであり、どこをみて仕事をするのかを考え直す機会にしなければならない。
内田 供給先を失った国内農産物について、日本政府は個人に消費を呼びかけているが、それでは足りない。韓国では、給食に有機農産物を使っている学校も多いが、これが休校でストップした。そこで自治体が農産物を買いとって、家庭にいる子どもたちに直接配る政策をやっている。日本でも国がもっと積極的に買いとって配るなどの措置をすべきだ。
鈴木 諸外国では、生産者側にも消費者側にも還元されるように具体的にやっている。日本は呼びかけるだけで、それにともなう財政措置がない。危機のさいには機動的に財政出動する必要があるのに、出し渋っている。今回の補正予算も真水(政府の支出)がほとんどない。農業予算も、TPP対策や日米貿易協定の国内向け対策費に3000億円というが、農家が困っているときにその差額を補てんするところには100億円くらいしか行かない。手続きが煩雑なうえに、予算が分散化し、ダイレクトに役に立つものが出てこない。農水省に「予算を有効に」というと「うちではなく財務省が悪い」という。いろんな条件をつけて出さないようにしているのだ。結局、予算を使い勝手が悪いものにして戻ってくるようにしている。東北被災地の復興予算と同じだ。
参加者の質問 食料自給率を上げることは一国主義に陥り、農産物を生産する途上国の経済に影響を与えないか?
鈴木 日本だけは例外的に少ないが、先進国はかなりの予算をかけて食料の国産化を推進している。確かに途上国では、農産物の輸出で外貨収入の大部分を得ている国もある。そのような国の経済にはマイナス面があるだろうが、一方で、米国が関税を撤廃させて自国で食料をつくらなくなったハイチなどの国では、食料危機で飢饉による死者が出ている。カロリー(穀物)については、それぞれの国が自給する方が、途上国の食料安全保障にとっても必要なことだ。途上国の輸出農産物は、果物やコーヒー豆など付加価値の高い商品作物が多い。例えば東南アジアや南米原産のコーヒー豆などは、他国と競合することはない。むしろネスレなどのグローバル食品企業が買い叩くわけだ。途上国の経済を守るためには、こういうことにこそメスを入れる必要がある。
内田 一番の食料難が懸念されるのは途上国だ。FAOも指摘しているが、そもそも圧倒的な貧困があり、水や医療が保障されず、今後はイナゴの大群や他の感染症の問題もあり、COVID対策だけをやっておれないというのが現状だろう。そのうえで輸入に依存しているという構造上の問題を解決しなければいけない。単純に先進国とは比較できないこともある。
日本では現在、種の自家採取を禁止することを含む種苗法改定の国会審議が連休明けに迫っている。これがどのような問題を持ち、自給率にどのように関係するだろうか。
鈴木 日本の野菜の自給率は80%といわれるが、種子の9割は外国の圃場で生産されている。種まで遡って考えると野菜の自給率は8%になってしまう。だが、種苗法改定によって公共種子や農民種子を企業の特許種子に置き換え、コメ、麦、大豆の種までもグローバル種子企業が握る可能性が出てくる。
種苗法については、農水省自体は日本の種苗が海外で勝手に複製されることを抑止するという考え方でやっている。担当部局は誠意をもってやっているが、もっと上の方で別目的が動いている。
種子法廃止とセットで、「試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進する」という農業協力強化支援法八条4項を定めて「公共の種」をなくして差し上げ、種苗法の改定で農家の自家採種を禁止し、種をグローバル種子企業から買わなければならないものにする。南米で吹き荒れた「モンサント法」とまったく同じ方向に動かされてしまっている。
本来誰のものでもない種子を、一握りの育成者の「知的財産権」として登録し、その権利を独占させるものだ。「登録品種はわずかだから大丈夫」という議論もあるが、そこでもうけようとするグローバル種子企業は、在来種などの非登録品種を勝手に登録して自分たちのものにしていくインセンティブが働く。「登録品種であっても許諾を受けるなら使える」という論調もあるが、農研機構(農水省所管の独立行政法人)がもっていた権限をグローバル企業に渡しなさいといっているわけだから、農研機構も海外から人が入ってきて公的機関とはいえない状態になって行く。だから「大丈夫だ」という議論は成立しない。営利企業の恣意的な判断が動き、いろんな形で影響が出てくる。
内田 なぜ今そこまで知的財産権を強化するのかという合理的な説明がない。RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の協議のなかでも、日本が育成者権という種の所有権を強化しようとしていることが警戒されている。アジアでの互恵的な関係をつくっていくうえでも、先進国が知財を強化することは受け入れられない。
第1ラウンドを終えた日米貿易交渉(FTA)の第2ラウンドの行方も懸念される。1月に発効した協定は基本的には物品に限ったもので、農業の分野で譲歩をしているわけだが、さらに広い分野を対象にした交渉がおこなわれることが予想される。
鈴木 「4カ月後に協議開始」の通りであれば、すでに始まるところだが、コロナ・ショックで延期になっている。トランプ大統領としては、大統領選前にとるべきものはとったという状態かもしれないが、米国全体としてはTPPでUSTR(米国通商代表部)が示した22項目すべてを狙っている。それぞれの企業が狙っている。農産物でも先送りになったコメや乳製品の枠など前回はやらなかったものが33品目残っている。
食の安全基準でも、BSEでは米国に対して全面的に条件撤廃している。BSEの月齢制限だけでなく、発がん性が高い防カビ剤「イマザリル」も、日米レモン戦争(1975年に米国産輸入レモンから防カビ剤が多量に検出され、日本側が海洋投棄したことに米国側が激怒。自動車輸出を制限した事件)以後、日本はイマザリルを農薬ではなく「食品添加物」に分類して検査基準を緩和した。それでも米国は表示されることに怒り、食品添加物の表示義務そのものをやめさせろといっている。この食品安全基準でも、農薬や添加物についてさらなる基準緩和の項目が出てくるだろう。
医療分野も心配だ。薬価が不当に釣り上げられ、一部の医薬品企業がジェネリック(後発医薬品)の権利を独占することが予想される。
本丸は国民健康保険だ。医療・保険の企業チェーンが日本に進出するというのが米国の究極目標だ。どこまで進むのかを考えたときに、コロナ・ショックで米国の医療がどれだけたいへんな状況であったかが顕在化している。国民皆保険がないため、無保険者が多く、高額の医療費を支払えず、治療どころか検査も受けられないままたくさんの人が亡くなっている。日本もすでに国内医療が効率主義で苦しめられているが、日米間でこれ以上を進めては絶対にいけないという思いを強くしている。
内田 また現在、COVID―19のワクチンや治療薬の開発をめぐり、世界の企業が争って研究開発をしている。これは必要なので開発が急がれることではあるが、これが企業特許となって、グローバル製薬会社が丸抱えし、高値で売りつける可能性がある。これにWTOのルールの下で強い保護が与えられたら、それにアクセスできる人や国は限られてくる。この世界的パンデミックに対して、開発国の権利は保護されるべきだが、薬があるのに手に入らずに死んでいくことが危惧される。エイズのときの二の舞になりかねない。とくに途上国に対しては特例的な措置をすべきだ。
また、FTAなどの貿易協定に含まれるISDS条項(日本ではTPPのみに含まれる)は、投資国の法律改定などで利益が損なわれた場合に、外国企業や投資家が相手国政府を提訴できる制度だが、今回のCOVID感染対策として各国がおこなったロックダウンなどの緊急措置によって企業活動が制限されたとして、外国企業側がそれらの国を提訴することが予想される。欧州では、すでに損害賠償を求める準備を進めている企業もあるようだ。
COVID下の各国の輸出制限に対する報復措置についても、WTOやRCEPではテレビ会議での交渉会合が予定されている。
この動きが進めば、公衆の衛生を守るという権利さえも、私企業の利益のために歪められてしまう恐れがある。
恐いです 日本はこれからどうなるんだろう…
自分達がもっと声をあげていかないといけないですね