19日衆院採決で与野党が合意
安倍首相主催の「桜を見る会」をめぐる疑惑騒動に隠れるかたちで15日、衆院外務委員会は日米貿易協定の承認案を可決した。自民、立憲民主、国民民主の国対委員長は13日に会談。日米貿易協定承認案を19日の衆院本会議で採決することで合意し、来月9日の国会会期末までに承認する段取りだ。これでトランプが要求する1月1日発効が可能になる。審議らしい審議もせず、協定の中身や国民生活への影響などほぼ国民には知らせないままに、与野党ともども来年11月に大統領選挙を控えるトランプの事情を忖度した結果だ。トランプは大統領就任直後の2017年1月に12カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱し、アメリカ側の要求を呑ませやすい二国間の日米FTA(自由貿易協定)交渉に切り変えた。日米貿易協定が国民生活になにをもたらすのかをあらためて見てみたい。
USTRが公表した「交渉の目的」にみる
日米貿易協定の中身を知るうえでは、米国通商代表部(USTR)が2018年12月に公表している「日米貿易協定交渉の目的の要約」が的確にアメリカ側の狙いを示している。
2018年9月にトランプと安倍首相が日米首脳会談をおこなったさいに、日米貿易協定の交渉を開始することで合意した。その後アメリカ国内ではパブリックコメントの実施や公聴会を開催し、その結果をUSTRがまとめたものが「交渉の目的」である。アメリカでは、交渉開始の30日前までに交渉目的の公開が政府に義務づけられている。
「交渉の目的」には以下の22分野・項目があげられている。①物品貿易、②衛生植物検疫、③税関、貿易円滑化、原産地規則、④貿易の技術的障害、⑤良い規制の慣行、⑥透明性・公告・管理、⑦サービス貿易(電子通信及び金融サービスを含む)、⑧デジタルの物品貿易及びサービス、越境データ移転、⑨投資、⑩知的財産権、⑪医薬品及び医療機器における手続きの公正、⑫国有企業及び政府管理企業、⑬競争政策、⑭労働、⑮環境、⑯腐敗防止、⑰貿易救済、⑱政府調達、⑲中小企業、⑳紛争解決、一般規定、為替。ほぼTPPの項目と同じだ。
このうち今回は①の「物品貿易」と⑧の「デジタル物品貿易及びサービス、越境データ移転」の項目についての貿易協定だ。
2018年9月に日米貿易協定の交渉に入る最初からトランプは2段階でいくことを表明している。それは大統領選挙に向けてまず農業分野の市場開放を先行決着させる必要があったからだ。「第2段階の交渉」は今回の協定発効後の2020年春にも開始する予定で、今回の2項目に残りの20項目をあわせて日米FTAの総仕上げをする計画だ。
①の「物品貿易」のなかには工業製品と農産品がある。物品貿易では、「米国の貿易収支の改善と対日貿易赤字削減」を掲げている。
農産品については「関税の削減・撤廃によって米国農産物の市場を確保する」としている。
今回対象となったのは、牛肉、豚肉、豚肉加工品、鶏肉、小麦、大麦、脱脂粉乳・バター、ホエイ、チーズ、りんご(生果)、オレンジ(生果)、砂糖、でん粉、小豆、いんげん、落花生、ワイン、天然はちみつ、麦芽、スパゲティ、マカロニ、ビスケット、フローズンヨーグルト、乳糖、その他などで、ほとんどの農産物や加工品について関税削減や撤廃がおこなわれる。
ただ今回コメについては交渉対象からはずした。それもトランプの都合で、コメの主産地であるカリフォルニア州が民主党の支持基盤であり、関心が薄いというだけのことだ。
また、コメ市場の開放に踏み込めば日本国内の反対世論が高まり、早期決着に持ち込むうえで不利に働くことを懸念しただけで、今後コメ市場の開放を持ち出すことは必至だ。
関税削減・撤廃によって安いアメリカの農産品や加工品が入ってくることで日本国内の畜産・酪農、果樹農家や加工品製造業者などへの打撃は重大だ。食料自給率は2018年に37%にまで下落しており、今後これ以上低下することは必至で、先進国のなかではきわめて異例の食料の輸入依存国になる。
アメリカ側が農産物貿易で重視しているのは、関税削減・撤廃だけではなく、農業バイオテクノロジーによって開発された製品の市場開放だ。農業バイオテクノロジーといえばTPPでは遺伝子組み換え作物を指していたが、日米貿易協定の目的ではそれに加えてゲノム編集の生産物も対象にしている。
さらに、「米国の農産物を差別する非関税障壁」の撤廃を要求してきている。BSE対策としての月齢制限の撤廃や、残留農薬基準の緩和、遺伝子組み換え(GM)表示義務の撤廃や緩和など、食品の安全を守るためにもうけている国内の基準を撤廃・緩和することを迫っており、国民の健康や生命が脅かされることに繋がる。
物品貿易における工業製品の項では「米国内での生産と雇用増加を目的とする」としている。今回の貿易協定では、TPPで約束した日本車への関税撤廃をほごにした。農産品ではトランプは実質的に「TPP水準以上」を要求してきたが、日本の自動車についてはTPPでの約束も簡単に破棄している。
工業製品のなかでは、医薬品、医療機器、化粧品、情報通信技術機器、化学品などについては関税による処理ではなく、対日輸出促進をはかるための規制緩和を要求している。
⑧の「デジタルの物品貿易及びサービス、越境データ移転」も今回の貿易協定に含まれている。
「デジタル製品(ソフトウェア、音楽、ビデオ、電子書籍)に関税を課さない」「国境をこえるデータ(個人情報を含む)の自由な移転」「コンピューター関連設備を自国内に設置する要求の禁止」「政府によるソース・コードやアルゴリズムなどの移転(開示)要求の禁止」「SNS等の双方向コンピューターサービスの提供者の損害責任からの免除」などをおもなルールにしている。GAFA(アメリカに本拠を置く、グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などの巨大プラットホーム企業にとって有利な条項がTPP以上の内容で盛り込まれており、現時点で世界でもっとも企業に有利な協定だ。
①と⑧については今国会に、「日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定」として承認案が提案されている。
来春以降に待受ける20項目 食品から金融まで
これ以外の20項目については2020年春以降に第2段階の協議を進めることになっている。だが、これらを分割して審議するのではなく、一つの日米貿易協定として統一的にとらえなければ国民にとってどういう影響を及ぼすのかは明らかになってこない。
②「衛生植物検疫」では、「米国の食品及び農産物の輸出を妨げる障壁を取り除く」としている。たとえば、遺伝子組み換え作物などで安全かどうか科学的に結論が出ていないものについて、はっきりと危険だと証明しなければならなくなる。BSE対策での月齢制限(すでに撤廃)や遺伝子組み換え食品の承認、収穫前後防カビ剤の規制や表示義務、食品添加物の使用基準、農薬の残留基準などについてアメリカから槍玉にあげられる可能性が高まる。
③「税関、貿易円滑化、原産地規則」の項目のなかには、「税関及び貿易円滑化」と「原産地規則」がある。
「税関及び貿易円滑化」では、「最大限に迅速な出荷を確保し、出荷時期、自動化、及び保証の使用に関する新たな原則を規定する」としている。現在日本に入ってくる輸入食品は平均92時間余りかけて検疫所でチェックしているが、TPPでは48時間以内に検疫を終えて国内で流通させることが原則となった。これが「輸入手続きの迅速化」の名目でおこなわれるなら、輸入品を厳格にチェックすることができなくなる。全国の検疫所での抜きとり検査の検査率は10%程度にすぎず、さらに検疫体制がずさんなものになることは目に見えている。
以前は検疫所で安全性が確認されるまで留め置いていたが、貿易優先の考え方が重視され、検疫にかける時間が削られている。
「原産地規則」では、「とくに米国における生産を奨励する」としている。
④「貿易の技術的障害」では、「他の締約国の利害関係者が当該草案に対して意見を提供することを可能にする」としている。たとえば遺伝子組み換え(GM)表示など食品表示ルールをつくるさいに、「義務表示」など強制力のある表示をおこなう場合は輸出国やGM企業などが利害関係者として関与できるようにする。すなわち反対できるようにするということだ。
また、未承認のGM食品を輸出国に送り返すこともできにくくなる。
⑤「良い規制の慣行」では、「規制が科学的根拠に基づくもので、また現在通用するものであると同時に、不必要な重複を回避していること」「政府が任命した諮問委員会に対し、意見を提供する機会を確保する」などとしている。
たとえば食の安全にかかわる規制では、アメリカが納得する「科学的根拠」がなければ拒否される可能性がある。また、「政府が任命した諮問委員会」には日米ともに大企業や投資家の代表が参加することが考えられ、一部の利害関係者によって規制緩和が推進される危険性がある。
アメリカは毎年の外国貿易障壁報告書で日本の規制慣行を「不平等」として改定を求めてきており、日米貿易協定交渉のなかでも押しつけられる可能性が高い。
⑥「透明性、公告及び管理」では、「貿易及び投資に影響を及ぼす法律、規制、一般的な適用に関する行政通達、及びその他の手続きを速やかに公表する」としている。
たとえばこれまでもアメリカは日本に対し、薬の価格の決め方について、外国の利害関係者が政府の審議会に出席することや、意見書を提出できることを要求してきている。アメリカの製薬会社が「透明性」をたてに利害関係者として影響を及ぼし、発言力を高め、外国の製薬企業の要求に沿う形で薬の価格制度が運用され、価格決定プロセスが変わっていく危険性もある。
⑦「サービス貿易(電気通信及び金融サービスを含む)」では、「サービス貿易」「電気通信」「金融サービス」にわけている。「サービス貿易」では禁止事項として「外国のサービス供給者に対する差別」「市場におけるサービス供給者の数の制限」「越境サービスの供給者への現地拠点の設置」をあげ、「米国の配送サービス供給者が日本において活動する場を平準化する」などを求めている。
「金融サービス」では、「米国の金融サービス供給者が公正で開かれた金融サービス貿易の条件を獲得するための競争市場の機会を拡大する」「国境を越えたデータの移転を制限したり、ローカルコンピューティング施設の使用または設置を要求する措置を金融サービス分野に課すことを禁じる最高水準の約束」を求めている。
アメリカは金融の定義として「すべての保険、銀行、その他の金融サービス」とし、とりわけ日本国内でも医療保険市場の拡大を狙っている。かねてよりかんぽ生命や共済(JA共済、全労済、コープ共済、都道府県県民共済)に対して「優遇されている」として民間保険会社と同じように共済団体を管理・監督するように金融庁に要求してきた。さらに共済団体が積み立ててきた積立金を金融市場に還流させることを狙っている。
米国ルールの丸呑み 知財、医療、労働
⑨「投資」では、「米国における日本の投資家には、米国内の投資家よりも大きな実質的権利が認められないことを確保しつつ、日本における米国投資家に米国の法的な原則及び慣行と一致する重要な権利を確保する」「日本の全分野において米国の投資に対する障壁を軽減もしくは排除する」としている。
日米貿易協定で注目されているのが投資家対国家紛争解決(ISDS)の扱いだ。国際的にはここ数年でISDSの問題点が先進国・途上国を問わず認識され、貿易・投資協定から削除する動きが起こっている。USTRがおこなったパブリックコメントでは、日米交渉にISDSを盛り込むべきだと主張する大企業の意見がある。日本はTPP11でもISDSを盛り込むことを主張したが、途上国から削除や修正の要求があいつぎ、結果的に一部が「凍結」扱いとなった。
⑩「知的財産権」については「米国の法律にあるものと同様の保護基準を反映する知的財産権を管理する規律を追求する」としている。
日本では著作権の保護期間は作者の死後50年だが、アメリカは70年を主張している。また、日本では著作権侵害は著作者自身が告訴しなければ国は起訴・処罰できない「親告罪」で、著作権が侵害された場合、日本では賠償金での解決がほとんどで金額も少額だが、アメリカでは法定賠償金という制度があり、実損害の証明がなくても裁判所が懲罰的な賠償金を決めることができる。アメリカのルールが導入されれば知財訴訟が頻発する危険性がある。
⑪「医薬品及び医療機器における手続きの公正」では、「米国製品の完全な市場アクセスを確保する」としている。
⑫「国有企業及び政府管理企業」では、「補助金の支給で国有企業が他の締約国に害を及ぼさない」「補助金を付与された国有企業の投資を通じて、他の締約国の国内産業に害を及ぼさない」「国営企業、指定独占企業、及び民間企業の公平な規制」などとしている。
国有企業とは政府が出資して公的なサービスを提供する企業であり、金融、病院、鉄道、空港、政府機能・政策を担う公有企業など国民生活にかかわるものが多数ある。アメリカは国有企業も民間企業と同じ土俵で競争しなければならないという考えに立っており、必要とされる財政支援を禁止している。日本政府の側も国有企業をすべて民営化し、外資の傘下に置くことも辞さない構えをみせている。
⑬「競争政策」では、「反競争的なビジネス行為を禁止」としている。
⑭「労働」では、ILO(国際労働機関)宣言を掲げているが、労働条件や労働者の権利が貿易や投資に影響を及ぼすことを厳重に警戒している。
⑮「環境」でも、「環境保護」はあくまでも貿易や投資を促進する目的の範囲内での努力目標として掲げている。
ただし、漁業に関しては「乱獲やIUU(違法・無報告・無規制)漁業をもたらす有害な漁業補助金を禁止する」としている。日本は漁港の整備や燃料に補助金を交付したり、漁船をつくるために低利な融資をおこなったりして零細な沿岸漁民を守ってきた。これにアメリカ側が不当な漁業補助金として削減や撤廃を求めてくる危険性は高い。
⑯「腐敗防止」に関しては、TPPでは「透明性及び腐敗行為の防止」の項目がもうけられていた。薬価決定のプロセスを「透明で公正」な手続きでおこなうように求め、製薬会社が不服申し立てができるようにもしている。外資が企業活動をおこなううえで、政府や行政機関の公務員が外資の利益を損なう行動をおこなうことに歯止めをかけるものだ。
⑰「貿易救済」では、「米国の貿易法を厳格に執行する」「補助金やダンピングによる市場歪曲に対して米国が措置を講じる」としている。
紛争解決にはISDS 為替操作禁止条項も
⑱「政府調達」では、「米国企業が米国製品・サービスを日本に販売する機会を増やす」。公共事業に関連して、国や政府機関、地方政府などが物品やサービスを調達したり、建設工事をおこなったりする場合に、日本の国内企業と同じ条件を米国企業にも与えることを義務づける。
⑲「中小企業」では、「中小企業のニーズが考慮されることを確保するための政府代表からなる“中小企業委員会”を設立する」としている。
⑳「紛争解決」では、ISDS(投資家対国家紛争解決の略)条項が注目されている。投資家が相手国の協定違反によって損害を受けたときに、仲裁申し立てをおこない、損害賠償を求めることができる制度だ。投資先の国・自治体がおこなった施策・規制で不利益を被ったと企業や投資家が判断した場合、その制度の変更・廃止や損害賠償を相手国に求めることができる。
たとえば医療関係者はこの制度により、国民階保険制度が形骸化し、薬価の高騰や、混合診療の解禁、自由診療の拡大、医療への株式会社の参入などで日本の医療がアメリカのようにビジネス市場にされていくことを警戒している。
その他の分野でもアメリカの多国籍企業が不利益と見なす制度を一方的に変更することを強いられ、日本の主権が踏みにじられる危険性が高い。
「一般規定」では、「日本が非市場国と自由貿易協定を交渉する場合に、透明性を確保するための仕組みを規定する」としている。「非市場国」とは中国を指し、中国封じ込め政策である。トランプは中国をあらゆるメガFTAから排除したい意向だ。現在日本はRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を交渉中だ。日米貿易協定交渉前から交渉しているRCEPの扱いは言及されていないが、アメリカとの貿易協定を優先し、アジアで孤立する道を選ぶのかどうか迫られる。
「為替」では、「日本が為替操作をおこなわないようにする」としている。
「為替操作禁止条項」はTPP交渉時から話題にのぼっていたが、盛り込んだのは新NAFTAが初めてだ。背景にはアメリカの自動車業界が、円安を武器とした日本車の輸出攻勢を阻止するために、TPP交渉時から為替条項の導入を要求してきた経緯がある。2018年12月にUSTRが開催した日米貿易協定に関する各業界からの公聴会で、米国自動車業界は、新NAFTA以上の強制力を持つ為替操作禁止の導入を求めた。
以上見てきたように、アメリカは日米貿易交渉で、TPP協定をさらに米国有利に変更して日米FTA交渉をおこなおうとしている。
今国会で審議入りした日米FTA(2項目)はこれらのすべての項目を含むことを前提としたものであるが、日本政府は国民に対して内容をまったく開示していない。これら22項目の全体像を見れば、日米貿易交渉はアメリカの多国籍企業が日本国内で我が物顔に利潤追求をおこなうために、日本の国内法でさえも変えてしまおうというもので、主権の蹂躙も甚だしいということが一目瞭然だ。
今回の2項目についての協定をトランプのいうままに審議もなしに国会で承認させることは、来年の第2段階での交渉でも進んで屈服することを約束するようなものである。国を売り飛ばしにかかっている安倍政府を、国民的な運動で縛りつける必要がある。
国会議員も含め多くの国民はFTAの詳細をほとんど知らないことでしょう。
肝心のマスコミはほとんど伝えていません。
一人でも多くの人にこの記事を拡散し、関心を高めることがとても重要です。
私たちができることを少しづつでも行動しましょう。
FTAの為替条項によって、国債発行が制限がされるとの予測もあるようなのですが、
もし、政府の自主的な国債発行が制限されるような場合、減税と国債発行による財政出動による景気刺激策が制限され、未来永劫、デフレ脱却の道筋が断たれてしまうと思います。これはどの項目よりも影響力の大きい常用事項なのではないでしょうか?
ぜひ、このことについてもっと掘り下げた報道をお願いします。