今国会には、国民世論の大反発のなかでゴリ押しをはかっている安保関連法案の他にも、マイナンバー法、通信傍受法改定、共謀罪新設、労働者派遣法改定など、見過ごすことのできない重要な法案や「改正」案が山ほど上程されている。年金情報の漏洩(ろうえい)によってマイナンバー法「改正」の採決先送りが決まり、憲法審査会で憲法学者たちが安保法制について違憲と断じたのを受け、こちらも六月中の採決が先送りになるなど、「一強体制」といわれる翼賛国会といえども国民の重大な関心を集めるなかで足踏みを余儀なくされ、世論とのせめぎあいで物事が動いている。訪米して「夏までに成立させる」(安倍晋三)と約束した安保法制が目玉であるが、それ以外にはいったい何を進めようとしているのか、一連の改定案や法案について見てみた。
世論が追い詰める「一強体制」
もっとも問題視されているのが通信傍受法(盗聴法)「改正」である。安保法制の陰に隠れて衆議院で審議が始まっている。「改正」によって、傍受対象を拡大し、傍受のさいの立会人を不要とすることなどを盛り込んでいる。通信傍受法は2000年に施行された。警察や検察が捜査で電話などを傍受できる犯罪対象を、薬物、銃器、組織的殺人、集団密航の4分野に限定し、「数人の共謀によるものと疑うに足りる状況」のみで実施可能としてきた。この法案自体も当時、国会審議によって政府原案から大幅に絞りこまれたものだった。
今回の「改正」ではまず「組織による犯罪」という要件をとり入れ対象犯罪を4分野から詐欺、窃盗などを含む九分野にまで拡大することを狙っている。さらにその傍受の方法について、捜査官が電話会社の施設に赴き、電話会社の担当者の立ち会いのもとで傍受する現行のやり方から、特定の機器を使った場合には立会人なしで傍受できるものにした。傍受対象は飛躍的に拡大し、立会人が不要となることで多くの国民のプライバシーが監視されると専門家などは批判している。
捜査する側が傍受した内容については、事件と無関係であることがわかっても傍受された側には通知されない。警察や検察にとっては立会人を除けることで傍受のさいの第三者の抑止力がなくなり、電話の盗み聞きなどやりたい放題である。国民はなにも知らないまま通信傍受されることになる。2000年の同法施行以来、約8万8000回の捜査で通信傍受してきたとされているが、うち85%が事件とは無関係な内容であったことも明らかになっている。
安保法制など戦争体制を強めるなかで、国内弾圧を任せられるのが警察・公安などの権力機関である。この覗き見や盗み聞きを何でもありにする内容となっている。2013年12月に強行採決した特定秘密保護法ともセットで、権力の秘密は秘匿し、国民の情報は丸裸にするものである。
「共謀」した者も懲役 未遂以前の話合いも罰
かかわって、安倍政府が2013年5月に可決したマイナンバー法は、国家が国民の個人情報を一手に握るもので、今年10月から実施される。その「改正」案として出ているのは、2018年からマイナンバーを金融分野のほか医療分野にも活用するというもの。預金口座へのマイナンバーの紐付けについて、今回の「改正」では新規に開設する口座を対象にして、しかも任意という扱いである。しかし政府がその先にやろうとしているのはもっと踏み込んだもので、国家公務員身分証や民間企業社員証、興行チケットや携帯電話本人確認販売、タバコ・酒自販機年齢確認などにもつなげ、クレジットカードやキャッシュカード、免許証、健康保険証などともあわせてみな「ワンカード化」し、国民の個人情報はみな個人番号カードに入れ込むというものである。その預金残高や病歴など生体情報まで含めて、パソコンのボタン一つで捜査機関や行政機関が把握する態勢を目指している。
個人情報保護法の「改正」案も四月に閣議決定され、今国会で審議する。個人情報をとり扱うルールを明確化し、匿名化した個人情報なら本人同意なくして第三者への提供を可能とするものだ。
さらに、安倍政府が急いでいるのが共謀罪の新設である。昨年9月に国会提出を予定していたが、世論の反発を懸念して見送っていた。現在の刑事法では犯罪が実行されて初めて罰することを原則としており、共謀罪は認められていない。共謀罪の新設によって4年以上の懲役刑に該当する犯罪(約600以上)について、「共謀」した者は、原則として2年以下の懲役に処すとしている。犯罪を実行したが結果的に遂げられなかった「未遂罪」や、殺人などに使用する目的で凶器を用意するなどの「予備罪」など現行の刑法とも大きく異なり、未遂以前、予備以前に「話しあった段階」で裁くことができるというものだ。未遂罪、予備罪ですらごく一部の重大犯罪にのみもうけられてきたものだが、政府の原案では共謀罪の対象をさらに拡大しようとしている。2003年から提出され、過去3度にわたって廃案となっているが、安保法制の審議と合わせて力技で押し切ろうとしている。
労働者派遣法の改悪 非正規雇用の永久化へ
また、労働者派遣法の「改正」案も審議している。今月中旬に衆院厚生労働委員会で採決する見通しとなっている。「改正」の目玉は、企業が派遣労働者を受け入れる期間の制限を撤廃することにある。期間を気にせず、いつまでも派遣労働者を使い続けることができるというもので、非正規雇用の永久化である。
これとセットで「雇用安定措置」と称して「正規雇用を望む派遣労働者のみなさんに、そのチャンスを広げる、派遣先企業への直接雇用の依頼など、正社員化へのとりくみを派遣元に義務づける」(安倍首相)といっているものの、それはあくまで派遣元が派遣先へ直接雇用を「依頼する」義務であって、派遣社員を正社員にする義務ではない。
「(派遣労働者の)柔軟な働き方」というのは、労働者にとって働き方の選択肢を増やすものではなく、経営者にとって使い捨てしやすい非正規雇用の固定化を援助するものである。労働者にとっては安定した雇用がますます減ることは疑いない。また今国会には、外国人技能実習に関する新法を3月6日に閣議決定して提出している。いまや地方都市に至るまで若い中国人研修生やベトナム人研修生があふれ、コンビニや飲み屋、企業や加工場など、いたるところに低賃金労働力として「輸入」されている。これまで3年だった研修期間を五年に延長し、多民族国家を先どりするものとなっている。
選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる公職選挙法「改正」案も4日に衆院を全会一致で通過し、今月中旬にも成立する見通しとなっている。来夏の参議院選挙には、240万人の18歳、19歳が加わることになる。選挙権が与えられる=成人となれば、その他の民法や少年法といった法律にある成人年齢の引き下げも検討されることになる。政治不信が高まり、投票率も年年下がるなかで、憲法改定の国民投票なども控えた為政者の側が、社会経験や批判力の乏しい高校生や若年世代を都合良くとり入れようとする意図をあらわしている。
姑息な「改正」をくり返して、徐徐に本来目指している姿まで法律をつくりあげていくのが手口で、要するに安保法制に連なる国民弾圧、国家統制を強めるものばかりである。国会はいまや自民党が圧倒的多数を占め、数の力ならいくらでも押し切ることが可能な状態となっている。しかし安保法制も含めて、国民世論との力関係ですべて物事は動いている。総選挙では五割もの有権者がそっぽを向き、自民党・公明党の組織票は三割弱にしか過ぎなかった。自民党単独の得票率(比例)はさらに低い17%である。いつでもひっくり返る脆弱な権力基盤の上で、「私が最高責任者だ!」という勘違いがアメリカにいわれたままに代理人として暴走をくり広げている。ゴリ押ししたのも束の間、叩きつぶされる運命にあるのが安倍自民党で、その権力は永久のものではない。安保法制にせよ、国家統制にせよ日本政府に迫っているのはアメリカで、この対日支配との全面対決が避けられない情勢が到来している。