安倍政府が大阪でのG20直後の7月4日に発動した、韓国に対する半導体製造に不可欠な3品目の輸出規制、さらには「ホワイト国」からの韓国排除方針の表明は、日韓の政府関係に緊張を走らせている。そのなかで韓国では安倍政府の「経済報復」や「軍国主義復活」に反対するとともに、日本の民衆とは連帯して友好関係を築いていく民衆レベルの運動が広がっている。日本でも7月26日に知識人や社会活動家77人が呼びかけ人になり「韓国は“敵”なのか」と題する声明を発表し、「対話のなかにこそ、この地域の平和と繁栄を生み出す可能性がある」と提言し、オンラインで賛同者署名を呼びかける動きが起こっている【本紙既報】。日韓の民衆レベルで、アジアの隣国として対立ではなく、外交努力による話し合いで問題の解決をめざす世論と運動が急速に広がっている。
韓国で広がる安倍糾弾の動き 「反日」と虚飾する国内メディア
韓国では7月27日の土曜日の午後、ソウル市内の光化門広場で「安倍糾弾デモ」と銘打った市民集会が開催された。集会の正式名称は「安倍糾弾第二次キャンドル文化祭」で、主催は596の市民団体やNGO(非政府組織)がつくる「安倍糾弾市民行動」。主催者発表で約5000人が参加した。日本の日経新聞をはじめとする大手マスコミはこの集会を「反日集会」と報道し、日韓国民の対立を煽っているが、集会参加者は片手にろうそく、片手に「NO安倍!」などのプラカードを掲げ、発言も日本社会や日本人と安倍政府を明確に区別したものだった。
自由発言に立った歴史学者のチョン・ウヨン氏は「われわれは日本人が憎くて来たのではなく、正義がなにかを論じるために集まったのだ」「われわれの普遍的な正義感が海をこえて日本人の心に届いたらと思う」とのべている。また、「韓国の最高裁判所の判決を尊重しない安倍政権は、主権国家としての韓国を認めていないのだ」「安倍首相がしようとしているのは軍国主義で、われわれはここに世界平和を守るという義務感で向き合わなければならない」と強調した。さらに「われわれがすることは日本企業一つ、日本人一人を倒すのではなく、自分の利益のためなら他人の権利を踏みにじってもよいと考える反人間的態度と向き合ってたたかうことだ。最後まで正義を持って、平和を愛する気持ちで安倍政権糾弾を継続しよう」と訴えた。
この集会では全国宅配連帯労組の委員長も「日本製品不買運動は過去の歴史を整理せず軍国主義復活を夢見る日本の安倍政権に反対するものだ」とのべている。また、釜山の薬剤師の団体も「軍国主義復活というはかない夢を見る安倍政権は聞け」と題する声明を発表し、不買運動に参加することを表明している。
大学生の一団は「安倍の真の目的は軍国主義の復活」「日韓軍事協定破棄で東北アジアの平和と未来を開いていこう」といったプラカードを掲げていた。
韓国の英字新聞コリアタイムズ紙は7月28日の記事でデモ参加者の声を紹介し、共通しているテーマは安倍首相が日本の軍国主義を復活させようとしていることへの批判だったとしている。
「安倍糾弾 キャンドルデモ」は今後も毎週土曜日ごとに続け、植民地からの解放を祝う8月15日の「光復節」には大規模なデモを計画している。「その日、韓国だけでなく日本でも、真の共存のための、未来のための市民のキャンドルが一緒に明らかになることを希望し、日本の仲間の市民にも共同行動を提案する」と呼びかけている。
また7月25日には全国で350余りの市民社会団体で構成する市民社会団体連帯会議とその主要メンバー団体がソウル市内で「過去の歴史を否定し、経済的報復をおこない、韓日の対立を助長する安倍政権を糾弾する」「真実と正義、平和と共存のための韓日市民社会の共同行動を提案する」として記者会見をおこなった。
そのなかで「韓国と日本の市民は、東アジアという基盤のうえに、互いに依存して生きていく運命にある。われわれはすでにさまざまな価値観や文化を共有、享受している。日韓市民社会は、誤った過去を清算し、民主的で、平和で幸せな未来を早めるために協力してきた長い歴史をもっている。氾濫する偽ニュースが助長する偏見に対抗し、国家の暴力と逸脱によって侵害された被害者の権利を回復するために国境をこえて連帯しよう」と呼びかけた。そのために「東アジアの平和共存のもっとも重要な柱である日本の平和憲法体制を守って、韓半島の平和体制を構築するために手をあわせ手を握ろう」「まず、すべての不幸な過去を反省せず正当化しながら両国の経済協力関係を破壊し、日本市民と韓国市民のあいだの対立と嫌悪を煽る安倍政権の経済報復措置を撤回させ、日韓両国政府が被害者の権利の実現を中心において協力することができるように力を集めよう」と訴えた。
この記者会見のなかでは、安倍政府が過去の朝鮮侵略支配の歴史を否定することにとどまらず、日本の憲法九条を改定して「集団的自衛権」を持った軍事大国に進もうとすることを絶対に容認できないと主張した。「日本の平和憲法は軍国主義の侵略の過去の歴史に対する日本市民の決意であり、韓国をはじめとする隣国市民の約束だった。安倍政権は、この安全装置を解体して、戦争前の日本に帰っていこうとしている。……安倍政権の軍国主義的構想に対峙するのは日本と朝鮮半島、東アジアと世界すべての市民の責務だ」としている。
日本では知識人ら77人が「韓国は“敵”なのか」と題して声明を発表し、「日本政府が韓国に対する輸出規制をただちに撤回し、韓国政府とのあいだで冷静な対話・議論を開始することを求める」「300万人が日本から韓国へ旅行し、700万人が韓国から日本を訪問している。ネトウヨやヘイトスピーチ派がどんなに叫ぼうと、日本と韓国は大切な隣国同士であり、韓国と日本は切り離すことはできない」「安倍首相は、日本国民と韓国国民の仲を裂き、両国民を対立反目させるようなことはやめてください。意見が違えば、手を握ったまま、討論を続ければいいではないか」と署名活動を開始した。
また、和田春樹教授、田中宏教授、内田雅敏弁護士など日本の知識人は2月6日、「植民地支配への反省謝罪が日韓関係の鍵」との内容の声明を発表している。
引き金は徴用工問題 植民地支配の評価が要
日本政府の輸出規制の引き金は元徴用工問題にある。元徴用工は、1910年の日韓併合後朝鮮半島を日本の植民地とし、朝鮮半島から強制的に日本の工場や炭鉱に労働力として動員された。韓国政府が認定した元徴用工は約22万6000人にのぼる。1942年に日本政府が制定した「朝鮮人内地移入斡旋要綱」による斡旋や、1944年には植民地下の朝鮮に全面的に「国民徴用令」を発動し、威嚇や暴力をともなって強制的に動員した。
新日鉄住金を訴えた元徴用工は、賃金が支払われず、粗末でわずかな食料しか与えられず、外出も許されず、逃亡を企てたとして体罰を科され、感電死する危険があるなかで溶鉱炉にコークスを投入するなど過酷で危険な労働を強いられたとしている。
日本政府は1965年に締結された「日韓基本条約」とそれにもとづく「日韓請求権協定」により元徴用工の賠償問題は解決済みと主張し、「元徴用被害者の損害賠償請求権は請求権協定で消滅し、これを無視した韓国最高裁の判決と放置した文政権がまちがっている」としている。
だが、韓国の最高裁判所が徴用工の請求権を認めた根拠は、「日韓請求権協定」ではない。判決では「原告らの損害賠償請求権は、日本政府の韓半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権である」とのべている。すなわち1910年の日韓併合は日本が国際法違反の「侵略戦争」で朝鮮半島を支配した不法行為であり、それに対する慰謝料を請求する国際法上の権利は今も残っているとの主張だ。
1965年の「日韓基本条約」とそれに付随する「日韓請求権協定」は、日韓併合については不問に付したままだ。韓国政府は「日韓併合条約は武力で強制された条約であり無効だ」と主張しているが、日本政府は「両国の合意により韓国を併合した」「国際法に照らして有効だった」として植民地支配に対する反省も謝罪もおこなう意志はないとしている。
日本で戦後補償裁判にかかわってきた弁護士らは元徴用工の個人としての請求権は「消滅していない」との声明を出している。知識人らは問題解決を妨げているのは「日本政府は、植民地支配が合法であったことを前提にして植民地支配に対する賠償を認めていない」点を指摘し、「韓国元徴用工被害者の人権回復のために植民地支配への反省を行動で示すことだ」としている。また、現在の国際法における「人権」に関し、過去の重大な人権侵害からの救済は被害者中心におこなうことが主流となっており、日本政府が日韓請求権協定成立時の古い解釈に固執していることの問題を指摘している。
元徴用工と同様に中国人強制連行・強制労働問題がある。中国との関係では、1972年の日中共同声明で中国政府は戦争賠償を放棄した。その後2007年に日本の最高裁は中国人強制連行被害者が日本企業の西松建設に賠償を求めた判決で、中国とのあいだの賠償関係等については外交保護権は放棄されたが、被害者個人の賠償請求権については「請求権を実体的に消滅させることまでを意味するものではない」とした。この判決後西松建設は強制連行被害者との和解に応じている。そのさい日本政府は民間同士のことだからと口出しはしなかった。
この時点の最高裁判決は韓国の元徴用工賠償請求権についても当然あてはまるというのが日本の知識人の見解だ。元徴用工問題も、日本企業を相手にした民事訴訟だ。まず被告となっている新日鉄住金をはじめとする日本企業が判決に対してどう対応するのかが問われる。
中国人強制連行事件である花岡事件(2000年和解)、西松建設事件(2009年和解)、三菱マテリアル事件(2016年和解)などでは、訴訟を契機に日本企業が責任を認めて謝罪し、企業が拠出して基金を設立し、被害者全員の救済をはかった。被害者個人に対する金銭の支払いと同時に慰霊碑を建立し、慰霊祭を催すなどのとりくみもおこなっている。過去の過ちに対して誠実な対応をとることは日本企業にとって恥ではなく、企業の国際的な信頼を増すことにもつながることだ。
元徴用工問題は企業の責任にとどまらず、そのような戦争を引き起こし、植民地支配をおこなった日本政府にも当然責任がある。にもかかわらず、問題解決に尽力するでもなく、むしろ身を乗り出して対立を煽っていることに根本の問題がある。
海外のメディアはどう見ているか。イギリスの経済週刊誌「エコノミスト」は、日本の輸出規制は「経済的に近視眼的」で、無謀な自害行為だと非難した。ニューヨークタイムスも同様の趣旨の記事を掲載した。ともに「トランプモデル」の拡散を憂慮し、世界経済と貿易を政治の道具に使う「卑劣な秩序」を非難している。
米通信社のブルームバーグは7月22日「安倍首相が韓国と始めた希望なき貿易戦争」と題する社説を掲載した。「安倍政権はごまかしているが徴用工問題への報復は明らかだ」とし、参院選後に「まずやらなければならないのは隣国の韓国に対して始めたばかげた貿易戦争をやめることだろう」とした。さらに、「安倍首相の方は政治問題の解決に貿易上の措置を使ったが、これはトランプ大統領と中国が好む報復の戦略と似ている。非常に偽善的」だといって論評している。