日米貿易協定交渉が15、16の両日、ワシントンで開かれた。昨年9月の日米首脳会談での合意を受けてのものだが、当初よりアメリカ側は「TPP以上の市場開放」を日本に迫り、直前の13日にはムニューシン財務長官が「為替条項の挿入を求める」と表明するなど、「アメリカ第一」で日本市場を席巻する構えを露骨にしてきた。他方で安倍首相はこれを「物品貿易協定(TAG)」と呼び、交渉は「農産物や自動車などの関税撤廃・削減中心」などと国民をあざむき、交渉前から譲歩を臭わす弱腰姿勢だ。専門家はこれはまさに日米自由貿易協定(FTA)交渉そのものであり、最終的に日本市場全体をアメリカ多国籍資本が力ずくで奪っていくものだと警鐘を鳴らしている。日米貿易協定交渉の内容について見てみたい。
2017年1月に大統領に就任したトランプは即日TPPから永久離脱を表明したのに続き、連続的に各国に貿易戦争を仕掛けてきた。18年9月には米韓FTA再交渉に合意、同年11月にはNAFTA再交渉に合意した。同年3月には中国を狙い撃ちした通商関連法を発動(鉄鋼25%、アルミ10%の追加関税)したのをはじめ、中国との貿易戦争を激化させ、ハイテク覇権争いをエスカレートさせている。さらにはEUとも貿易交渉をおこなっており、対日貿易交渉はそれに続くものだ。
TPP離脱後の新米韓FTA、新NAFTAに共通して新たに盛り込まれたのは、「対米輸出の数量規制」や「為替条項」「非市場経済国(中国)とのFTA交渉のアメリカへの説明責任」などだ。
アメリカは韓国からの鉄鋼やカナダ・メキシコからの自動車の対米輸出に対して「数量制限」を呑ませ、アメリカからの輸出条件は緩和させた。対中国貿易協議でも難航はしているが、1兆㌦超の米国産品の対中輸出拡大や為替問題では中国側を譲歩させている。対EU貿易交渉でも「為替条項」と「非市場経済国とのFTA交渉のアメリカへの説明責任」では合意している。
こうした一連の貿易戦争での「戦果」のうえにトランプは対日貿易交渉をおこなっている。すでに日本側はアメリカに対して関税関連では「TPP以上」「日欧EPA以上」を受け入れることを決めており、交渉前から譲歩していることを指摘する専門家もいる。
車の数量規制に踏み込む 為替条項も要求
今回の交渉においてアメリカ側はなにを日本側に呑ませようとしているのか。
交渉直前の13日にムニューシン財務長官が「為替条項」を求めると表明した。アメリカの自動車業界が「日本勢が円安を背景に輸出攻勢をかけている」と主張し、「通貨安誘導を制限する為替協定」を要求していることを汲んだものだ。
日銀の黒田総裁はアメリカに対して「金融緩和にともなう円安は、輸出競争力を狙った意図的なものではない」と説明してきたが、トランプが「事実上の円安誘導」だと断定すれば日本側に打つ手はない。またトランプは消費税に対しても「輸出企業への補助金で競合相手のアメリカ企業が不利になる」と批判している。日本の消費税は輸出品にはかからず、輸出企業は仕入れ時に払った消費税の還付を受けられるためだ。専門家は「消費税が10%に上がれば還付金も増える。アメリカ側がこれを新たな貿易障壁とみれば関税引き上げなどもありうる」と指摘している。
アメリカは日本の自動車の対米輸出の数量規制を狙っている。アメリカの対日貿易赤字は年668億㌦だが、自動車関連だけで536億㌦もある。TPP交渉では非関税障壁の見直しで合意しているが、アメリカ側はそれでは不十分とし、「輸出数量規制」を盛り込もうとしている。アメリカはこれに合意しない場合は自動車輸出に25%の関税を課すと脅し、安倍政府に屈服を迫っている。
対して安倍政府は農産物の一層の市場開放を容認することをひきかえにしようとしている。パーデュー農務長官は農産物関税について「TPPと同等かそれ以上を求める」とくり返し主張し、米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表に「農産品で(先行して)暫定合意を結ぶことを望んでいる」と伝えている。
これらが交渉において焦点となるとメディアや専門家が見ている項目だが、USTRは18年12月21日に「日米貿易協定交渉の目的の要約」と題する文書を公表しており、そこに今回の日米貿易協定交渉においてのアメリカ側の狙いが全面的に示されている。
22分野で要求突きつけ USTR文書に見る
「交渉の目的」には、物品貿易、衛生植物検疫措置、良い規制慣行、サービス貿易(通信・金融含む)、デジタル貿易、投資、知的財産、医薬品、国有企業、労働、政府調達、紛争解決、為替など22の分野・項目をあげている【表参照】。昨年9月の日米共同声明後に安倍政府は「この交渉は物品交渉に限るもので、名称はTAG」と強弁してきたが、アメリカ側にはそのような認識はないことが明らかだ。22分野・項目のほとんどはTPP協定と重なり、加えて新NAFTAや米韓FTAで盛り込まれた新たな分野や条項が反映されている。TPP離脱後の貿易戦争のなかでアメリカはTPPには存在しなかった条項を勝ちとり、TPP水準以上の内容を獲得してきた。その延長線上に日米貿易協定交渉がある。アメリカがそうした内容を日本に求めてくることは確実だ。
具体的な分野について見ていくと、まず「物品貿易・工業製品」の項目では、冒頭に「米国の貿易収支の改善と対日貿易赤字を削減する」との目的を設定している。
自動車については、「日本の非関税障壁への対処および米国内での生産と雇用増加を目的とする内容を含む追加条項を必要に応じて設ける」と記載している。
日本側が警戒しているのは、自動車の対米輸出に数量制限を課されることだが、数量規制はWTOルール違反だ。だが、アメリカは韓国との交渉で、鉄鋼の対米輸出を直近の7割に抑える厳しい数量制限を盛り込み、カナダやメキシコにも自動車の輸出に数量制限をもうけるという既成事実を積み上げている。「交渉の目的」では、数量規制のような具体的な手法は触れられていないが懸念は残っている。
トランプは、新NAFTAの意義の一つとして、新自動車原産地規則を評価している。新自動車原産地規則は、アメリカ市場への無税での輸出を餌に、自動車会社や自動車部品会社などが、米国内で自動車や自動車部品を製造したり、米国製の自動車部品を購入する誘因となる規定だ。アメリカは日本にもこの新たな原産地規則を提案してくる可能性が高いと予測されている。
物品貿易のなかの農産物では、「関税の削減や撤廃によって米国産農産品の包括的な市場アクセスを求める」との記載にとどまっているが、「交渉の目的」には「米国の市場アクセス機会を不当に減少させ、または、米国の損害となるように農産品市場を歪曲する慣行を廃止する」との記載もある。アメリカは日本のコメや小麦等の一部農産品の輸入制度を問題視してきたが、これらが「農産品市場を歪曲する慣行」として交渉対象となる可能性がある。さらには添加物の承認なども「非関税障壁」としてあげられる可能性もある。
また、「交渉の目的」では「農業バイオテクノロジーによる製品について具体的な条項を入れる」と記載している。TPP協定は、農業バイオテクノロジーによる製品について位置づけた初めての貿易協定で、TPPでの農業バイオテクノロジーとは、遺伝子組み換え技術によって生産された産品を指していた。だが、今回はこれに加えてゲノム編集による生産物も対象にした。アメリカの農産物輸出団体の強い要望によるものだ。
アメリカはかねてより、日本の医薬品の価格決定メカニズムや医療機器の輸出にかかる規制を強く批判してきた。今回の「交渉の目的」では、「透明で公正な規制によって、米国製品が完全に日本市場にアクセスできるようにする」と記載している。具体的には2017年末に改定された日本の薬価制度の見直しを意図している。日本政府は財政を圧迫する新薬の価格を下げやすくする制度に変更した。ところが高額医薬品を日本で販売したいアメリカの製薬会社は一斉に反発し、この改定をさらに見直すよう日本政府に要望をくり返している。米経済団体の対日交渉トップは今回の交渉で「薬価制度に切り込む」と断言している。
このほかにも、日本社会のなかで公共の利益にとって必要なあらゆる非関税措置・規制がアメリカから攻撃の対象となる可能性がある。「交渉の目的」では、「良い規制慣行」の項目があげられているが、これは近年のメガ自由貿易協定には必ず入っており、「規制が科学的根拠に基づくもので、また現在通用するものであると同時に、不必要な重複を回避していることを確保するための影響評価やその他の方法の使用を促進する」「政府が任命した諮問委員会に対し、意見を提供する有意義な機会を確保する」とある。
たとえば食の安全にかかわる規制はアメリカが納得する「科学的根拠」がなければ「問題」とされる可能性が高い。また「政府が任命した諮問委員会」には日米ともに大企業や投資家が直接的・間接的に加わることが考えられるが、そのことによって、公共政策や全体の利益よりも、一部の利害関係者による規制緩和や規制調和が推進されてしまう危険性がある。
米国の全投資障壁撤廃 政府は外資誘致支援
「投資」については、「米国において日本の投資家が米国内の投資家を上回る実質的権利を付与されないようにする一方、日本において米国の投資家に米国の法原則・慣行に整合的な重要な権利を確保する」「日本のすべての分野において米国の投資に対する障壁を削減・撤廃する」という2点を記載している。
関連して安倍政府は15日、北海道や仙台市など五地域で、外資系企業の誘致支援に乗り出すことを明らかにした。海外から各地域への投資に関心が高い企業をそれぞれ十数社招き、地元企業とのビジネスマッチングや首長らによるトップセールスを2019年度中に実施する。閣僚らで構成する対日直接投資推進会議を開き決定する。企業誘致支援は経済産業省や日本貿易振興機構(ジェトロ)などがおこなう。
北海道では、アジア、欧米の企業を招き、現地視察や商談会を開く。仙台市では、欧州からIT関連企業を招聘(しょうへい)する。愛知などの自治体グループには自動車関連、京都市には製薬・医療機器関連の産業がそれぞれ集積しており、人工知能(AI)やIT関連企業、バイオベンチャー企業を呼び込む。横浜市では、医療・検査機器で欧米企業との連携を模索するとしており、交渉前から外資の呼び込みに熱を入れている。
日米貿易協定で注目されるのが投資家対国家紛争解決(ISDS)の扱いだ。TPP協定ではISDSは規定されたが、アメリカ離脱後の11カ国による交渉では途上国から削除や修正の要求があいつぎ、結果的に「凍結」扱いとなった。また新NAFTAでは、アメリカ・カナダ間ではISDSは完全に削除され、アメリカ・メキシコ間でも対象を制限したものとなった。国際的には、この数年でISDSの問題点が強く認識され、国連主導での「改革」の動きや、貿易・投資協定からISDSを削除する動きが起こっている。だが、日米交渉でISDSを盛り込むべきだと主張するアメリカの大企業の意向があり、日本側も従前のISDSに固執し、日欧EPAやRCEP(東アジア地域包括的経済連携)等でもISDSを主張し続けている。
「非市場国排除条項」については、「交渉の目的」では一般的規定のなかに、「日本が非市場国とのFTA交渉をする場合、透明性を確保し適切な行動をとるためのメカニズムを規定する」と記載している。この規定は、TPP協定にはなく、新NAFTAで初めて盛り込まれた。「非市場国」とは中国を指すとされ、この間の「米中貿易戦争」のなかでトランプ政府がうち出した「中国封じ込め策」だ。
新NAFTA協定文では、「米国、カナダ、メキシコの3カ国のいずれかが、非市場国との自由貿易協定を交渉する場合、少なくとも3カ月前にその意向を他の相手国へ通知しなければならな
い」等の規定のほか、ある国が非市場国と貿易協定を締約した場合には、新NAFTAそのものを終結させ、残る2カ国での2国間貿易協定に切りかえるとしている。
カナダは中国とのFTA交渉を検討中で、その交渉開始の発表も近いと見られているが、新NAFTAのこの規定がどの程度影響を及ぼすかが注目されている。
日米貿易交渉の場合では、日本はRCEPを交渉中であり、中断されてはいるが日中韓FTAの枠組みもある。中国をあらゆるメガFTAから排除したいというアメリカの意向は明らかだ。中国との関係も含め日本がどのように対応するかは喫緊の課題となる。
「為替操作禁止条項」について「交渉の目的」では、「効果的な国際収支調整や不公平な競争上の優位性の取得を防ぐため、日本が為替操作を行わないようにする」と記載している。
近年のメガ自由貿易協定で、為替操作を制限する条項が入れられたのは新NAFTAと新米韓FTAが初めてだ。この条項の背景には、アメリカの自動車業界が、円安を武器とした日本車の輸出攻勢を阻止するため、TPP交渉時から為替条項の導入を厳しく突き付けてきたという経緯がある。
日本政府は、アメリカが為替操作禁止条項を提案しても応じないとの見解を一貫して示しているが、実際の交渉のテーブルにそれがのぼれば簡単に拒否することは現在の日本政府では困難と見られている。
以上おおまかに見た「交渉の目的」にも示されるように、アメリカは日米貿易協定交渉で、TPP協定をさらに「アメリカ優位」に改定してきた新NAFTAや新米韓FTAを踏襲した内容を提案してくることは確実であり、まさしく日米FTAそのものだ。
その内容はアメリカの多国籍資本が日本国内で何の制約もなく自由自在に利益追求をおこなうことができるようにすることだ。そのためには日本の法律も、社会秩序や慣行さえも変えることを強制する。安倍政府はすでに水道事業への多国籍企業導入に道を開き、外国人労働者の大量導入を可能にするための法改定をおこなったが、今回の日米貿易協定交渉は、今後あらゆる分野で外資の要求に沿って日本社会の形をも変えてしまう道を押しつけるものだ。