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「100年の計」の森林管理を放棄 知らぬ間に進む戦後林政の大転換

 農業や水産業に続き林業をめぐっても、国民の知らないところで戦後林政の大転換が進行している。昨年5月に国会で成立し今月から施行となった民有林対象の「森林経営管理法」と、そのための財源づくりである「森林環境税」(3月に国会で成立。今月から施行)、そして現在国会に提出中の「国有林野管理経営法案」がそれである。森林科学者やジャーナリストが、これまでの「持続可能な森林管理」を放棄し、林業を外資をはじめとする民間企業に開放するものだとして警鐘を乱打している。どんな内容なのか調べてみた。

 

公共性高い森林整備の役割

 

 森林経営管理法は、安倍政府の規制改革推進会議が主導して成立させたもので、「林業の成長産業化」を掲げ、「日本では意欲の低い小規模零細な森林所有者が多く、手入れが行き届きにくくなっている」といって森林所有者に経営管理権を手放させ、市町村に経営委託する。そして市町村が森林の集約を進めたうえで、もうかる森林は民間企業に再委託し、もうからない森林は市町村で管理するというものだ。


 これに対して愛媛大学名誉教授の泉英二氏(森林学)を委員長とする国民森林会議提言委員会が、「林政をこのような方向へ大転換させてよいのか」と題する提言を発表した。そのなかで泉氏は、「林業構造全体を、公共的な利益から経済性の追求に転換させるものだ。これまでの政策では、災害の防止を目的とした間伐に重点が置かれていた。しかし今後はもうけるために大量の木材を供給する主伐(皆伐)を主軸に据え、所有者から経営管理権を奪ってまで主伐しようとしている」と批判している。


 森林生態学では森林の発達段階を、「林分初期(幼齢)段階」=10年生ぐらいまで、「若齢段階」=50年生ぐらいまで、「成熟段階」=150年生ぐらいまで、「老齢段階」=150年生以上、と評価する。そして若齢段階までの森林は構造が単純で、生物多様性が乏しく、土壌構造は未熟で、水源涵養機能は低い。森林生態系は時が経つほど生物多様性が豊かになり、植物と動物の遺体(落葉、落枝、死骸、糞)の質量は増え、土壌生物の活動が活発化し、そうなると土壌孔隙など土壌構造が発達して保水機能は高まる。


 ところが森林経営管理法では、政府・林野庁は「日本の人工林は50年前後をもって主伐期に達した」と評価し、若齢段階で皆伐する短伐期皆伐・再造林方式を推進しようとしている。それは以上の自然法則に逆らい、災害に対して今以上に脆弱な森林をつくることにならざるをえない。また、一度にすべてを伐ってしまうと、苗木を食べ尽くすシカの被害のリスクも高まり、成林が困難になると指摘する研究者もいる。


 この法律でもうかるのは、大型木材産業とバイオマス発電業者である。2012年に再生可能エネルギーの固定価格買取制度が始まってから、各地で伐採量にこだわる大規模な皆伐が横行し、丸裸になる山が急増しているという。


 そして、この財源をひねり出すために新設されたのが森林環境税だ。2024年度から、住民税に国民一人当り一律1000円を上乗せして徴収し、それを国が都道府県と市町村に分配する。なぜ2024年かというと、その前年度に東日本大震災の復興特別税の1000円が終わるからで、追加負担をごまかすための姑息なやり方である。今年度から23年度までの自治体分配金は、国が税金で立て替える。


 それに加え、国有林野法を改定する国有林野管理経営法が国会に提出されている。ジャーナリストの橋本淳司氏はこの法律を、国有林を水道民営化と同じコンセッション方式で外資に売り飛ばすものだと批判している(『世界』5月号)。


 同法案は、農林水産大臣が外資を含む特定の林業経営者に、50年以内という長期間、国有林の樹木採取区に成育する樹木を伐採する権利(樹木採取権)を与える、というもの。その下敷きになったのが、未来投資戦略会議の「国有林について、民間事業者が長期・大ロットで使用収益を可能とする仕組みを整備し、コンセッションを強化する」という方針だった。


 日本の商社がコンセッション契約を結んだフィリピンやインドネシアの森林で、木材を大量伐採してはげ山にした後、同国に返還したという例もある。橋本氏は、現在国内では大規模なバイオマス発電の燃料用木材チップの需要が急増しており、企業が安価な木材の大量供給を国産材に求めていること、そこにこの法律を使って、成長の早い品種を用いて短期間に伐採して回転率を上げる企業が参入する可能性があることを指摘している。

 

国土の7割が森林の日本

 

 「100年の計」といわれる森林経営に、短期的利益追求主義を持ち込むことがいかに危険かは明らかである。日本の国土の67%は森林であり、先進国のなかでこれほど豊かな森林率を持つ国はまれだ。日本の林業の成り立ちは3世紀ともいわれ、長い歴史を誇っている。


 だが、第二次大戦中は過伐が進み、戦後復興から高度成長期にも木材需要が拡大し続けた。この時期政府は、天然材を伐採してスギやヒノキなどの人工林にかえる拡大造林政策をとった。この人工林が成長して伐採可能になった1990年代以降、日本の木材供給量(生産量)は増大するはずだったがそうならず、60年代からの半世紀で3分の1に縮小した。原因は1961年の丸太の輸入完全自由化を手始めに、木材関連の関税を撤廃したからだ。安い外材が流入し、輸入自由化前に90%以上あった自給率が、今では36%に落ち込んでいる。


 一方、国内の人工林の多くが間伐されないまま放置されている。お互いもたれあうようにして立つヒョロ長い木の集団は、根系の支持力も弱く、強風や冠雪で一気に共倒れを起こすし、豪雨時には表層崩壊を起こしやすい。また、密集した人工林は非常に暗く、下層植生がきわめて乏しいため、雨水による土壌の浸食を招きやすい。それが、台風や集中豪雨のたびに大規模災害を引き起こす要因の一つになっている。


 森林科学者の藤森隆郎氏(元農林省林業試験場勤務)は、日本の自然を生かした第一次産業を軽視することは、日本社会の持続可能性を根底から危うくすると指摘している(築地書館『林業がつくる日本の森林』)。


 健全な森林は、それぞれの地域の気象緩和、水資源の保全、土壌保全、生物多様性の保全といった、国土保全に不可欠な機能を持っている。また木材は、光合成によって水と二酸化炭素をもとに生産し続けることができるし、木材は長期にわたって炭素を貯蔵し続け、使用後は燃焼や腐朽などによって二酸化炭素と水に還元される。この木材を、森林生態系の持続性を損なわない範囲でできるだけ多く生産し、有効に利用するなら、人間社会に利益をもたらす。


 林業先進国ドイツでは、林業は国の安全保障に欠かせないとして、林業従事者に所得補償や補助金を出し、林業の振興に努めているという。それとは対照的に、民間企業の利益を優先し、森林の国土保全、水源涵養機能は壊れるにまかせるという日本政府に、厳しい批判の声が巻き起こっている。

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