29日に安保法制が施行となった。昨年から全国的な反対世論が高まり、60年安保斗争を彷彿とさせるような大衆的な斗争が盛り上がりを見せてきたが、問題は立憲主義を守るか守らないかという範疇にとどまらない。当面は夏場の参院選を乗りこえるために運用を控えるとしているものの、集団的自衛権の行使によって自衛隊の海外での武力参戦に道を開き、日本の若者が米軍や多国籍企業の身代わりになって地球の裏側まで戦争に動員されるーーまさに邦人の生命がかかった問題だからである。この法案施行によってもっとも影響を被るのは、ほかでもない自衛隊員自身であり、その家族にとっても切実な問題をはらんでいる。近年自衛隊募集が活発になり全国の自治体が住民基本台帳から子どもたちの情報を自衛隊に差し出していたり、あるいは学校に直接勧誘に来たり、これまでにない動きが顕在化している。その自衛隊はいったい何を守ろうとしているのか、誰のために武力参戦させられるのかは曖昧にできない。
危険にさらされる邦人の生命
この春に防衛大学を卒業した419人のうち、47人が自衛官への任官を拒否したことが明らかになった。28日の卒業式では安倍首相みずからが「自衛隊最高指揮官 内閣総理大臣 安倍晋三」とのべて訓示を締めくくったことや、任官拒否組は前日に校長室で卒業証書を受けとり、式からは閉め出されたことが報道された。今年は昨年の任官拒否者25人から約2倍に増加し1991年に湾岸戦争の影響で任官拒否が94人に達したのに次ぐ規模となった。安保法制がつくり出す未来を懸念して辞めていったことを伺わせた。
自衛隊のなり手がいない状況は幹部組に限った話ではない。毎年8~9月に高校新卒者らを中心に募集をかけているものの、自衛隊の現場部隊の中核を担う「一般曹候補生」の応募者数は前年度比で約2割減少している。東日本大震災が起きた2011年には災害救助への注目から5万1192人に膨れあがったが、昨年はほぼその半分となる2万5092人。少子化のもとで社会的にも人材不足、労働力不足が心配されているが自衛隊も同じようになり手がいない。しかも武力参戦が現実味を帯びたことから、なおさら拍車がかかっているのである。
こうしたなかで、募集や勧誘を活発にすることとあわせて、任官拒否者や除隊者に対して「辞めさせない」ことを意識した圧力も強まっている。2012年には防衛大学の任官拒否者に学費相当額を返納させる自衛隊法改定案が国会に提出された。これは任官拒否者に対して、国立大の入学金と4年間の授業料の標準額に相当する約250万円の返納を求めるものだ。任官後6年以内に退職した自衛官も、勤続年数に応じて減額した相当金額を返納させる仕組みになっている。今年の卒業生には適用されないものの、2014年度以降の入校生からは上記の返済義務が課せられる。自衛隊の幹部養成学校の中で医科幹部を養成する防衛医科大学の場合には、卒業後九年以内に離職した場合、学費を返済する義務が課されている。
防衛大学には自衛隊幹部を志す者のほかに、優秀でありながら経済的な事情で一般大学を断念せざるを得ず、学費無料、給料支給(毎月10万円程度)という条件に魅せられて門を叩く者が少なからずいた。そうした任官拒否者について金銭的にも縛りをかけ、前述したように2013年度の卒業生から式に参加させず私服に着替えさせて裏門から吐き出す扱いも始まった。
各自治体も募集に躍起
自衛隊への応募減や任官拒否が増えているなかで10代の青少年に向けた自衛隊の宣伝、募集、勧誘の動きも強まっている。この間、自衛隊の各地方協力本部は、自治体行政ルートで住民基本台帳を入手し、中・高校生を中心に募集をおこなってきた。沖縄県内では沖縄市と宜野座村が18歳から27歳未満の約2万4000人の氏名と生年月日、住所、性別を自衛隊那覇地方協力本部に提出したことが明らかになったが、多くの自治体が本人はおろか家族も知らぬ間に高校3年生の氏名や住所を提出し、直接的なアクセスを可能にすべく下働きしていた事実が衝撃を与えた。
中学校や高校で募集をおこなう自衛隊リクルーターは、就職や経済面での問題を抱えた学生にターゲットを絞って宣伝をおこなっているのも特徴で、学校側に対して「就職試験や公務員試験に不採用となり、就職が決まっていない学生はいませんか?」と声をかけていることが下関界隈でも話題になっている。大学に進学すれば高い奨学金を受け、卒業して社会へ出た時点で数百万円の借金を背負っていく構造が一般的だが、「自衛隊に入れば給料をもらいながらさまざまな資格や運転免許などを取得し、貯金もできる」という経済面での有利性をアピールしている。さらに、若い自衛隊員を母校に出向かせて話をさせる「ハイスクールリクルーター」にも力を入れている。下関では祭りのたびに自衛艦が寄港するようになったが、見学に行った中学生の自宅に後日勧誘にやってきたとかの話も驚きをもって語られている。
アイドルグループのAKB48を自衛官募集の広報に使ったり、アニメキャラクターを使用して募集に力を入れているのも特徴で、「国を守りたい」という強烈な思いを抱いた若者の他にも、いわゆるアイドル好きなども含めて両翼を広げてかき集めようとしている。戦斗を指揮する幹部以上に、その下で任務をこなす兵力、弾が揃わなければ軍隊にならない事情を浮き彫りにしている。
今のところ昔のような徴兵制はない。しかし子どもが少なくなっている下で軍事力を展開するために、自治体や統治機構挙げて募集に躍起になっている姿がある。高校を卒業する若者が自身の望む待遇や給与を期待できる求人が見当たらず、自衛隊への入隊を決めたり、「勉強をしながら親への仕送りができる」などの経済的な理由で防衛大学に進んだり、あるいは東日本大震災などの自然災害で真っ先に人人の救出、救助に駆けつける姿に憧れを抱いて入隊する者も多い。国防のためと思って志す者も当然いる。高卒者であれば数年間は毎月14万~15万円程度の給料で過ごし、「本格採用」を経て昇級が始まるが、そうした若者たちが、何のために生命をかけ、誰のために海外任務なり武力参戦しなければならないのか、である。
米国で経済徴兵制先行
日本政府に集団的自衛権の行使を迫っているのは米国で、米軍の海外活動を縮小して軍事力は海軍と空軍に集中し、その減った分を自衛隊で補填するというのが米国防総省のうち出している戦略である。陸軍は4万人、海兵隊も2万1000人削減する計画で、その補填のために自衛隊内に日本版海兵隊の組織化を進めている。米国防総省は今後10年間で約1兆㌦(102兆円)の歳出削減を余儀なくされており、直接にはアメリカの財政事情が逼迫していることが背景にある。朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、アフガン侵攻など、戦争に次ぐ戦争でネオコンや軍需産業が国家財政を食い物にしてきたおかげで、巨額の軍事費に耐えきれなくなったからにほかならない。
将兵150万人、文官80万人を養いきれず、近年では給料遅配や自宅待機などの措置もとってきた。こうしたなかで、アメリカの国防予算削減分を補うようにして日本の防衛省予算が過去最大まで膨れあがり、米国の軍需独占企業からオスプレイや戦斗機などを次次に買いとってきた関係だ。さらに米兵もイラクから帰還した兵士たちが精神病になって自殺したり、厭戦機運が高まって戦争動員できなくなっている。だからこそ「自衛隊を放り込め」をやっているのである。
アメリカでは、経済徴兵制の仕組みが日本国内以上に発達し、移民や貧乏な若者を刈りとっていく構造が以前から問題になってきた。米軍は貧困層の黒人やヒスパニック系の若者をターゲットに、大学の学費免除や医療保険加入を与えて軍に勧誘する。アメリカの若者が志願する理由の上位2項目は「奨学金」と「医療保険」である。また、2002年にブッシュ政府がうち出した新しい教育改革法の一部には、「全米の全ての高校は生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出すること、拒否すれば助成金をカットする」と記されている。個人情報とは、名前、住所、親の年収・職業、市民権の有無や本人の携帯電話番号だ。
貧困地域などで運営される学校では、州からの助成金だけでは運営が厳しく、国からの助成金を得て経営をおこなうため、やむをえず個人情報を提出する構造になっている。またこのような貧困地域の高校生たちのほとんどは家族揃って無保険であるが、入隊すれば本人も家族も兵士用の病院で治療が受けられるようになる。入隊希望の約九割を占める「学費免除」については、勧誘条件に「大学の学費を国防総省が負担する」とあり、リクルーターは学校から提供された個人情報を元にターゲットを選定し、直接勧誘をおこなっている。2002年にブッシュ政府が発表した新しい移民法には、「軍への入隊と引き替えに市民権を出す」とある。
究極の格差社会のなかで生まれる圧倒的多数の貧困層を徴兵のターゲットにして、そのままの境遇では決して得ることのできない教育や医療などを餌にした「経済的徴兵」がおこなわれている。まさに貧乏人を鉄砲玉にする囲い込み政策であり、そうして戦地に放り込まれた米兵が人殺しの修羅場に狂って廃人と化していった。イラク戦争で潤ったハリバートンや、石油利権を握っているメジャー、ネオコンなどの軍産複合体が戦争によって膨大な利潤を得る一方で、無数のアメリカの若者が犠牲になったのである。
売国政治覆す大運動を
かつての大戦について、「貧乏になって戦争になっていった」と体験者たちは語る。軍隊に志願した兵士の多くが、農村など田舎の貧しい家庭の次男、三男であった。また何人もの兄弟がいるなかで昭和の大恐慌に見舞われ、毎日の食もままならずひもじい思いをしてきた育ち盛りの10代が「兵隊になれば米の飯が腹一杯食える」とみずから志願し、帰らぬ身となったことを体験者やその家族は忘れていない。天皇制軍国主義による洗脳で、“お国のために”と志願することが日本男児としての誉れとされる風潮もあり、赤紙が届けば問答無用で引っ張られ、新興の帝国主義国が乗り出した海外侵略に肉弾としてかり出されていった。貧困を根底にして狭隘化した市場に独占資本は見切りをつけて海外侵略に乗り出したが、そこで各国の帝国主義と植民地再分割を巡って衝突し、無謀な戦争によって320万人の「邦人の生命」が失われた経験を忘れることなどできない。
戦後71年たった今、自衛隊が担わされようとしているのは、アニメのゆるキャラが手招きするような甘い漫画のような世界ではなく、米軍の身代わりになって最前線に立たされる鉄砲玉の役割にほかならない。中東を意識した砂漠での訓練や、生身の隊員が米軍よりも最前線に乗り込んでおこなう兵站任務の訓練など、具体的に想定しているものが正直に今後の自衛隊の任務を映し出している。装備や配置に至るまで米軍傘下に置かれ、陸海空まで含めた司令部は米軍横田基地に置かれ、みなアメリカの要求に沿って動かされる下請軍隊である。
リーマン・ショックを経て金融資本は国家財政を投入させてきたが恐慌から抜け出せず、アメリカの衰退は隠しおおせなくなった。そして市場争奪や覇権争奪はますます激しいものとなり、ウクライナや中東など、世界各地で紛争が勃発するようになった。アメリカは資金もないが兵力も動員できなくなり、日本を身代わりとして戦争に動員することを要求し、また日本の企業も国内の工場を閉鎖して海外に移転し、労働者を大量に首切りし、非正規雇用を増やす一方、外国でも残酷な搾取に対する強い反発を買っている。この海外権益を守るため財界も軍事力の派遣を求めている。
若い隊員たちが生命をかけて守らされるのは「邦人」すなわち国民ではなく、その国民を散散貧乏にして海外展開を狙っている大企業の権益であり、アメリカの国益にほかならない。いまや大義名分などお構いなしに突っ込んでいくのが日本の売国的為政者どもで、もっぱらアメリカに追随してごり押ししたのが安保法制であり、TPPであり、原発再稼働であり、すべての課題が連なっている。安保法制が施行されたら諦めるしかないのではなく、この売国政治を覆す全国的なたたかいを束ね、下から大衆的基盤を持った斗争を盛り上げていくこと、まさに自衛隊員も含めた邦人の生命がかかった問題として立ち向かっていくことが差し迫った課題になっている。