いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『高校生ワーキングプア』 著・NHKスペシャル取材班

 大阪のある高校のクラスでは、生徒の約7割が居酒屋、焼き鳥屋、うどん屋、スーパー、コンビニ、コールセンターなどで週4回か5回アルバイトをしており、それによって家計を助けたり、専門学校や大学に行く金を自分で貯めたりしているという。本書は高校生の「見えない貧困」を可視化しようと取材を重ねてまとめたものだが、そこから今の高校生の生活の一端が見えてくる。

 

 ここに登場する首都圏や大阪の高校生たちは、父親がリストラにあったり、母親が病気療養中だったり、シングルマザーで低所得だったりして、「アルバイトしなければ高校に通えない」「私のバイト代がなければ、親の収入だけでは食べていけない」と語っている。自分の小遣いの足しにするためではなく、家計を支えるために働いている。それも放課後に1日4時間以上、週に4~7回働いており、レストランや居酒屋、ファストフード店の欠かすことのできない主力に組み込まれている。

 

 こうした現状は教師の想像をこえるもののようで、「遅刻や欠席が多いので注意していたが、家計を支えるためにアルバイトをし、弟や妹の世話をしていたことがわかり、怒ったことを今でも反省している」とか、「保健室に“何だかダルい”といってやってきて、よくよく聞いてみると“夜中までバイトして疲れちゃって”ということだった」といった教師の声も紹介されている。

 

 背景には親の貧困と、国の教育・福祉政策の貧困がある。非正規労働者が増え続けて、全雇用者の4割に達し、3家族のうち1家族は年収300万円未満である。民間企業で働く労働者の平均年収は、1997年の467万円をピークに下がり続け、2014年には53万円ほど減った。グローバル化で工場の海外移転が進む一方、安い農産物や酪農品などが入ってきて地方の農家は疲弊し、それにコメ価格の暴落が追いうちをかけ、耕作放棄地が広がっている。

 

 一方、国の公教育に対する支出は先進国一低く、大学の年間授業料は国立大で53万円余、私立大では86万円余となった。だが、高卒の求人数はピーク時・1992年の152万3574人から急速に減少していき、2011年には12万4829人と10分の1以下になった。こうして2人に1人が日本学生支援機構から奨学金という名のローンを借りざるをえず、卒業後も返済に苦しんでいる。本書のなかでは、大阪の府立高校での奨学金説明会で生徒たちが「返済に困ったときどうするか」などの説明を真剣に聞く場面が出てくる。高校生が数百万円の借金の心配をしながら受験期を迎えるのが普通の光景になっているという。

 

 しかしよく見ると、「部活や遊ぶ暇もなく可哀想」といった響きを持つ「高校生ワーキングプア」という表題だけではあらわせない、高校生の持つたくましさが見えてくる。

 

 神奈川県の高校3年生優子さん(仮名)は、両親が2年前に離婚。3人の子どもをひきとった母親は、昼間はスーパー、夜はスナックと掛け持ちで働き始めた。優子さんは母親を助ける方法はないかと考え、アルバイトで家計を助けようと決めた。

 

 彼女は朝5時に起床して洗濯や掃除をし、小学生の妹と弟の朝食をつくり、2人を起こして食べさせて送り出し、片付けをして登校する。放課後、午後5時にバイト先の居酒屋に到着。7時すぎるとサラリーマンや家族連れで混み合うなか、彼女は慣れた様子でオーダーをとり、ビールのジョッキ5つを同時に運び、ときには厨房で洗い物もこなしながら、10時まで休みなく働く。

 

 一方、夕方6時すぎ、留守宅にいる小学生の妹は、台所で弟と2人分の夕食づくりにとりかかっていた。チャーハンの具材を中華鍋に入れると、強火で勢いよく炒め始める。大きく中華鍋を振り、ご飯がそのたびに宙を舞う小学生らしからぬ手つき。ネットでレシピを見つけて、もっと手の込んだものもつくれるようになった。きっかけは姉の交通事故で、そのとき「自分もできることをやってお姉ちゃんを助けよう」と思ったという。こうして困難を家族が一丸となって乗りこえようと頑張っている。決して後ろ向きではなく、家族のために働くことが喜びだと優子さんは語っている。

 

 大阪の高校3年生真央さん(仮名)は、外国語学部のある私立大学に進学し中学校の英語教師になりたいと思っている。しかし父親はすでに企業を退職し、年金は家のローンの返済などで手元に残らず、母親がコンビニのパートで働いて生活費を工面している。そこで大学の入学金と学費のために、日本学生支援機構から奨学金800万円を借りることにした。ところが2月中旬に合格発表があり、1週間以内に入学金25万円、1カ月以内に前期の授業料50万円を払わねばならず、奨学金は間に合わない。

 

 結局、親戚から借りることでなんとかなったが、その途中に事情がテレビで放映されて10件以上の資金援助の申し出があった。しかし真央さんは「世の中はオリンピックとかそんなところには目がいくのに、実際にこれからの日本を支えていく高校生が苦しい現状にあることにちょっと無関心かなって思う。だから自分はただ高校生の現状を伝えたかっただけなので、寄付とかそういうのを受けるのは違うと思う」ときっぱり断った。後輩たちのためにも社会の現状を変えてほしいとの訴えである。

 

 アメリカの高校生は、亡くなった友人たちのためにも銃規制を実現させようと全米を揺るがす大運動を起こしている。住んでいる場所も言葉も文化も違うとはいえ、日本の高校生もそうした力をかならず秘めているはずだ。ブラックバイトの追及と同時に、集団の労働のなかで鍛えられて成長する姿や、家族や仲間、先輩に対する思いやり、社会的な視野の広がりなど、高校生が働くなかで身につけつつあるそうした力を可視化することもジャーナリズムの役割ではなかろうか。

 (新潮社発行、B6判・214ページ、定価1300円+税

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