著者は一級建築士で、大手建設会社に入社した後、現場施工管理などの仕事をするかたわら、仕事の一部として建築写真の撮影を開始。退職後、写真事務所を開設して個展なども開いている。日本写真家協会などの会員でもある。
私たちが日頃目にする高層ビルや橋、鉄道、空港、トンネルなどは、完成した後の姿である。しかし、当然のことながらそれらの建築物は人目につかないところで、あるいはみんなが寝静まった夜中、たくさんの建設労働者(その1人1人に人生があり夢と現実がある)の集団の力によってつくられている。この写真集は、カメラがこうした工事現場の中に分け入って、普段目にすることはできないが、同時に社会にとってなくてはならない建設の過程を、幾多の貴重なカラー写真で紹介している。
「人類が連綿と繰り返し積み上げてきたこの“築く・建設する”という営みをなるべく俯瞰して見せて、また少々プアだが人生や世界を洞察する代用特性にならんかな、そしてできればそこに幾ばくかの愛情を盛り込みたいもんだ」「いろいろ問題はあるのであるが、人類の活動・発展を基本肯定的に捉えたいのだ」というのが著者の意図のようだ。
ページをめくるとまずあらわれるのは、高層ビルの地下部分の工事現場である。「逆打工法による大規模ビル構築の地下駆体最深部」と説明がある。逆打工法とは建物の地下をつくる工法の一つで、地上から掘っていって最下階より下の場所打ち杭を打ち込むさいに、地下の柱鉄骨を正確に建て込み、この柱を頼りに1階から下階に向かって順次構築と掘削を交互にくり返すやり方だという。
また、「推進工法による共同溝トンネルの建設」という写真もある。推進工法というのはトンネル工法の一つで、推進管(主に鉄筋コンクリート)の先端に掘進機をとりつけ、トンネルを掘り進めながら、後尾から油圧ジャッキで推進管を挿入する。その作業現場を最後尾から撮っている。
さらに、ターミナル駅のプラットホームを一夜にして拡幅する作業をしている場面。横浜駅の横須賀線ホームの発着密度が上がるのに備えてのものだが、夜9時から翌朝9時まで上り線を運休する対応がとられ、必ず一晩で終わらせなければならない工事となった。午後10時から何十人もの労働者が大型のバールのような道具で、軌道を枕木と一緒に外側に人力で移動させ、続いて電気業者によるトロリー線の処置が終わると、新しいホームの組み立て作業が始まった。
安全を確認しながらの数百人の共同作業である。
東北新幹線の頭上に上野東京ラインの高架を建設する作業の写真もある。昼間には何の作業の気配もないが、深夜になると煌煌(こうこう)と工事灯がともり、たくさんの作業員が働いている。
また、背後に東京湾が見える、目も眩むような高層ビルの最上階。カメラはそこでタワークレーンを使って作業する作業員の姿を捉えている。タワークレーンは工事用の仮設の設備で、工事が終わったら撤去される。こんな高いところからどうやって? 2基あるタワークレーンの1基が、もう1基のパーツを吊って解体し、残った1基はもっと小さなクレーンを屋上に上げて解体する。そしてこの小さなクレーンはさらに小さなクレーンによって……とくり返していき、最後には人力クラスの機材を解体してエレベーターで搬出するという。
著者の思いは「人の営みをとりたい」ということである。本書には作業工程の説明や作業者の思いを綴った文章はほとんどなく、用語解説も専門的で素人には多少難解かもしれない。しかし1ページ毎のカラー写真はそれ以上に雄弁に、人人が安心して仕事をし、生活できるよう裏方で支える建設労働者の矜持(きょうじ)を物語っている。写真はすべて本書より。
(グラフィック社発行、140ページ、定価1900円+税)