グローバルサウスのリーダーとして国際社会で指導的な役割を発揮しようとしているブラジル。そのブラジルの今を知るための入門書といえる。
ブラジルは「未来の大国」と表現される。まず、国土面積が851万平方㌔㍍(世界5位、日本の22倍以上)と広い。人口は2億1600万人(世界7位)。世界一の生産量を誇るコーヒーや大豆を中心とする農産物、原油や鉄鉱石といった鉱物資源に恵まれ、航空機を組み立てる産業もある(航空機メーカー・エンブラエルの生産額は、米ボーイング、仏エアバスに次ぐ世界3位)。国内総生産(GDP)は世界9位で、米ゴールドマン・サックスの予測では、2075年にドイツ、イギリス、日本、フランスを上回るという。
そのブラジルで2023年1月、軍事政権下で労働者のゼネストを指揮したルラが大統領に返り咲いた。24年にはG20の議長国を務め、2025年には有力新興国の集まりであるBRICSの議長国となった。
ルラは、大統領選挙の最中に「国際通貨基金(IMF)には金は返さない。もう彼らのいいなりにはならない」「米州自由貿易圏構想は経済統合ではなく、米国による併合だ。植民地には戻りたくない」と訴えた。ブラジルはポルトガルの植民地として、16世紀後半からは砂糖、17世紀初頭にはタバコ、19世紀にはコーヒーやゴムを輸出するモノカルチャー(単一経済)を押しつけられた。戦後はアメリカの傀儡である軍事政権下で国民が抑圧されてきた。こうして苦労して独立と民主主義を勝ちとってきた歴史がある。
外交政策 国連やIMFを改革
まず、ルラ政権の外交の特徴を見よう。第一の柱が、グローバルサウスが経済力を高めているのに国際機関が依然として少数の国に支配されていることから、国際社会の新秩序の構築をめざしていることだ。
まず、国連と世界銀行、IMFの改革だ。ガザやウクライナの事態に国連が機能していないことから、中東・アフリカや中南米、アジア諸国の意向を反映させ国連が影響力を発揮できるよう、国連を改革することを何度も訴えている。安全保障理事会の常任理事国による拒否権の廃止と、新たに理事国を増やすことを訴えている。候補は、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、インド、ドイツ、日本である。
また、新興国からのIMF専務理事や世銀総裁の選出を求め、新興国からのIMFへの出資比率拡大を求めている。新興国の債務問題について、借りた側の意見を聞くことを重視するよう求めている。
さらに、世界から紛争をなくすためには貧困や飢餓を解決することが必要だとして、巨大IT企業に対するデジタル課税など、国際課税の新ルールをつくることを訴えている。
G20議長国としてブラジルは、「課税逃れで億万長者への実効税率が低く、税の再分配機能が損なわれている」として、「超富裕層を対象にした公平な税金の徴収」を呼びかけた。そして、フランスの調査機関の報告を引用し、「10億㌦以上の資産を持つ超富裕層(ビリオネア)は世界に3000人おり、彼らの実質的な税負担は保有資産の0~0・5%にすぎない。彼らの保有資産に2%の最低課税を導入する国際合意が得られれば、2500億㌦(38・5兆円)の税収増につながる」としている。
独自の立場貫く 米中いずれにも偏らず
第二の柱が、米国と中国のいずれにも肩入れせず、独自の立場を貫くことだ。ブラジルと中国との関係は、2009年に中国が米国を抜いて最大の貿易相手国となり、2022年にはブラジルの輸出に占める中国の割合が26・8%となった。しかし、ブラジルは欧米と敵対関係になることを志向しておらず、米国と中国の間に立って代表的な新興国としてバランス外交をおこなっている。
ブラジルは、ロシアのウクライナ侵攻は「国際法違反」と指摘しているが、経済制裁には参加していない。また、イスラエルのガザ侵攻は「ジェノサイドだ」「ヒトラーのユダヤ人虐殺と同じだ」と批判した。これには米国とイスラエルが猛反発し撤回を求めたが、頑として譲らなかった。
第三の柱が、中南米やアフリカを中心に新興国同士の連携を重視していることだ。ルラの最初の外遊先はアルゼンチンで、米国とカナダを除く米州の33カ国が加わる「中南米カリブ海諸国共同体」の首脳会議だった。これはベネズエラの故チャベス前大統領が主導して発足させた、域内の課題を協力して解決することをめざす組織だ。
内政でも転換 民営化止め貧困支援へ
内政面では、前任の親米ボルソナロ政権が、財界と癒着し、電力をはじめインフラ企業の民営化をおこない、大規模農業事業者や外国の鉱物資源採掘企業のためにアマゾン熱帯雨林の違法伐採の取り締まりを緩和し、それによって森林の消失面積が大幅に増えたが、それらを転換した。
ブラジルでは貧富の格差の拡大が大きな社会問題になっている。ルラ政権は、民営化をストップさせ、低所得層への社会保障政策を強化した。貧困家庭向けの現金給付「ボルサファミリア」を拡充し、住宅供給計画「ミニャ・カザ、ミニャ・ビダ(私の家、私の人生)」を始めた。政府による住宅の供給と、住民が住宅を建てる場合の低金利融資などで、四年間で200万戸を整備する計画を実行している。
アマゾンについても、ルラは「アマゾンはブラジル主権の領土であるとともに、世界の肺として全人類のものでもある」と、違法な森林伐採や鉱物資源開発の取り締まりの強化、生物多様性の保護、先住民保護区の設定などをおこなっている。
以上のことは困難もともなうだろうが、今後の推移を見守りたい。G7が力を失う一方、グローバルサウスが台頭して、世界の力関係が大きく変化するなかで、内政・外交ともに注目される動きとなっている。
著者は新聞社の記者として、7年半にわたってブラジルのサンパウロに駐在し、政府要人にインタビューしたり、現地で実際に見聞きしたことをまとめている。ブラジル人は時間にルーズだが、困ったときには誰かが助けてくれ、とびきりの笑顔で励ましてくれる、そうしたおおらかで懐の深い国民性なのだそうだ。
(平凡社新書、294ページ、定価1100円+税)