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『米国を戦争に導く二人の魔女:フロノイとヌーランド』 著・成澤宗男

政権を渡り歩く戦争斡旋業者たち

 

 第二次大戦後、「世界の警察官」を自認したアメリカの衰退は、目に余るものがある。米ソ冷戦構造が崩れアメリカの一極支配が叫ばれたのも束の間、国内の荒廃、国際的な孤立が際立つようになった。そのもとで、アメリカは中国やロシアを主要な敵と見なし世界各地の戦争の元凶となっている。ウクライナ戦争ではロシア侵攻直後の停戦交渉を強引に阻み、中東ではイスラエルが停戦合意を反故にしてガザやレバノンでの虐殺に拍車をかけることを支援し続けている。

 

 このように、アメリカが「終わりのない戦争」を続ける根拠はどこにあるのか。本書は、アメリカ政府の国防・外交政策の要職を務めたミシェル・フロノイとビクトリア・ヌーランドの2人の女性の生い立ちから学業、研究、政界で果たした役割、その人脈を通して、冷戦後のアメリカの外交政策の根幹を、軍産複合体による戦争の構図のなかで浮かび上がらせることで、こうした疑問にも答えるものとなっている。

 

 フロノイはシンクタンクCNAS(新米国安全保障センター)の共同設立者で、オバマ政府の国防次官としてアフガニスタン戦争に関わったことや中国に対する強硬派として知られる。シリアのアサド政権の崩壊に向けた「軍事行動」を一貫して主張した。

 

 ヌーランドはブッシュ、オバマ政府の要職につき、NATO大使として欧州をアフガニスタン戦争に介入させようとした。また、2014年のウクライナのクーデター(マイダン革命)に直接介在し、バイデン政府の国務長官としてNATO拡大を図ってロシアとの緊張を煽り、ウクライナ戦争の原因をつくったことで名を馳せた。

 

 一般的に、フロノイはアメリカの「リベラル介入主義」、ヌーランドは「ネオコン」に属するといわれる。だが、著者はこのような所属による区分は今や、意味をなさないと見ているようだ。前者が「利権の構造」を体現し、後者が「“ライバル国家”との共存を許容しない」という固有の理念を特徴とするが、紛争地の住民の惨状に心を動かさない冷徹さで共通していると指摘する。

 

 それは、今やアメリカの外交・国防政策においては、かつてのキッシンジャーらに代表されるような「冷戦期のリアリスト」がとなえた「バランス・オブ・パワー(勢力均衡)」という考え方が退けられ、アメリカ以外のパワーはその存在すら許さないという排外的な論理で統率されるようになったことと深く関わっている。

 

 世界の一極支配のために圧倒的な軍事力を保持して各国に数百もの軍事基地を置き、いつでも戦争できる態勢を整え、敵対する国家や勢力を武力で押しつぶすことを厭わない。それは他からなんの制約も受けないアメリカだけに託された権限であり、国連や国際法などはそのために利用するがアメリカの利益に反するルールには従わなくてもよい。

 

 これが民主党、共和党、あるいはネオコン、リベラルの装いにかかわらず軍産複合体の利益のために働くアメリカの政治家が共有しあう不可侵の論理となっているのだ。

 

 また、この状況はエリートの「戦争斡旋業者」が政権から政権へと渡り歩き、その「ポスト」の合間に「名門大学」やCNAS、アメリカン・エンタープライズ研究所、外交政策イニシアチブ、戦争研究所、大西洋評議会、ブルッキングス研究所などのシンクタンクに所属するというシステムのもとで機能している。そして、これらのシンクタンクは、ノースロップ・グラマン、ロッキード・マーチン、ボーイングなどの軍需企業から巨額の献金を得る関係にある。

 

 本書から、そこに『ニューヨークタイムズ』『ワシントンポスト』などの「大物記者」が癒着する構図とともに、アメリカの主要なマスコミが常に軍産複合体の側に立って、戦争を推進するキャンペーンを担っている根拠をうかがい知ることができる。

 

 著者はフロノイやヌーランドが関わった「国防戦略」文書や、アメリカのシンクタンクの記録をもとに軍産複合体の利益に適った地政学的な議論の分析を通して、今日の硬直したアメリカ外交の根源を見据えている。そして、アメリカが「戦争を終わらせるための外交戦略」を持ちえないとの見方を示している。たとえば、ウクライナやイスラエルへの軍事支援を続けるのは軍事企業の利権が絡んでいるからだと。また、ウクライナ戦争の最大の遠因であるはずのNATOの拡大自体が「外交戦略」から生じたのかどうかも疑問だと投げかけている。

 

 そこで注目されるのが、ウクライナ戦争は「米国のネオコンの30年にわたるプログラムの集大成」であり、こうしたアメリカの外交政策の失敗の証だとする指摘だ。アメリカはロシアが屈服して必ず弱体化すると踏んで、ウクライナをロシアとの緊張地帯に変え、代理戦争を仕かけた。ヌーランドはネオコンの行動原理にそって、ウクライナのNATO加盟―黒海の軍事的制圧―ロシアの「崩壊」「解体」―ユーラシアの覇権確立を目ざした。

 

 しかし、バイデン政府はそれが達成できないばかりか、国際的にも四面楚歌に陥った。ヌーランドの辞任は、それを象徴するできごとであった。こうしたアメリカの外交政策の根本的な矛盾は、「偉大なアメリカの復活」を掲げる次期トランプ政府へのツケとして拡大し、さらなる困難を強いることだけは確かである。

 

 (緑風出版発行、四六判上製・352ページ、2800円+税)

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