日本では30年にわたって不況が続いたところにコロナ禍が襲い、加えて今の物価高で庶民の生活は立ちゆかず、その怒りが今回の総選挙結果にも反映した。この本は、1993年から2004年に高校、大学などを卒業した人々を「就職氷河期世代」と定義する。このテーマでは個別の事例を取材したルポが多いが、本書はさまざまな統計データから不況がこの世代の人生に与えた衝撃を明らかにし、セーフティネットの拡充を提言している。著者は1979年生まれ、2001年に大学を卒業した世代で、東京大学社会科学研究所教授。
「就職氷河期世代」は約2000万人といわれ、現在、30代の終わりから50代前半の年齢層になっている。バブル崩壊後の1993年卒から急激に就職内定率や求人倍率が落ち込んだ。続いて97年秋に北海道拓殖銀行や山一證券が破綻し、この金融危機のなかで就職内定率や求人倍率は過去30年で最低の水準になった。
それが氷河期世代が世に出た時期だが、不況はそれで終わらなかった。2008年のリーマン・ショック、世界同時恐慌のなかで、アルバイトや派遣社員の雇い止めが急増。続いてコロナ禍で、飲食業や観光産業などが大打撃を受けた。
著者によれば、高卒・大卒者が就職時に非正規雇用だった割合は、バブル世代ではそれぞれ8・7%、2・9%だったが、氷河期世代になると10~20%台に跳ね上がり、その後の世代では氷河期世代以上に非正規雇用が増えている。また、「753離職(就職して3年以内に中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が離職する)」という言葉があるように、離職率は年を経るごとに増加している。
このことについて著者は、景気がよくなったから元に戻るというような景気循環による変動ではなく、構造的な変化だと見ている。つまり労働者派遣法や裁量労働制の導入などの労働法の規制緩和や、より低賃金の外国人労働力の導入など、政府の政策によるものだ。
30年にわたる不況は、家族形成にどのような影響を与えているか。よくいわれるのは、団塊ジュニア世代は氷河期世代と重なっており、不安定雇用が増えたことで「第三次ベビーブームが起こらなかった」ということだ。
著者はこれに加えて、2010年代後半になって再び合計特殊出生率が低下し始めていることに注意を喚起する。氷河期世代よりももっと下の世代で、再び少子化が加速しているわけで、そこには幼稚園不足による待機児童問題や都市部のマンション価格の高騰なども問題があると著者はいう。こうした問題を政治が放置し、自己責任にしてきたからだ。
30年の不況と家族形成
さらに、氷河期世代以降、所得差が拡大しており、それも所得分布の下位層の所得がさらに下がることによって格差が広がっている。ニート(仕事を探しておらず、家事や通学もしていない無業者)や親と同居する無業者、孤立無業者など、社会との接点が乏しい人の割合が、とくに氷河期以降の世代で増えており、年齢が上がっても減っていない。彼らは親世代が高齢になり、死亡したりして経済的支援を受けられなくなると、たちまち生活が立ちゆかなくなる。
未婚者である孤立無業者のなかには、本人の病気によって働けなくなった人や、家族の介護のために仕事を辞めざるをえず、その後孤立無援になった人も含まれる。著者はこうした無業者が「100万人をこえているかもしれない」と予測している。
また、80代の親と50代のひきこもり状態の子どもからなる世帯が、社会から孤立し、経済的に困窮し、孤立死する事件も起こって「8050問題」として社会問題になっている。
こうした氷河期世代とそれ以降の世代が老後を迎えたとき、それまで貯蓄の余裕もなく、受けとれる公的年金の額も少ないなかで、生活保護に頼らざるをえない高齢者が大量に出てくる可能性がある。生活保護受給者は、現在でもその半数以上が65歳以上の高齢者だ。
そもそも日本の人口の6分の1に当たるこの世代が、その持てる力を社会に対して十分に発揮しないまま歳をとっていくこと自体が、日本社会にとって大きな損失だ。その分、消費は落ち込んで税収は減るし、福祉予算を逼迫(ひっぱく)させ、日本社会の活力を失わせる。「規制緩和」「構造改革」といって、政府がいかに次の世代にツケを回す愚策をとってきたか、である。
著者は、今の日本の税と社会保障の枠組みでは、就業はしているが所得が十分でない人に対する再分配の仕組みがほとんどなく、その枠組みは逆進的ですらある、と指摘する。高齢でもなく障がいもない場合は生活保護以外の制度がなく、非正規雇用で失業した場合には雇用保険の失業給付金も十分にもらえないことが多い。
必要なのは減税と給付、既存の枠にとらわれないセーフティネットの拡充であり、親世代のための介護サービスのさらなる拡充、そのための予算措置である。貧困大国日本の政治の貧困を改めさせるための、世論の結集と行動が必要だ。
(中公新書、182ページ、定価880円+税)