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『秘密解除 ロッキード事件』 著・奥山俊宏

 ロッキード事件とは、元首相・田中角栄が、米国の諜報機関CIAと密接な関係がある軍需企業ロッキード社から5億円の賄賂を受けとったことが発覚し、1976年7月に東京地検に逮捕された事件である。この事件は戦後日本の対米従属構造の一端を明るみに出したが、その全貌の解明には向かわず、CIAと児玉誉士夫や自民党中枢との関係も指摘されながら不問に付され、メディアは「自民党の金権体質」批判ばかり煽って、結局田中逮捕で幕引きとなった。

 

 田中逮捕は三木内閣の検察が実行したが、本書の中では逮捕直後のホワイトハウスでの、大統領補佐官スコウクロフトと駐日大使ホジソンの会話が収録されている。「当初から三木は一貫して、米国とのよい関係を保つという原則でロッキード事件に対応してきた」「彼は素晴らしい」「ロッキード事件の最悪の事態は終わった」…。

 

 この本は、ジャーナリストの著者が、2009年からワシントンで米国務省の秘密解除文書や裁判記録、米国での報道や研究を洗い直し、ロッキード事件とは何だったのかを検証したものだ。最近、岩波現代文庫に収録され、改めて注目されている。

 

秘密文書、裁判記録から

 

 ロッキード事件は1976年2月4日、米上院の多国籍企業小委員会(チャーチ小委員会)で明るみに出た。米カリフォルニア州に本社があったロッキード社が、日本に航空機を売り込むため、右翼の大物といわれた児玉誉士夫や「日本政府高官」に裏金を渡したことが暴露された。日本では翌五日に、「対日工作費は30億円」「児玉氏に21億円」などと大々的に報じられた。裏金はロッキード社の代理店・丸紅から田中に渡され、田中は「刎頸(ふんけい)の友」=政商の小佐野賢治(全日空の大株主)を介して全日空に指示を出した。

 

 世論の憤激が高まるなか、国会で証人喚問がおこなわれた。「記憶にございません」をくり返す証人の姿を、一定の年齢以上の人ならよく覚えているはずだ。同年7月には全日空社長・若狭得治、丸紅会長・檜山広、そして田中角栄が、外為法違反と贈収賄容疑で逮捕された。

 

暗躍した児玉誉士夫

 

 だが本書によれば、それより4年前の1972年8月におこなわれた田中とニクソンの日米首脳会談で、すでに事は始まっていた。その場で「日米貿易不均衡」を正すとして、日本がアメリカから約3億2000万㌦の大型機を含む民間航空機を購入すること、またこれは伏せられていたが、米軍需企業からE2早期警戒機などの兵器を大量に購入することで合意していた。

 

 そして直後の同年9月、三井物産(マクダネル・ダグラスの販売代理店)の副社長が自民党幹事長(当時)・中曽根康弘の事務所に呼び出され、「ハイレベルの米政府の圧力のため、日本の航空会社はダグラスとロッキードの航空機を分担して購入しなければならない」と伝えられた。ダグラスは日航と全日空の双方に販売攻勢をかけていたが、ロッキードに有利な結論がニクソン・田中間で出ていたわけだ。

 

 さらにロッキード疑獄が米議会で発覚し、日本政府が「あらゆるロッキード事件資料の提供を求める」という表向きの決定をした直後、中曽根からホワイトハウスに宛てて「事件を米政府がもみ消すことを希望する」とのメッセージが届いていた。中曽根はその後首相になり、「日米運命共同体」「日本列島不沈空母」をうち出した。

 

 それだけではない。チャーチ委員会でこの問題が論議されるなか、もっと重要な別の問題が暴露された。それを箇条書きにしてみると、

 

・1950年代後半にロッキードから日本の政治家に渡った賄賂の多くは、F104戦闘機の日本への売り込みに関連したものだった。それはワシントンのCIA本部に報告されていた。このときも仲介したのは「ロッキードの秘密代理人」、児玉誉士夫だった。


・1950年代後半の保守合同・自民党誕生を前後して、CIAから日本の保守政党に巨額の資金が提供された。児玉は裏でこれを操っていた。


・元首相・岸信介が再選された1958年の選挙でもCIAが資金を援助した。岸は長く児玉と関係があり、F104の購入を決めた当時の国防会議議長だった。


・ロッキードはもともと、スパイ機として有名なU2偵察機を設計・製造するなど米政府の情報機関と深い関係にあり、CIAは米政府の秘密の外交目的を達するため、ロッキードの活動に相乗りしていた可能性もある。

 

CIAと自民党の関係

 

 児玉誉士夫は、戦前は日本帝国海軍の特務機関として、上海で鉱物資源など軍事物資を調達して財を蓄え、戦後はA級戦犯として逮捕されるが岸とともに巣鴨プリズンから釈放され、GHQ協力者からG2秘密工作員、CIA協力者となり、ロッキード社秘密顧問となった人物だ。

 

 著者はまた、内部文書と関係者へのインタビューで綴った『CIA秘録』(2007年出版)の中に、「児玉は資産の一部を日本のもっとも保守的な政治家に注ぎ込み、それによってこれらの政治家を権力の座につけることを助けるアメリカの工作に貢献した」「CIAと自民党との間でおこなわれたもっとも重要なやりとりは、情報と金の交換だった。金を届ける仲介役の中にロッキード社の役員がいた」という指摘があることに注意を促している。

 

 そこには敗戦後、日本が独立したと見せかけて、天皇の上にアメリカが君臨して政治権力を握り、これに隷属する政治家たちが日本国民を苦しめてきた構図があることは明らかだ。しかし、日本政府はCIAが日本の政治に関与した疑惑を闇に葬り、アメリカではチャーチ委員会が上院から「国益に反する活動の停止」をいい渡された。その背後にヘンリー・キッシンジャーの暗躍があったことを、本書は明らかにしている。この対米従属構造が、今ではもっと深化していることは想像に難くない。

 

 著者は最後に、田中角栄が中東アラブ諸国に対して独自の資源外交をおこなったこと、また日中国交正常化のさい、「台湾の防衛についてはワシントンと台湾の問題」といって、佐藤・ニクソン共同声明の台湾条項に拘束されない姿勢を示したことに触れ、日本の国益を優先する態度としてそれを評価している。一方、麻生太郎が2023年、自民党副総裁として断交中の台湾を訪問し、「戦う覚悟です」と発言した。多大の犠牲を強いる戦争に国民を引きずり込むことを安請け合いする、売国的で愚かな姿勢が非難の的となっている。 

 

 (岩波現代文庫、424ページ、定価1500円+税)

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