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『北朝鮮拉致問題の解決:膠着を破る鍵とは何か』 和田春樹編 執筆・田中均、蓮池透、有田芳生、福澤真由美

 本書は長年来、日朝交渉推進の運動の先頭に立ってきた和田春樹(日朝国交交渉30年検証会議)と北朝鮮による拉致問題に深く関わってきた田中均(元外交官)、蓮池透(元家族会事務局長)、有田芳生(前参議院議員)、福澤真由美(民放記者)の各氏が執筆した文章をまとめたものである。北朝鮮による日本人拉致事件とそれをめぐる交渉の過程を時系列で詳細にたどるとともに、日朝交渉や拉致家族の当事者として、また拉致被害者と親交を深めてきた生々しい証言を通して、拉致問題の解決と日朝交渉が頓挫した原因を浮き彫りにし、今後のあるべき方策を提起している。

 

 かつて日本の植民地統治下にあった朝鮮は戦後、南北に分断された。1965年になって、日本と韓国の国交がようやく正常化した。しかし、その後60年近くを経た今も北朝鮮との国交は断絶したままだ。朝鮮戦争では、日本はアメリカに従って准参戦国となり、今なお敵対関係は解消されていない。13歳の中学生・横田めぐみさんを含む北朝鮮による拉致問題はそうしたいびつな戦闘状態のなかで引き起こされた。

 

平壌宣言後、日本側から交渉打切り

 

 日本とアジアの平和を実現し、このような事件を二度と引き起こさないようにするためには、なによりも相互の敵対的な関係を解消し、日朝の国交正常化に向けた交渉こそが急がれるのだ。2002年9月、小泉首相が訪朝し首脳会談で、国交正常化に向けた日朝平壌宣言を調印したことは、戦後史上画期的なことであった。これを機に、朝鮮側が日本人13人の拉致と8人の死亡を認め謝罪し、今後このようなことをおこなわないことを表明した。北朝鮮で生存しているとされた蓮池夫妻、地村夫妻、曽我ひとみの5氏が一時帰国し、紆余曲折の末、ようやくその家族も帰国することができた。しかし、その後20年余り、拉致問題の交渉はまったく行き詰まったままだ。

 

 安倍元首相は「北朝鮮による拉致被害者の救出が“わが国の最重要課題”だ」とくり返してきたが、その交渉に手を尽くした実績はない。それどころか、「必要なのは対話ではない、圧力だ」(国連総会演説)と叫び、河野太郎外相(2017年当時)が米コロンビア大学の演説で世界中の国に「北朝鮮と国交を断絶せよ」と迫ることで、日本側から日朝交渉を断ち切ったのだった。そのもとで、「北朝鮮のミサイル」に対抗するといって敵基地攻撃の準備に拍車をかけている。

 

 また、「全拉致被害者の即時一括帰国」を掲げて家族会や救う会が政府とともにおこなう国民大会は「北朝鮮の打倒」を叫ぶ者が幅をきかせ、右翼の街宣カーが支援するなかで、多くの人々が拉致被害者やその家族に心から同情の念を抱きながらも、その活動に安心して協力できないような状況をつくり出してきた。

 

 なぜ、そんな状況にいたったのか。本書から浮かび上がるのは、長年にわたる外交努力によって「平壌宣言」に行き着いた成果を、安倍政府が根こそぎ台無しにしたことであり、「北朝鮮政府を崩壊させる」ために拉致被害者とその家族をさんざん利用してきたという事実だ。その背後でアメリカのネオコンが睨みをきかせていることも。

 

利用するため介入し妨害で動いた「救う会」

 

 北朝鮮工作員による日本人拉致問題は、日朝が敵対的な関係にあった1970年代から80年代にかけて引き起こされた。工作員が日本に侵入し市民13人を拉致した。さらにヨーロッパを旅行していた日本人4人を北朝鮮に連行し帰国できないようにした。北朝鮮側は13人のうち「生存被害者」とされる5人とその家族を日本に帰した。拉致問題はこの時点で、国交正常化に向けた交渉を進展させ、その真偽を突きつめていくなかで全面的な解決に向かうはずであり、またそのようにすべきであった。

 

 だが、日朝国交樹立を快く思わない日本会議につながる「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)が「死亡したと通告した被害者は生きている。全員を即時帰国させよ」と主張しはじめた。そして、「全員生きている」ということ自体に証拠がないのだが、それがそのまま「安倍拉致三原則」(①拉致問題はわが国の最重要課題である、②拉致問題の解決なくして日朝国交正常化はない、③拉致被害者は全員生存している、被害者全員の奪還を求める)として、政府の基本方針となり今にいたっている。

 

 「救う会」は、「家族会」(「北朝鮮による拉致」被害者家族連絡会)が結成されたときから「ボランティア」として介入し、拉致問題を利用して「北朝鮮打倒」(北朝鮮政権の崩壊が拉致被害者救出の絶対必要条件)を叫んできた。家族会は当初のいきさつからそれに追従して活動してきた経緯がある。

 

 こうして、安倍三原則に疑問や異論を挟むことはメディアを含めてタブー視され、被害者の生死情報について真実に迫る発言をする者はバッシングにあい「謝罪」を求められることもあった。横田めぐみさんの遺骨や歯の鑑定・検証についても疑問点を残したままだ。

 

 2014年のストックホルム合意によって、北朝鮮側が再調査に乗り出すことになったがその翌年、安倍政府はその調査報告を受け取らず抹殺し、この合意も葬り去った。そのことは、安倍三原則がその実、拉致被害者の救出を最優先するものではなく北朝鮮への圧力のために利用するものだということをすっかり暴露するものとなった。北朝鮮側がその報告で田中実という拉致被害者が生存していることを伝えていたが、「8人死亡」という結論が変わっていないことを理由に無視し、生存者の存在情報を隠して、その救出に向かうことすらしなかったのだ。

 

 安倍政府はみずから北朝鮮との対話の糸を断ちきる一方で、国際的にも外交主権を放り出して訪朝するトランプに拉致問題を迫るように頼み込むという馬鹿げたことをやりひんしゅくを買った。

 

 こうした政府の拉致対策方針がまったく破綻していることは、今やだれの目にも明らかだ。だが、岸田首相は安倍三原則の継承をとなえて「訪朝」を口にして恥じないでいる。本書から、日本政府が拉致問題に固執するのは、被害者の救出や国交正常化のためではなく、北朝鮮への敵視政策を進めるうえで植民地支配への批判をかわすためにも、「被害国カード」を絶対に手放したくないからだということもはっきり見えてくる。

 

(岩波書店発行、B6判、234ページ、2000円+税)

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