GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック=メタ、アマゾン)など、ビッグ・テック(巨大IT企業)によるビジネスモデルの構築は、一面ではわれわれに便利さと快適さをもたらしてきた。SNSによるコミュニケーションやインターネットを介したモノやサービスの購入などがそうで、いまや社会にとって不可欠のインフラともいえる。
だが他方で、それがもたらす負の側面もしだいに明らかにされてきた。米NSA(国家安全保障局)が一般市民も含め世界中の人々の個人情報を大量・無差別に収集し監視している事実が、エドワード・スノーデンによって暴露されたのが2013年。その他、権力側からのフェイクニュースの蔓延や差別、貧困の拡大再生産などが指摘されるようになった。
この本は、デジタル経済の調査・提言をおこなってきた著者が、その問題点を多角的に明らかにするとともに、ビッグ・テックの規制強化や真に民主主義的な社会を求めて世界の市民が粘り強く行動していることを報告するものだ。それは日本の大手メディアがほとんど報道しないものであり、興味深く読んだ。
われわれが毎日グーグル検索、フェイスブックへの投稿や「いいね!」、アマゾンでのショッピング、ユーチューブの視聴をすると、その個人情報はデジタル・プラットフォーム事業者(グーグルやアマゾンなど)に瞬時に集中・分析され一人一人に異なる広告が最適な時間帯に送られてくる。これがよく問題になるターゲティング広告だ。
「無料で便利」と思っている間に、われわれは監視資本主義に誘われる。著者がいうように、そこではわれわれは「顧客」でないばかりか「利用者」ですらない。ビッグ・テックの顧客は広告主や政府機関であり、そこでわれわれは巨大なシステムにデータを提供する「素材」にすぎないのだ。
アメリカ 子どもが格好の標的に
最近では、そのターゲットが子どもたちになっている。米国では最近、「デジタル・フード・マーケティング」が問題になっているという。
ビッグ・テックとマクドナルド、コカ・コーラなどが提携し、芸能人やスポーツ選手の名前を冠したハンバーガーセットなどを売り出して大人気に。ところがそれは、特典やサービスによってスマホのアプリを使って注文するよう動機付けられており、そこから企業は膨大な子どもの購買データを集中する。次には子どものゲーマーを対象に「ゲーム中の注意力と正確さを高める新しいエナジードリンク(高果糖コーンシロップたっぷりの)」を売り込む。その結果、肥満の子どもが急増しているそうだが、子どもたちの健康を害してまでもうけようとする強欲さにぞっとする。
さらに驚いたのは、GAFAの周辺にいるデータ・ブローカーの存在だ。彼らは本人が知らない間にオンライン・オフラインのあらゆるデータを収集し、独自に開発したアルゴリズムから、個人の住所やスマホの位置情報、財産や子どもの年齢、興味関心、購買傾向、弱点などを紐付けして企業に売る。米国では、9社の大手データブローカーがほぼすべての消費者の詳細データを収集しているといわれ、その結果、住居や医療への申し込みが拒否されたり、女性がストーカー被害にあう事件が起きている。さらには米国国土安全保障省がここからデータを買って、不法入国した子どもの拘束や強制送還に利用しているというから、民主主義もなにもあったものではない。
インド 政府動かし規制法創設
こうしたビッグ・テックの力の源泉は、多額の献金によるロビー活動で政府職員や議員と癒着すること。そもそも9・11後に米国政府が「危険人物」の監視を強め、そのための技術開発に巨費を投じ、それによって創業間もないGAFAは急成長した関係だ。
いまやビッグ・テックは世界の生産・流通・消費に独占的な力を振るい、小規模生産者を駆逐し、不安定なギグワーカーを増やし、民主主義を脅かしている。だがこれに対して、世界のいたるところで市民がひるむことなく立ち向かい、隠されていたそのビジネスモデルの問題点を暴露し、政府を動かして規制する法律をつくらせている。この本を読んで、それにとても勇気づけられた。
たとえばインドでは、従来ほぼすべての農産物は地域ごとの公設市場で販売されていたが、それを規制緩和して、スーパーなど民間企業に販売できるとする新農業法をモディ政権が持ち出した。そこに深く関与していたのがフェイスブックだ。フェイスブックはインド最大の通信事業者の株を買収し、系列企業であるインド最大の小売チェーンと提携して、新農業法をテコにインドの農産物の生産・流通・小売、さらには決済や農家へのローンまで支配しようとした。だがこのたくらみを、全国で2億人以上が抗議デモやストライキに立ち上がり、モディ首相に新農業法の撤回を表明させて打ち破った。
また、Uber(ウーバー)によるタクシーやフード・デリバリーサービスのようなオンライン労働プラットフォームで働く労働者は、それぞれ独立した「個人事業主」と見なされるため、労働者としての権利が保障されず、報酬の未払いやアカウントの突然停止などが日常茶飯事。それとは別に非対面型といって、画像のラベル付けや、もっとも過酷といわれる有害画像のチェック(ネット上の何十億という画像から暴力シーンやポルノ、児童虐待をチェックし警告する)という仕事があり、それに携わる労働者は世界中に1億人以上いる。主にアジアやアフリカ、ラテンアメリカの貧困家庭の若者をだますようにして雇用しており、「デジタル植民地」として批判を浴びている。
しかし、こうして一人一人がバラバラにされ、異議申し立てをする相手も見えない状態のなかから、米国のアマゾン倉庫で働く労働者たちが初めて労働組合をたたかいとったように、仲間と国境をこえてつながり、現状を変えている。
そのなかには監視企業を監視する事業を立ち上げた女性研究者もいる。彼女はもともと金融工学を第一線で支えた人だが、リーマンショックを目の当たりにし、加担していた自分を反省して「ウォール街を占拠せよ(オキュパイ・ウォールストリート)」の運動に参加した。そして今では、ビッグデータを分析するAIのアルゴリズムそのものが「勝者と敗者をつくる数学破壊兵器」だと暴露している。一方、ブラジルでは、研究者と農業組合、タクシー組合が協力して、コロナ禍での食料の販売・配送の仕組みをつくるなど、デジタルインフラの公有化をめざしている。
本書を読むと、ビッグ・テックに対する法的規制について、日本はいかに遅れているかがわかる。このままでは彼らの草刈り場にされかねない。子どもたちをゲーム依存にさせないことはもちろん、さらに視野を広げて監視資本主義の仕組みを知り、ビッグ・テックそのものに規制をかける運動を広げなければならないと思う。
(地平社発行、四六判並製・264ページ、定価2000円+税)