いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『ネイティブス:帝国・人種・階級をめぐる黒人ラッパーの自伝的考察』 著・AKALA

 著者のAKALA(本名キングスリー・デーリー)は今注目を集めるイギリスのラッパーだが、作家、詩人、教育家、政治活動家の顔も持っている。著者は人種主義が引き起こす社会的騒乱の1980年代、カリブ系黒人の父とスコットランド系白人の母の子として生まれ、ロンドンの貧困地域の母子家庭で育った。本書では、みずからの生い立ちから肌身で体験したイギリスの白人至上主義について、またそれが長きにわたって世界を制覇したイギリスの植民地主義、それを支えた階級構造と密接にからんでいることを歯に衣着せない筆致で、学術的な文献の裏づけをもって浮かび上がらせている。

 

 本書は2018年にイギリスで出版され、すでに20万部をこえるベストセラーとなっている。昨年来のイスラエルのガザでの大量虐殺が大英帝国に代表される入植者植民地主義の帰結としての歴史認識とともに、その植民地支配とたたかってきたグローバルサウスが台頭する根拠を理解するうえでも手助けとなる一冊である。

 

 欧米での黒人差別といえば昨今、アメリカがクローズアップされる。だが本書から、イギリスで今なお、厳然とした階級社会のもとで黒人労働者階級がイギリス帝国、植民地主義のもとで形成された人種的な差別構造に縛られているという、なまなましい現実を突きつけられる。

 

黒人の子どもが見る現実

 

 黒人の子どもたちは親や親戚、友人とのコミュニティのなかで語られる社会の真実、黒人と見れば犯罪者の眼差しで詮索する警察(「疑わしきは罰せず」は黒人には適用されない)、白人の2倍も努力してその半分の地位も得られない現実、また黒人生徒に人種的劣等感を植え付け大英帝国の歴史や支配層のための「民主主義」を美しく描く学校教育の欺瞞をはっきりと知るようになる。そうして年齢を重ねるにつれて、純真な子どもの希望は根底から打ち砕かれ、絶望がそれにとって変わるのだ。

 

 著者自身は学業成績がよく理論物理学の研究を志したり、人気を集めるミュージシャンとなり黒人の「成功者」として認められる異色の存在だが、そのことによる白人至上主義の侮蔑的な眼差しから逃れられないという。また、若い頃には友人の少なからずがギャングの組織犯罪に手を染めていくなど、自分もいつ刑務所暮らしをしてもおかしくない環境にいたことを吐露している。さらにそうした現実こそが、イギリスが誇る「実力主義」や「機会の平等」はあくまでたてまえであり、実際はどの階級、人種に生まれたかが個々人の人生を左右する社会であることを雄弁にものがたっていることも。

 

 その道筋で、社会における階級と人種主義の相互の関連について考察を深めている。階級的な支配と抑圧については、政治家が貧しい人々の生活に必要な金はない(財政難)というが、戦争のためには湯水のように資金を投入することに端的にあらわれているという。国家はこのように「公的資源を誰のために使うかを決める」が、黒人が身をもって知るように警察はその国家、富裕層の財産を守るための用心棒なのだ。

 

カストロが果した役割

 

 著者はこの階級関係が人種問題を強固に規定していることを、たとえば南アフリカのアパルトヘイトを打ち破ったマンデラと、それを全面的に我が事として支援したキューバのカストロに対する一般的な白人や保守政治家の対応がまったくことなる事実を通して描いている。西側諸国はマンデラをおおいに称賛するが、それをもっとも支えたカストロについてはアメリカを先頭に憎しみの感情を抱いている。

 

 著者はそこには、南アフリカのように人種差別をなくした国を称賛するのは、それまであった階級関係を温存させている限りのことで、キューバのように実際に反人種差別に多大な貢献をしても、自国の階級関係を革命的に変化させた国は憎悪するという動かしがたい真実を見てとっている。ところで、イギリスはアメリカとともに「ファシズムとの戦い」(第二次世界大戦)を誇示したが、その数十年後まで「英米政府と資本はナチスと同じ種類のジェノサイド的な人種差別の論理に根ざした思想を持つ(南アフリカの)政権を支持してきた」のだった。

 

歴史授業で感じた矛盾

 

 著者はまた、小学生のときにイギリスの良心を代表する人物が奴隷制度を廃止したと教える教師と論争したことを想起している。歴史の授業では、イギリス帝国が「植民地で良いことをした」と教えたいがために、世界のいたるところで武力による激しい抵抗を受けた事実を抹殺してしまっているのだ。しかし、そのことはイギリスが西洋の思想、知的探求の歴史に多大な貢献をしたという白人至上主義者の思いに反して、実際には西洋思想を硬直化させ、彼らが嘆いている「西洋の衰退」を象徴しているのだという。

 

 今、イスラエルがパレスチナ人を「人間動物」といい放ちガザ地区でのジェノサイドを正当化していることが、ネイティブ(先住民)を抹殺していった欧米の植民者植民地主義に起因していることが論議になっている。白人至上主義者は人類学や優生学など「科学」を装ってまで、入植地の黒人や褐色、黄色人種を「人間未満」といってサルや虫けらのように見なし絶滅させることを正当化してきたのだ。

 

 そこから浮かび上がるのは、それをどのようにいいくるめようとも白人至上主義は本質的に反人間的な思想であり、黒人ナショナリズムと白人ナショナリズムは本質的に対等でないということだ。黒人的なアイデンティティーは白人至上主義に立ち向かうことで人間的に発露されるものであり、革命的で叛逆的である。

 

黒人文化の力の源泉

 

 著者はモハメド・アリ、マルコムX、ボブ・マーリーなどの名をあげて、20世紀の英語圏でもっとも認められた自由の象徴が、チェ・ゲバラを除いて黒人に偏っている理由はそこにあると強調する。さらに、黒人とその文化が劣っているという差別的なプロパガンダにもかかわらず、多くの白人アーティストが黒人の文化、音楽、芸術からインスピレーションを得ていること、イギリスの黒人カリブ系移民やアメリカの黒人の文化や音楽があらゆる人種、階層の魂を揺さぶり若者を結びつけるという、白人には見られない力の源泉を浮き彫りにしている。

 

 イギリスの黒人はイギリスの労働者階級の最下層に位置するが、イギリスでは労働者階級とは白人の労働者階級のことだと見なされている。それは白人の下層労働者と黒人を人種的に対立させ、同じ階級の兄弟として共同で資本に立ち向かうこと、つまり階級的な支配に目をむけてそれを転換させる方向に向かうことを恐れる者たちの分断支配の手口でもある。

 

 著者はイギリスのEU離脱(ブレグジット)のときに焦点となった移民論争が、労働者階級内部の人種対立を煽るものとなったことに注意を喚起している。本書で描かれたイギリスの黒人社会をめぐるリアルな現実は他人事ではない。日本における在日朝鮮人・韓国人が歴史的に受けてきた植民地的屈辱、さらにはベトナムやスリランカなどの外国人労働者が今直面する人種的な差別・抑圧、そこから生まれる複雑な感情と通じ合うものがある。教育や文化の分野でも、学ぶべきことが多くあるように思う。

 

(感覚社、B6判、426㌻、3300円+税)

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