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『孤独死大国:予備軍1000万人時代のリアル』 著・菅野久美子

 「国立社会保障・人口問題研究所」は4月、国勢調査をもとに2050年までの日本の家族構成についての予測を発表した。それによると、「未婚者の増加」や「出生率の低下」などによって、全世帯に占める「一人暮らし世帯」の割合は、2050年には44・3%と半数近くになるとしている。なかでも一人暮らしの65歳以上の高齢者、それも近親者がまったくいない高齢者が急増すると予想している。

 

 一方、誰にも看取られることなく、周囲の人たちの気づかぬまま、一人部屋で亡くなり、しばらくたって発見される孤独死が、日本で年間3万人をこえている。そのなかで、人が亡くなった後の部屋をリフォーム・転売する不動産業界が活況を呈している。

 

 著者は特殊清掃業者とともに、防護服と防毒マスクを身につけ、夏場は全身から滝のような汗をかきながら、孤独死の現場に向きあい、取材を続けている。著者の『超孤独死社会』(毎日新聞出版)は、以前当欄でもとりあげた。今回紹介する本は同じ著者のもう一つの著作で、コロナ禍で様変わりする孤独死の現場などを加筆して、最近文庫化されたものだ。

 

 コロナ下の真冬、東京都内の古い高層マンションで、著者は餓死の現場に立ち会った。冷暖房設備もない部屋で、高齢男性が食事や水分もまともにとらず、凍えながら餓死していた。

 

 同じく新宿の風呂なしアパートで起こった孤独死現場では、福祉関係者の「コロナ禍なので訪問を控えさせていただきます」とのメモ書きが残されていた。男性はいくつかの病を抱えていたが、親類縁者も友人もおらず、この福祉関係者が唯一の繋がりだったようだ。それが断たれ、遺体が発見されたのは数カ月後だった。

 

 コロナ禍で日本社会の抱える問題が露呈している。放置すれば、将来はもっと深刻な事態になるだろう。

 

 「孤独死」という単語が辞書に載り始めたのは、2000年代後半だという。つまりこの20年余り、顕著になった社会現象である。

 

 孤独死について、厚労省は明確に定義していないし、実態調査もおこなっていない。ただ、東京都監察医務院が孤独死を「異状死のうち、自宅で死亡した一人暮らしの死」と定義し、数をカウントしている。人が亡くなった時点で病死なら「自然死」で、「異状死」とは自殺や事故死、そもそもの死因が不明な遺体のことだ。その孤独死が、東京23区内で、1987年には男性788人、女性335人。それが約30年後の2015年には、男性4995人、女性2683人。東京23区だけで年間8000人近い人が孤独死している。先にあげた「日本で年間3万人以上」とは、この数字から推計したものだ。

 

 また、孤独死の8割を「セルフ・ネグレクト」が占めるという。どういう意味かというと、人との関係を遮断し、入浴や洗濯をしない、必要な医療やケアを拒否する、ゴミ屋敷になっている――という状態のことだそうだ。自分に大切な人がいない、あるいは生きる目的がないと、生活を維持する意欲を失い、最終的には、周囲をとりまく人間関係はおろか、自分の生活や健康にも興味を失ってしまう。

 

 神奈川県で孤独死を多数扱ってきた葬儀会社代表の次の意見には、考えさせられた。「問題はどうやって孤立を防ぐのかということだと思うんですけど、そもそも学校で人生や人間関係で得られる豊かさを学んでいない。なんで人が幸せになるのかとか、どうしたら人として豊かに生きられるのかということを教えない。ここに一番の原因があると思うんです」

 

 また、50代で孤独死した弟のことがきっかけで、LINEアプリを使った見守りサービスのNPOを立ち上げた男性の話は衝撃的だ。そのサービスは、3日に1回などと設定した間隔で安否確認のメッセージが届き、OKをタップすれば安否確認が済み、応答がなければ男性が直接電話したり、訪ねたりするものだが、登録者3600人のうちなんと8割が現役世代で、20~30代も少なくないという。そうした若い世代が、声に出して心配してくれる誰かを、リアルな人とのつながりを求めているわけだ。

 

 その背景には、非正規雇用が広がり、収入も職場も安定せず、人間関係をつくりたくてもつくれないという事情もあるようだ。大学院を中退したある青年は、金銭的に困って警備会社の日払いのバイトに応募し、単身の男性用の寮に入ったが、そこでは誰もが孤独な状態で、不摂生な生活を送ったりアルコール過剰摂取をしている若者が多く、同僚の孤独死もびっくりするほど多かったという。

 

 NPOの男性は、マグマのような若者の孤立感を感じるからこそ、「なおさらこういう問題は行政が力を入れるべきだ」と力説している。

 

コミュニティ創造するとりくみ

 

 これに対して著者は、人と人とのつながりを新たに創造しコミュニティを活性化するとりくみを追っている。

 

 東京都江東区の200世帯が入居する都営住宅では、ご近所の井戸端会議で出てくる住民の触れあいや助けあいの実態を聞きとり、それを住民同士が支えあう行動につなげている。愛知県では、リフォーム会社の社長が始めた経営の勉強会が、いまや400人の会員を抱える読書会に発展し、社会的に孤立した人たちのセーフティネットになっている。こうした努力が今、各地でおこなわれているのだろう。

 

 孤立の予防で一番大切なのは、生涯現役であること、つまり社会とかかわりを持ち、活躍し続けることであり、そこでの人間関係が社会との接点となり支えとなる――この著者の意見にうなずきつつ、同時に目の前を見ると、年金だけでは生活できないが高齢者の就職先は限られ、おまけに今の物価高に増税、もし病気になったり介護が必要となればたちまち行き詰まる現実がある。コミュニティを支える自治会長や民生委員も、70代でもみんな働いているのでなり手がいない。みんなが安心して暮らせる社会にしなければ、生涯現役は現実にならない。変えるべきは今の政治であり、そのための行動も不可欠だ。

 

 (双葉文庫、238ページ、定価700円+税)

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