コロナ禍とウクライナ戦争を機にしたサプライチェーンの分断は、食料の確保が国家主権と国民の安全を保障する重要戦略であることを浮かび上がらせることになった。日本の食料自給率は、肥料や種の輸入が停止すれば10%にも満たないという。その結果、世界の物流が断ち切られると、世界でもっとも餓死者が出る国に成り果てている。
専門家は、こうした亡国政治は、戦後アメリカの食料戦略に身を委ねた為政者が「自国の食料は自国でまかなう」という農業政策の根幹を放棄し、アメリカの余剰農産物のはけ口となって農地を削減、疲弊化させてきたことに起因すると指摘している。アメリカの食料戦略の一番の標的は日本であり、それは第二次世界大戦で日本を兵糧攻めにした政策の延長線上にあるとの見方もある。
原爆投下にも貫かれた米国による饑餓作戦
本書は、戦地へ兵隊を運ぶ日本最大の拠点として補給と兵站を担った陸軍船舶司令部(通称「暁部隊」)が置かれた広島の宇品を舞台にしたドキュメンタリーである。その展開を通して、第二次世界大戦に貫かれたアメリカの食料戦略にふれて原爆投下を正当化する言説の欺瞞をあばくものとなっている。
原爆投下の正当化や「仕方がなかった」という理由の一つに、広島が「軍事都市」だったからという説が当然のように流されてきた。確かに広島の中心部には、陸軍の第五師団があり、第二総軍司令部が置かれていた。だが、そのことは他に軍事基地や施設があった他の都市でもいえることだ。
アメリカの戦争指導者たちが議論を重ね、当初から広島を原爆投下の「軍事目標」に掲げ続けたのは、市内の中心部ではなかった。米軍の原爆投下にいたる公式資料によれば、広島には重要な「軍隊の乗船基地」「日本軍最大の輸送基地」(宇品)があることが投下地選定の理由とされていた。
そこには、日本軍の戦地への補給、とりわけ食料補給を断ち切り兵糧攻めにする作戦が明確に貫かれていたのだ。著者は「アメリカはすでに日露戦争の直後から、日本を仮想敵国とした作戦の立案に着手している。“オレンジ計画”と呼ばれるその作戦は、島国日本の海上封鎖を行って、資源を断つ“兵糧攻め”を基本とした」と指摘している。
「国土の四方を海に囲まれた日本は、平時から食料や資源の輸入を船に頼っている。戦争になれば戦地に兵隊を送り出すのも、戦場に武器や食料を届けるのも、占領地から資源を運んでくるのも、すべて船。シーレーン(海上交通路)も長い。その日本を屈服させるには、輸送船や輸送基地を攻撃することがいかに効果的であるかをアメリカは研究し尽くしていた」
事実、ルーズベルト大統領は日本との開戦を待ち望んでいたかのように、真珠湾攻撃の3時間後には51隻の潜水艦を西太平洋戦域に配備し、日本の民間輸送船は非武装であってもいっさいの警告をせずに攻撃し撃沈するよう命じる「無制限作戦」を発令した。戦争体験者は共通して、日米開戦前後から敗戦・占領期を通して、日本国民の食料難が深刻となり「コメの飯」を食べることができなくなったこと、戦地に送られた兵隊は食料補給が断たれ飢餓と病気で死んでいったことを語ってきた。
アメリカは経済制裁に続いて「飢餓作戦」と名付けた海上封鎖(潜水艦や関門海峡など日本湾岸の機雷封鎖)によって、日本本土の穀物の後方補給地とされた満州、朝鮮、台湾からの輸送船をことごとく撃沈した。南方への非武装の補給船は赤十字をつけた病院船を含めて、フィリピン沖のバシー海峡で待ち構えた米潜水艦の格好の餌食にされたのであった。
太平洋戦争で撃沈された民間の軍事徴用船は大型商船から漁船など小型船舶を含めて7200隻以上にのぼった。そして、出征した船員の2人に1人、およそ6万人が水底に沈められた。著者はその結果、まともな輸送船が徴用できなくなり、宇品でも最後はベニヤ板でつくった舟艇による特攻訓練がおこなわれるまでになっていたことを明らかにしている。
日本の敗戦がすでに決定的であった1945年8月6日、アメリカが原爆を投下したのは宇品でなく、広島の中心地だった。陸軍倉庫や軍需工場が建ち並び特攻隊基地が置かれた宇品周辺はほぼ無傷で残された。著者は次のようにのべている。
米軍の海上封鎖によって宇品の輸送機能はほとんど失われており、もはや原爆を落とすほどの価値はなかった。それでも原爆は落とさねばならなかった。莫大な国家予算を投じたプロジェクトは、必ず成功させねばならなかった。ソ連の南下を牽制するためにも一刻も早く、その威力を内外に示さねばならなかった。それは戦争を終わらせるためというよりも、核大国アメリカが大戦後に覇権を握ることを世界中に知らしめるためであった。そして、遮るものが何もないデルタの町のほぼ中心部、住宅や商店が密集し人々の営みがおこなわれていた繁華街の真上に、人類最初の原子爆弾は投下された。そこは、後に原爆の威力を分析するさい、被爆地に同心円を何重にも描くことのできる好都合な場所、一瞬にして多くの民間人を殺傷するのに最適な場所であった。
著者は「シーレーンの安全と船舶による輸送力の確保は、決して過去の話ではない。食糧からあらゆる産業を支える資源のほとんどを依然として海上輸送に依存する日本にとって、それは平時においても国家存立の基本である」とのべ、次のように続けている。
「狭窄的な軍事的視点でのみ正論を掲げ、全力を投じて闘っても、戦そのものに勝利することはできなかった。日本にとって船舶の重要性と脆弱性は、いくら強調してもし過ぎることのない永遠の課題である。その危うい現実を顧みることなく、国家の針路のかじ取りを誤るようなことは二度とあってはならない」と。
(講談社、B6版・394㌻、1900円+税)