2001年の9・11ニューヨーク・テロ事件の翌月、アメリカは「テロの実行犯・アル=カーイダを殲滅し、彼らをかくまうタリバン政権を打倒し、この国を民主主義国家に造り替える」といってアフガニスタンへの空爆を開始した。それはアメリカ史上もっとも長い戦争となり、のべ77万5000人の米兵が投入され(そのうち2400人が死亡)、2兆㌦とも8兆㌦ともいわれる軍事費や経済援助費が注ぎ込まれたあげく、昨年、米軍はアフガニスタンから叩き出され、タリバンが政権に復帰した。
20年以上ものあいだ、米大統領や政府高官、軍首脳は「われわれは勝利した」「タリバンを一掃した」とくり返したが、そこには真実を国民の目から隠蔽するための「暗黙の陰謀」があった。そして戦争が終わっても、ベトナム戦争時のフルブライト公聴会のような政府の責任を追及する動きはない。民主党・共和党双方の非常に多くの政治家が深く加担してきたからだ。
この本は、『ワシントン・ポスト』のベテラン記者が、アフガン戦争にかかわった米政府高官や外交官、米軍首脳や個々の兵士、NATOやアフガニスタン当局者など数千人へのインタビューなどから明らかになった新事実をもとに、米国政府がどのように国民に嘘をつき続けてきたか、アメリカはどのようにして必然的な敗北に至ったかを明らかにしている。それは、ベトナム戦争での米国政府のウソを暴露した『ペンタゴン・ペーパーズ』を想起させる。
米国は最初からしくじった 戦争目的は二転三転
政府の高官たちによれば、この戦争でアメリカは最初からしくじっていた。というのも、この戦争の目的と戦略はなにか、いつ、どのように戦争を終結させるかについて、誰もわかっていなかったからだ。「アル=カーイダを排除する」といっていたのが、いつの間にか「タリバンを終わらせる」に変わった。「民主主義国家にする」に至っては、何世代もの時間を必要とする「夢物語」と彼ら自身が思っていた。
戦争が始まった当初、米国高官はアフガニスタンの歴史や部族の複雑な力関係、民族的・宗教的対立などについて基本的な理解さえなかった――という事実に驚かされる。単純に国を良い者と悪者の二つに分け、CIAは現金を餌に、タリバンと喜んでたたかう者なら戦争犯罪者、麻薬密売人、密輸業者、元共産主義者であろうと採用していったという。彼らは人を殺すことはできても「新たな国造り」の担い手になれるはずもなかった。
現場では、米軍兵士たちが敵と味方を区別できないことがしばしばだった。タリバンは地元の民間人と同じ帽子とだぶだぶのズボンを身につけ、地域に溶け込んでいたし、敵対勢力の挑発と見なしたものが昔からある部族間の争いだったりした。
タリバンを打倒した後、アメリカは7万人のアフガニスタン人からなる国軍を創設しようとした。だが、新兵の9割は読み書きができず、数も数えられなかったため、米軍によるパワーポイントの説明は無意味だった。また給料が安いため、故郷に帰ってもうかるアヘンの栽培をしようと脱走するものが絶えなかった。アメリカは、部族や軍閥によって国が分裂し、強力な中央政府を持った経験のないアフガン人に、大統領制と立憲民主主義という米国製制度を押しつけようとしたが、そこには後進国蔑視の傲慢さが貫いていた。
アフガニスタンの現状は、数十年間の絶え間ない戦争と生産活動の破壊、飢餓と貧困の蔓延がもたらしたものにほかならない。だから中村哲医師がやったように、灌漑用水路の建設と農業の振興から始めて、アフガン人自身の手による独立国家の建設を援助するしかないが、アメリカはそれを理解しようともしなかった。
ブッシュ、オバマの犯罪 「泥棒政治」支え続ける
ブッシュ・オバマ両政権の犯罪は、タリバンの攻勢を恐れてアフガニスタン全土を空爆し、大量の民間人を虐殺したことと、アフガニスタンの傀儡(かいらい)政権に巨額の経済援助をおこない、国家予算横領・賄賂の強要・麻薬密売に明け暮れる「泥棒政治」を支え続けたことだ。それは必然的にアフガン人のタリバン支持を強めた。その過程が克明に描かれている。
そもそもアフガニスタンの軍閥と米国政府の依存関係は、1979年のソ連のアフガン侵攻から始まる。CIAがソ連に対抗するムジャヒディーンの司令官に武器や資金を送り、それでソ連を撤退に追い込んだが、同時にアフガニスタン国家は崩壊し、内戦に突入した。ムジャヒディーンの司令官が軍閥となって各地域を支配し、殺人、レイプ、略奪をくり返したのだ。この軍閥を追い出して新たな政府をつくったのがタリバンだったが、アメリカは「敵の敵は味方」との考え方にもとづいて、軍閥の忠誠心をカネで買った。
この軍閥指導者がよせ集められカルザイ傀儡政権のもとで政府の要職に就いたのだから「人権」とか「法の支配」と真逆の事態になるのも必然で、税金横領などの汚職がエスカレートした。アメリカは現地に学校や病院、道路やサッカー場をつくるための巨額の援助をおこない、「感謝した住民がアフガン政府を支持し、タリバンから離反するだろう」と予測した。だが、アフガン人には設備を維持する技術的知識も人材もなく、湯水のごとく注がれたカネは軍閥指導者の懐を肥やしただけだった。彼らは貧しい国民を尻目に「ケシ御殿」と呼ばれる豪邸を建て、ドバイで豪華な別荘を購入した。
軍閥の一人、ドゥーストム配下の司令官たちは、捕らえた約2000人のタリバンの捕虜を、密閉させた輸送用コンテナに押し込んで窒息死させた。これは隠されていたが、人権擁護団体が集団墓地の埋葬跡を発見してアフガン・米国政府に戦争犯罪調査を要求した。だが、ブッシュ政府はもみ消した。
オバマ政府は2009年、戦争を始めた年には2500人だった駐留米軍兵士を、10万人にまで増やした。この時点ではアル=カーイダはもういなかった。それでもアメリカは戦争をやめなかった。
アメリカの空爆によって無実の民間人が死傷する事件が増えていった。米軍機が結婚披露宴を爆撃して47人が死亡し、そのほとんどが子どもと女性で、花嫁も含まれていたというニュースは記憶に新しい。だが、米軍当局はこれを「自己防衛のため」と正当化した。民家に押し入る夜間襲撃を何百回とくり返し、間違った標的を殺害する事件も跡を絶たなかった。
いかに近代兵器に武装されていようと、こうしたアメリカと傀儡政権がアフガニスタンを長く支配できるわけがなく、立ち上がったタリバンとアフガン人のたたかいによって傀儡政権が崩壊し米軍が叩き出されたのも必然的だといえる。
本書は、アメリカ史上最長となった戦争について批判的検証をおこない、そこから未来への教訓を引き出そうとしている。問題は同じ時期、アメリカにいわれるままにテロ特措法をつくり「給油支援」といって自衛艦をインド洋に派遣し、約7800億円のアフガン復興支援もおこなってこの戦争犯罪に加担した日本で、政府やメディアがなんの検証もしないままやりすごしていることだ。
(岩波書店発行、A5判並製・404ページ、定価3600円+税)