アメリカでは今、アマゾンやアップル、スターバックスなどで労働組合結成のラッシュが起こり、新たなストライキのうねりが全米を揺るがしている。また、GMなどの自動車産業や鉄道労働者が10~30年ぶりにストライキを決行、あるいは計画している。長年の労働運動の停滞を乗りこえるこの現象はヨーロッパや韓国・台湾などでも共通してみられるものだ。それはまた、その規模は小さいとはいえ日本においても確実に台頭しつつある。こうした局面がなぜ生まれているのか、それは歴史的になにを意味するのか。
労働相談に関わってきた社会学者・今野晴貴氏(NPO法人・POSSE代表理事)の著書『ストライキ2・0』(集英社新書、2020年)は、こうした問題意識にこたえる内容となっている。
著者は国境をこえて広がる「新しいストライキ」が20世紀のストライキが持つ限界性――たとえば鉄道労働者がストをおこなえば「迷惑だ」と非難される――を乗りこえて発展していることに注目している。その一つの特徴は、賃金闘争の課題にとどまらず社会的課題を掲げ「社会正義のための団体交渉」が定着しつつあることだ。
米国・教師らの運動 子どもの貧困の是正求める
アメリカでは2018年を期して、ストライキへの新たな高揚が始まった。著者はそのなかで保護者や生徒たちの熱い支持を背景に勝利している教師たちのたたかいに注目している。そこでは、教師みずからの待遇だけではなくホームレス状態の生徒への支援や公共住宅の新設、生徒の移民取り締りからの保護など、子どもの貧困や教育の質を問題にし、経済格差や富の集中の是正をも要求するようになっている。
そうしたストライキの社会性は、その組織の仕方にもあらわれている。ストライキの期間中、保護者が出勤して子どもの面倒を見ることができない家庭や、学校給食に食事を頼っている子どもたちのために、教員たちは地域のボランティアと協力して生徒を預かり食事を提供する。そのような地域社会の支持を基盤に、ストライキの基金をクラウドファンディングで募り多額の支援を集めている。
もう一つの特徴は労働運動の階層化(下層化)である。新しいストライキの波を起こしている労働者の90%以上が医療、介護、保育などのケア産業のエッセンシャルワーカーだ。さらに、アマゾンやウーバー、フード・デリバリーなどスマホアプリでロボットのように扱われるギグワーカーやサービス産業の労働者の横の連帯が強まり、経営側との独自の交渉のやり方を編み出すようになっている。
その主体となっているのは、これまで正規雇用の正社員を中心にした大手労働組合が排斥してきた移民労働者、パートタイムの女性たちである。既存の労働組合には組織されないこうした下層の労働者たちの社会性を帯びた運動が勢いを増し新たな労組の結成が続くなかで、大手労働組合が人種やジェンダー差別を課題に掲げ、非正規労働者の要求を掲げざるをえないような状況も生まれている。
本書では、アメリカに見られる新しいストライキの特質はヨーロッパでも、韓国や台湾などでも共通してあらわれていることも紹介しているが、なによりも日本における現実のたたかいのなかでくわしくとりあげている。
日本の新しい動き 企業組合の枠こえ横に連帯
それは近年、社会的に注目された散発的なストライキ、自販機大手ジャパンビバレッジ、東京メトロ売店や佐野SAのパートタイム労働者、すき家のワンオペ反対のストライキから、介護老人福祉施設や図書館司書や私学校教員ストのストライキに及んでいる。そこから、日本においても、労働者のストライキがこれまでの交通系労働者からサービス業や流通業に移っていることが見えてくる。また、私学の教員や保育士たちのストや頻発する「一斉退職」が、次世代を育成する教育や保育の質や環境の劣悪さを社会に訴え、運輸業の争議もドライバー不足が運輸を脅かしていることに焦点を当てることで、世論の支持や注目を集めるようになっている。
著者はとくにアジアでの新しいストライキの特徴として、日本特有の終身雇用制に規定された企業別組合(個別の企業内での交渉)の枠をこえて、職業的な性格を持つ横の連帯(産別化)に移っていることをあげている。また非正規雇用や雇われ店長など「周辺的正社員」「偽装自営業」などの労働者、多くの女性や高齢労働者が共通して立ち上がるという「階層的」な性格を持つことで、これまでのような「労働貴族の特権」を守っているとは見られず広範な支持と共感を広げていることに注目している。
著者はこのような21世紀型ともいえる労働者の新しいストライキを、19世紀以来の労働運動の歴史、とくに経済構造の大きな変化のなかでとらえ、「20世紀の労働運動は“特殊な一時代”の“特殊な労働運動”にすぎなかったのではないか」と投げかけている。
ストライキは、政府や経営側との関係で抑圧された労働者が労働条件の向上をめざす交渉を有利に進めるために、社会的な生産を一手に担う労働力の販売を集団的・意識的にコントロールすることだ。ストライキは、社会を支え発展させている原動力は労働者であり、社会の行き詰まりを打開する真の主人公であることを共有し合う武器でもある。
19世紀の労働者のストライキは労働者がみずからの労働の質に責任を持ち、企業が利潤追求のために労働に直接に介入することを拒否することと、賃金要求とを結び付けてたたかわれた。だが20世紀に入って、チャップリンが『モダンタイムス』で鋭く諷刺したように、機械化・オートメ化によって仕事が細分化され、労働者はみずからの頭で考えるのではなく、機械の一部としてマニュアル通りにこなすことが求められるようになった。
著者はそこから、労働組合が企業の生産性の向上に協力し、(正社員)労働者の賃金を守るという企業奉仕型の運動が支配的となっていったと見ている。それが「過労死・非正規雇用の増加」によって支えられ、ブラック企業を蔓延させてきたことは今になっては、だれも否定できない。
21世紀に入って、地球規模の環境破壊や情報技術が進展するなかでIT関連の新しい労働が登場し、労働者のロボット化、労働疎外が心身を阻み、少子化を含めて労働力の生産を破壊するまでになっている。本書はそのもとで今や、長期にわたって労働組合が経営側に丸投げしてきた労働者の仕事の質と自律性を労働者の側にとりもどす歴史的な局面を迎えていることを浮かび上がらせている。
(集英社新書、256ページ、946円税込)