アジア太平洋資料センター(PARC)が制作した映像作品『プラットフォームビジネス―「自由な働き方」の罠』が完成した。フードデリバリー・サービス「ウーバーイーツ」の配達員に取材した作品で、IT企業の提供するアプリを介して単発で仕事を請け負う、新しいタイプの労働の抱える問題点をとりあげ問題提起したものだ。この映画の完成記念上映会が5月27日、東京都杉並区高円寺の会場でオンラインとあわせておこなわれた。映画上映後、監督の土屋トカチ氏、ウーバーイーツユニオンの代表やそこで働く若者、中年男性、プラットフォームビジネスに詳しい川上資人弁護士らが、参加者の質問に答えつつ論議をかわした。
GAFAはじめグローバルIT企業が提供する、パソコンやスマホのアプリを利用するプラットフォームビジネスは、コロナ禍で大きく成長している。この映画が映し出すウーバーイーツに代表されるフードデリバリー・サービスも、このプラットフォームビジネスの一つで、飲食店とそれを必要とする顧客をアプリを使って仲介するもの。そこでは、配達員はスマホひとつで「好きな時間に、自由に働ける」と謳われている。だが、実態はどうか?
この映画では、監督が実際にウーバーイーツの配達員をやりつつ、他の配達員にも取材して、その実態に迫っていく。
ウーバーイーツ(米国)は、スマホで注文すれば15分程度で注文した料理が届くサービスだ。世界30カ国以上に展開し、日本では全国四七都道府県でサービスをおこない、契約店舗は13万店をこえた。
そこで配達員として働いている人は、全国で約10万人にのぼる。配達員はウーバーイーツに直接雇用されず、個人事業主として扱われる。こうした形態で働く人をギグワーカーと呼び、それは一回の仕事が単発で細切れであり、生活が不安定なことが特徴だ。
まず、配達員になるためには、スマホ、バッグ(5000円程度)、自転車か原付バイクを自分で準備しなければならない。登録した後、スマホで注文を受けると、飲食店で料理を受けとり、バッグに詰め、自転車で料理をお客に届ける。これをくり返し、週払いで銀行口座に報酬が入る。
報酬は、配送料とインセンティブ(注文の多い時間帯や地域に適用される特別報酬など)からウーバー側に入る手数料10%を引いたものだが、金額を決めるのはAIのアルゴリズムだ。その基準は明らかでなく、交渉もできない。2021年5月には報酬がなんの説明もなく突然3割も減らされ、多くの配達員が理不尽さに憤ったという。
確かに面接もなく、出勤・退勤の管理もなく、わずらわしい上司もいない。だが、配達員の男性はある雨の日、車で後から追突されて骨折した。6日間の入院をよぎなくされたあげく、後遺症が今も続くが、なんの補償もない。というのも、配達員は個人事業主扱いなので、労働基準法で定められた時間外・休日・深夜労働手当も、最低賃金の保証もないし、事故にあっても労災保険は適用されず自己責任になるからだ。
別の配達員の男性は、同じく雨の日の配達中に転倒した。幸い人身事故にも物損事故にもならない独り相撲だったが、それをウーバー側に報告すると、「今後おなじようなことが再度あれば、あなたのアカウントを永久停止する可能性がある」というメールが来たという。他にも配達員自身が車にはねられて死亡する事故も起きているというが、ウーバー側はどう対応したのだろうか。
そのほか、注文を受けるさい、スマホのアプリにタップする制限時間が30秒というきまりもある。これも当初60秒だったのが、30秒、15秒となり、また30秒となるなど配達員が関与できないところで決まっていることが多いそうだ。
こうして見てくると、ウーバー側が配達員との雇用契約を拒否していることから配達員が無権利状態に置かれ、ウーバー側が好き放題に振る舞えることが明らかになる。同様の問題が世界各国で起こっており、世界各国でプラットフォームビジネスに対して労働者の権利を認めさせる運動が広がっていることを、映画は最後に伝えている。
情報共有し皆で考える ゲストトーク
その後、ゲストトークに移った。どうやって今の無権利状態を解決するのか? をめぐって、会場をまじえ真剣な議論がかわされた。
配達員のなかでは、一方で「配達員を始めたきっかけは、職場でパワハラを受けて適応障害になったことだ。フルタイムで働ける状態ではないので、隙間時間で働けるウーバーイーツの働き方は最適だった」とか、「その日、気が向いたら働きたいという気楽さが好きという人は多い」という意見がある。
他方、元個人商店主の男性は「妻も子どももいるので、目の前の金を稼ぐことがすべて。今年50歳になるが、思考停止するほど疲れている。脱却したいなと思いながらここまできている。毎日、午前9時から夜10時まで配達している」とのべた。
副業的に働いている人と、本業として家族のために働いている人がおり、労基法の適用を求めて雇用関係を認めさせたとき、今度は業務命令で締め上げられるし、労災適用になれば今の報酬が減ることを恐れている人も少なくないようだ。ウーバーイーツユニオンの男性は、「この働き方では配達員が情報共有する場がない。フリーランスもそうだが、なにか意図的に分断されているような気がしてならない。だからユニオンをつくったのも、まずみんなで自分事として考える場をつくろうと思ったからだ」とのべた。
川上弁護士によれば、「スペインではウーバーイーツについて、国会がフード・デリバリー企業と配達員は雇用関係にあるという法律をつくった。そしたらウーバーイーツは配達員に直接仕事を出すことをやめ、中間に法人事業者を介在させ、そこに配達業務を委託し始めた。今、東京でも福岡でもウーバーイーツはこのやり方を始めている」という。
ユニオンの男性は、「結婚し子どもをつくり、文化も技術も継承して循環していくことが普通に生きるということだと思う。フードデリバリーの配達員だから、フリーランスだからそれを保証しなくていいというのはおおいに疑問だ。この問題はみんなに考えてほしいし、とくに若い人に考えてほしい」と訴えた。
ウーバーイーツの配達員が無権利な不安定雇用を押しつけられる一方、正規雇用で働く人も過労自殺が頻発するような長時間労働を強いられており、個人商店主は大型店による淘汰に直面している。一握りの強者のために、人間の尊厳という当たり前のことがないがしろにされるこの社会のあり方に目を向ける必要性があると、ゲストは強調した。
なお、PARCはDVDの発売やオンラインでのストリーミング視聴をおこなっている。DVDはカラー・35分で4500円+税。問い合わせは☎03-5209-3455まで。