連日、各新聞やテレビが「ロシアへの経済制裁強化を」「戦争犯罪でプーチンを処罰せよ」との大合唱をやっていることに、戦前の「大本営発表」を思い出してうんざりしている人も少なくない。
この経済制裁とは、太平洋戦争開戦前の日本に対する石油禁輸ABCD包囲網を見てもわかるように、「別の手段による戦争」と呼ばれる。つまり停戦・平和でなく戦争継続のメッセージに他ならない。戦後、これを頻繁に発動してきたのがアメリカだ。とくにそのやり方は、自国でつくった国内法を「国外適用」して他国を縛り、アメリカの戦争に世界を引きずり込むというものだ。国際ジャーナリストの著者が、経済制裁の多用は世界になにをもたらしたのかをまとめている。
米国内法を欧州諸国に強制 対立が外交問題に
本書では、古代ギリシャ時代のペロポネソス戦争(紀元前5世紀)以来の経済制裁の歴史をたどっている。ここでは第二次大戦後に注目したい。
冷戦中のアメリカの経済制裁の柱は、対共産圏輸出統制委員会(ココム)だった。それはソ連の軍事力強化に直結する戦略物資の輸出を禁止するものだったが、その対応をめぐってソ連とのビジネス拡大を狙う欧州諸国と、ソ連封じ込めを狙うアメリカとが対立した。
この対立が外交問題に発展したのが、1982年のシベリア・パイプライン事件だ。ソ連は天然ガスの対欧州輸出拡大を狙ったが、レーガン米大統領はソ連のアフガニスタン侵攻を理由に、石油やガス関連技術の対ソ輸出禁止を決定。米政府は、米国の輸出管理法のなかに米国製の機器や技術を第三国からソ連に輸出することを禁止した規定があることを盾に、欧州諸国がソ連にパイプライン関連機器を輸出することをストップさせようとした。
ところが欧州側は「米国の対ソ制裁は米法の国外適用であり国際法違反である」として受け入れられないと通告。レーガン政権は結局、対ソ貿易の管理強化を条件に輸出禁止措置を撤回した。
1990年代の対キューバ制裁でも、アメリカの「キューバ民主主義法」が、カナダや欧州など外国にある米企業の子会社がキューバと商取引をした場合に罰則を科すと定めた。このときも欧州共同体は国際法の原則に反すると抗議し、英国やカナダはそれぞれの企業にアメリカの制裁に従わないよう命じた。国連総会は、アメリカに国外適用の発動を控えるよう要請する決議を採択した。
1990年のイラクのクウェート侵攻のさいには、アメリカは国連安保理で対イラク制裁決議を採択させ、武器・貿易禁輸、金融取引禁止、資産凍結を科した。しかし経済制裁はフセイン政権への打撃にはならず、食料や医薬品の輸入が止まって一般国民の生活を疲弊させただけで、結局イラク戦争に道を開いた失敗例となった。
禁輸の失敗から金融制裁へ ドル一強を盾に
こうした失敗の反省から、アメリカは9・11テロ以降、それまでのモノを止める貿易制裁ではなく、ドル決済やアメリカの金融システムの使用を禁じる金融制裁に転換する。「テロとのたたかい」と称して米財務省が、反米的な組織や企業を「特別指定」(SDN)リストというブラックリストに掲載し、彼らをアメリカの金融システムから締め出し世界から孤立させるというものだ。
というのも、現在世界の貿易決済や国際投資の多くはドル建てでおこなわれている。ドル決済は一般に、ニューヨーク連邦準備銀行に各銀行が持つドル口座でおこなっている。そしてニューヨーク連銀にはアメリカの管轄権が及び、米国法の遵守義務が発生するし、違反すれば多額の制裁金を科され、最悪の場合、銀行業務の免許剥奪となる。
つまり、アメリカの独断で決められる制裁であり、国際社会の説得が不要でありながら、アメリカの号令に背くことは難しく、多くの国家の参加を強制して国際制裁に発展させることができる特徴を持つ。それ以降、この金融制裁がアメリカの対外政策の主要な道具になった。今、ロシアの銀行を排除しているSWIFT(国際銀行間通信協会)にしても、従来の中立性堅持や顧客の秘密厳守の義務をアメリカが問題にし、「金融制裁に従わなければSWIFT自体を制裁する」という脅しによって変質させてきた経過があるという。だが、こうした国連や国際協調などクソ食らえの態度が、多くの国の反発を招くのも必然だ。
和平や安定化の実績なし 9・11後25カ国に発動
本書では、こうしたアメリカの経済制裁の結果について詳しく論じている。
まず、経済制裁は効果をあげていない。9・11以降、アメリカは25カ国に経済制裁を科したが、それによって平和や安定が実現した国はなく、イラクやリビアは経済制裁に次ぐ戦争と政権転覆、内戦激化という泥沼化をたどり、その他の国でも難民流出や人道危機をひき起こした。
また、経済制裁は一般庶民を苦しめる。2015年の核合意前までの対イラン制裁は、インフレの激化、日用品や燃料価格の高騰、失業率の上昇、医薬品の不足などをもたらし、現在のアフガニスタンへの制裁は深刻な飢餓状態をもたらしている。
しかも経済制裁による罰金は世界平和のために使われず、アメリカが独り占めしている。著者は2014年、欧州最大の銀行である仏BNPパリバのスーダン、キューバ、イランに対するドル送金業務が米制裁法違反に認定され、約90億㌦(約9500億円)の制裁金支払いを求められた事件について報告している。この罰金は米連邦政府やニューヨーク州政府が山分けし、選挙を控えていたニューヨーク州知事クオモ(当時)が公共投資を増やして有権者買収のために使った。
そして、アメリカの経済制裁はドル離れをひき起こしている。というのも、ドルは使い勝手がよく、世界中の国が貿易決済や準備資産として使っているという強みがあったが、金融制裁をやりすぎた結果、ドルで貿易や投資ができない国が次々に増えてしまったからだ。
各国の金融機関はドル決済を回避する動きを始めている。イギリス、フランス、ドイツがドルを使わずにイランと貿易をおこなうために発足させた貿易取引支援機関(INSTEX)がそれだ。また、中国が人民元での貿易決済や投資、資産の国境をこえる移動をおこなうために国際銀行間決済システム(CIPS)をつくったことも注目されている。
著者は、ドル基軸通貨体制を支えてきた米軍の地球規模の展開が終わりを迎えたこととあわせ、「欧州や中国、ロシアは金融制裁乱発の事態を好機ととらえて、ドルに代わる決済システムを構築しドル覇権体制を損なう戦略的な狙いを持って動いているように見える」と締めくくっている。こう書いたのは、米軍のアフガニスタン撤退やウクライナ危機が起こる前の2020年2月である。
(岩波新書、236ページ、定価840円+税)