オリバー・ストーン監督のドキュメンタリー映画『ウクライナ・オン・ファイヤー』(2016年制作、日本語字幕付き・1時間32分)が、YouTubeなどにアップされている。古くから東西対立の要衝となってきたウクライナの歴史を踏まえ、2014年のウクライナ危機、「マイダン革命」から「クリミア併合」の真相に迫るもので、今日の大がかりな世論操作で隠されたウクライナ情勢を冷静に見据え平和への道筋を探るうえで、必見の映画だといえる。
つくられたウクライナ危機
欧米メディアは「マイダン革命」について、当時のウクライナ大統領ヤヌコヴィッチがロシアの支援を受けて首都キエフのマイダン広場で民主化を求める市民を虐殺したことによって引き起こされたというキャンペーンを大々的に展開した。ストーン監督はその余韻が冷めやらぬなか、当事者のヤヌコヴィッチやウクライナの元内務大臣、さらにはプーチンに直接インタビューし、当時の映像や公的資料をもとにCNNなどの作為的なニュース解説と対比させる形で検証している。
そこで浮かび上がってくるのは、ヤヌコヴィッチが民主化を求める市民によって追放されプーチンに庇護されたという宣伝が、アメリカ軍産複合体の利益を遂行するネオコン(新保守主義者)によって計画的に仕組まれたものであり、実際は彼らがウクライナのネオナチ民族主義者をたきつけたクーデターであったという事実である。さらに当時のウクライナ政府を窮地に立たせるために大きな役割を果たしたのがIMF(国際通貨基金)による財政面から窮乏を迫る仕打ちであった。
キエフでの騒乱をとらえた映像は、大きな火炎のなかで鉄パイプを振るう一部の暴徒とその背後で銃撃音が響き渡るものだ。西側はこれを警察の暴虐に抵抗する市民を銃撃し虐殺したものだと宣伝した。だが、そこで実際にやられたことは「人権」を求める市民のデモに丸腰で対応した警察官多数を、武装したプロ集団や隠れたスナイパーが殺害し政府庁舎を占拠し、逃避する大統領の車列を銃撃して暗殺をはかったことであった。
これを実行しその後の政府中枢に入り込んだのが、ネオナチ民族主義者と呼ばれる一派(第二次世界大戦でドイツ自治領となったウクライナ西部に巣くったナチスの末裔)である。映画は、戦後すぐにCIAが彼らを匿い結託し、ニュルンベルク裁判でも免罪し、ソ連との冷戦下で利用してきたが、ソ連崩壊後はその関係を公然化させたことをなまなましい事実で描いている。
マイダン広場での反政府集会にバイアット・駐ウクライナ大使、ヌーランド国務次官らアメリカ政府の高官が参加し、上院議員のマケインが激励の演説をするという外交上およそ信じられない光景も記録されている。その背後に今の大統領バイデンがいたことも。
2004年の「オレンジ革命」もそうだが、ネオコンはCIAの権威が失墜するなかで、別のやり方で周到に政府転覆を計画し、そのシナリオ通りに実行してきた。そのやり方は他国での「カラー革命」でも同じであった。映画はネオコンが反政府活動家を訓練し、インターネットを駆使し、ジャーナリストを動員して世論操作し熱狂を煽る手法を具体的な事実であぶり出している。
ペレストロイカ(改革)で一握りの腐敗したオリガルヒ(新興財閥)が生まれ、大多数の人々の不満が高まるなかで、「自由・民主・人権」を名目にデモを呼びかける。「カラー革命」に共通したロゴマークを作り、音楽を鳴らし同じことを叫ばせ熱狂させ、政府権力への憎悪を煽る。その先頭でアメリカ仕込みの黒マスクの集団が警官と衝突し、負傷者を出すことでさらに市民の憤激を高め、武器を提供していくというやり方だ。
欧米のマスコミはこうして生み出される騒乱を「独裁者の残虐な弾圧」が原因だと世界中にセンセーショナルに報道し、ロシアに反対しないものは人間ではないかのように煽って自由な言論を封じていく。そこでは「白か黒」かの二者択一を迫り、「グレー」をとなえるものは「黒」として糾弾の対象にされるのだ。
犠牲者を生み騒乱作り出す
映画はこうした「民主化運動」がおよそ市民の側に立ったものではないことを、集会やデモで多くの犠牲者を意図的に生み出す作戦をとりあげて暴露している。政府を批判していた女性ジャーナリストが警官に殴打されて腫れ上がったと主張する顔写真は根拠不明だが、市民の憤激を高めるうえで十分であった。さらには、活動家を生け贄として裏で抹殺して「英雄」としてまつりあげるという残忍なことも平然とやってのけるのである。このような運動を資金の面で支えるのが、ヘッジファンドのジョージ・ソロスらのNGOである。映画ではソロスも登場し、ウクライナにはソ連から独立する前から民主主義のための基金を設立していたことを自慢げに語っていた。
こうした暴虐無人な統治をウクライナ国民が許すはずがない。映画から、そのことがウクライナ政府の妨害を押し切って実施されたクリミアの住民投票で、98%の得票を得てウクライナからの離脱を決めたことに端的に示されたことがわかる。クリミア住民が心底喜び合う場面は、「ロシアの監視による不正選挙」だと中傷する欧米メディアを辱めるものである。
ウクライナ政府に反対して独立を求める運動が東部のドンバス地方で高まるなかで、それに接する南部オデッサの「反マイダン」を掲げる市民運動が高揚した。その集会をキエフで活動するネオナチ活動家がわざわざ押しかけて襲撃し、市民が退避した建物を火焔瓶で焼き討ちし逃げられないように閉じ込めることまでやってのけた。これによる焼死者は30人にも及ぶ。欧米メディアはこの事件をも「快挙」の一環として報じた。
オリバー・ストーンは映画のなかで、こうしたウクライナの事態はまさに戦争であり、しかも核戦争の危機を引き寄せるものだと、今日の状況を見据えたように警告している。ウクライナの停戦と平和を実現するうえで、現状に至った経緯を周知させウクライナの民衆の真の願いに心を馳せることが不可欠だ。映画はそのことを厳粛に突きつけている。