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『監視資本主義』 著 ショシャナ・ズボフ 訳 野中香方子

 『スノーデン・ファイル徹底検証――日本はアメリカの世界監視システムにどう加担してきたか』(毎日新聞出版)などの著書がある、ジャーナリストの小笠原みどり氏が、米国で注目を浴びている本として『監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い』を紹介している。著者はハーバード大ビジネス・スクール名誉教授のショシャナ・ズボフ氏で、日本でも昨年、野中香方子氏による翻訳が東洋経済新報社から出版された。

 

 監視資本主義とは、「企業が個人情報を収集することで、消費者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げる仕組み」のことで、それはわれわれを操り人形のように操ることを目標にしている。

 

 ズボフ氏はグーグルを例に、次のようにのべている。人々がグーグル検索をおこなうとき、キーワードに加えて、検索語の数やパターン、検索語の組み合わせやスペルや句読法、滞在時間、クリックのパターン、場所といったデータを、本人の許可なしでグーグルは収集することができる。こうしたあらゆるオンライン活動の無秩序な痕跡から、その人の思想や感情や関心といった詳細なストーリーを再構築することは可能だ。

 

 グーグルはこの個人情報を、商品として広告主に売る。それによって広告主は、特定の人に、その人の行動に影響しやすい時を狙って、特定のメッセージをおくることが可能になる。グーグルと親会社アルファベットはこのターゲティング広告で莫大な利益をあげた。

 

 この新しい市場では、人々の必要に応えることが主な目的ではない。そこでは人々の行動の予測が商品となり、それを買うのはグーグルの真の顧客である広告主であって、私たちは他者の目的を達成するための手段になりさがる。

 

スマートシティ計画 カナダで計画が頓挫した訳

 

 小笠原氏が『監視資本主義』をとりあげる理由は、政府が狙うスーパー・シティ(英語圏ではスマート・シティという)構想が、監視資本主義が求める究極の生活環境といえるからだ。

 

 スマートシティとは、「都市内に張り巡らせたセンサー・カメラ、スマートフォン等を通じて環境データ、設備稼働データ・消費者属性・行動データ等の様々なデータを収集・統合してAIで分析し、更に必要に応じて設備・機器などを遠隔制御することで、都市インフラ・施設・運営業務の最適化、企業や生活者の利便性・快適性向上を目指すもの」(野村総合研究所)と定義されている。日本のスーパーシティ構想は、自動運転、キャッシュレス、ドローン配送、遠隔医療、オンライン授業の実現などが掲げられ、新技術の実験場のような様相を呈している。

 

 だが他方で、このスマートシティは、住民の個人情報の大規模収集によって成り立つという側面を見逃すことはできない。

 

 2020年5月、カナダのトロント市で準備が進んでいたスマートシティ計画が頓挫した。事業者はアルファベットの子会社、サイドウォーク・ラボ(グーグルの姉妹企業)で、サスティナブルな建築資材を使った木造の高層ビル群や、家族連れで歩き回れる街路が時間帯によって自動運転車の道路に変わる、などをうち出していたが、撤退を表明した。

 

 コロナ禍が理由とされたが、小笠原氏によれば、計画が12エーカー(東京ドーム1個分)と狭いウォーター・フロント地区に限られていたことが障害だった。広範囲に住民データを収集するものでなければ、データをもとに商品を開発する企業側はもうからないからだ。

 

 また、住民のなかから反対運動が起こった。街中に24時間稼働するセンサーを張り巡らせ、人々のスマートフォンを追跡し、誰とどこでなにをしているかの個人情報を大規模に収集する計画であることがわかったからだ。

 

 この監視資本主義に反対する住民運動が、今欧米で大きなうねりになっている。

 

 米カリフォルニア州のサンフランシスコ市議会は、2019年5月、顔認証技術の使用を禁止する条例案を可決した。同市議会は、「顔認証技術が市民の権利や自由を危険にさらす傾向は、その主張されている利益よりもはるかに大きく、その技術は人種的な不正義を悪化させ、継続的な政府の監視から自由に生きる私たちの能力を脅かす」とのべている。

 

規制ない日本野放図な個人  データの扱い

 

 カリフォルニア州は、グーグルやフェイスブックなど巨大IT企業のお膝元だ。その後、こうした条例は全米各地の自治体で可決されている。

 

 欧州連合(EU)では、個人情報の保護という基本的人権の確保を目的として「EU一般データ保護規則(GDPR)」が2018年から施行されている。

 

 GDPRは、EUを含む欧州経済領域で取得した「氏名」「メールアドレス」「クレジットカード番号」などの個人データを域外に持ち出すことを原則禁止しており、違反すれば高額の制裁金が課される。本人の同意を得ないデータ利用にも罰金が課されるようになった。

 

 これに対して日本では、個人データを本人の同意なく勝手に使った企業への規制や罰則はないに等しい。デジタル化が急速に進むなか、事態を正しく認識し、横暴なグローバル企業に規制をかける行動が必要だ。

 

(東洋経済新報社、606ページ、5,600円+税)

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