コロナによるダメージは女性、それも非正規雇用者に集中している――ノンフィクションライターの著者は、シングルマザー、DV(家庭内暴力)などでステイホームできない女性、エッセンシャルワーカー、非正規公務員、高齢単身女性のこの1年あまりを女性の視点から振り返り、背景にある構造的問題に迫っている。
コロナ禍で、働く女性たちに最初で最大のショックを与えたのが、昨年2月末の安倍首相(当時)による全国一斉休校の発表だった。本書にはたくさんの事例が出てくるが、そのうちの一つ、派遣の介護士として働きながら5歳の娘を育てるシングルマザー(33歳)は、一斉休校によって保育所も閉まると聞いて途方に暮れた。日中、誰が娘の面倒を見るのか? 親とは死別し、夫のDVにより住み慣れた土地を離れた彼女に頼る人はいない。
派遣先の老人介護施設に「とりあえず1週間休みたい」と伝えると、人手不足を理由に断られ、「せめてシフトを減らして」というと「ならば契約更新はしない」といわれた。休校により子どもの世話をする親には休業補償が出ると政府がいっていたので、派遣会社にかけあったが、「介護職は休業対象外」「1カ月以上休むと派遣契約そのものが切れる」ことを理由に拒否された。
仕方なく退職し(自己都合退職なので雇用保険はすぐに下りない)、フードバンクで食料を得つつ、五カ月後に半年契約の行政窓口のパート職に就いた。「将来への不安や孤独感から娘につらくあたってしまい、自己嫌悪に陥る」という。
コロナ禍の緊急事態宣言下で、飲食業や宿泊業などの非正規雇用の女性たちは真っ先にシフトを減らされ、解雇・雇い止めにあった。政府による助成制度がつくられ、「非正規でも休業補償が出る」とメディアはいったが、コロナの影響でシフトが減ったパート・アルバイト女性のうち、休業手当を受けとっていない人は76%、約90万人にのぼるとの統計がある。
その背景には、90年代から政府が労働関係法制を改悪して非正規雇用を増やし続け、非正規の女性はいつでも解雇できる雇用の調節弁と位置づけてきたことがある。別の調査では、母子家庭はコロナ以前から貯金額50万円未満の世帯が4割弱あったが、コロナの影響で家賃や水道光熱費といったライフラインの支払を滞納している世帯が1割あるという。有名私大を卒業したのが就職氷河期末期で、これまで一度も正社員として働いた経験がなく、非正規で奨学金を返しながら細々と働いてきたあげく、コロナ禍で職を失った女性(38歳)の話を読むうち、現役世代をこのような状態で放置してきた政府に憤りを禁じ得なかった。
看護師の日雇い派遣を解禁 「感謝」といいつつ
また、エッセンシャルワーカーの大半が女性だ。看護師でシングルマザーの女性(35歳)は、勤め先の病院でコロナに感染した。14歳の娘を濃厚接触者にするわけにはいかないので、壁ごしに話しかけながら荷物をまとめさせ、近隣の姉の家に行かせた。
この章では、ICUで重さ10㌔近くになる防護服とマスクを着けて懸命に働く看護師たち、急激に重症化し亡くなる患者を目の当たりにする悲しみ、家族にもあえずビジネスホテルと病院を往復するだけの毎日、それでも何よりも患者を、そして仲間を助けたいという使命感から現場に戻る決意をする元看護師のことも書かれている。
このような医療崩壊も、元はといえばこの20年来の診療報酬の引き下げ、病床数の削減、保健所の統廃合という経済効率第一の政治が招いたものにほかならない。ところが政府は、「医療従事者に拍手を」といいながら、今年4月、看護師の日雇い派遣を解禁した。今現場で働いている看護師たちの労働条件を改善することなく、仕事を細切れにして派遣で穴を埋めるというやり方は、事態をさらに悪化させることにならざるをえない。
その他、職を失った人のセーフティーネットとしての公共職業安定所(ハローワーク)の窓口の女性も、コロナ禍で急増するDVの相談を受け付ける女性相談員も、いずれも単年度契約の非正規職員だ。ハローワークの窓口にやってくる人から暴言を浴びせられるのが、いつ同じ立場になるかもわからない非正規職員であるという皮肉。DVにあった女性は、自立するまで長期にわたって伴走することが必要なのに、その相談に応じるのが1年更新の非正規職員の女性で、彼女たちもそれだけでは生活できないので、夜間に焼き肉屋などのバイトをしてしのいでいる現実がある。
さらに大手企業各社が、コロナ禍を利用して、テレワークとセットでジョブ型評価制を競って導入していることも、著者は報告している。これは外資系IT企業で働く女性エンジニアの話だが、まるで街中で次の配達を待つウーバーイーツのドライバーのように、エンジニアたちは一つの仕事が終わると社内の募集サイトから必死に次の仕事を探さねばならず、仕事がないうちは無報酬、稼ぎが悪いとリストラの対象になるという。
読み進むうちに浮き彫りになってくるのは、この30年あまり、日本社会で雇用破壊、賃金と労働条件の切り下げ、まるでとり替えのきく部品のような労働者に対する扱いがいかに広がったかである。そのなかでの綱渡り生活の矛盾が、コロナ禍で表面化している。安倍政府の「女性活躍」がいかなるものだったかということだ。この現状への憤りは、全国津々浦々で充満しているにちがいない。
(光文社新書、226ページ、定価800円+税)