いかなる権威にも屈することのない人民の言論機関

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『アンダーコロナの移民たち』 編著・鈴木江理子

 新型コロナウイルス感染症の脅威は、人種や民族、国籍をこえたものだ。しかし実際には、その影響は社会のなかで弱い立場に置かれている者に、より大きくあらわれる。それは、コロナ以前の国の政治がいかに国民をないがしろにするものであったかを示すものだ。そして、日本社会のなかの社会的弱者として忘れてはならない存在に在留外国人がいる。本書は国士舘大学文学部教授の著者を中心に、その他23人の研究者やジャーナリスト、支援団体メンバーらが、「移民社会・日本」の実態をコロナ下で調査・検証し、次の社会に向けた課題を提起したものだ。

 

 政府の水際対策により現時点では微減しているものの、2019年末時点の在留外国人数は293万3137人と、過去30年間で3倍になった。そのうち技能実習生が約38万人、留学生が約35万人いる。また、非正規滞在者を含めて「在留外国人」に含まれない外国人が80万人以上いる。2019年に日本で出生した子どもの25人に1人が、少なくとも両親の一方は外国人だというから、政府がいかに否定しようと「移民社会」化の現実は否めない。

 

 コロナ以前から、在留外国人はいつでも解雇できる労働力として、派遣や請負といった間接雇用の割合が高く、また経営基盤の弱い小規模な事業所で働く場合が多かった。著者によれば、コロナ禍が始まると、まずベッドメイキングやリネンサプライ、通訳ガイドなど観光産業で働く外国人から「シフトを減らされた」「無期限の自宅待機を命じられた」「突然解雇された」という相談が急増。続いて飲食店や小売店の休業・営業時間短縮や、製造業の減産体制の影響が出始め、今に至るまで状況は悪化し続けている。雇用の喪失が住居の喪失に直結する場合も多く、生活保護や特別給付金10万円支給の対象外になることも少なくないという。

 

 本書の中でジャーナリストの巣内尚子氏は、ベトナム人技能実習生の実態を報告している。

 

 ベトナム人の技能実習生は多くが農村出身で、20代の独身者が多く、家族のための出稼ぎ労働として日本に来ている。ベトナム政府の労働力輸出政策のもと、仲介会社(送り出し機関)が日本の監理団体と連絡をとりつつ、採用・渡航前研修・送り出し後のケアをおこなう。技能実習生の多くが渡航前に100万円程度の費用を借金で工面してきており、この仕組みそのものが債務労働者をつくり出している。

 

 コロナ禍で減産や事業停止に至る企業が続出し、技能実習生は仕事と収入を断たれた。しかし無収入状態になっても、技能実習制度においては転職や副業ができない。コロナの影響の長期化で、休業・減収期間が長引き、経済的な困難がより深刻化している。仕事を求めて失踪する者さえいる。日本政府の公的支援がないなか、キリスト教組織や労働組合、自治会や住民らが無償で、あるいは持ち出しで支援をしているのが実態だ。

 

 西日本短大教員の高向有理氏と上智大学教授の田中雅子氏は、留学生の実情を報告している。政府の「留学生30万人計画」は実現されたが、やってきた留学生は親からの仕送りを期待できず、多くが日本で働きながら学ぶ。それがコロナ禍でアルバイト収入を断たれ、将来の見通しが立たなくなっている。

 

 ベトナム人Aさんの例だが、親が100万円近い借金をして渡航費を工面した。都内の日本語学校に通いながら、高齢者施設で食事介助のアルバイトをしていた。ところが予定外の妊娠に気づき、アルバイトの仲介をした派遣会社にそれを告げると、妊娠を理由に解雇された。収入がないため学費を払えず、退学になった。「留学」の在留資格が失効し、入管でパスポートに「特定活動(出国準備。3カ月の短期在留資格)」のスタンプが押された。就労が認められず、友だちの家を転々とした。帰国以外に選択肢はないとベトナム大使館に助けを求めたが、帰国便を待つ人が2万人以上いるといわれた。

 

 文科省は修学継続が困難になった学生のために「学生支援緊急給付金」(上限20万円)をもうけたが、留学生だけは「学業成績が優秀なこと(前年度の成績評価係数が2・3以上)」という条件を付け、朝鮮大学校は対象から除外した。ある留学生は「来日してから健康保険料や税金をちゃんと払っているのに、なぜ日本人学生との間に大きな壁をつくるのか」と訴えている。

 

 コロナ禍は、日本の入管施設の現状も浮き彫りにした。先日、入管施設で死亡したスリランカ人女性は、実家からの仕送りが途絶え、授業料が支払えなくなって在留資格を失い、入管施設に収容されていた。入管収容は刑罰ではなく、送還を円滑に進めるための「飛行機待ちの施設」にすぎない。ところがここで、長期収容にともなう被収容者の自殺や自殺未遂、十分な医療を施さないための死亡が後を絶たない。

 

 問題は日本の難民認定制度が世界標準からかけ離れており、排除の論理に貫かれているからだ。日本の難民認定率は異常に低い。だから、入国して空港で難民申請をおこなったものの、許可が得られず収容される者が毎年1000人以上、仮放免(移動の制限、就労の禁止)になった者が毎年3000人以上いる。彼らが強制退去命令が出されても従わないのは、日本に子どもを含む家族がいたり、帰国すれば命の危険にさらされるなどの事情があるからだ。

 

 日本政府は、「外国人の単純労働力は受け入れない」という建前をとりつつ、さまざまな形でそれを受け入れ、彼らを景気の調節弁としてまるで部品のように扱ってきた。すでに人生の半分以上を日本で暮らし、日本が第二の故郷になっている移民もいる。技能実習生や留学生のうち、将来日本で働く若者もいるだろうが、彼らは仲間に対する仕打ちをどんな目で見ているだろうか。

 

 またそれは、日本の若者たちに、子どもを産み育てることができないほど長時間の過酷な労働を強いていることと、表裏一体のものだ。日本の次の世代が誇りに思い、日本で暮らす外国人からも信頼される国に変えていくために、力をあわせる課題があると思う。

 

 (明石書店発行、四六判・314ページ、定価2500円+税

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