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『孤独のアンサンブル』 著・村松秀

 昨年来の新型コロナ感染拡大のもと、飲食店などの営業自粛や休業要請、外出自粛、スポーツや文化イベントの中止要請のなかで、クラシックのコンサートも次々と中止になり、東京・神奈川だけで10、大阪・京都・神戸で6ある100人規模のオーケストラは存続の危機に立たされた。公演の数の少ない地方では状況はさらに厳しい。楽団員たちは自宅にこもって、たった一人で練習する日々を強いられた。

 

 そのなかでNHKは、緊急事態宣言下の5月5日、オーケストラのトッププレイヤー七人に自宅でたった一人で演奏してもらい、七人分を数珠つなぎにしてそのまま流す番組を放送した。同31日には続編がつくられ、7月には13人が集まって、ソーシャルディスタンスをとりつつ無観客のホールでアンサンブルを響かせた。本書はこの3つの番組作りに携わったディレクターの製作記録である。

 

 詳しい経過については本書を読んでもらいたい。ただ、そのなかに豊富に織り込まれている東京フィル、新日本フィル、N響などのコンサートマスター(第一バイオリンの首席奏者)、トロンボーンやトランペット、フルート、クラリネット、チェロ、オーボエ奏者などへのインタビューや鼎談、座談会は、音楽というものの持つ力や、今の危機のなかで何ができるかということに真摯に向き合う姿を伝えており、考えさせるものがある。

 

 どの音楽家も、「音楽家だけがつらいわけじゃない。たくさんの職業の方、職業についてない方もつらい毎日を過ごしている」「不眠不休で頑張っておられる医療関係者の方や、お客さんの来なくなった飲食店の方と比べれば、私たちはまだ恵まれている」といいつつ、コロナ禍で深く考えたことを次のように披瀝している。

 

 「人間の世界っていうのは、言語による壁とか、人種による壁、宗教による壁、それからジェネレーションギャップによる壁っていう大きな壁がたくさん立ちはだかっている。ところが音楽はそれらをすべて取り払って、喜怒哀楽を世界中の人と瞬時にわかちあうことができる。これが音楽のすごさで、音楽は人類が作った最高で最強のコミュニケーションツールだと信じている。僕たちがやらなきゃいけないことは、これを絶やすことなく次の世代につなげていくことだ」

 

 「音楽の歴史はもう何百年もあって、戦争とか革命とか災害とか、疫病が蔓延するとか、そういう時代も音楽はずっと生き残ってきた。それも、演奏する人がいて、それを聴く聴衆の方々がいて、みなでその時間を共有することで生まれる空気みたいなものがずっと継続して、それで生き残ってきた。音楽家なんて聴いてくれる方がいなかったら音楽家でいることもできない。今日はよかった、今日はよくなかったという言葉一つ一つが自分たちを成長させる大きな糧だと思う。だから聴衆の皆さんに喜んでいただくということをますます強く考えるようになった」

 

 「今、“不要不急”といっている人は、自分にとって損か得かしか考えてないように思えるから、あまり聞かないようにしている。音楽がもしなかったらどうなるか?音楽や映画や文学や、そうした芸術がすべて閉ざされたら、たぶん誰も生きていけない。たとえば自分が子どものときに親が歌ってくれた歌とか、卒業式のときにみんなで歌った歌とか、ある音楽を聴いたときに突然過去を思い出したり、未来に対する希望がわいたりするのが音楽のすごさだ。現在、過去、未来の三つをつなげることができるのが音楽だと思う。だからこそ、どんな状態であれ、僕たち音楽家は人間が人間らしくあるためにやめちゃいけないんだ」

 

 また、オーケストラ奏者は互いの音を聴きあい、気配や息づかいを感じつつ、呼吸を一つにしてアンサンブルを実現する。「ハーモニーをつける人たちがいたり、対旋律の人たちがいたりする。クラリネットが後ろにいるなとか、ファゴットが対旋律をやってるなとか、フルートが僕のソロを後から追っかけてくるなっていうのを思い出し、それぞれのメンバーの顔を思い出す」。だから、コロナ禍で会えなければ会えないほど、「一緒のオーケストラの仲間に対する尊敬がどんどん強くなる」。

 

 こうして、コロナ禍で落ち込んでいる人々に届けとばかりに演奏された音色がオンエアされると、リスナーからの強い反応が続々と返ってきたという。「冒頭の演奏から切なくて泣ける」「いつものテレビなのに、音が立体的」「孤独なのにオーケストラが聴こえてくるよう」「音楽が不要不急になることは絶対にありえない」…

 

 それを聴いた奏者たちの反応にもグッとくる。「自分は一人じゃない。世の中の人たちはみんなつながって、みんなが助け合いながら生きてるんだってことをすごく実感した。すごい幸せと希望がわいた」

 

 今回のパンデミックは、人類に多大な災厄をもたらしているけれど、もう一面ではこれまで見えていなかったものを可視化した。音楽、芸術の持つ力もその一つ。そして、人々は孤独で独りよがりの生き方ではなく、みなが繋がって支えあっていく生き方を切望している。それはよりよい社会をつくる力に転じるにちがいない。

 

 本書のなかで、忘れられないある音楽家の言葉。「戦前・戦後の価値観の大転換に近い形で、このコロナ禍を契機にすでに大きな変化が始まっていると感じる。もし経済発展や武力を競うより、人々が寛容で平和な世界を望むときには、音楽はこれまでと違う意味をもって響くにちがいないと確信する。そのために音楽家たちは“コロナ前のように元通りに…”と願うより、新しい世界でどのように音楽を届けるべきかを心を入れ替えて考えるときにきていると思う」

 

 そして、もう一人の音楽家のこの言葉も新しい息吹を感じさせる。「世の中がこれからきっと大きく変わっていくんじゃないかなって思う。そして音楽、芸術も含めてどのように変えるかは、僕たち次第だという責任の重さを感じている」

 

 この三つの演奏はブルーレイのパッケージとしてキングレコードから発売されている。 

 

 (中央公論新社発行、四六判・340ページ、定価2000円+税

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